第5話:無精な長距離射撃と、塩気なきゆで卵
翌朝。荒野の朝日は、容赦なく乾いた大地を照らし出していた。
「……」
アルフレッドは焚き火の跡地に座り込み
手の中にある白い楕円形の物体を、ひたすら無言で睨みつけていた。
『固茹でのゆで卵』を、である。
(……塩が、欲しい)
彼の心は、その一語に尽きていた。
かつての朝食は、たっぷりの塩と胡椒で味付けした
『分厚いハムエッグ』と胃を焦がすような『ブラックコーヒー』だった。
それが今や、味付けの一切ない……ただのタンパク質の塊である。
「おーい、親父さん! そろそろ出発するぜ! ……って、まだそれ食べてたのか?」
バイクのエンジンを温めながら、ブラッドが声をかけてきた。
「焦るな。よく噛んで食べないと、胃に悪い……」
アルフレッドは絞り出すように答え
パサパサの黄身を白湯で無理やり流し込んだ。
(それに『咀嚼回数を増やせば満腹中枢が刺激される』って
娘が言ってたからな……)
「さすがだぜ。どんな時でも己のペースを崩さない。
極限の集中力を保つためのルーティンってわけだ」
ブラッドがまたしても勝手に感心している横で
カルメンが双眼鏡を覗き込み、スッと表情を引き締めた。
「二人とも、お喋りはそこまでよ。……お客さんみたい」
カルメンが指差した先、およそ3キロほど離れた砂塵の向こうから
土煙を上げて近づいてくる複数の影があった。
「装甲バギーが3台……昨夜の狙撃手のバックアップ部隊ね。
ヴァイパーからの定期連絡が途絶えたから様子を見に来た。
……ってところかしら?」
「チッ、しつこい連中だぜッ! ……どうする? 親父さん、迎え撃つか?」
ブラッドが愛用の重機関銃を構える。
しかし、アルフレッドは丸太に座ったまま動こうとしなかった。
(……冗談じゃねえ。
昨日崖を登ったせいで、今日は朝から膝が痛てえんだ。
これ以上走ったり跳んだりしたら、関節がイカれちまう)
アルフレッドは無表情のまま、太い息を吐いた。
そして、ゆったりとした動作でホルスターからリボルバーを抜き放つ。
昨夜、ヴァイパーから奪い取った『高圧縮照準レンズ』が組み込まれ
異様な威圧感を放つ魔改造リボルバー
……アルフレッドは親指で撃鉄を起こすと
銃身の上部に接続されたレンズをカチャリとスライドさせた。
「おいおい親父さん、まさかここから撃つ気か?
いくらなんでも拳銃じゃ……」
ブラッドの言葉が終わるより早く。
――「『Tap, Rack, Bang』(タップ・ラック・バン)」――
カァァァンッ!!
アルフレッドが引き金を引いた瞬間
リボルバーから放たれた轟音と極太の光条
……銃身に取り付けられた増幅器が歯車を回転させ
凄まじい熱量を放ちながら光弾を加速させる。
光の槍は3キロの距離を一瞬でゼロにし――先頭を走っていた
装甲バギーのエンジン部分に、文字通り『風穴』を開けた。
ドゴォォォォンッ!!
凄まじい爆発が起こり、先頭のバギーが火ダルマになって横転する。
「な、なんだとォ!?」
「敵襲ッ!? ……ど、どこから撃ってきた!?」
残された2台のバギーは急ブレーキをかけ
慌てふためく敵兵たちが転がり出てくる。
彼らは必死に周囲を見渡すが、まさか3キロ先の丸太に座っている初老の男が
リボルバーで狙撃をしてきたなどとは夢にも思っていない。
「チッ……照準器の軸が少しズレてやがる。
まあ、これくらいなら感覚で修正できるが……」
アルフレッドは独り言を呟きながら、シリンダーを回す。
プシューッ、とパイプから冷却用の蒸気が吹き出し
リボルバーが次弾の装填を完了する。
「……次」
ダンッ! ダンッ!
立て続けに放たれた2発の強化光弾は
残る2台のバギーの車輪と武装を正確に粉砕した。
完全に足を奪われ、煙を上げる鉄屑の山に取り残された敵兵たちは
見えない死神の恐怖にパニックを起こし、武器を捨て一目散に逃げ出していった。
「……ふぅ。よし、片付いたな」
アルフレッドは銃口の硝煙を息で吹き飛ばし、リボルバーをホルスターに収めた。
丸太から一歩も動くことなく、敵の増援部隊を無力化してのけたのだ。
「す、すげえッ……ハンドガンで装甲車を狙撃して
しかも一歩も動かずに完封しちまったぜ、おい……」
ブラッドが戦慄したように呟く。
「……無駄な殺生はせず、足だけ奪って戦意を喪失させる
圧倒的な力があるからこそできる、王者の戦い方ね♪」
カルメンも感嘆の溜息を漏らす。
(……いや、走るのが面倒くさかっただけなんだが)
内心でそう思いながらも、アルフレッドはあえて訂正しなかった。
ここで「膝が痛いから」などと愚痴を漏らせば
何処かから娘に情報が伝わる可能性を考えたからだ。
「チッ……行くぞ。
この先は『オールド・ギア・タウン』だ……日が暮れる前に街に入る」
アルフレッドはゆっくりと立ち上がり、コートの埃を払った。
直後、自ら放った『街』と言う言葉の響きに彼の心臓が高鳴る――
(街に行けば……久しぶりにまともな飯がある。
塩気のあるスープ、ソースのたっぷりかかった肉、そして……!)
彼の脳裏に、欲望にまみれたジャンクフードの数々がフラッシュバックする。
しかし、その背後では、カルメンとブラッドがヒソヒソと視線を交わし
『手信号』で会話をしていた。
(街に着いたら、アルがジャンクフードに走らないように
徹底的にマークするわよ! )
(おう。娘さんからの特別報酬のためだ、親父さん相手でも油断はしねえぜ!)
伝説の殺し屋の『食欲』と、護衛(監視者)たちの『報酬欲』
何はともあれ……次なる戦場は
欲望渦巻く砂漠のオアシス『オールド・ギア・タウン』である。




