第6話:欲望の街と、絶望のオーガニック食堂
荒野の地平線に、巨大な歯車と
無数の煙突が寄り集まったシルエットが浮かび上がる。
砂漠のオアシスであり、ならず者たちの吹き溜まりでもある
交易都市『オールド・ギア・タウン』だ。
……街に近づくにつれ、風に乗って微かな匂いが漂ってくる。
機械油の臭いに混じって、焼けた肉の脂にスパイス
そして、安酒の甘ったるい香り。
「……ゴクリ」
アルフレッドは、誰にも聞こえないほどの小さな音で喉を鳴らした。
(あれは……街の入り口にあるダイナーの匂いだ。
間違いない、牛100パーセントのパティを
ラードでこんがり焼き上げている匂い……!)
数日ぶりの『まともな飯』の気配に
アルフレッドの歩みは自然と速くなる。
痛む膝のことなど、もはや頭にはなかった。
早くあの看板の下に座り、メニューの一番上にある
一番カロリーの高いやつを頼むのだ。
……しかし、無情にもその行く手は遮られた。
「止まれ、アルフレッド! 貴様の歩みはここまでだ!」
街の入り口、錆びた鉄門の前に立ち塞がったのは
重装甲のパワードスーツに身を包んだ大男と
数十名の武装した部下たちだった。
先日の狙撃手・ヴァイパーが所属していた組織の
このエリアの守備隊長である。
「ヴァイパーからの連絡が途絶えた時点で
貴様がこの街を足がかりにクーデターを起こすつもりだと読んだ!
伝説の男『歩く厄災』よ!
我々の命に代えても、この街には一歩も入れさせん!」
隊長が拡声器で大仰な演説をぶつ。
背後でブラッドが機関銃を構え、カルメンがため息をついた。
「あーあ、待ち伏せされてたわね。
アル……どうする? 街の入り口で派手にやると
中には入れなくなるかも……」
「……」
アルフレッドは無言だった。
彼の視線は、敵の背後――鉄門の隙間から見えるダイナーの
『OPEN』というネオンサインに釘付けになっていた。
(……ハンバーグ。いや、今はダブルチーズバーガーだ。
ポテトもつけよう……油でギトギトのやつを……)
アルフレッドの脳内は、すでに
黄金色のジャンクフードで埋め尽くされていた。
(目の前の屑鉄どもは『命に代えても』などと喚き散らし
俺とバーガーの間に立ち塞がっている……冷めるだろうが)
……何が『冷める』のかは分からないが
直後、アルフレッドの堪忍袋の緒は音を立ててブチ切れた。
「……五月蝿い」
地を這うような低い声とともに
アルフレッドは魔改造されたリボルバーを抜き放った。
「構えろ! 撃てェッ!!」
部隊長が叫び、数十の銃口がアルフレッドに向けられる。
しかし、彼が引き金を引く方が一瞬早かった。
――「『Tap, Rack, Bang』(タップ・ラック・バン)」――
怒りと空腹が乗った、渾身の叫び。
ズガァァァァァンッ!!!
追加された『高圧縮照準レンズ』が限界突破の赤い光を放ち
リボルバーの銃口から極太のレーザーが叩き出された。
それは部隊長たちを直撃するのではなく
彼らが身を隠していた巨大なバリケードと装甲車の中央を
文字通り『消し飛ばした』。
「ひっ……!?」
「ば、バリケードが、一瞬で……!」
「馬鹿なッ!? ありゃあ標準器の筈じゃ!? ……」
爆風と熱波に吹き飛ばされ、部隊長たちは地面を転がる。
死者などは出ていない……だが。
一撃で防壁を粉砕する圧倒的な暴力の前に
彼らの戦意は完全にへし折られていた。
「……次、俺の視界に入ったら、次は的を少し上にズラすぞ」
紫煙を上げる銃口を向けたまま、アルフレッドが低く凄む。
「ひぃぃぃっ!! 退却! 退却だァーッ!」
部隊長たちはパワードスーツの警報音を鳴らしながら
蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「うっわぁ……」
ブラッドが引きつった笑いを浮かべる。
「敵の演説を最後まで聞かずにブッ放したぜ!
『自分の作戦の前に無駄口は叩くな』ってことか。
いや~ッ!親父さんが本気でキレてる時の冷酷さ、マジでハンパねえな! 」
(違う、バーガーの匂いでおかしくなりそうだっただけだ)
アルフレッドはリボルバーをホルスターに戻すと
「ふぅ……」と息を吐き
いつものようにスキットルを取り出して匂いを嗅いだ。
そして、今度こそダイナーへ向けて
意気揚々と街の門をくぐろうとした。
「さあ、まずは腹ごしらえだ。俺はあそこの……」
「あ! アル、こっちこっち!」
カルメンが、アルフレッドの腕をガシッと掴んだ。
「あんたが戦闘してる間に、街の情報屋から仕入れておいたわ。
この街で一番『戦士の休息』にふさわしい、最高のお店!」
「……なに?」
嫌な予感がして、アルフレッドの足が止まる。
「そこのダイナー、油と塩の塊みたいな下品なメシしか出ないわよ?
あんたみたいなストイックな伝説の男には似合わないわ」
「そうそう! カルメンが見つけてくれた店、スゲェんだぜ!?」
二人に両脇を抱えられ、半ば引きずられるように連れて行かれた先。
そこは、街の裏路地にある、緑色の葉っぱの看板が掲げられた
小さな店だった。
『大地の恵み亭 ~100%オーガニック&塩分・脂質カットの健康レストラン~』
看板の文字を見た瞬間、アルフレッドの顔からスッと血の気が引いた。
「ほら、見てよこのメニュー!
『蒸し鶏の無塩ハーブ添え』に『全粒粉と豆のサラダ』
……完璧な栄養食だわ!」
「おぅともよ! 大作戦の前は
こういう身体を清めるようなメシじゃねえとな!
親父さんのおごりだろ? ……早く入ろうぜ!」
アルフレッドは、力なく立ち尽くした。
かつて単身で巨大組織を壊滅させた経験を持つ伝説の殺し屋の目から
一筋の光るものがこぼれ落ちそうになっていた。
(嗚呼……娘よ。
俺はいつになったら、塩気のある肉を食えるんだ……?)
夕日に照らされる『オールド・ギア・タウン』
アルフレッドの長く過酷な『健康生活』の第一章は
絶望の『無塩ハーブチキン』と共に幕を閉じたのであった。




