第25話:魔力炉心の強行突破と、すれ違う10年の真実
けたたましい警報音が耳をつんざき
血のように赤い赤色灯がせわしなく旋回する地下空間。
『黒之歯車』地下要塞の無機質な通路。
どこからか漏れ出す高圧の蒸気が視界を白く染める中
アルフレッドは一切の無駄を削ぎ落とした
滑らかな足取りで真っ直ぐに進んでいた。
「第4隔壁、封鎖完了! 何としても奴を足止めしろ!」
「通路に高機動防衛ドローン群を展開! 一歩も通すな!」
スピーカー越しに響く、敵兵たちの切羽詰まった怒号。
分厚いチタン合金で作られた重厚な隔壁扉が
天井から次々と振り下ろされ、巨大な地響きと共に
アルフレッドの行く手を物理的に遮っていく。
だが、今のアルフレッドにとって『壁』など
ただ有酸素運動の時間を無駄に増やして腹を空かせるための
鬱陶しい障害物にすらなって居なかった。
「迂回などしない……時間を掛ければ、娘の特製シチューが冷める」
アルフレッドは歩みを一歩も止めず
無造作に愛用の魔改造リボルバーを構え
銃口に取り付けられた『魔力収束器』のダイヤルを
『強化徹甲弾』モードへと強引に回した。
銃身の奥で無理やり接続された異規格の歯車が不満げに軋み
極限まで圧縮された魔力が
甲高い悲鳴のような音を上げて砲身を満たしていく。
――「『Tap, Rack, Bang』(タップ・ラック・バン)」――
ビィィィンッ!!
引き金が引かれた瞬間、放たれた極細の光の針は
強固なチタンの隔壁をまるで濡れた紙切れのように容易く貫通した。
それだけではない。光の針は隔壁をぶち抜いた余勢を駆って
さらにその数十メートル奥の通路で待機していた
数十機の防衛ドローン群のコアをも一直線に射抜き
一切の爆発を伴わずに全機をその場に墜落・沈黙させたのだ。
なおもアルフレッドの歩みは止まらない。
高熱を帯び、ドロドロに溶けた貫通穴の縁に
シックスパックの腹筋から生み出される重い前蹴りを叩き込み
ひしゃげた扉を強引に蹴り破って真っ直ぐに前へと進む。
『フッ……相変わらずのデタラメな破壊力だな。
だが、その強引な進軍がいつまで持つ?』
硝煙と蒸気の立ち込める通路のスピーカーから
最高幹部モルデカイの、氷のように冷ややかな声が響いた――
『アルフレッド……なぜだ? 10年前、貴様は
組織の頂点に立つだけの実力がありながら
突如として自らの牙を抜き、全てを捨てて逃げ出した。
……残された俺たちが、どれほど泥水を啜り
這いつくばって裏社会の覇権を奪い返すため血を流したか……
アルフレッド……貴様に分かるか?』
モルデカイの低い声には、底知れぬ憎悪と共に
かつての強者に対する強烈な『執着』が色濃く滲んでいた。
『貴様は闘争から逃げた! 己の欲望を恐れ、骨抜きになった臆病者だ!!』
地下空間に反響する、壮大な復讐と怨念の叫び。
しかし、歩きながらそれを聞いていたアルフレッドの脳内に去来したのは
血で血を洗う裏社会の記憶や、かつての仲間への感傷などでは
決してなかった。
(……違う。あの時、娘が
『どうしてもあそこの私立の中学に行きたいの』って
涙ぐみながら言い出したからだ)
アルフレッドは遠い目をしながら、カチャリとシリンダーを回して
『散弾』モードに切り替え
角から飛び出してきた完全武装の敵兵たちを
まるでベルトコンベアの不良品を弾くかのような流れ作業で掃討した。
(……私立の高い学費を払うには
銀行で『教育ローン』とやらを組まなきゃならなかった。
そして、そのためには『カタギの定職』と、何より
『社会的信用(クレジットカードの審査実績)』が
絶対に必要だったんだよ……!
いくら裏社会で数億稼いでいようが、殺し屋の自称収入じゃ
まともなローン審査は絶対に通りゃしねえんだ……ッ!!)
『裏社会の覇権』よりも『娘の学費と銀行の審査』を優先しただけの
不器用な父親のあまりにも切実で、世知辛い事情。
銀行の窓口の担当者に怪しまれないよう、無理に
『サイズの合わないセール品の安スーツ』を着込み
はち切れそうな肩幅を丸めながら必死に作り笑いを浮かべ
源泉徴収票の言い訳をしたアルフレッドの屈辱を
モルデカイは一切知らない。
もしも今、アルフレッドがそんな現実的すぎる事実を口に出せば
裏社会で語り継がれてきた伝説が根底から覆ってしまう事だろう。
「確かに、裏社会に生きる者としては恥じるべき退場だろう……だが。
俺はその『選択』を、微塵も恥じては居ない……」
アルフレッドは眉間に深いシワを寄せ、極めて低い声でそう言い切った。
一方、その様子を物陰からこっそり監視して居たカルメンとブラッドは
またしても見当外れの『勘違い』を発動させ、大粒の涙をこぼしていた。
「……ねぇ聞いた!? ブラッド!
10年前のアルは闘争を恐れたんじゃないわ……!
己の圧倒的な力が生み出す『悲劇の連鎖』を断ち切るために
あえて全ての泥を被って、裏切り者の汚名を着てまで
表舞台から消えたのよ……!」
「ああッ! ちげえねぇよ……!
親父さんは、かつての仲間だったモルデカイの怒りや痛みを
誰に弁解することもなくあの広い背中でじっと受け止めてんだ!
全ては、この狂った裏社会のシステムを根底から変えるために……
なんて……なんて悲しくて、強え男なんだ……!」
……『クレジットカードの審査に落ち続けた』過去のトラウマを思い出し
苦い顔をして顔を顰めていた初老の男は
二人の目には『過去の罪を一人で背負う殉教者』として神々しく映っていた。
「兎に角……待っていろ、モルデカイ。
俺の全て(マイホーム:35年ローン付き)を脅かすなら……容赦はしない」
アルフレッドは、ついに要塞の最深部
『魔力炉心室』へと続く最後の重厚な扉の前に立った。
そこは『愛娘が望んだ家』の直下……つまり
『ガスと水道』の供給源であり、さらには『地盤の安定』と
『娘の特製シチューの命運』を握る
絶対に負けられない最終決戦の地である――




