第22話:静寂の住宅街と、壊せないマイホーム
『隔離防壁』を抜けた先に広がっていたのは
荒野の殺伐とした光景とは無縁の、美しく整備された住宅街だった。
……白壁の家々、手入れされた芝生
そして等間隔に並ぶガス灯風の街灯が照らす町並み……そこはまさに
アルフレッドが夢にまで見た『平和な余生』を象徴する場所だった。
「静かだな」
アルフレッドは、バキバキに割れた腹筋に力を込め
抜き足差し足で歩道を進んでいた。
かつての彼なら、敵の気配を感じた瞬間
即座に壁ごと吹き飛ばして進むところだが……今は違う。
ここは娘が住み、孫が育つ街なのだ。
(……このタイル、一枚いくらするんだ?
もし俺が暴れて街路樹の一本でもなぎ倒してみろ――
『お父さんのせいで景観が損なわれた! 資産価値が下がった!』
――って、娘に一生ネチネチ言われるに決まってる)
伝説の殺し屋は、敵の待ち伏せよりも
『不動産価値の下落』と『娘の小言』を恐れ
極限の『隠密モード』に入っていた。
「おい、見ろよ」
植え込みの影から、ブラッドが小声で囁く。
「親父さん、一歩進むごとに地面の感触を確かめてるぜ? ……ってまさか
敵が仕掛けてるかも知れない『振動センサー』まで警戒してるのか?
なんて緻密な男だ……流石は親父さん、強さと優しさの共存だぜ」
「ええ……街の平和を壊さないよう、呼吸一つ乱さずに歩いているわ。
まるで大地の精霊と対話しているみたい……」
カルメンも、茂みに擬態しながら感動の涙を流していた。
(違う。タイルを割ると弁償が怖いから
なるべく目地に足を置いてるだけだ……と言うか。
……何故、こいつらはしれっとついてきて居る?)
そんなアルフレッドの前に、音もなく影が降り立った。
『黒之歯車』の暗殺部隊
通称『影之歯車』……特殊な光学迷彩スーツに身を包み
気配を消して獲物を狩る、組織最精鋭の特殊工作員たちだ。
「アルフレッド……ここがお前の墓場だ。
この静かな街で、誰にも気づかれずに死ね」
……リーダーらしき男の声が、虚空から響く。
数十人の暗殺者が、音もなくアルフレッドを包囲した。
彼らの手には、消音機能付きの高周波ナイフが握られている。
「……おい」
アルフレッドは、魔改造リボルバーに手を掛けながら
地を這うような低い声で言った。
「なんだ、遺言か?」
「お前ら、今何時だと思って居る? ……ここは住宅街だ」
アルフレッドは、腕時計(娘が誕生日にくれた安物)をチラリと見ながら続けた。
「夜の8時過ぎ……そろそろ、寝かしつけをしている家もある時間だ。
大声を出すな……そして、そのナイフで周囲に傷をつけるな」
「ふっ! ……は?」
暗殺者たちは困惑した。
命のやり取りをしている最中に、近所迷惑を心配する殺し屋など前代未聞だ。
何よりも……高周波ナイフの場所が『バレている』
「く……狂ったか、厄災! 死ねェッ!!」
慌てた暗殺者たちは一斉に跳躍した。
光学迷彩で姿を消し、死角から音もなく迫る刃。
しかし、アルフレッドの五感は
空腹と禁欲によって極限まで研ぎ澄まされていた。
空気の僅かな揺らぎ、芝生を踏む微かな音……それら全てが
彼の脳内に鮮明な3Dマップとして描き出される。
「出来るかは謎だが……『消音』モードだ」
アルフレッドは魔改造リボルバーの先端
武闘派ヴォルフから奪った『収束器』のダイヤルをカチャリと回した。
本来、光線を一点に凝縮するためのパーツだが
彼はこれを逆利用し、銃声の『音波』だけを収束して
内部で打ち消すように調整したのだ。
――「『Tap, Rack, Bang』(タップ・ラック・バン)」――
ポシュッ。ポシュッ。ポシュッ。
放たれたのは、威力を抑え、衝撃波を最小限にした『弾』
それは光学迷彩を透過し、暗殺者たちの関節を正確に撃ち抜いていく。
「ぐわっ!?」「なっ、どこから……!?」
暗殺者たちが次々と地面に転がる。
しかし、彼らの体は芝生の上に柔らかく着地し……悲鳴すらも
『弾』の持つ特殊な『音響相殺』によって
周囲に漏れることはなかった。
「よし……騒音レベル、基準値以下だな」
アルフレッドは満足げに頷き、倒れた暗殺者たちを丁寧に
(掃除しやすいように)一箇所にまとめ積み上げた。
「……信じられない」
カルメンが震える声で呟いた。
「敵を倒すだけでなく、その『音』すらも支配したわ……
この街で眠る人々の安眠を守るために、神の如き精密制御を見せたのよ」
「親父さん……あんた、本物のサンタクロースか何かなのかよ……!」
ブラッドも、鼻水を垂らしながら忠誠心をさらに高めていた。
(違う。通報されてパトカーが来たら
娘の家に顔が出せなくなるから必死なだけだ……と言うか
いい加減黙れ、こいつら一体今が何時だと思っている? )
……アルフレッドは額の汗を拭い、再び歩き出した。
目指すは、街の中央にそびえ立つ組織の臨時拠点。
そして、その近くにある世界で一番大切な『我が家』である。
しかし、その時……アルフレッドの鼻が
懐かしく、そして強烈に食欲をそそる匂いを捉えた。
(『肉』……『醤油』……そして、たっぷりの『バター』の香り。
間違いない。これは……娘の得意料理『特製シチュー』の匂いだ!)
匂いの発生源は、すぐそこにある。
伝説の殺し屋の胃袋が、この日一番の咆哮に近い音を立てた。
「……っ。あと、少し……!」
娘のシチューを、そして孫との抱擁を勝ち取るため。
アルフレッドは空腹の限界を超え、最終決戦の場へと急ぐ。
彼の『静かなる防衛戦』は、いよいよクライマックスへ――




