第17話:前線基地の甘美な匂いと、無慈悲な爆弾魔
防壁に空いた巨大な大穴を抜けた先……そこには
『黒之歯車』の前線補給基地が広がっていた。
「ひぃぃぃっ! 要塞壁が、壁が一撃で……!」
「化け物だ! 逃げろぉぉっ!」
……絶対防衛線を粉砕された守備隊の残党たちは
武器も物資も投げ捨てて、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。
アルフレッドはそんな有象無象には目もくれず、ピタリと足を止めていた。
(匂う、この匂いは……!)
彼の鋭敏な嗅覚――飢餓状態によって犬並みに研ぎ澄まされたそれが
風に乗って漂う甘美な香りを捉えていた。
「どうしたの? アル、敵の伏兵?」
二丁拳銃を構えたカルメンが警戒する。
「いや……あそこだ」
アルフレッドが指差した先には
逃げ遅れた兵士たちが放置していった巨大な野戦キッチンカーと
山積みの軍用木箱があった。木箱には
『特級ビーフシチュー缶(高カロリー・高塩分仕様)』という
アルフレッドにとって聖書よりも尊い文字が刻印されている。
(シチュー……! しかもビーフだ!
恐らく、敵の幹部連中が食うための『特別製』に違いねえ!)
「ふふふ……ははは!」
アルフレッドの喉の奥から、乾いた笑いが漏れる。
ササミ、大豆ミート、ふかし芋……長きにわたる苦行の末に
彼は『オアシスに辿り着いた心境』へと至っていたのだ。
「親父さんが……笑ってる?」
ブラッドが震える声で呟く。
「こっ、これは……敵の補給線を完全に断ち切り
兵糧攻めに成功したことを確信した『帝王の笑み』だ!
お、恐ろしいほどの戦略眼……!」
(違う。ただメシが食えるのが嬉しくてニヤけてるだけだ)
アルフレッドは小走りでキッチンカーへと向かい
山積みのシチュー缶に手を伸ばそうとした。
「待って、アル!!」
鋭い声と共に、カルメンがアルフレッドの手をガシッと掴んだ。
「ダメよ! 敵が残していった食料よ?
致死性の毒が仕込まれてるかもしれないわ!
アナタを暗殺するための罠かもしれないのよ!?」
「……カルメン。俺は毒耐性には自信がある。
過去に致死量のヒ素を盛られた時も、二日酔い程度で済んだ(※事実)
分かったなら手を離せ……」
アルフレッドは血走った目でカルメンを睨みつける。
「だ、ダメなものはダメ!
アナタがそんな得体の知れないものを食べるなんて……私を泣かせるつもり!?」
(訳:塩分と脂質の塊みたいな軍用食なんか食べさせたら
私のボーナスが吹っ飛ぶのよっ!お願いだからやめてっ!!! )
二人がシチュー缶の前で揉み合っている、その時だった。
「ヒャハハハ! その通りだぜ、嬢ちゃん!
伝説の殺し屋も、食い意地を張ると足元を掬われるってことだなァ!」
狂気じみた笑い声と共に、野戦キッチンの屋根に一人の男が降り立った。
全身にダイナマイトのような爆発物を巻きつけ
両手には小型の起爆装置を握りしめた小柄な男
『黒之歯車』幹部が一人
『爆弾魔ボリス』である。
「クックックッ……俺の仕掛けた『超強力魔力爆弾』は
毒なんかより遥かに確実だぜ? ……良いか? 良く聞け
その山積みの物資の下にはなぁ、この基地ごと吹き飛ばす量の
すんげぇ爆薬が仕掛けてあるのさァ!」
ボリスが起爆装置をカチャカチャと振りながら、下劣に笑う。
「アルフレッド! 貴様の帝国作りもここまでだ!
補給物資ごと、ここで消し炭になれェッ!!」
「なっ……!? 親父さん、罠だ! 離れろ!!」
ブラッドが叫ぶ……しかし、アルフレッドは動かなかった。
彼の手はなおも愛おしそうに『特級ビーフシチュー缶』を撫でていて――
「……おい」
――地を這うような、いや
地獄の底から響いてくるような重低音が、アルフレッドの口から漏れた。
「ひっ……!?」
ボマーのボリスが、思わず一歩後ずさる。
……アルフレッドはゆっくりと顔を上げた。
その目は、かつてないほどのドス黒い殺意――
『自分のメシを爆破されそうになっている男の怨念』に満ち溢れていた。
「俺が……俺がどれだけの苦行を耐えて
ここ(シチュー缶の前)に辿り着いたと思っていやがる?
ササミと葉っぱで命を繋ぎ、膝の痛みに耐えながら
漸く見つけた……俺の、塩分だぞ……ッ!!」
「な、何言ってんだテメェ……! ええい、死ねェッ!!」
恐怖に駆られたボリスが、起爆装置のボタンを強く押し込んだ。
――しかし、爆発は起きなかった。
「あ、あれ……? な、なんで起爆しねえ!?」
ボリスがカチカチと何度もボタンを押す。
「手元を見てみろ……発生源ごと『撃ち抜いた』」
いつの間にか、アルフレッドの右手には
魔改造リボルバーが握られて居て……その銃口からは極細い白煙が立ち昇っていた。
彼は、つい先ほど完成させたばかりの
『強化徹甲弾』の収束器を応用し
極細の魔力光線で起爆装置のアンテナだけを
ボリスがボタンを押す瞬間に正確に狙い撃ったのだ。
「そんな……! そんな歪な拳銃一本で
電波の発信源だけをピンポイントで狙撃したってのか!? 化け物かよ!!」
ボリスはパニックに陥り、身につけていた手榴弾を無茶苦茶に投げつけようとした。
「クソ野郎……俺のシチューを、脅かすな」
カチャリ、とアルフレッドがシリンダーを回す
『散弾モード』に切り替えるために。
――「『Tap, Rack, Bang』(タップ・ラック・バン)」――
ズガァァァァンッ!!
放たれた光の散弾が、ボリスの四肢を正確に(かつ殺さない程度に)打ち据え
彼を野戦キッチンの屋根から吹き飛ばした。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
ボリスは遠くの荒野まで転がっていき、白目を剥いて気絶した。
「ふぅ……危ないところだった。
シチューがダメになるところだったぜ……」
……アルフレッドは銃を収め、再びシチュー缶へと向き直った。
(さあ、待ちに待ったディナータイムだ。
缶詰を開けたら、直接胃に流し込んでやる……二缶は飲む)
しかし――「アル! 伏せて!!」カルメンの悲鳴。
気絶したボリスの懐からこぼれ落ちた『予備の起爆装置』は
地面の岩にぶつかった衝撃で――カチリ、と作動してしまったのだ。
「あ」
アルフレッドが間抜けな声を上げた瞬間。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
山積みの物資の下に仕掛けられていた魔力爆弾が、大音響と共に起爆した。
凄まじい爆風と炎が巻き起こり、特級ビーフシチュー缶の山は
一瞬にして天高く吹き飛ばされ、チリと化してしまった。
「ああっ……! お、俺の……俺のシチューがぁぁぁぁッ!!」
アルフレッドは難なく爆発から逃れていた……だが
炎に包まれ消滅していくシチューを前に、膝から崩れ落ちて居た。
かつてないほどの絶望。声にならない叫びが荒野に虚しく響く。
「親父さん……ッ! 敵の物資に頼らず
あくまで自らの力だけで生き抜く道を選んだんだな……!
己の退路すら断つ、まさに背水の陣! ……あんたの覚悟、見届けたぜ!」
ブラッドが涙を流しながら、酷く無理のある見当違いな感動に浸っている。
「アル……危なかったわね。でもこれで、毒の心配はなくなったわ。
はい、今日のディナーよ♪」
……カルメンが満面の笑みで差し出したのは
一体何時購入していたのか『大豆ミート』……そして。
ヘドロ色のドロドロとした『特製野菜スムージー』だった。
「嗚呼、娘よ……」
炎上する前線基地の前で、伝説の殺し屋の目から
ついに一筋の熱い涙がこぼれ落ちた。
……この瞬間、彼の心に去来した一つの答え。
『ダイエットは、戦場よりも過酷である』




