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頭上の猫は今日も口うるさい  作者: 橘 日々季


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4. 猫と茶会~ミランダとアンヌ~後編

「否定しても無駄よ。公爵家の影は優秀なの」


ミランダの冷ややかな視線が真っ直ぐソフィアを射抜く。

よもやアンヌに話の矛先が向くとは思わず、驚きと動揺が顔に出てしまったソフィアの表情を見て、ミランダの口元に笑みが戻る。


「ブランシャール子爵家のアンヌ様と言えば、アカデミー在学中の試験では一度たりとも首位を譲らず、マナーやダンス、音楽や語学が完璧で、馬術や剣術などの実技も男性に引けを取らず、その類いまれな才能を存分に発揮され、圧倒的な美しさと気品で多くの生徒たちを惹きつけ、上級生のぼんくらどもを蹴散らし、同級生のうつけどもを薙ぎ倒し、下級生のへたれどもを跳ね飛ばしただけでなく、能無しの教師どもを一掃した、伝説のお姉さまなのです!」


いくつか不穏な言い回しが聞こえた気がするわ。


「最終学年に上がる直前にアカデミーを退学したと聞いたときは、全学年の教師と生徒が(色々な意味で)泣きましたわ。わたくしもショックで寝込んでしまい、当時まだ婚約者だったランドルフ様が、ブランシャール家が没落する元凶となった、ゴミのような詐欺組織を壊滅してくださらなかったら立ち直れませんでしたわ。もちろんわたくしも悪事に加担した、クズ同然の貴族家をいくつか取り潰して全財産を搾り取りましたけど。気付いたときにはアンヌお姉さまの行方がわからなくなってしまって、どんなに心を痛めたことか」


また物騒な言葉が耳をかすめたわ。


「当時の子爵家はまだ借金があり、組織から逃れるために、()()()()()()()()()()()カッセルズ伯爵家に身を潜めてらっしゃったのでしょう?アンヌ様ほどの実力と能力があれば、伯爵家の侍女どころか宮殿の侍女長も務まるはずですから。いえお姉さまならむしろ大公妃が相応しいのでは。でもあんな根性なしの大公にはもったいないわね。いっそのこと公国の頭をすげ替えようかしら」


待って。聞き捨てならない物言いは止めて。


「ミランダ様、そこまでになさってください。ソフィアお嬢様が困惑しておられます」

あまりの情報と剣呑な発言に混乱するソフィアをよそ目に、アンヌが制止の言葉を口にする。


一介の侍女が他家の令嬢の話を遮るのはマナー違反であるが、さすがに挙動不審になりそうなソフィアの様子を見かねたのだろう。


「その麗しいお声!やはりアンヌお姉さまですわね!」

弾むように立ち上がったミランダが、その勢いのままアンヌに迫る。


「垢抜けない格好を装っていても、お姉さまの気高さは少しも変わっていませんわ」

興奮して顔を赤らめ、はにかむ姿はまるで恋する乙女のようだ。


「わたくしのことはいつお気づきに?」

「お姉さまの足跡をなかなか辿れず、ようやく糸口を見付けられたのは数年前です。ソフィアさんのために、アカデミーを退職されたイレーネ先生を教育係としてお招きしたでしょう?イレーネ先生にお尋ねしても何一つ教えていただけませんでしたが、()()イレーネ先生が()()()伯爵家に雇われるわけがございませんもの。そのことだけでもお姉さまが関わっていると推察できましたの」

「侮れないお方ですこと」

「お褒めに預かり光栄ですわ」

軽くアンヌに睨まれ、ミランダが得意気に顎を上げる。


「イレーネ先生はわたくしがアカデミーを離れるときに、一つだけ願いを叶えてくれると約束してくださったのです。厳しいだけでなく、とても情に厚い方ですわ」

「…先生はお姉さまのことを大変気に入ってらっしゃいましたから」

しんみりとつぶやくミランダに、アンヌも少しさみしそうに微笑む


「影に探らせてアンヌお姉さまだと確信した後、すぐにでも公爵家に来ていただきたくて、じつはその準備を整えておりましたの」

「わたくしはソフィアお嬢様のおそばを離れる気はございません」

「ええ承知しておりますわ。ですから見守るだけにいたしました。イレーネ先生の目を掻い潜って手の者を潜り込ませるのは難しかったですし…。あの人こそ頭上に何か飼っているのではないかしら?ねえ?ソフィアさん?」


いきなり撃ってきたわ。

本業は狙撃手じゃないかしら?


またもや突然矛先を変えたミランダに対し、急ぎ抗弁の体勢を整え直そうとしたソフィアだが、クロヒョウと目が合ってしまい動けない。

黒い毛並みに金色の目がきらりと光り、ソフィアをじろりとねめつけてくる。


そう。ミランダがかぶっているのは、可愛らしい家猫ではなく野生猫のクロヒョウである。(しかも等身大)

先ほどまで薔薇園を飛び交う蝶を眺めたり、眠たそうに欠伸をしたり、のんびり寛いでいたくせに、今は威嚇するように鋭い歯を見せつけてくる。


「(これぞ豹変)」

『うまいこと言うな』

「(狩る気満々なのだけど)」

『本能だからな』

「(何とかして)」

『イレーネ女史のジャガーも怖かった(泣)』

「(意気地なし)」


身震いするフクにソフィアが呆れていると、ミランダが先ほどティーセットを用意していた侍女に声を掛ける。

それを合図に次から次へと軽食が運ばれてきて、ソフィアは思わず目を見張った。


ハーブとニンニクを効かせた豚肉のローストをパンに挟んだポルケッタ、揚げたソーセージにカレー粉とケチャップをかけたカリーヴルスト、クリームソースで煮込んでコケモモのジャムを添えたミートボール、大きめのひき肉とマッシュポテトのオーブン焼き、牛肉のラグーのコロッケ、などの肉料理が所狭しと並べられる。


「それで。わたくしの頭上には今、何が見えるのかしら?」

「お話の意図がわかりかねるのですが」

「ここにあるものはすべて召し上がって」

「クロヒョウです」

『おい!』

「左耳がやや小さく、右耳にルビーの耳飾りをつけた、雄のクロヒョウです(態度も大きくて生意気そうです。言わないけど)」

『そこまで話すか!』

フクが文字通り頭を抱える。

そこまでも何も、大事なのは目の前の肉料理である。


「ミランダ様、やり方が大人気ないですよ」

「ふふ。アルノルトから肉料理を旺盛な食欲で食べていたと聞いていたけれど、こんなに簡単に引っ掛かるとは思わなかったわ」

アンヌが憮然とする中、ミランダだけが爽快な笑顔を見せる。

してやったりというところですね。わかります。わたしも思わぬ肉祭りに顔が緩むのが止まりません。


舌なめずりをして狙いを定めていたクロヒョウがどんン引きする位、ソフィアは軽食を通り越した豪勢な食事に目をらんらんと輝かせる。


「(今すぐ食べたい)」

『我慢しろ』

「(早くしないと冷めちゃう)」

『辛抱しろ』

「(匂いの誘惑が限界点突破)」

『持ちこたえろ』


フクの苦言も心中の謝肉祭が開催寸前のソフィアには聞こえない。

そんなソフィアの様子を愉しげに眺めていたミランダだが、急に真剣な面持ちで語りかける。


「ねえ、ソフィアさん。この場にはわたくし達とわたくしが信頼する侍女しかいないわ。だから貴女が見聞きしていることをありのままに打ち明けてほしいの。事と次第によっては貴女の環境を良い方向に変えるお手伝いができるかもしれないわ」

「不敬に問いませんか?」

「約束するわ」

「それは今この時から適用されますか?」

「もちろんよ」

「ではその旨を書面にしてください」

「…わたくしは信用ならないと?」


ミランダが不満を微かに滲ませ、僅かに眉を寄せる。

並みの貴族子女であれば、咄嗟に謝罪したくなるような威圧も込められているというのに、ソフィアはちらりと視線を走らせただけで、何でもないことのように言葉を並べる。


「アンヌとミランダ様はお互い知己の仲であるかもしれませんが、わたくしにとっては本日初めてお会いした方で、しかも身分上逆らうことのできない相手です。こちらが言質を取ったと主張したところで、覚えがないと言われればそれまでです」

「できないと言ったら?」

「アルノルト様から何をお聞きになったのかは存じませんが、わたくしに確かめたいことがあるのですよね?それはおそらくわたくしにしか答えられないことで、今後のアルノルト様や()()()()にも関わってくる内容なのでは?カッセルズ家や父と姉がどうなろうと正直に申し上げてどうでも良いですが、打ち明けろとおっしゃるのであれば、わたくしが何の憂いなく話せる環境を整えるべきではないですか?まず先にわたくしが何をしても何を言っても不敬に問わないと、書面に記して誓約してください。話はそれからです」


大胆不敵なソフィアの態度に、ミランダが唖然とする。

これが先ほどまで肉料理を目の前によだれを垂らしそうになっていた少女だろうか?

臆することなく毅然と自分を注視する姿は、厳格なあの方を思い起こさせる。


「さすがはイレーネ先生の教え子ね」

「わたくしの愛弟子でもありますわ」

一筋縄ではいきませんよ?とアンヌが誇らしげに胸を張る。


こちらの目論み通りに事が運ぶと思った途端、さらりと相手に主導権を握られそうになっている。

面白いほどに食い意地が張っていて、それでいて堂々と自分と向き合うソフィアに興味を持ち始めたのは事実だが、こちらも上位者としてこのままやすやすと要求に応じるわけにはいかない。


「さて。どうしたものかしら?」

ミランダが冷静を装い、ソフィアの様子を窺う。


「なるほど。それではこちらはどうでしょうか?」

ソフィアの目配せに、間髪入れずにアンヌが小さな包みを手渡す。


「お茶会の手土産としてお持ちしたものです」

包装を取り払い、手の平に乗せると、ミランダに披露する。


「わたくしがデザインしてアンヌが作った、この世に一つしかないぬいぐるみです」

「アンヌお姉さまの手作り!?」

「しかもアンヌのユキヒョウです」

「お姉さまの猫もヒョウなの!?」

「今ならミランダ様のクロヒョウもお付けします」

「一筆したためましょう!!」


ミランダがぬいぐるみごとソフィアの手をがっちり握る。

変わり身の早さに一瞬たじろぐが、この好機を逃すソフィアではない。


「ありがとうございます。ミランダお姉さまとお呼びしても?」

「遠慮なく呼んでちょうだい」

よし。親密度の高いお姉さま呼びの許可もいただきました!


「ミランダお姉さま。もう食べてもいいですか?(もう待てない)」

「思う存分お食べなさい(アンヌお姉さま手作りのぬいぐるみ♡)」

「足りないかも知れません(お代わりが欲しい)」

「いくらでも用意させるわ(しかもわたくしのクロヒョウとお揃い♡)」

「できれば明日の分も(毎日でも食べたい)」

「好きなだけ馬車に詰め込みなさい(可愛いなんて言葉では足りないわ♡)」


「「((今日はなんていい日なのかしら♡♡))」」


『…お二人とも、いい加減になさってくださいませ』

アンヌの呆れたようなため息が聞こえた気がするが、黙殺した。




お読みいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、お気に入りやブックマーク、★★★★★評価で応援していただけると執筆の支えになります。

何卒よろしくお願いいたします。


※次回の投稿は、6月22日(月)20時の予定です。

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