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第27話:迫る崩壊と、走馬灯のマイホーム

ズガァァァァンッ!!


『黒之歯車(ブラック・ギア)』の『地下要塞』

その、最深部を激しく揺るがしながら

モルデカイの放つ『超振動音響砲(ソニック・バスター)』は

容赦なく撃ち込まれ続けた。


……着弾したドーム状の壁面や太い鉄骨は

音もなく、次々と細かい砂のようにサラサラと崩れ落ちていく。


「チィッ……!!」


アルフレッドは、不本意にも日々の荒野のウォーキングと

徹底した食事制限によって『バキバキに仕上がってしまった』

肉体のバネを限界まで酷使し、崩れゆくコンクリートの壁を蹴って

大きく跳躍……間一髪で、触れたものを全て塵に還す

不可視の『音響波』を幾度となく躱し続けていた。


(ハァッ……ハァッ……! 冗談じゃねえ!

極力歩かないため、無駄な動きをしないために

わざわざ銃を魔改造したってのに、結局こんな

『激しい有酸素運動(フル・ワークアウト)』をする羽目に

なってるじゃねえか!)


息も絶え絶えに初老の肺が悲鳴を上げ

極度の空腹(ササミとふかし芋だけの低血糖状態)によって

視界がチカチカと点滅する。

飛び退くたびに膝の軟骨がゴリゴリと削れるような痛みが走り

沈黙した愛銃を握る手にも力が入らなくなってきた。


「どうしたアルフレッドォ! 逃げ回るばかりか!?

貴様の力はそんなものではなかったはずだ!」

モルデカイの狂気を孕んだ笑い声が反響する。


……死の危険。限界を超えた肉体。

人が極限状態に陥った時、脳は過去の記憶を

走馬灯のように駆け巡らせるという。

かつて『歩く厄災』と呼ばれた伝説の暗殺者アルフレッドの脳裏にも

その、ご多分に漏れず『10年前のあの日の光景』が

鮮明にフラッシュバックしていた……だがそれは。


血で血を洗う裏社会の抗争でも

かつての仲間との死闘でもなく――


「お客様、大変申し上げにくいのですが……過去3年分の

『確定申告の控え』の方は……あ、無い?

それではちょっと、当行での35年住宅ローンは厳しいかと……』


――街の『第一銀行・住宅ローン相談窓口』の風景であった。


当時のアルフレッドは

はち切れんばかりの丸太のような大胸筋を

既製品の安くてペラペラなスーツに無理やりねじ込み

窮屈なネクタイを締めてパイプ椅子に座っていた。

冷房の効いた銀行内で、慣れない『カタギの愛想笑い』を浮かべながら

担当の銀行員の厳しい追及に滝のような冷や汗を流していた。


―――


――


―


「そ、そこを何とかお願いできませんか!

報酬……いや、売上なら毎月確りとあります!

ほら、ここに……足のつかない現金(札束)がこんなに……!」


「なっ!? ……お客様っ!?

窓口に札束がギッシリ詰まった銀色のアタッシュケースを

ドンと置かないで下さい! そもそも出所不明な現金は

審査の対象外でして……税務署に連絡がいきますよ!?」


「な、ならば! 確実な資産として

この『純金の延べ棒』を担保に……! 大丈夫です

誰の血もついていない、完璧に洗浄された綺麗な金ですから!」


「血!? 洗浄!? お客様

これ以上不審な言動をされますと警備員を呼びますよ!?

そもそも反社会的勢力の方にはご融資できかねますので!」


「ち、違う! 私は断じてそんな……ただの

しがないフリーランスの……清掃業者だ!」


――『お父さん! 私、この街の学校に行きたい! あの白いお家がいい!』


愛娘の無邪気な笑顔と、小さな指が差した住宅情報誌の1ページ。

ただその願いに応えるためだけに

アルフレッドは裏社会の頂点に立つ権利をあっさりと捨て去り

真っ当な『偽装職歴』を作るために清掃会社で身を粉にして働き

慣れない肉体労働で腰を痛めながら必死に頭金を貯めた。


時にはご近所付き合いのために町内会のドブ掃除にも進んで参加し

回覧板を笑顔で回し、ゴミの分別ルール

(特にプラスチックと可燃ごみの違い)を必死に覚えた。


「そ、そんな冷たい事を言わず……私は娘に

この平和な街で良い暮らしをさせるため必死なんです。

貴様……あ、いや……

『貴方』の机に飾られているその写真の可愛らしい女の子は

貴方の娘さんでしょう? ……気持ちは分かるはずだ」


「そ、それとこれとは話が……」


「貴方の娘さんでしょう? ……『話は』分かるはずだ」


「ひっ……! わ、分かりました!

審査部には私から強く掛け合ってみますから

どうか家族だけは……!」


(結果的に変な凄み方をして審査を通した気もするが……まあいい)


―


――


―――


ともあれ、地獄のような屈辱の審査と

血と汗と涙の結晶である『35年ローン(変動金利)』。

あと25年も支払いが残っているあの『白い屋根の家』を

今、目の前の狂った昔の『同僚』モルデカイが

くだらない逆恨みで地盤沈下させ、沈めようとしているのだ。


「……ふざけるな」


走馬灯から意識を引き戻したアルフレッドの目が

限界を超えた強烈な怒りによって、赤く爛々と輝き始めた。


「私は……俺は……! 娘の家を……俺の城を、絶対に沈ませはしない!!」


アルフレッドは跳躍を止め

崩れゆくコンクリートの瓦礫の上に、どっしりと両足を踏ん張った。

彼の右手には、完全に歯車が焼き付き

ピクリとも動かなくなった魔改造リボルバーが握られている。


「フハハハ! 諦めたか! 貴様の銃はもう撃てん!

この一撃で、貴様の守りたかったもの全てを塵にしてやる!!」


モルデカイは勝ち誇り

『超振動音響砲(ソニック・バスター)』のエネルギーを

臨界点まで充填する……絶対絶命の危機。

しかし、極限の空腹とローンへの執着で

『何か』が振り切れたアルフレッドの顔には、もはや焦りはなかった。


「くッ……親父さん! 俺たちが囮になる! その隙に逃げてくれ!」

「アル! アナタ一人だけでも生き延びて、この街の未来を……!」

物陰から、ブラッドとカルメンが

涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら死地に飛び出そうとする。


「……動くな。お前らが派手に撃ち合ったら、炉心の配管に穴が空く」

(訳:俺は逃げる方向考えながら逃げてんだ!

考えなしに動き回った結果ガス管に当たりでもしたら

今夜の特製シチューが煮込めなくなるだろうが!!)


……アルフレッドは、二人を鋭く冷たい視線で制止した。

その目は『己の命に代えても街の未来を護る』という

崇高な自己犠牲の精神に満ち溢れている……ように二人には見えた。


「モルデカイ……一つ教えてやる」


アルフレッドは、完全に沈黙し

黒煙を上げる魔改造リボルバーをゆっくりと持ち上げながらそう言った。

そして――


「こうなった理由なんてのは……唯一つ。

俺が手入れをサボった事が原因だ……だが

ガタついた時の『直し方』は、いやと言う程に体が覚えているんだ――」


――伝説の殺し屋の、不器用な父親としての最後の意地

マイホームのローンと娘のシチューを守るための

究極の『リカバリー』が今、始まろうとしていた――

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