第4話:健康志向の死神と、戦利品の魔改造
岩肌を蹴り上げ、アルフレッドの巨体が空を舞う。
常人ならロープ無しでは登れないような切り立った崖を
彼は長年の戦闘経験と、何より『早く終わらせて寝たい』という
強い執念だけで駆け上がっていた。
「ひっ……! 化け物め……!」
岩山の頂上に陣取る狙撃手、ヴァイパーはパニックに陥っていた。
必死にスナイパーライフルの銃身を下に向けるが、アルフレッドの登攀速度が速すぎて照準が追いつかない。
死角に潜り込まれ、完全に優位性を失っていた。
「ぐっ……くっ!! ……えぇぃそこだァッ!」
ヴァイパーが自棄糞気味に引き金を引こうとした瞬間。
崖の縁に、岩の塊のようなアルフレッドの拳が叩きつけられ――直後
勢いのついた巨体は宙に跳ね上がり
月明かりを背にしてヴァイパーの眼前に着地する。
ドスンッ! という重い着地音。
濛々と舞う土煙の中から、葉巻を咥えた悪魔がゆっくりと立ち上がった。
「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……」
悪魔……もとい、アルフレッドは肩で息をしていた。
(クソッ、やっぱり崖登りは膝にくる。
オートミールだけじゃスタミナが持たねえ。
早く……早く塩分とカロリーをくれ……!)
内心では己の衰えと空腹に涙していたが
ヴァイパーの目には全く違って見えていた。
(なんというプレッシャーだ……ッ!
息を切らしてなお、微塵も殺気がブレていない。
これが、酒と煙草という俗世の欲を捨て去り
修羅道に身を投じた伝説の姿……!)
ヴァイパーは震える手でサブマシンガンを抜き
アルフレッドへと銃口を向けた。
「なぜだ、アルフレッド! なぜそこまでして我々を追いつめる!?
貴様が禁欲の誓いを立ててまで成し遂げたい『新世界』とは何なのだ!?」
「……あ?」
アルフレッドは低く唸った。
(新世界? 禁欲の誓い? 何を言っているんだこの男は。
俺はただ、孫の顔を見るために医者と娘に言いつけられた
『健康生活』をしているだけだ。
お前ら裏社会の連中がうろちょろしていると
『身辺が綺麗じゃない』と娘に怒られるから
物理的に『掃除』をしているだけだ……)
「おい、新世界だか何だか知らねえが……」
アルフレッドはゆっくりと、愛用のリボルバーを抜き放った。
「俺はただ、邪魔なゴミを片付けて
『平穏で健康的な生活』を手に入れたいだけだ。
お前らは俺の血圧を上げる……邪魔なんだよ」
ヴァイパーは息を呑んだ。
(平穏で健康的……つまり、裏社会の連中を全て粛清し
己の支配下で絶対的な秩序(平穏)を築くというのか!?
なんという傲慢、なんという覇道ッ!)
「狂鬼め……! 貴様の野望はここで――」
――「『Tap, Rack, Bang』(タップ・ラック・バン)」――
ヴァイパーの叫びを遮るように、アルフレッドが短く呟く。
本来は銃の……それも
自動式拳銃の給弾不良を直すための手順を示す言葉だが
彼にとっては『確実に仕留める』という、皮肉交じりの合図でもあった。
ズガァァァンッ!!
アルフレッドのリボルバーから放たれた極太の光弾が
ヴァイパーのサブマシンガンごと、彼の意識を吹き飛ばした。
衝撃波で岩山の上部が吹き飛び、狙撃手は白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
「……ふぅっ」
アルフレッドは大きく息を吐き
リボルバーをクルリと回して電子の硝煙を払った。
「おーい! 親父さーん! ……無事かー?」
「もうっ! いつもいつも一人で突っ走るんだからっ!」
……崖の下から、バイクに乗ったブラッドと
飛行ユニットで飛んできたカルメンが駆けつけてきた。
「ハエを一匹叩いただけだ。騒ぐな」
アルフレッドはそう言い捨てると
倒れたヴァイパーの傍らに転がっていた『スナイパーライフル』を拾い上げた。
……銃身はひしゃげているが
心臓部である『高圧縮照準レンズ』と『魔力増幅器』は無傷だ。
「よし……こいつは、使えるな」
アルフレッドは無骨な手つきでライフルのパーツを引き剥がすと
自分のリボルバーの銃身部分へ強引にガチャン! と接続した。
本来なら規格外のパーツだが
持ち主の『性格』にとても良く似たこの愛銃は
歯車とパイプを軋ませながら無理矢理に噛み合い
一回り巨大で凶悪なシルエットへと変貌を遂げた。
「おおっ!? そ、狙撃用の増幅器を組み込んだのか!?
無茶苦茶な魔改造だけど、これで親父さんの銃も射程が跳ね上がるな!」
ブラッドが目を輝かせる。
「……少しでも歩く距離を減らして(カロリー消費を抑えて)
遠くから片付けられた方が楽だからな」
(それに、遠くから撃てば膝への負担も減る……)
アルフレッドは魔改造されたリボルバーをホルスターに押し込むと
いつものように懐からスキットルを取り出した。
親指で蓋を弾き、最高級バーボンの香りを深く……深く吸い込む。
「……」
そして、一滴も飲まずに蓋を閉じた。
続いて、口に咥えたままだったラスイチの葉巻を指で挟み
火のついていないそれの匂いを嗅ぐ。
「……帰ったら、娘の作る
チーズがたっぷり乗ったマカロニグラタンが食いてえ」
夜風に溶けるような、切実すぎる独り言。
「へっ、大きなヤマを乗り越えた後の祝杯ってわけだ。
最高にクールだぜ、親父さん!」
ブラッドがニカッと笑い、カルメンも
「ふふっ、そのためにまずは生き残らなきゃね」と微笑む。
(違う。ただ腹が減ってるだけだ……)
訂正する気力すら湧かず、アルフレッドは無言で夜の荒野へと背を向けた。
伝説の殺し屋の『壮大な勘違いの旅』は
射程距離(と膝への優しさ)をアップデートし、さらに先へと続いていく。




