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第3話:見えざる狙撃手と、最短ルートの勘違い

ヒュッガッ――


――空気を切り裂くような異音が、静寂の荒野を不意に劈いた。

それが高圧縮された魔力による『銃声』だと認識するより早く

アルフレッドは巨体を丸めて横へ跳躍していた。


直後、彼がほんのコンマ一秒前まで腰掛けていた丸太は

青白い閃光と共に音もなく蒸発し

周囲の空間にオゾンと焦げた木の強烈な臭いが立ち込める。


「チッ、高圧縮の魔力狙撃スナイプか。

随分と景気のいい挨拶じゃねえか」


もうもうと舞う土煙の中、アルフレッドは忌々しげに舌打ちをして

岩陰に滑り込んだ。そんな彼に対し

同じく、別の遮蔽物に身を隠して居たカルメンが

通信機越しに慌てて声をかける。


「アル! 無事!?」

「あぁ。だが、距離がある……ざっと2キロってところか」


直後、カルメンとブラッドの両名は即座に散開し

それぞれ強固な岩の裏側に身を潜めて迎撃態勢をとっていた。


……暗闇の中からの、魔力光線による超遠距離狙撃。

射線と着弾点がほぼ同時に発生するその凶悪な武器を相手に

まともにやり合えば、短距離武装しかないこちらが圧倒的に不利な状況だ。


一方その頃、2キロ離れた岩山の頂から

高倍率の暗視スコープを覗き込んでいた狙撃手――『隻眼のヴァイパー』は

文字通り、滝のような冷や汗を流していた。


(か、躱しただと……!? この距離、このタイミングで!?

風の音すら計算に入れた完全な奇襲だったはずだぞ!?)


ヴァイパーは信じられないものを見る目で、照準器の先の岩陰を睨みつけた。彼の標的は、裏社会の伝説『歩く厄災』アルフレッド。

組織のボスから直々に抹殺指令が出ている、規格外の怪物だ……しかし

ヴァイパーが戦慄している理由は、ただ

その人間離れした回避能力だけではなかった。


(なぜ、奴はこんな辺境の『死の砂漠ルート』にいる?……まさか

組織の厳重な防衛線をあえて迂回し

我々の拠点を裏から強襲する気か!?

だからこそ、日中は灼熱、夜は極寒となるこの過酷な道を選び

追跡を完全に撒こうとしたのか!?)


裏社会のプロフェッショナルであるヴァイパーの深読みは止まらない。


(それに、先ほどスコープ越しに見えたあの顔……かつて、奴は

常に強い酒に酔い、葉巻の煙を吹かして享楽的に笑っていたというのに。

今の奴からは、酒の匂いも煙草の煙も一切感じられない。

己の欲望を完全に断ち切り、極限まで感覚を研ぎ澄ましている……!)


ヴァイパーはゴクリと、乾いた喉を鳴らして唾を飲んだ。


(本気だ……奴は本気で、たった三人でッ!

我々の巨大な組織を根絶やしにするつもりだ……なんという執念

なんという恐ろしい男だ……!)


――しかし、現実のアルフレッドの心境は

ヴァイパーの壮大な『勘違い』とは全く、根本的に異なっていた。


(……チッ。このまま真っ直ぐ進めば

検問を抜けるより3日早く娘の街に着くってのに

なんでこんな砂埃まみれの所で足止め食らわなきゃならねえんだ……)


アルフレッドが過酷な砂漠ルートを選んだ理由。それは――


『少しでも早くこの面倒な身辺整理を終わらせ

娘の家に転がり込んで美味いメシにありつくための最短ルートだったから』


――と言う、極めて世知辛く、涙ぐましい理由の他には何も無かった。

ヴァイパーの目に『極限まで感覚を研ぎ澄ましている』と映った

その険しい表情にしても、単に

『夕飯の味気ないふかし芋のせいでひどく胸焼けがしている上に

ニコチン切れでイライラが頂点に達しているから』……であった。


(芋が……芋が胃の中で鉛みたいに重てえ。

少し動いて消化しねえと、明日の朝まで胃酸が込み上げてきそうだ……)


「……カルメン、ブラッド。聞こえるか」


アルフレッドはインカムのスイッチを叩きながら、低く響く声で問うた。


「俺が囮になって前に出る。お前らは左右から大きく回り込んで

あの鬱陶しいハエの気を引け」


「無茶言うなよ親父さん! あの距離じゃ

あんたのリボルバーの射程外だろ?!

近づく前に蜂の巣にされちまう!」 ブラッドが慌てた声で叫ぶ。


「構わねえ。ちょっと腹の虫の居所が悪くてな。

……軽く運動して(カロリーを消費して)、スッキリさせてもらう」


「ふふっ。相変わらず無茶苦茶ね。いいわ、サポートは任せて!」

カルメンの明るい声と共に、左右の岩陰から

牽制のための光弾が空高く放たれる。


それを合図に、アルフレッドは岩陰から猛然と飛び出した。

分厚い革コートを夜風に翻し

その巨体からは想像もつかないほど滑らか

且つ、洗練された動きで荒野を駆け抜ける。


「舐めるなよ、狂鬼め……!」

ヴァイパーの長銃身スナイパーライフルが連続して火を噴く。

一撃必殺の高圧縮光線が雨霰と放たれるが

アルフレッドは長年の勘と経験、そして

『イライラによる謎の集中力』で、それら全てを紙一重で躱していく。


(……くそっ、やっぱり走ると膝にくるな。

軟骨がすり減る音が聞こえる気がするぜ。

娘の言う通り、やはり少し痩せねえとダメか)


内心で初老の悲哀と関節の痛みをこぼしながらも、彼の足は止まらない。

敵の弾道から発射間隔の僅かな隙を計算し

遮蔽物から遮蔽物へと猛スピードで距離を詰めていく。


「バ、バカな……。私の狙撃を

スコープ越しの私の視線すらも全て見切っているだと!?

欲望を捨てた『伝説』は、ここまで手強いのかっ!?」


ヴァイパーのスコープの中で

鬼神の如き形相のアルフレッドが急速に拡大していく。

その手には、鈍く光る愛用のリボルバーが

処刑の時を待つかのように静かに握られていた。


「待っていろよ、娘……こんなハエども、すぐに片付けて

お前が作った、チーズたっぷりで味の濃いハンバーグを

食いに戻ってやるからな……!」


誰の耳にも届かない、切実すぎる独り言を唸り声のように呟きながら

アルフレッドはついに敵の陣取る岩山の下へと到達した。


見えざる狙撃手と、胃もたれに苦しむ伝説の男。

激突の時は、間近――

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