第12話:光の散弾と、シチューへの渇望
「撃てェェェッ!!」
頭目の号令と共に、数百の銃口から一斉に火線が放たれた。
夜空を真昼のように照らす光弾の雨。
並の人間であれば、一瞬で消し炭にされるだろう圧倒的な弾幕だ。
……しかし、バルコニーに立つアルフレッドは
その光の雨を前にして欠伸を噛み殺していた。
(……目がチカチカする……早く寝させてくれ)
極度の睡眠不足と空腹により
もはや恐怖や焦りといった感情すら摩耗しきっていたアルフレッドは
半眼のまま『魔改造ショットガン・リボルバー』を無造作に構えた。
『スナイパーライフルの増幅器』が限界まで魔力を溜め込み
『ガトリングガンの冷却シリンダー』が限界点を超えて赤い蒸気を噴き出す。
――「『Tap, Rack, Bang』(タップ・ラック・バン)」――
ドンッ!!
引き金が引かれた瞬間放たれた音は
もはや、銃声と呼べる代物ではなかった。
雷鳴の如き轟音と共に、銃口に取り付けられた拡散器から
極太の光条が無数に枝分かれして撃ち出された。
……空を覆い尽くさんばかりの光の散弾が
扇状に広がりながら眼下の群衆へと降り注ぐ。
「な、なんだアレはァァァッ!?」
「拳銃から出る弾幕じゃねえぞ!? ……ぎゃあぁぁっ!」
光の散弾は、ギャングたちが放った銃弾を空中で蒸発させ
そのまま地上を薙ぎ払った。
ゴガガガガガガガッ!!
……数秒後。
砂埃と硝煙が晴れた宿屋の前には
誰一人として立っている者はいなかった。
数百人の完全武装したギャングたちは、武器を破壊され、衣服を焦がされ
地面を転げ回って呻き声を上げている。
「あ……ああっ……あぁっ!? 」
装甲車の上から指示を出していた頭目は、腰を抜かして震えていた。
たった一撃……たった一度の射撃で彼の最大戦力は無力化されたのだ。
「ば、化け物め……! だが、なぜ殺さない!?
あれほどの威力がありながら、全員の急所を外すだと!?」
頭目の顔は、恐怖で青ざめていく。
「まさか……恐怖を植え付け、我々を奴隷として酷使するためか!?
我々には 死すら許さぬというつもりなのか、厄災ィッ!!」
頭目は勝手に絶望し、白目を剥いて気絶した。
一方、バルコニーの下では、カルメンとブラッドが
信じられないものを見る目でアルフレッドを見上げていた。
「嘘でしょ? ……スナイパーの増幅器で高めた威力を
ガトリング機構で広範囲に拡散……?
おまけに『引き金を深く引いた』だけであんな……
……あんなデタラメな魔改造を、ぶっつけ本番で成功させて居たなんて」
「ああ……しかも寝起き、数百人相手に一歩も動かず全員生かしてるぜ!?
すげえよ……親父さんにとって、この街の戦力なんて
ガキの遊び以下の『お遊戯』だったんだ……!」
(……違う。
狙いをつけるのが面倒だったから散弾でまとめて片付けただけだ。
殺さなかったのは……娘に小言を言われるのが嫌だからだ)
……アルフレッドは二人の感嘆の声を聞き流しながら
銃口から立ち昇る白煙をフッと吹き飛ばした。
そして、リボルバーをホルスターに収めると
重い足取りで部屋の中へと戻っていく。
「アル! 凄いわ! これでこの街の脅威は完全に……」
カルメンが駆け寄ろうとするが、アルフレッドは無言で手で制し
コートのポケットから葉巻を取り出すと、それをゆっくりと口に咥える。
『キーンッ! ……ボッッ』
つい癖でブラッドが火をつけようとした瞬間
アルフレッドは首を横に向けた。
「ラスイチだと言っただろう……もう寝る」
太々しく葉巻を咥えたまま部屋へ戻ると
彼はベッドの端にどっかりと腰を下ろした。
……彼にとって数秒の『作業』でしか無い戦闘を終え
アドレナリンが引いていくにつれて
再び強烈な空腹と疲労が全身を襲い始めていた。
(ゴムの様な大豆ミート……泥水の様な青汁……
雑草に漬け込んだ様なハーブチキン……ヘドロの様なプロテイン……)
ここ数日の、彼に取って悲惨すぎる食事の記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
直後火のついていない葉巻をギュッと噛み締めたアルフレッド
そして、月明かりの差し込む窓の外を見つめながら
誰にともなくポツリと呟いた。
「……娘よ。お前の作る塩とバターのたっぷり入った
味の濃いシチューが、とんでもなく食いてえ……」
その背中から漂う哀愁に、ブラッドはボロボロと涙をこぼし……
「お、親父さん……ッ!
あぁ! わかるぜ! ……大きなヤマを無血で終わらせた後
平和の象徴である家族の料理を思い浮かべる……!
それこそ男……アンタ、本物の男だよ!!」
「ええ……アルはそう言う所がいい男なのよっ!
明日はお肉の量を増やしてあげるわ! 」
カルメンももらい泣きしながら頷いている。
だが、当のアルフレッドは。もう訂正する気力さえなかった。
(……勝手に言ってろ。
明日は絶対、起きたらすぐに肉を食う……絶対にだ)
固い決意を胸に、アルフレッドはベッドに倒れ込んだ。
伝説の殺し屋の『健康生活』第2章は、圧倒的な武力による強制安眠と
シチューへの叶わぬ渇望と共に、静かに幕を閉じた。
明日からは、さらなる強敵
(と、さらなるダイエットメニュー)が彼を待ち受けているとも知らずに。




