第28話:『Tap, Rack, Bang』(タップ・ラック・バン)
「愚かな……強がりを言うなッ!
その醜悪な寄せ集めの銃の機構は
限界を超えた魔力によって完全に焼き切れている!
再起など絶対に不可能だ!」
……モルデカイは血走った目で叫び
『超振動音響砲』のエネルギーを
最大出力まで充填する。
周囲の空気がビリビリとひび割れるように震え
鼓膜を内側から破らんとするような不快な高周波が
巨大な地下空間全体を満たしていく。
床のコンクリートは、放たれる前の余波だけで
細かな砂利へと分解され始めていた。
「終わりだ……貴様の守りたかった偽りの平和もろとも
塵となって消えろォッ、アルフレッドォォォ!!」
狂気に歪んだモルデカイの指が、ついに引き金を絞る――直後
大気を歪ませる不可視の巨大な音響波は
アルフレッドの苦労して築き上げた鋼の肉体ごと
彼を分子レベルで完全に消し去るべく放たれた。
だが、その絶体絶命の瞬間……アルフレッドの体感時間は
恐ろしいほど緩やかに流れていた。
視界を舞うコンクリートの粉塵が
まるで雪のようにゆっくりと落ちていく。
(なんだ……これは。世界が止まって見える)
それは、彼がかつて裏社会の頂点に君臨していた
全盛期にすら到達したことのない、究極の集中状態……『ゾーン』であった。
なぜ今になって彼がその領域に至ったのか。理由は明白である。
永きに渡り続けられた『ササミやブロッコリーを始めとする健康食』
のみの食生活による極限の低血糖状態と
迫り来る『マイホーム喪失の危機』が
彼の脳内麻薬を
致死量スレスレまで異常分泌させていたのだ。
直後……彼は、凄まじい熱を発し完全にロックし
黒煙と火花を上げるだけの『鉄屑』と化した
自らの愛銃『魔改造リボルバー』を
鋭く研ぎ澄まされた冷徹な目で見つめて居た。
『Tap, Rack, Bang』……それは本来
自動式拳銃の『給弾不良』を解消するため
提唱されている『基本動作』だ。
『弾倉の底を叩き(Tap)』
『スライドを引き(Rack)』
『再び撃つ(Bang)』
……当然ながら
『シリンダー式の回転式拳銃』であるこの銃には
決して当てはまらない、構造からして逸脱した解決動作の筈である。
だが……彼の手にあるその銃には、今や――
『出来るだけ歩きたくない、楽をして遠くの敵をまとめて片付けたい』
――という極めて堕落した理由で
彼が無理やりに組み込んだ無数の『規格外パーツ』が
複雑怪奇に絡み合っている……それはもはや
『リボルバー』と言う単純構造からも完全に逸脱した
未知の兵器として――
「――『Tap』」
アルフレッドは、銃を構えたまま自身の右足を僅かに上げ
極限まで絞り込まれ岩のように硬くなった自らの膝頭に
リボルバーの銃把の底を力強く叩きつけた。
ガンッ!!
という、骨まで響くような重い衝撃。
それは、極限の空腹とオーガニックな健康食によって
無駄な脂肪を削ぎ落とされ、全盛期以上に
研ぎ澄まされてしまった鋼の肉体から生み出された
計算し尽くされた物理的ショックであった。
……その一撃により、熱で歪み
ズレて噛み合ってしまっていた『ガトリングの拡散器』の巨大な歯車が
本来のレールへと『ガシャン! 』と弾き戻される。
「――『Rack』」
次いで、アルフレッドは左手を銃身の上部へと伸ばした。
そこは、規格外の魔力を流し続けた結果
完全に熱で融解し、溶接されたように固着していた
『スナイパーの増幅器』と『双剣の収束器』の接合部。
分厚い革手袋越しでも皮膚が焼けるほどの高熱を放つその部分へ
彼は太い指を容赦なく掛け……直後。
(銀行の担当者のあの渋い顔を、俺は二度と見たくない……ッ!)
絶対にマイホームを守り抜くという
父親としての純粋な『握力』と『腕力』だけで
癒着した分厚い金属の塊を、物理的に剥がし千切るように
強引にガシャァァァァッ!! と引き切った。
「なっ……!?」
刹那、モルデカイが驚愕に目を見開く。
(溶接されたも同然の金属の焼き付きを
素の腕力で、しかも一瞬で強制排除しただと!?
そんな馬鹿な、人間の出せる力ではないッ!)
モルデカイが戦慄するその前で
アルフレッドの魔改造リボルバーは
狂った歯車を強制的に噛み合わされ
最後に一度だけ奇跡の同調を果たす。
――だが、そんな絶体絶命の極限状況にあっても尚
この瞬間、アルフレッドの脳裏にフラッシュバックして居たのは
血みどろの過去の戦いの記憶や、かつての仲間との絆などでは全くなかった。
『おかえりなさい、お父さん!』という愛娘の無邪気な笑顔。
今まさに、家のキッチンでコトコトと煮込まれているだろう
肉の脂が溶け込んだ特製シチューの芳醇な匂い。
そして――
『35年ローンの引き落とし日(※残高不足は絶対に許されない)』
――と赤い丸がつけられた、リビングの壁掛けカレンダーの鮮明な記憶。
迫る死の恐怖よりも、そんな『愛しい日常(とローンの支払い)』への
強烈な執念が何もかもを凌駕した瞬間……彼は
眼前にまで迫り来る巨大な不可視の音響波に向け、無慈悲に引き金を引いた。
「――『Bang』だ」
ドガァァァァァァァァァァンッ!!!!!
それは、巨大な地下空間全体を根底から揺るがす
かつてないほどの轟音だった。
『スナイパーの増幅器』の圧倒的な貫通力。
『ガトリングの拡散器』の圧倒的な制圧力。
『双剣の収束器』の圧倒的な一点突破力。
……本来、絶対に相容れない筈の三つの異規格パーツ達は
不器用な初老の父親の『娘のシチューを食いたい』という
凄まじい執念によって奇跡的に一つに収束し
限界を超えた『極太の光の槍』となって撃ち出された。
放たれた灼熱の光の槍は、目前まで迫っていた不可視の音響波を
まるで薄紙を破るかのように正面から真っ二つに引き裂き――そのまま
モルデカイの構える『超振動音響砲』の
太い砲身のど真ん中を、寸分の狂いなく一直線に貫いた――
「バ、バカなッ!? この最高傑作が
ただの寄せ集めの銃に……グァァァァァッ!!!」
――モルデカイが『組織の最高傑作』と自負して居たその武器は
そのデタラメな威力の代償と言うべき、著しい構造上の問題を抱えていた。
それは『放熱』……この瞬間、唯でさえ
限界駆動で尋常ではない熱を帯びていた砲の内部へと齎された
アルフレッドの『規格外の一撃』は
冷え切らぬ砲身と、核となる内部の『崩壊機構』に
致命的な熱暴走を生じさせたのだ。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
直後に発生した、太陽が落ちたかのような大爆発。
その凄まじい衝撃波に依り
モルデカイの身体は木の葉のように空高く舞い上がり
遥か後方のコンクリート壁へと叩きつけられる。
「ガハァッ!!! ……」
……血を吐き、崩れ落ちるモルデカイ。
だが、彼にとって真の『脅威』は武器の爆発などではなかった。
モルデカイの武器を粉砕した極太の光の槍は
大爆発の炎すらも切り裂き、なおも勢いを落とすことなく
真っ直ぐに直進していたのだ。
(……シチューの火は、絶対に止めさせねえ!)
アルフレッドの極限の執念(食欲)が乗った弾道は
モルデカイの真横をすり抜け――その遥か背後に鎮座していた
『魔力炉心』へと向かう……そして
街のインフラ崩壊を招く元凶であった、炉心へと無理矢理に装着された
『暴走誘発リレー制御基板』の極小のコア部分だけを
針の穴を通すような精度でピンポイントに貫き、見事に蒸発させたのだ――




