第24話:決別の儀式と、無臭への執念
『セントラル・ガーデン』の地下深くに広がる
巨大な『魔力炉心機構』……本来ならば街のインフラを支え
人々の平和な暮らしを維持するために張り巡らされて居る
巨大なエネルギーの血管は、今この瞬間
アルフレッドの歩んだ10年という月日を刈り取るように
暴力的な熱を帯びた巨大な兵器へと変貌していた。
地下空間を満たす重低音と、肌を焼くような魔力の波動。
「くそったれが……何だって極度の空腹状態の中
こんな息の詰まるような地下深くで有酸素運動をさせやがる。
『腹が減っては戦は出来ぬ』……何処か極東の島国だかに
そう言う格言があった筈だ。
そいつらとは比べるまでも無ぇ……この馬鹿どもは
食事って物の大切さを分かっちゃいねえ……いや、まぁ良い。
何よりの『問題』は……この向こうに居る筈だ」
『地下要塞』……宿命の相手が待つその場所へと至る
厚さ数十センチはあろうかという分厚い鋼鉄の隔壁の前に
アルフレッドは静かに佇んでいた。
遅れる事、僅か……彼の背後から
息を切らせて追いついてきたカルメンとブラッドの足音が響く。
「お、親父さん! 街の地下にこんな巨大な要塞が隠されていたなんて……!」
「アル、一人で突っ込む気!? 相手はあの『処刑人』モルデカイよ!?
組織の最高幹部にして、アナタの過去を知る男……!」
二人の必死の制止を背に受けながら
アルフレッドは無言で分厚い革コートの懐を探っていた。
直後、彼が取り出したのは……これまで幾度となく
匂いだけを嗅いで耐え忍んできた
『銀色のスキットル』と『ラスイチの葉巻』だった。
だが、この瞬間明らかにいつもとは違う彼の様子に
ブラッドは思わずたじろいだ。
「お、親父さん……?」
そんなブラッドを歯牙にも掛けない様子で
カチャリとスキットルの蓋を開けたアルフレッド。
最高級のバーボンの、甘く暴力的な香りが
地下の淀んだ冷たい空気に一気に広がる。
だが……彼はそれを喉に流し込むことなく
足元の排水溝に向かって、トクトクと中身を全て捨て始めたのだ。
「なっ……!?」
ブラッドが息を呑む。
続いてアルフレッドは、口に咥えていたラスイチの葉巻を手に取ると
一切の躊躇なく両手で真っ二つにへし折り
それをも排水溝へと無造作に投げ捨てた。
「アル……アナタ、まさか……」
カルメンの目が、驚愕に見開かれる。
「……これでいい」
アルフレッドは、空になったスキットルをも
一切の未練無く投げ捨て、深く太い息を吐いた。
(これから娘の家に行くんだ。
産まれたばかりの柔らかい孫を抱くのに
酒と煙草の匂いが染み付いていたら、絶対に嫌な顔をされる――
『お父さん、タバコ臭い!
赤ちゃんに悪影響だから、お風呂に3回入るまで抱っこ禁止!』
――なんて言われた日には、俺のここまでの苦労が全て水の泡だ。
ここまでの道中で染み付いた硝煙や汗の匂いも
この地下要塞に吹き荒れる『電磁風』を利用して完全に飛ばし
究極の『無臭』に仕上げにゃならんのだ……!)
この瞬間、彼の脳裏を過った愛娘のトラウマ的発言
そして、それを振り払うための切実すぎる消臭行動。
しかし、その光景を見た二人の監視役の目には
全く別の、そして極めて崇高な『儀式』として映っていた。
「見ろよカルメン……親父さんが、最後の一服すら捨てちまった……っ!」
ブラッドの目から、大粒の涙が溢れ出す。
「ええ……己の命すら惜しくない死地に向かうため
俗世の全ての未練、全ての欲望を完全に断ち切ったのよ。
彼は……戻る気なんて、最初から無いんだわ。
自らの命と引き換えに、自分の背負った過去の因縁を
ここで完全に断ち切る気なのよ……ッ!」
『消臭』を『決死の覚悟と殉教の精神』と完璧に勘違いし
二人はその場で耐えきれずに号泣し始めた。
「五月蝿い……行くぞ」
アルフレッドは、背後で繰り広げられる二人の
『壮大な勘違い』など歯牙にも掛けず……振り向くことすらもせず。
直後、愛用の魔改造リボルバーを抜き放ち
立ちはだかる『地下要塞』最後の隔壁に強烈な前蹴りを叩き込んだ。
ズガァァァァンッ!!
……数十トンもの重量を持つ分厚い鋼鉄の扉が
飴細工のようにへし折れて吹き飛ぶ。
直後、侵入を検知した要塞内部の赤色灯が
一斉に不気味な点滅を始める。けたたましい警報音が鳴り響く中
アルフレッドには勿論、地下空間全体に響き渡るように
スピーカー越しのモルデカイの冷酷な声が降り注いだ。
『……来たか、アルフレッド。
10年前、組織の頂点に立つ権利を捨ててまで
おずおずと逃げ出した臆病者が……!』
「五月蝿い……俺は急いでるんだ」
(訳:シチューが冷める前に
そしてこの暴走で地上のガスが止まる前に帰らなきゃならんのだ。
時間を無駄にするな)
『フッ……相変わらずの減らず口だ。
だが、今の貴様はあの頃のような享楽主義者ではないようだな?
酒と煙草を捨て、死線を越えてきたその目……それは
過去の己を葬り去り、俺を殺すためだけに極限まで研ぎ澄まされた
『修羅』の目だ』
……通信機越しのモルデカイでさえ
アルフレッドの『無臭への執念と空腹による虚無の目』を
『修羅の覚悟』と壮大に勘違いしていた。
どうやらこの世界で、アルフレッドの真の目的を正しく理解しているのは
アルフレッド本人と愛娘だけのようだ。
「モルデカイ……すまないが、お前には、ここで完全に消えて貰う。
俺が願う『平穏』のために」
(訳:俺の『35年ローンのマイホーム』のために)
ドォォォォンッ!!
アルフレッドは、立ちはだかる無数の防衛ドローン群に向け
容赦のない『散弾』を放ちながら、地下要塞の最深部へと猛然と歩を進めた。
伝説の殺し屋の『マイホームとシチューと娘と孫を守るための』
『単身赴任』最終章が、今
赤き警報の瞬く地下の闇の中で、静かに
そして激しく幕を開けたのだ――




