第18話:魔改造のフルコースと、健康体という名の地獄
翌朝。
荒野の野営地で目覚めたアルフレッドは
自分の体に起きた『ある恐ろしい変化』に気づき、絶望に打ちひしがれていた。
「う……嘘だろ? 」
彼はシャツを捲り上げ、己の腹部を凝視した。
長年、最高級のバーボンと脂たっぷりの肉によって培われてきた
富と貫禄の象徴である『立派なビール腹』
それが……完全に消滅していたのだ。
……代わりにそこにあったのは、無駄な脂肪が削ぎ落とされ
バキバキに割れた『シックスパック(腹筋)』である。
(俺の……俺の愛しの腹肉が……ッ!
こんな石ころみたいに硬い腹、抱き心地が悪いって孫に泣かれるに決まってる!)
普通なら歓喜するであろう肉体美を前に、アルフレッドは涙ぐんでいた。
娘の送り込んだ刺客による徹底的なオーガニック食事療法と
強制的な有酸素運動(荒野の徒歩移動+戦闘)……その結果
アルフレッドの肉体は、皮肉なことに全盛期……いや。
それをも凌駕するほどの『超健康体』に仕上がってしまったのだ。
「んんっっ……おはよう、アル! って、すごい筋肉!
完全に体が仕上がってるわね! ……素敵よ♪」
「おぉ……流石は親父さんだ!
大決戦を前に、肉体を極限まで研ぎ澄ませたんだな! ……触ってもいいか!?」
……二人が目を輝かせて褒めちぎるが、アルフレッドの心は冷え切っていた。
(『触られる』のも『制限された飯』も、もう嫌だ。
今日こそ絶対にジャンクフードを食う……カロリーを摂取して
俺の腹肉を取り戻すんだ……!)
固い決意(リバウンド宣言)を胸にアルフレッドは荒野を歩き出した。
だが、それから数時間後。
アルフレッドたちの行く手を遮るように、大地を揺るがす轟音が響き渡った。
「な、なんだアレは……!?」
ブラッドが双眼鏡を覗き込み、悲鳴のような声を上げる。
砂塵を巻き上げて現れたのは、巨大なキャタピラで荒野を走る
『陸上戦艦:ランド・ドレッドノート』だった。
『黒之歯車』の残存幹部たちが
アルフレッドの進撃を止めるために持ち出してきた、組織の最高戦力である。
――戦艦の甲板から、拡声器を使った声が響く。
「聞こえるか! アルフレッド! ……貴様の帝国作りもここまでだ!
この超重装甲・多砲塔戦艦の前にひれ伏すがいい!」
幹部の発言直後、無数の大砲が一斉にアルフレッドたちに狙いを定めた。
「アル……流石にマズいわ!
いくらアナタでも、あんな巨大な鉄の塊じゃ……!」
カルメンが焦りの表情を浮かべる。
しかし、当のアルフレッドは巨大戦艦には目もくれず
戦艦のさらに『向こう側』に見えた景色に釘付けになっていた。
(み……見える。あの、陽炎の先にあるのは
間違いなく『中継都市:ネオン・ダスト』のシルエットだ。
……あそこにいけば、腐るほど飯屋がある!)
アルフレッドの腹の虫が、猛烈な勢いで鳴り声を上げた。
彼の視界にはもはや、巨大戦艦は
『飯屋の前に立ち塞がる、ちょっとデカいだけの邪魔な鉄屑』にしか見えていない。
「五月蝿い……俺は、腹が減ってるんだ」
アルフレッドは、ゆったりとした動作で
ホルスターから魔改造リボルバーを抜いた。
その手に収まるは――
『スナイパーの増幅器』『ガトリングの拡散器』『双剣の収束器』
――それら三つのパーツが数珠繋ぎにされた、不格好極まりない決戦兵器。
「撃てェェェッ!! 厄災を消し飛ばせぇぇぇっ!!」
戦艦の主砲が火を噴こうとした瞬間。
アルフレッドの指が、魔改造リボルバーの複雑な機構を鮮やかに弾いた。
始めに、上部の『高圧縮照準レンズ』を用いた『スナイパーモード』
「動力炉は……装甲の3メートル奥か」
アルフレッドの目が、分厚い装甲の奥にある戦艦の急所を正確に捉える。
続いて、先端
『魔力収束器』から発せられる『強化徹甲弾』
「『Tap,(タップ――」
ビャァァァンッ!!
極限まで圧縮された細い光の針が放たれる。
光の針は、戦艦の分厚い特殊合金の装甲を一直線に『貫通』
装甲に小さな風穴が開いた直後、強烈に彼我の距離を詰めた彼は
直後、シリンダーを回し『散弾』へとモードを変更
そして、銃の直径ギリギリに空いたその穴へと
殴るように差し込みながら
「――Rack, Bang』(ラック・バン)」
そう言って引き金を強く引いた。
……直後、戦艦の内部(装甲の奥)に侵入した光弾は
拡散器の力を完全解放し、無数の散弾となって内部で暴れ回った。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
外側の装甲は無傷のまま、しかし
内部の動力炉と駆動系だけが散弾によって完全に粉砕され
巨大な陸上戦艦は白煙を噴き上げて、ピタリと沈黙した。
「……っ!?」
「な、何が起きた……!? 動力炉が、一瞬でスクラップに……!」
戦艦の甲板にいた幹部たちは何が起きたのか理解できず、パニックに陥った。
たった一人……たった一本の異形な拳銃から放たれた連続攻撃。
『狙撃』で急所を見抜き『徹甲』で道を作り『散弾』で内部を破壊する。
魔改造の全てを乗せた、完璧な『フルコース』……それは
『飯屋に行くのに邪魔だから』という、極めて個人的な理由による物だった。
「よし……道が開いたな」
……アルフレッドは銃口の煙を払い、ホルスターに収める。
その圧倒的すぎる無力化を前に
戦艦の幹部たちは完全に戦意を喪失し、次々と甲板に白旗を掲げ始めた。
「こ、降伏する! 命だけは……!
このエリアの支配権は、皇帝アルフレッドに全て明け渡す!!」
……泣き叫ぶようにそう言った幹部たち。
それを見たブラッドが、震える声で歓喜する。
「き……聞いたか親父さん! ついに敵が全面降伏したぜ!
これでこの一帯は、親父さんの『帝国』の領土になったんだ!」
カルメンも同じく「すごいわ、アル! 血を流さずに巨大戦艦を制圧して
そんな王座を手に入れちゃうなんて……!」
そう、歓喜していた……しかし。
アルフレッドは、白旗を振る幹部たちにも
王座にも目もくれず、ただ不機嫌そうに戦艦の横を通り抜け――
「……王座だの領土だの、そんな面倒くさいものはいらん。
お山の大将など……血圧が上がるだけだ」
――振り返る事さえせず、吐き捨てる様にそう言った。
「俺はただ……この先にある街で、塩の効いたスープを飲みたいだけだ」
その背中を見送る幹部たちと、カルメン・ブラッドの二人は
雷に打たれたように立ち尽くして居た、そして――
(((……なんという器のデカさ! 巨大な領土や権力にすら一切の執着を見せず
ただ『一杯のスープ(庶民のささやかな平和)』を愛する。
これが、全てを悟った『修羅の境地』……!!)))
――またしても、発生した見事なまでの勘違い。
真実は『領土経営なんてストレスが溜まってハゲそうだし
何より今はダイエット食から逃れて塩分を摂取したいだけ』……なのだが
彼の伝説は留まることを知らない。
『健康体』という名の地獄を抜け出すため
アルフレッドは中継都市のジャンクフードを目指して歩き続ける。
そんな彼の『身辺整理』の旅は、いよいよ
最大の敵が待ち受ける場所へ突入しようとしていた――




