第29話:崩壊の阻止と、役目を終えた鉄屑
ピピ……ピピピ……
急き立てるように鳴り響いていた危険を知らせる警告音は
徐々にその間隔を広げ……やがて、完全な静寂が巨大な地下空間に訪れた。
崩壊の危機に瀕し、不吉な赤色に脈打っていた巨大な『魔力炉心』は
その暴走の熱を急激に冷却させ
ゆっくりと本来の安定した青い光を取り戻していく。
……アルフレッドの、純粋な食欲とローンへの恐怖から放たれた
『執念の狙撃』によって、街のインフラ崩壊
及び、それに伴う『特製シチューの調理停止』は完全に阻止されたのだ。
「あ……あぁ……」
一方、大爆発の衝撃波に依って壁際に叩きつけられたモルデカイは
虚ろな目でドームの天井を見つめていた。
自らが絶対の自信を持っていた最強兵器
『超振動音響砲』の無惨な残骸と
奇跡のように鎮まった炉心を交互に見つめ
もはや立ち上がる力はおろか、怒りすらも湧いてこない。
(……なぜだ。なぜ私は、あんなガラクタの寄せ集めの銃に負けた?
あいつの、あの限界を超えた次元の違う『執念』は
一体何だというのだ……!?)
10年間、泥水を啜りながら
復讐のためだけに生きてきた彼の怨念は
アルフレッドの理不尽なまでの暴力の前に完全にへし折られていた。
「……アルフレッド」
血を吐きながら、モルデカイは絞り出すように問うた。
「教えてくれ……貴様は10年前、頂点に立つ権利を自ら捨てた。
だが今、こうして全てを破壊し……私を叩き潰した。
……結局、貴様は何がしたかったのだ?
この『黒之歯車』を乗っ取り
街のインフラを完全に掌握して、裏社会に
新たな『帝国の覇道』でも築くつもりか……?」
(『覇道』だと? ……ふざけるな)
アルフレッドは心の中で盛大に悪態をついた。
(俺の血と汗と涙の結晶である『35年ローン(変動金利)』の
残高タップリな愛しのマイホームを
貴様ごときのくだらない八つ当たりで物理的に沈められたくないだけだ!
そもそも、あそこの家の換気扇からは
娘が俺の生還を祝って作ってくれた
肉汁たっぷりの『特製シチュー』の匂いがしてたんだぞ!?
今ガス管を止められたら、せっかく柔らかく煮込んでいた肉が
完全に台無しになるだろうが!
大体、そんなことも判らんからお前は負けたんだ。
嗚呼……それにしても本当に腹が減った
低血糖で目が回りそうだ……)
アルフレッドはゆっくりと歩み寄り、かつての同志を冷たく見下ろした。
その足取りには、かつて裏社会を震え上がらせた
『歩く厄災』としての殺気は、もう微塵も残っていない。
アルフレッドは限界を迎えた空腹と疲労を隠し
ただ短く、不器用な父親としての真実だけを
静かに……そして重々しく告げた。
「『覇道』など……無い。俺はただ、家族と平穏に暮らしたいだけだ」
その、あまりにも短く、あまりにも純粋な言葉を聞いたモルデカイは
大きく目を見開き……やがて彼は、憑き物が落ちたように
フッと自嘲気味に笑った。
「そうか……貴様は、本当に全てを捨て
己が欲求のためではなく、ただ純粋に『誰かを守るため』だけの
『真の強さ』を手に入れたというわけか。
無私の精神、完全なる利他……道理で勝てない、はずだ……」
強き者が辿り着く究極の境地。
モルデカイはアルフレッドの姿に『神仏のような悟り』を勝手に見出し
完全に納得すると、そのまま静かに安らかな顔で意識を手放した。
「お……終わったわ。
アルが……過去の因縁を、自らの手で完全に断ち切ったのよ……!」
後方の通路の物陰から見守っていたカルメンが
両手で口を覆いながら感涙に咽び泣く。
「ああ……! 凄えよ、親父さん!!
自分の身すら顧みず、世界を救うために友を討ち
街のインフラを守り抜いたんだ。
そして最後は、憎き敵にすら『愛と平穏』を説いて
安らかに眠らせちまうなんて……まるで聖者じゃねえか……!」
ブラッドも滝のように涙を流し、その場に崩れ落ちて咽び泣いた。
直後、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら
アルフレッドへと駆け寄った二人の目には、彼が――
『過去の罪を清算し、無償の愛で世界を救った真の英雄』
――として、神々しく輝いて見えていた。
だが、この直後……断じて『勘違い』などではない
そんな二人の称賛の言葉に対しアルフレッドが
「五月蝿い……帰るぞ」
切り捨てる様にそう言った、瞬間――
ビシッ! ……カッシャーンッ! ……ガラガランッ!
――静かな地下要塞に、金属の砕け落ちる澄んだ音が響いた。
音の発生源は、彼の手の中にあった『異形の魔改造リボルバー』
其処に挿げられた数々の『追加パーツ』が
まるで役目を終えた鎧が砕け散るように崩れ落ちたのだ。
……後に残ったのは、彼が10年前から愛用していた
傷だらけだが手に最も馴染む
シンプルで無骨な『元のリボルバー』だけだった。
「お、親父さん……銃がッ!!! 」
「ああ……よく動いた。これで充分だ」
(……ふぅ。正直、これ以上
あんなクソ重い鉄の塊を持ち歩くのは御免だったんだ。
限界を迎えた初老の膝には厳しい物がある。
そもそも、ホルスターも限界まで伸び切っちまった……)
アルフレッドは、元の軽さに戻った愛銃を愛おしそうに撫でると
カチャリとホルスターに収め……られず
コートの内ポケットにしまい込むと
地下要塞の出口に向かって歩き出した。
(よし、これでシチューは完璧に煮込めるはずだ。
それに――)
歩きながら、アルフレッドはおもむろに自分の腕を顔に近づけ
クンクンと熱心に嗅いだ。
(――地下の『電磁風』で
コートに染み付いていた匂いも完全に消し飛んだ。
今の俺は、生まれたての赤子のように究極の『無臭』だ!)
……娘に嫌な顔をされず
初孫を自らの腕で抱きしめるための『完璧なコンディション』
伝説の殺し屋の、長く過酷な『健康生活』と
『身辺整理』の旅が、ついに真の終わりを迎えようとしていた――




