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頭上の猫は今日も口うるさい  作者: 橘 日々季


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3. 猫と茶会~ミランダとアンヌ~前編

男性の頭髪に対する発言があります。

不快に思う方は回避してください。

三日後。


ソフィアはアンヌとともに公爵家の迎えの馬車に揺られていた。


ベルベット製の豪華なクッション付きシートは、さわり心地はもちろんサスペンションの安定性も抜群で、腰にもお尻にも響かない。(さすがトップオブザ貴族)


領地を持たないカッセルズ家は郊外にしか屋敷を持たないが、領地を持つヴァイス家は本邸のカントリーハウスの他に都市部の中心である中央区の一角にタウンハウスを所有している。


ソフィアが今日招かれているのはそちらの邸宅で、伯爵家から馬車で一時間ほどかかる距離にある。


あの騒動の後、ソフィアはまず医者を呼んだ。

レイモンドのせいで痛めた腕と、同じくレイモンドに突き飛ばされて足を捻ってしまったアンヌを診てもらうためである。


腫れあがったアンヌの足を見たときは、本気であの男を憎悪した。(根こそぎ禿げればいいのに)


アンヌには徹底的に治療を施してもらったが、ソフィアの痣にはわざと軽い手当で済ませておいた。


と言うのもソフィアの命令を聞き慣れていない家令のバリーが

「ご期待に添えかねます」

などと消極的な反応を示した際に


「あら。こんなにはっきりくっきりお父様の指の跡が…でも我慢しなくてはね。痛いけれど。仕方がないわよね。痣になっているけれど。お茶会でカップを持てるかしら?落としてしまったらどうしましょう。そんな粗相をしてしまったときは余すところなくきちんと理由を説明しなくてはね。もちろん嘘はいけないもの」

とあからさまに脅しに使ったのである。(苦虫を噛み潰したようなバリーの顔が最高だった)


おかげで右の手首は今、見事に青紫色になり痛々しさが倍増している。


故意に治療を長引かせているのをアンヌに知られたときにはフクの小言以上に叱られたが、痣の色が濃くなる度に「同じ痛みじゃ生ぬるい。十倍?いや百倍は苦しめないと」といきり立つのを止めるのに苦労した。


さすがに茶会でそんな不快な痕を晒すわけにはいかないため、今日は入念に包帯を巻いているが、家に居る間はこれからも意図的に腕を露出して過ごそうと思う。


「痛みますか?」

「今日はちゃんと湿布をしてもらったし大丈夫よ。アンヌも無理はしないでね」

「わたくしはもう全快いたしました」


晴れやかな笑顔を見せるアンヌに、ソフィアも安堵の息をそっと漏らす。


今日のソフィアの装いは秋らしく落ち着いたモスグリーン色のドレスで、襟や袖に繊細なレースがふんだんに使われている手の込んだデザインのものだ。

揃いのウールのコートも暖かく、首周りの毛皮の艶やかな手触りと新品のレザーのラチェットシューズに自然と心が浮き立つ。


伯爵家お抱えだけでなくアンヌ推薦の商人も屋敷に呼び、今までのうっ憤を晴らすかのように様々なものを買い求めた。(ただし肉はアンヌに止められた。無念)


中でも今身に付けている、撫子をあしらった真鍮の髪飾りは一番のお気に入りである。


支度を急がせた茶会の衣装だけでなく先々の季節のものもふんだんに注文し、バリーの眉間の皺を深くしていったのは楽しかった。(もちろんアンヌの分も買い込んだ)


驚いたことに本来ソフィアに使われるべき予算のほとんどが、今までずっとカレンに回されていたのである。

横領していたのはカレンの指示だったとしても、見て見ぬふりをしていた家令のバリーも同罪だ。

職務怠慢を指摘した上で可及的速やかに差額分をきっちり回収したのだが、「行き違いがあっただけでしょう」などと最後までそ知らぬ顔をしていたのが腹立たしい。


「今すぐ毛根が死滅すればいいのに」

『声に出ているぞ』


フクの尻尾が勢いよく頭を掠める。

見えなくても渋面をしているのがわかるのが面白い。


今のフクはオレンジほどの大きさだが、公爵家に着いたらほどなくメロンくらいにはなるだろう。


『しかしよくカレンに茶会のことがばれなかったな?』

「ギャロット家の領地に新しくできたリゾートホテルに行かせたのよ。ちょうど招待状も届いていたから、取り巻き達と一緒に行くように仕向けたわ」


ソフィアが商人を呼んだだけでも騒ぎになるのが目に見えている。

そうなる前にバリーに助言して、家から追い出したのだ。(永遠でないのが悔やまれる)


「これを機に肉を食べようと思っていたのに」

「料理長と厨房に絶対に肉料理は出すなと念を押していましたからね」

「茶会の帰りにレストランかカフェに「寄りません」」

「少しだけでも「寄りません」」


アンヌに笑顔でいなされてソフィアがむくれる。


「不本意ではございますが、茶会が終わったら直ちに帰宅して事の次第を報告するよう旦那様に厳命されておりますので」

「あの人も必死ね。あれだけ大騒ぎしておきながら、わたくしを利用してヴァイス家とつながりたいのかしら?」


本当にどうしようもない人だわ、とソフィアは独り言ちる。


カッセルズ家には寄親となる主筋の貴族家がない。

どの派閥にも属さないと言えば聞こえがいいが、ようはどこからも相手にされていないのだ。


「当代の宰相はヴァイス家のご当主です。旦那様は政務部にお勤めですが、組織の中核を担っているとは言い難いですから」

「自分の実力が足りていないだけなのに。野心だけはあるのね」

「ある意味わかりやすいですね」

「だから出世できないのよ」


駆け引きが必要な貴族社会で他人に感情を読まれてどうするのか。

尊大で協調性がなく自己中心的で、それが態度に出てしまう人間は扱いにくいものだ。

しかしそれはレイモンドが自ら対処する問題であり、ソフィアが負う責務ではない。


『着いたようだぞ』


フクの呼びかけと同じくして馬車が停まった。

おもむろに扉が開けられ、うやうやしく手が差し出される。


「ようこそおいでくださいました」


執事と思われる高位の使用人のエスコートを受けて、ソフィアは馬車を降りる。

車寄せから玄関先まで整然と居並ぶ使用人の姿に内心気圧されるが、それを微塵も感じさせないよう、しっかりとした足取りで邸宅内へ進む。


広大な屋敷の外観は壮麗の一言で、宰相という役職に相応しい荘厳な内観と並び、その格式と格調の高さは宮殿に勝るとも劣らない。(まさにトップオブザ貴族)


『ほほう。さすが公爵家だ。伯爵家と規模が違う』

「(あんなデコっぱち親父が買い漁った)成金の塊のような悪趣味の巣窟と比べちゃダメよ」

『その口の悪さを何とかしろ』

頭に爪を立てられて、慌てて口をつぐむ。


いけないわ、ソフィア。きちんとフクをかぶらないと。

昨年作者が亡くなり価値が爆上がりしているあそこの絵を売ったら、シャトーブリアンのステーキを何枚食べられるかなんで考えてはいけないわ。


「本日はこちらにご案内するように申しつかっております」


念入りにフクをかぶり直したソフィアが通されたのは、多彩な薔薇園の中のガゼボだ。

秋咲きの薔薇は春よりも深みのある色と香りが楽しめると言われ、どれも小ぶりながら鮮やかな色彩が広がり、甘い香りが漂っている。


そして薔薇よりも美しく艶やかな女性が、優雅にソフィアを出迎えてくれた。


アルノルトと同じ紺青色の髪をハーフアップにまとめ、優艶に立つ姿は幻想的なまでに美しい。え?妖精?


「よく来てくれたわね」

「お待たせして申し訳ございません」

「いいのよ。わたくしが待ち切れなかっただけだから」

「この度はお招きにあずかり厚く御礼申し上げます。ソフィア・カッセルズでございます」


ソフィアはドレスの裾を少し持ち上げ、深々とカーテシーを披露した。

フクの身体が一回り大きくなり、ソフィアの猫かぶり度が着実に上がる。


「ミランダ・ヴァイスよ。ミランダと呼んでちょうだい」

「身に余る光栄でございます。わたくしのことはどうぞソフィアと」

「ソフィアさん。どうぞこちらにお座りになって。まもなくあの子も来る頃だから」


ミランダに促され、ソフィアもガゼボのゆったりとしたローチェアに腰を下ろす。


「紅茶の好みはあるかしら?」

「(肉料理に合う)ストレートを好んでおります」

「わたくしもよ。夏摘みのダージリンでいいかしら?」

「(できれば肉も)ぜひお願いいたします」


ミランダの侍女が、手際よくティーセットの準備を始める。

アンヌはソフィアの付き添いで来ているため、黙してソフィアの後方に控えたままだ。


予期していたとおり、この茶会には他の参加者は居ないようだが、先ほどミランダが口に出した「あの子」とはアルノルトのことだろうか?


ヴァイス家の次期当主は長姉のミランダだ。

すでに婚姻していて、双子の子供がいると聞く。


アルノルトは後継ではないが領地経営の補佐と一部の事業を任されていて、将来はヴァイス家が保有する爵位の一つを与えられることになっている。


しかも未だ独身で婚約者のいないご令嬢やその家門に人気が高いため、先日の夜会のように絡まれることも多く、そこから波及する騒動に辟易しているらしい。


それゆえアルノルトが直接ソフィアを招いたり訪問したりすると、いらぬ憶測を呼んでしまうことからミランダの名前を借りたのだと思っていたのだが、違うのだろうか?


ちらりとミランダに視線を向けると、心得たように頷いて見せた。


「焦らすようでごめんなさいね。あの子よりわたくしが先に貴女に会ったのは、どうしても確かめたいことがあったからなの」


言いながらミランダの顔からふっと笑みが消える。


きたか。

アルノルトはフクが見えていて、しかもソフィアと会話をしていることにも気づいていたようだし、ミランダもどこか探るようにソフィアの頭上に視線を向けてくる。


精霊猫やその在り方を正しく認識しているのであれば、ソフィアが知り得たことを差し支えない程度に話すこともやぶさかではないが、できればそこそこぼかして「家庭環境によるさびしさを紛らわすために精霊猫に話しかけるのが癖になっている」という言い訳で納得してもらえないだろうか。


『いや無理だろう』

「(でしょうね)」


四大公爵家の次期当主の質疑に曖昧に答えることは許されない。

しかし、こちらの情報を安易に引き出せるとは思われたくない。


「精霊猫が見えて話もできるの?」

「はいそうです」

「わかったわ。ありがとう」

などで済むような単純な話ではないだろうが、こちらが知りたいのは、彼らが回答を得た上でさらにソフィアに何を訊きたいのか(またはさせたいのか)である。


質問の内容を予想できても、その先と裏を読めなければ、答えたことでこちらが不利益を被るのか否かがわからない。それでは困るのだ。


公爵家では宰相職にある当主の代理で主にミランダ夫妻が領地で采配を振るい、子供たちも社交シーズン以外は領地で生活していることは把握している。

アカデミー入学前の年齢であれば貴族の子息子女が領地で過ごすのは何ら不思議ではないが、アンヌの調査によると、双子のうち一人だけが領地内の別邸に預けられているという。


その別邸は精霊猫が多く住む森にあるそうで、双子の件も含めてほぼ秘匿されている情報のため、アンヌ曰くそのあたりにソフィアから情報を取得したい理由があるのではないかとのこと。


そんな隠匿するような情報を、たった数日で収集してくるアンヌが優秀すぎて怖い。

他にも色々と知っていそうな雰囲気を醸し出すのはやめて。


ともかくそんな剣呑な機密情報は、先方から切り出されない限り知らないふりをしておこう。

まずは目の前のミランダにどう張り合うかだ。


「(誤魔化しの効かない相手を初手からぶつけてくるとは、思っていた以上に手強いわね)」

挨拶を交わしたときは優しげな人に見えたアルノルトだったが、じつは意外と策士なのかもしれない。


しかしわたくしにはフクが付いている。

ここは最大級の猫かぶりで乗り切って見せようではないか。


ソフィアの期待に応えるかのように、フクの身体がパイナップルほどの大きさに膨らんだ。よしイケる。


「お尋ねになられたいことは何でしょうか?」

「連れの侍女は、アンヌ・ブランシャールでしょう?」


え?そっち?




お読みいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、お気に入りやブックマーク、★★★★★評価で応援していただけると執筆の支えになります。

何卒よろしくお願いいたします。


※次回の投稿は、6月15日(月)20時の予定です。


※また趣の違う世界の短編を同時に投稿しました。短編シリーズの第二弾です。

タイトル『転生課異世界係の日常~あなたの選んだ溺愛です~』

神様の代わりに異世界転生をアシストする新人スタッフの日常で、毒舌&コメディの要素がたっぷりです。

https://ncode.syosetu.com/n6063mh/

良ければそちらもぜひお読みください!!


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