第19話:封鎖された歓楽街と単身赴任(ソロ・ミッション)の決意
『陸上戦艦:ランド・ドレッドノート』を単騎で沈めたアルフレッドは
ついに中継都市『ネオン・ダスト』へと足を踏み入れた。
……かつて不夜城と呼ばれ、夜な夜な
ならず者たちが安酒とジャンクフードを求めて集う、欲望の吹き溜まりであった。
(やっとだ……やっと、塩と脂のオアシスに辿り着いたぞ……!)
アルフレッドの足取りは、シックスパックに割れた腹筋のバネも相まって
スキップでもしそうなほどに軽かった。
彼の脳内は、すでに『トリプルチーズバーガー:ベーコン乗せ』と
『スペシャルオニオンリング(超特大)』で埋め尽くされている……しかし。
街のメインストリートに立ったアルフレッドを待っていたのは、無情な現実だった。
「……なんだ、これは」
アルフレッドは呆然と呟いた。
ネオンサインは全て消灯し、ダイナーや酒場のシャッターは固く閉ざされている。人っ子一人歩いておらず、風に吹かれた新聞紙がカサカサと転がっていくばかりだ。
まるで、街全体が死に絶えたかのような静寂。
「おかしいわね……いくら昼間とはいえ
『ネオン・ダスト』がこんなにゴーストタウン化するなんて」
カルメンが二丁拳銃に手をかけながら、周囲を警戒する。
その時、路地裏のゴミ箱の陰から
ひょっこりと怯えた顔を出した情報屋の男。
「お、お前ら……! バカ、早く隠れろ! 今この街を歩き回ってたら
『黒之歯車』の特務部隊にハチの巣にされちまうぞ!」
「特務部隊だと?」
ブラッドが情報屋の胸倉を掴んで引き寄せる。
「どういうことだ、説明しろぃ!」
情報屋はガタガタと震えながら答えた。
「す、数日前からだ……この街……いや
この一帯のエリア全てが、『黒之歯車』による
『完全封鎖』を受けたんだよ! ……なんでも
『伝説の殺し屋が巨大な帝国を築くために進軍して来てる』らしくてな。
ボスからの命令で、少しでも怪しい奴は即時殺処分らしい……」
「なっ……」
カルメンとブラッドが顔を見合わせる。
「それと……」
情報屋はさらに絶望的な事実を口にした。
「……この先にある平和な居住区『セントラル・ガーデン』も大変だ。
あそこは『黒之歯車』の本拠地に近いから
街ごと人質に取るためか、巨大な防壁で完全に隔離されちまっててよ……」
ピキッ。
アルフレッドのこめかみに、青筋が浮かび上がった。
(セントラル・ガーデン……!? そこは、俺の娘が住んでる街じゃねえか!)
アルフレッドの脳裏に、最悪のシミュレーションが駆け巡る。
『お父さんのせいで街が封鎖されて
スーパーの特売日に行けなかったじゃない! もう一緒に住む話はナシよ!』
……激怒する娘の顔。
『せっかく産まれた孫に、殺伐とした景色を見せないで!』
……と、玄関のドアをチェーン付きで閉められる未来。
(じ……冗談じゃねえ。
俺の、俺の涙ぐましい健康生活の努力が、水の泡になっちまう!)
アルフレッドはギリッと奥歯を噛み締めた。
街が封鎖されているということは、当然ダイナーも開いていない。
彼のトリプルチーズバーガーの夢も、娘との同居の夢も
全て『黒之歯車』のせいでぶち壊されようとしているのだ。
「……カルメン、ブラッド」
振り返ることなく、低く冷たい声で二人に呼びかけたアルフレッド。
「親父さん……」
「アル……」
……二人は息を呑んだ。
彼の背中から立ち昇る、かつてないほどの巨大な『怒り』と『殺意』
「お前らとの旅は、ここまでだ。
ここから先は……俺一人で行く」
アルフレッドは、愛用の魔改造リボルバーをホルスターから抜き
カチャリ……とシリンダーを確認した。
(娘の住む街が人質に取られている以上
血の気の多いこいつらを連れ回すわけにはいかない。
万が一、戦闘の余波で娘の家に傷でもついたら
一生口を利いてもらえなくなる)
「な、何言ってんだよ親父さん! 俺たちを置いていく気かよ!?」
ブラッドが叫ぶ。
「馬鹿じゃないの!? 敵の本拠地よ!
ボス直属の最精鋭が待ち構えてる様な場所
いくらアナタでも単身で乗り込むなんて無謀すぎるわ!」
カルメンも必死で止める。
しかし、アルフレッドの意志は固かった。
「黙れ……これは『家族』の問題だ。お前らには関係ない」
(訳:娘の存在も孫の存在も、そして
俺がただのダイエット中のジジイだという事実を知られるわけにはいかん)
アルフレッドは革コートを翻し
敵の本拠地へと続く荒野へ向かって歩き出した。
その孤独で力強い背中を見つめながら
残された二人は言葉を失っていた。
「……聞いたか、カルメン」
ブラッドの目から、滝のような涙が溢れ出す。
「あんなに俺たちのサポートを頼りにしてたのに……!
最後の最後で、俺たちを危険な戦場に巻き込まないために
わざと突き放したんだよ!……親父さん……あんた……あんた男だぜ……くっ! 」
「『家族の問題』……この世界に生きる全ての弱者を
彼は自分の家族として背負う覚悟を決めたのね……!
なんて、なんて不器用で優しい人なのっ……!」
娘に怒られたくない一心でソロ・ミッションを決意したアルフレッドの行動は
二人の目には『自己犠牲の極致』として美しく変換されていた。
「俺達は……あんたについて行くぜ、親父さん」
ブラッドは涙を拭い、愛用の重機関銃の弾帯を力強く巻き直した。
カルメンも、二丁拳銃のセーフティを外す。
「ええ。こんな最高にカッコいい男の最期を
特等席で見届けないなんて、女が廃るわ! 」
アルフレッドの『一人で行く』という言葉は、彼らの心に火をつけ
皮肉にも、かつてないほどの強い絆と覚悟を生み出してしまっていた。
だが、その前に。
「ねぇっ! アル!」
街の出口へ向かっていたアルフレッドの背中に、カルメンの声が響く。
「単身で乗り込むことを百歩譲って許すとしても
お昼ご飯の『無塩ゆで卵』と『特製青汁』は
ちゃんと食べてから行きなさーい!!」
「……チッ」
巨大組織との最終決戦を前にしてなお、娘の放った『監視役』の呪縛からは
決して逃れられないアルフレッドなのであった。




