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第16話:飢餓ハイの勘違いと、歩きたくない最強の矛

「もそっ……もそっ……」


……荒野に響くのは、風の音と

アルフレッドがプロテインバー(無糖)を咀嚼する絶望的な音だけだった。

彼が感じていたのは『木屑とダンボールを圧縮したような食感』

当然の如く、味は限りなく無に近い。


(嗚呼(あぁ)……不思議だ)


アルフレッドは、水でプロテインバーを胃に流し込みながら

自身の体に起きている異変に気がついていた。


(……ここ数日、まともな飯を食っていないというのに

歩いていて一向に息が上がらない。

あれだけ悲鳴を上げていた膝や腰の痛みは嘘のように消え去り

視界は恐ろしいほどにクリアだ)


……分厚い革コートの下にある彼の肉体は

無駄な脂肪が削ぎ落とされ、全盛期の『鋼のような筋肉の張り』を

すっかりと取り戻しかけていた。


(これは……極度の飢餓とニコチン切れによる

いわゆる『ハイ』の状態か……或いは幻覚でも見ているのか?

早く娘の家に着いて、まともな肉を食わなければ、本当に死ぬぞ……)


……アルフレッドは深刻な顔で己の命の危機(勘違い)を感じていた。

実際のところは、塩分と脂質をカットした完璧なオーガニック食事療法と

強制的な有酸素運動によって、彼の肉体が

『劇的に健康になっていただけ』なのだが……


「親父さん……見てくれ。前方にデカい障害物だぜ? 」

ブラッドが双眼鏡を覗き込みながら指差した。


……荒野の地平線を遮るように、巨大な金属の壁がそびえ立っていた。

裏社会の巨大組織『黒之歯車(ブラック・ギア)』が急造した

高さ30メートル、厚さ数メートルにも及ぶ絶対防衛線である。


「最悪、あれを迂回するとなると……ざっと丸二日は歩くことになるわね」

カルメンがタブレットで地図を確認しながら溜息を吐く。

「でも、正面突破は無謀よ……壁の上には大量の砲台が並んでるし

何より……あの分厚い特殊合金の装甲じゃ、大砲でも撃ち抜けないわ?」


「ふ……二日、だと?」

アルフレッドの顔が引きつった。


(冗談じゃねえ。二日も余分に歩かされたら

さらに二日分、この木屑みたいなプロテインバーとササミを食う羽目になる。

……それに、せっかく治りかけた膝がまた痛くなるだろうが!)


アルフレッドはギリッと奥歯を噛み締めると

迷うことなく巨大な壁の「正面」へと歩き出した。


「お、おい親父さん! どこ行くんだよ!? 正面からじゃ蜂の巣にされちまう!」

ブラッドが慌てて追いかける。


「……迂回はしない。歩くのは嫌だ(カロリーを消費したくない)」

「なっ……!? 親父さん、まさか

あの絶対防衛線を真正面から粉砕して、敵の心をへし折るつもりか!?

強すぎだぜ……」


……ブラッドの勝手な感嘆を背に受けながら

アルフレッドは壁の数百メートル手前で立ち止まった。


「来たぞ! 厄災だ!」

「撃て! 撃てェッ!! 奴をこの壁に近づけるな!!」


壁の上に陣取る数百人の守備隊がパニックを起こし

一斉に砲弾や光線を撃ち下ろしてくる……しかし、健康を取り戻し

『全盛期のキレ』を見せるアルフレッドの体は

飛来する弾幕の軌道を完全に読み切っていた。


右へ、左へ……最小限の移動を用い

雨霰と降り注ぐ砲撃を紙一重で躱していく。

その動きは滑らかで、一切の無駄がない。


「す、すげえ……! 親父さん……あの猛火の中を

まるで散歩でもするように歩いているぞ……!」

感嘆の声を上げたブラッド、そして


「あれは……カロリーを極限まで削ぎ落とした結果

肉体のリミッターが外れて『真の力』が覚醒したのね!

アル……貴方、いま最高に輝いているわッ! 食事管理、間違ってなかったわね♪ 」

後方でカルメンが感涙に咽んでいる。


(……違う。弾幕を避けるために

いちいちジャンプしたり走ったりするのが面倒だから、すり足で避けてるだけだ)


アルフレッドは鬱陶しそうに砲弾を躱しながら

おもむろに腰のホルスターから愛銃を抜き放った。


『スナイパーの増幅器』『ガトリングの拡散器』……そして。

武闘派ヴォルフから奪った『双剣の収束器』が直列で繋がれた

異形の魔改造リボルバー


「……道を開けろ。俺は真っ直ぐ(最短ルートで)進みたいんだ」

アルフレッドはそびえ立つ巨大な防壁の『ど真ん中』に銃を向けそう言った。


「はっはっは! 馬鹿め! そんな銃なんぞでこの要塞壁に傷一つ……」

壁の上の守備隊長が嘲笑った、その瞬間。


――「『Tap, Rack, Bang』(タップ・ラック・バン)」――


ドンォォォォォォォォォォンッ!!!!!


鼓膜を突き破るような轟音と共に

リボルバーの銃口から極限まで圧縮された

『強化徹甲弾(アーマーピアシング)』の光線が放たれた。

……それは一筋の細い光の針となり、大気を焼き切りながら

一直線に防壁へと突き刺さる。


ズガァァァァァァァァンッ!!


……直後、高さ30メートル、厚さ数メートルの特殊合金の壁が

中央から円形に『くり抜かれるように』吹き飛んだ。

壁だけではない……その延長線上にある敵の『砲台』

『テント』『バリケード』……さらにその後方の岩山に至るまで

全てが、一本の光の線によって綺麗に貫通・消滅させられたのだ。


「……え?」

守備隊長が、ぽっかりと空いた巨大な大穴を見つめて呆然と呟く。


絶対防衛線は、文字通り一撃で

風通しの良い「トンネル」へと変わっていた。


「ふーっ……これでショートカットできる」

アルフレッドは銃口の煙を息で吹き飛ばし

何事もなかったかのように、その大穴へと向かって歩き始めた。


「嘘……でしょ? あれだけの要塞を……一発で……!?」

カルメンがタブレットを取り落とす。


「親父さん……アンタって人は、どこまでスケールがデカいんだ!

『小賢しい壁など、圧倒的な力で正面からぶち破る』


……それが帝王の進み方ってやつなのか!?」

ブラッドが歓喜の雄叫びを上げる。


一方のアルフレッドは開通したばかりの『最短ルート』を悠然と歩きながら

懐からスキットルを取り出し、匂いだけを嗅いだ。


(……よし。これで二日分の運動(ウォーキング)は免除だ。

早く街に着いて、塩気のあるスープが飲みたい)


……巨大組織『黒之歯車(ブラック・ギア)』に対し

決定的な絶望を叩き込んだ伝説の殺し屋は……ただただ

『サボり』と『塩分』のことだけを考えながら

崩壊した要塞の中を通り抜けていくのであった……

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