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第32話:招き入れられた監視役と、噛み合わない敬意

アルフレッドが、愛ゆえの地獄……もとい。

『究極の減塩・低脂質ヘルシーシチュー』を涙ながらに啜っていた頃。

平和な『セントラル・ガーデン』の閑静な住宅街の片隅……


……『白い屋根の家』の外の、死角となる電柱の陰には

気配を完全に殺したカルメンとブラッドの姿があった。


「……よかったな、親父さん。

数多の死線と絶望を越え、己の全てを賭して

あんたはついに、守るべき聖域(サンクチュアリ)に帰り着いたんだ」


ブラッドが、朝日に照らされる白い家を見上げながらポツリと呟く。

その目には……途方もない偉業をやり遂げた男への深い敬意と

熱い涙が光っていた。


「そうね……ここから先は、血と硝煙に塗れた私たちが

決して踏み入って手出ししていい領域じゃないわね……


……伝説の『歩く厄災』は死に

この街の平和を裏から支える名もなき守護者が生まれた。


さあ、ブラッド……私たちは誰に告げることもなく

静かにこの街を去りましょう……英雄の、その崇高な背中に、敬礼」


二人が目頭を熱くして涙を拭い

まるで往年のマフィア映画のラストシーン宛らに

ハードボイルドな風を吹かせつつ

カッコよく踵を返そうとした、まさにその時。


「あーっ! ちょっとそこのお二人!

電柱の陰に隠れてるそこのお二人さーん!!」


ガチャリ! と元気よく玄関のドアが開き

燃えるごみの袋を両手に提げたエプロン姿のナタリーが

見事な声量で二人を呼び止めたのだ。


「なっ!?」

「ひっ!?」


裏社会でその名を轟かせる凄腕の暗殺者であるカルメンと

重火器使いのブラッドは、信じられないほど完全に

容易く背後を取られたことに心底震え上がった。

彼らは長年の経験から『完全な気配遮断』を行っていたはずである。

しかし、新米ママの『ご近所への不審者警戒レーダー』は

そんなプロの技術を易々と貫通してしまったのだ。


「あ、怪しい者じゃないわよ!?

ちょ~っと夜道の散歩の途中で、道に迷って……!」

カルメンが慌てて言い訳を作ろうとするが。


「あの、もしかしなくてもですけど……私がネットで依頼した

『お父さんのダイエット監視&サポート業者』さんですよね!?

直接会うのは始めてですけど、いつも丁寧な写真付きメールでのご報告

本当にありがとうございました!

あの……こんな所で立ち話もなんですし、中に入ってお茶でも!」


「い、いや俺たちは……裏の住人だから……ぬわぁっ!?」

「ちょ、ちょっと待って……引っ張らないで……きゃあっ!?」


凄腕の暗殺者であるはずの二人は

直後、赤ん坊を産んだばかりの『民間人の主婦』が放つ圧倒的な引力と

その有無を言わせぬハイペースに完全に巻き込まれ

為す術もなく、あれよあれよという間に

アルフレッドが寛ぐ平和なリビングへと引きずり込まれてしまった。


……そして、明るいリビングへと通された二人は

そこで『生涯忘れられない、恐るべき光景』を目撃することになる。


そこには……先ほどまで『血と硝煙に塗れた英雄』と

自分たちが称えていた男の姿は微塵もなかった。


代わりにいたのは、薄茶色の古びたコートを身に纏い

『歩く厄災』と呼ばれたその厳つい顔を

限界のそのまた向こう側までだらしなく崩しきった

一人の初老の男であった。


……アルフレッドは、小さなティーカップを両手で丁寧に持ち

『食後のハーブティー(ピンク色・ノンカフェイン・ノンシュガー)』

をズルズルと啜りながら、ベビーベッドの中で

手足をバタつかせる孫に向かって、顔をクシャクシャにして語りかけていた。


「おいちいでちゅよ~♪ ナナちゃん!

じいじはとっても健康でちゅよ~♪

これから毎日、ナナちゃんと遊べるからね~♪ ばぁっ! うふふふふっ♪」


「……」

「……」


カルメンとブラッドは、言葉を完全に失った。

あの、数百人の武装勢力を一睨みで震え上がらせ

巨大な魔力炉心の前で『過去の因縁』を堂々と断ち切った

(と二人は思っている)男が……可愛らしいピンク色の液体を啜りながら

『でちゅよ~』と幼児語を連発しているのである。


……あまりのギャップによる、深刻な脳の処理落ち。

自分たちが信じて疑わなかった『ハードボイルドさ』と

目の前で繰り広げられる『圧倒的なマイホームジジイの現実』が衝突し

ブラッドの頭の中で何かのヒューズが完全に吹き飛んだ。


「あ……お、親父さん……いや、その……裏社会を統べる皇帝陛下

う~ん、いや、新たなる救世主様……いや、唯の『じいじ』か?」


混乱の極みに達したブラッドが

バグったように直立不動で敬礼しながら、震え声でそう絞り出した

直後――


「ブブーッ!!!」


――口に含んでいたピンク色のハーブティーを

盛大に空中に吹き出したアルフレッド。

「ゲホッ、ゴホッ! お、お前ら……何でここに……ッ!?」

むせ返りながら、アルフレッドの顔が羞恥と驚愕で

一瞬にして真っ赤に染まる。


「ああっ! お父さん汚い! ナナに飛沫がかかったらどうするの!?」

すかさず、ナタリーの容赦ない叱責が飛ぶ。


「す、すまん! いやすまんが……こいつらだ!

こいつらが急に入ってきて、変なことを言うから……!」

「言い訳しないの! ほら、布巾!

お客様にみっともないところ見せないで!」


……かつて裏社会で最強を誇った男が

娘の剣幕の前で小さくなりながら、必死にテーブルを布巾で拭いている。

そのあまりにも滑稽で、あまりにも平和な光景を前に

カルメンとブラッドは、自分たちの

盛大な『勘違い』が崩れ去っていく音を聞きながら

ただただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった――


「と言うか……皇帝陛下? 何言ってるんですか業者さん。

うちのお父さんはただの自営業ですよ? ……ねぇ、お父さん?」

ナタリーは不思議そうに小首を傾げアルフレッドを見つめる。

直後アルフレッドの顔は、これまでのどの死闘の時よりも真っ青に染まった。


(マ、マズい……! こいつらに裏社会での俺の立場や

ここまでの『勘違いの数々』や

『常軌を逸した破壊活動』をペラペラと喋られたら

俺の平和なマイホーム計画が全て破綻する……!)


……アルフレッドは、孫を起こさないよう

一切の音を立てず……しかし、かつてないほど必死の形相で

カルメンとブラッドに向けて

『渾身の目配せ(純度100%の殺意)』を放った。


(お前ら、良いから黙れ……!

もし一言でも口を滑らせたら、娘の家の敷地外

(不動産価値に響かない場所)に引きずり出して八つ裂きにするぞ……!)


ビクゥッ!!!


直後、言葉を介さない『本気の殺気(目配せ)』を浴びた

カルメンとブラッドは、肩を激しく震わせ……そして、瞬時に悟った。


(な……なるほど! アルは、娘さんに対し

自分が『裏社会の帝王』であることを墓場まで隠し通し

ここではただの『普通の不器用な父親』として生きるつもりなんだわ!)


(すげえぜ親父さん……! 家族を裏社会の闇から守るための

『優しくて哀しい嘘』ってやつだな!

任せてくれ……俺たちも完璧に話を合わせるぜ!)


「あ……ははは! そ、そうですよね!

皇帝だなんて冗談に決まってるじゃないですか! アハハハ!」


……その発言とは裏腹に、目も声も一切笑っていないブラッドの

一切の抑揚のない笑い声に続き


「そ、そうですわ!? …アル……お、お父様には

荒野の……ええと、そう! 『過酷なウォーキングコース』で

大変お世話になりましたのよ!? ……ええ!」


目を血走らせながら、そう言ったカルメンの抑揚は反対に過剰すぎて。


この後……アルフレッドの焦燥と殺意とは全く違うベクトルで

裏社会のプロフェッショナルたちによる

見事な連携プレイ(隠蔽工作)が幕を開ける事と成った筈。


なのだが――

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