第33話:最大のネタばらしと監視報酬
「よ、良くわかりませんけど……お父さんが迷惑をかけてなければ幸いです。
ともあれ……本当に、お二人様にはお世話になりました!
えっと、これ……少ないですけど『お約束の報酬』と『特別ボーナス』です!」
ナタリーは満面の笑みで、分厚い封筒をテーブルの上に置いた。
「な゛ッ……い、いやいや、娘さん! 報酬だなんてとんでもない!
俺たちの方こそ親父さ……い、いや! アルフレッド……『さん』からは
人生の『真理』を学ばせていただきましたから!
漢の中の漢! 憧れる背中を持つ裏……い、いや! 羨ましい程の漢!
最強の殺……じゃなくて! コートが似合う! ……そう!!!
コ、コートが似合うお父さんですからッ! 」
口に出かけた幾つかの不味い発言を抑える様に、ブラッドは酷く狼狽え
別の意味で目頭を熱くしながら大袈裟に両手を振る。
「真理……ですか?」
そんな中、ナタリーが不思議そうに首を傾げた。
「ええ! ……ブラッドの言う通り、アルさんは
世界を……この街を救うため、巨悪との戦いの前に
自らの欲望を完全に断ち切る極限の『断食の儀式』を行っていたのですわ!?
あ……あの『ふかし芋』や『ササミ』を無の境地で食べるお姿……!
まさに『歩く厄災』ならぬ『歩く聖人』でしたわ!」
カルメンは両手を胸の前で組み、うっとりと熱弁を振い……そして。
アルフレッドの冷気に等しい殺気の籠った視線に依って
自らの『失言』に気付き、大きく狼狽えて居た。
一方……そんな二人の語りを聞いて
ナタリーは『ぽかん』と口を開けて居た……そして
隣のソファで顔を覆い、カタカタと震えているアルフレッドをチラリと見ると
全てを察した様に口を開いた。
「あの……お二人共? 」
「は……はい?」
「な゛なんでしょうお嬢様っ!? 」
「えっと……うちのお父さん、全ての状況に於いて
ただ単に『お腹が空いて機嫌が悪かった』だけだと思いますよ?」
「「いや……え?」」
綺麗にハモったカルメンとブラッドの動きは
直後、彫像のようにピタリと止まった。
「お二人への『依頼』の理由は、契約時にご説明した通りですけど
……私、父の健康が崩れていくのがとっても怖くて。
だから――
『お酒とタバコやめて痩せないと、一緒に住まわせないし孫も抱かせない!』
――って父に言ったんです。
だからきっと『食事制限』でイライラしてただけだと思います。
昔から、お腹空くとすぐ不機嫌になるんですよ? この人。
ね~お父さん? 」
ジロリ、とナタリーに見つめられ
アルフレッドはビクッと肩を跳ねさせた。
直後……恐ろしいほどの静寂が、リビングを満たした。
カルメンとブラッドの脳内で、これまでのアルフレッドの『数々の伝説』が
怒涛の勢いでフラッシュバックし……そして『再翻訳』されていく。
「じ、じゃあ……地下要塞の入り口で
最後の一服と酒を未練なく下水に捨てたあの行動って……もしかして」
カルメンが呟き、ブラッドが続ける。
「じ、じゃあ……決死の覚悟で俗世の欲望を断ち切ったんじゃ無く
孫を抱くために『タバコと酒の匂いを消臭した』だけって事か? 」
「多分そうだと思いますよ? 」ナタリーのキョトンとした返答に続き
「じ、じゃあ……『動くな。炉心の配管に穴が空く』って言うのも……」
「……俺たちを危険から遠ざける崇高な自己犠牲じゃ無く
ガス管が破裂して『シチューが煮込めなくなる』のを恐れただけ? 」
「ええ、恐らくはそうだと思いますけど……」
再びナタリーが肯定する。
「な、なら! ……『覇道など……無い』って言うあの言葉も
無償の愛で世界を救う真の英雄の言葉じゃ無く
単にローンの残るマイホームを壊されたくなかっただけって事……?」
「ええ、カルメンさんの読みがあたってると思います。
お父さん、私のためにずっと頑張ってくれて居るので。
……だからこそ、身体にもおサイフにも悪い事
出来る限り早く止めさせたかったんです……何と言うか
平和に暮らしてほしくて」
「……」
「……」
そんなナタリーの言葉を受けた直後
カルメンとブラッドは、ゆっくりと顔を見合わせた。
そして――
「ぷっ……」
「あーっはっはっはっはっはっは!!!」
――二人は腹を抱え、涙を流して床を転げ回るほどの大爆笑を放った。
「や、ヤバい! あの、大要塞を真正面から粉砕した時の
『帝王の進み方』…… あれ、ただの『近道』だったのかよォォ!!」
「ひぃぃっ! お腹痛いっ! じゃあ、寝起きの襲撃で
数百人を『生かしたまま』武装解除してたのも……」
「娘に怒られるからだろ! ……って言わせんなよカルメン!!
って、ダメだ……全部の状況が『そう』としか思えなくなって来ちまった。
うひっ……あーっはっはっはっはっは!!! 」
「お……お前らぁぁぁぁぁっ!!!!! 」
直後、ついに耐えきれなくなったアルフレッドは
顔を真っ赤にして怒鳴った……だが、その顔は
裏社会の『厄災』の顔でも『修羅』の顔でも無く……唯の
気恥ずかしさに耐えられない『不器用なおじいちゃん』と言うべきものだった。
「もー、お父さんったら! ……業者さんに怒鳴らないの!」
「す……すまん」
娘にピシャリと叱られ、伝説の男はシュンと小さくなり
そんな姿を見た『監視者』二人は再び腹を抱え――
「ひーっ! 最高だぜ親父さん! 腹筋がちぎれそうだ!」
「あははははっ! 『皇帝陛下』ったら、娘さんには頭が上がらないのね!」
リビングに、平和で温かな笑い声が響き渡る。
かくして、裏社会を震撼させた巨大な『勘違いの帝国』は
全てを知る最愛の娘の家のリビングで
大爆笑と共に完全な崩壊を迎えたのだった――




