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頭上の猫は今日も口うるさい  作者: 橘 日々季


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5. 猫と茶会~アルノルトとソフィア~前編

「これは一体どういう状況なのでしょうか?」


ようやくガゼボに現れたアルノルトが見たのは、山ほどの料理を黙々と頬張るソフィアと、何やら小さな動物のぬいぐるみらしきものを喜色満面の笑顔で眺めるミランダの姿であった。


ソフィアの行動は予想の範疇(はんちゅう)内である。

ミランダに問われて、懐柔策を提案したのはアルノルトだ。

夜会で子豚の丸焼きを持ち帰るほど肉に執着していたソフィアのことだ。公爵家の料理長渾身(こんしん)の肉料理の数々を目の前にすれば、アルノルトやミランダが知りたいことを気分良く話してくれるのではないかと期待していた。


そして百戦錬磨のミランダに先に応対してもらったのは、自分だと何となくソフィアに上手く(かわ)されてしまいそうな気がしたからなのだが、よく見るとミランダの様子がどうもおかしい。

ソフィアを手なずけたのであれば、余裕のある薄い笑みを浮かべて優雅に振舞っているだろうに、浮かれているというか舞い上がっているというか、とにかくすこぶる上機嫌で、めったに見ない満面の笑みがこぼれ落ちている。


ソフィアの頭上の三毛猫が白目をむいて脱力しているのと関係があるのだろうか?


「ねえソフィアちゃん。このユキヒョウは本当にアンヌお姉さまの猫と同じなの?」

「はい。毛がとてもふわふわしている雌のユキヒョウです。しっぽも長くてたまに自分の身体に巻き付けていたりします」

「何それ。可愛いわ」

「最近のお気に入りはサファイアの首飾りです。白色の毛皮に映えてとても綺麗なのですが、さすがにそれは再現できなくて。ミランダお姉さまのクロヒョウのルビーの耳飾りと一緒に、お揃いで作ってあげられたら完璧だったのですが…」

「今すぐ宝飾職人を呼びなさい!!」

「姉上!?」

「あら。アルノルト居たの?」

「先ほどから目の前におりましたが」

「そんなことよりこのぬいぐるみをご覧なさいな」


弾むような声で話すミランダに促され隣に座ると、暗褐色(あんかっしょく)に薄い斑紋(はんもん)の毛皮のぬいぐるみを両手に乗せて見せつけてくる。


「どう?あなたが見えているものと同じかしら?」

ミランダに問われ、彼女の頭上のクロヒョウとぬいぐるみを見比べてみる。


「よく似ています」

「ではこちらは?」

今度は灰白色(かいはくしょく)濃灰色(のうかいしょく)の斑点模様のぬいぐるみを差し出される。


「ソフィア嬢の侍女の猫とそっくりです」

「やはりソフィアちゃんも貴方と同じく、間違いなく精霊猫が見えているのね」

「夜会では自分の猫と会話をしているようにも見えました」

「そこがあなたと違うところね」

「理由を訊きましたか?」

「それはこれからよ」


目の前のソフィアに視線を向けると、お腹が(ふく)れたのか、けふっと息を吐き出した。

それを合図と見て、ミランダの侍女が食べ終わった食器類を手際よく片付け、紅茶のお代わりを供する準備を始める。


「お腹いっぱい」

『食いすぎだ』

「美味しすぎるのが罪ね」

『少しは遠慮しろ』

「お代わりは二回までに抑えたわ」

『お前の胃はどうなってるんだ』


何やら文句を言っているような素振りで、三毛猫がしっぽをソフィアの頭に何度も打ち付けている。


「痛くないのか?」

挨拶もそこそこに思わずアルノルトが問いかけると

「全然。何か当たっていると感じる程度です」

やや砕けた口調で答えが返ってくる。


夜会のときに見せた凛々しい態度との違いに少し戸惑うが、こちらが素の彼女に近い姿なのだろう。


「ミランダお姉さまにこちらをいただきましたから」

アルノルトの胸中を見透かしたかのように、ソフィアが一枚の書面を提示する。


そこにはソフィアに対して、何事があっても不敬に問わないこと、意に染まぬ言動を強いないこと、最後にミランダがソフィアの庇護者となることが誓約されていた。


「これで猫をかぶらなくて済みます」

『あけすけに言うな』

ソフィアがほっとしたように息を漏らすと、三毛猫が見る間に小さくなる。


両者の変わり身の早さにアルノルトが面食らっていると、ソフィアが興味深げにアルノルトの頭上を凝視する。


「アルノルト様のラグドール猫は、大きさがあまり変わらないのですね」

「…私の猫も見えるのか?」

「そうですね。ミテッド模様の長毛種でマイペースな雰囲気の猫が見えます」

「…大きさを変えない精霊猫は普通ではないのか?」

「そんなことはないですよ。この間の夜会の令嬢方のように、驚くほど大きくなる猫も居るので気になっただけです」


なるほどそういうものなのかと独りごちると、ソフィアがいきなりアルノルトの顔をピタリと見据える。


「そういえば(くだん)の令嬢方はどうなりましたか?」

「ん?」

「アルノルト様に絡んで醜態を晒し、大公家主催の夜会で騒ぎを起こした、三人のご令嬢です。お忘れですか?」


話題がいきなり切り替わり困惑するアルノルトを、ソフィアはしげしげと見つめる。


「今まで思い出しもしなかったというようなお顔ですね。あのような騒動は日常茶飯事だからですか?それとも関わりのないご令嬢がどうなろうと構いませんか?」

「は?」

「…その様子だと、アルノルト様には何のお咎めもなかったのですね」

穏やかに聞こえる口調の裏で、ソフィアが小さく嘆息する。


「あのときの令嬢方は、コントレーラス侯爵令嬢、フォルテア伯爵令嬢、ヨンパルト伯爵令嬢の三人です。いずれの家門もヴァイス公爵家の分家または寄子(よりこ)です。おそらく大公家から正式な処分が下される前に、公爵家から各家に適切な対応を促したことでしょう。それを恩情と取るか薄情と取るか、各家当主の力量すら試したのではないですか?」


「恩情と理解した家は断固とした措置を、薄情と見誤った家は形だけの処罰にしたでしょう。それにアルノルト様はどこまで関わりましたか?すべてご当主とミランダ様に任せたのではありませんか?」


ここまで言ってもなお呆けた顔をしているアルノルトに、ソフィアの眉間のしわが深くなる。


「公爵家の次期当主であるミランダ様と違い、令息にすぎないアルノルト様が各家に処分を下す権限はありません。それでも令嬢方が思い違いや過度な期待をしないよう、あらかじめ対策を講じることはできたはずですよね?」


夜会でソフィアに声を掛ける前のアルノルトは、会場の中心で歓談するわけでもなく、柱の陰で存在を隠していた。

件の令嬢方のみならず、様々な(わずら)わしさから逃れようとしていたのであれば、四大公爵家の令息として褒められた態度ではない。

これまでの令嬢方の態度が行き過ぎていたのであれば、当主かミランダに対応を仰ぐか、アルノルトの裁量に任されていたのであれば、大事になる前に自身で事を収めるべきであった。


「本来ならば上位貴族のアルノルト様に下位の令嬢から声を掛けるのはマナーに反します。しかし令嬢方はアルノルト様を名前で呼んでらっしゃいました」

「…私は許していない」

「そうであれば尚更、彼女達があそこまで勝手気儘に振る舞う前に何とかするべきでした。本人達のみならず当主または家に抗議していましたか?」

「…いや、ずっと無視していた」

「それだけで不快に思っているのを察しろと?」

「…たいがいの令嬢や家はそれで引いてくれたが」

「世の中には自分だけは違うと都合よく解釈する者がいるのですよ」


令嬢の容貌や家格などを踏まえて「アルノルトに相応しい」と思い込んでいれば、本人も家も期待する。

最初は恐る恐るだったかもしれないが、アルノルトの名前を呼び、それを咎められなければ、いくら無視されても「許されている」と勝手に思い込み、そこから徐々に親しくなろうと話し掛け、顔を合わせる度にアプローチを重ねるのも当然だ。

しかし彼らの期待に応えられないのであれば、明確な意志と言葉で現実を突きつけるのも上位者の務めであり、公爵家から各家へ一言あるだけで事足りるのだから、そのための労力も手間も惜しんではいけなかったのである。


「もちろん各家にも問題はあります。一々言われなくとも本家や寄親(よりおや)の意向を汲み取ることはできて当たり前と見る向きもあるでしょう。令嬢方の言動に気付いていなかった、または気付いていて見て見ぬふりをしていた、そのどちらも怠慢と言わざるを得ません。しかし令嬢方はまだ親や家の庇護下にある年齢です。であればこそ早い段階で自らの行いを省みる機会を与えてほしかったと思うのは言葉が過ぎますか?」


ソフィアにとって令嬢方は完全に他人で、思い入れも何もない相手だ。

しかし自分とほぼ同年代の女性が、たかが恋の(さや)当てくらいで罰則を受けたと思うと寝覚めが悪い。

あれが公爵家主催または同派閥の夜会での出来事であったなら、もっと内々の処分で済んだかもしれないが、よりによって大公家の後嗣(こうし)誕生の祝賀の場ではどうにもならない。

大公家の訓告を受ける前に「この度の不始末の責任はすでに取らせた(=それ以上の処罰は無用)」としただけでも、令嬢方への処分としては十分寛大で上出来なのである。


しかしそのこととアルノルトの認識不足とはまた別の話だ。


「わたくしは怒っているのですよ、アルノルト様」

ソフィアに静かに詰め寄られ、アルノルトは言葉が出ない。


「令嬢方の態度が一変したのは、まさにわたくしの猫の仕業(しわざ)です。令嬢方のかぶっていた猫の効力が霧散したため、隠していた本音が明るみに出てしまいました。そういう意味ではわたくしにも責任の一端があるでしょう。そのため公爵家のなさりようには干渉できませんが、アルノルト様の問いに真面目にお答えすることで、その責任を果たそうと考えておりました」


「それゆえもありこの茶会の招待に応じました。しかし貴方は最初から姉君を盾になさいました。それはわたくしがたかが伯爵令嬢だからですか?だから真摯に向き合わなくても構わないと?令嬢方に対しても自分が選ぶ立場だという驕りがあったのではないですか?婚約者候補にすらしないのであれば、その旨を各家に通達して早めに諦めさせるべきでした。わたくしも令嬢方も貴方の都合の良い存在ではありません。いつも周囲がお膳立てをしてくれるからと思惑通りに事が運ぶと思わないでください」


不遜とも言える態度でソフィアは言い切る。

激高するわけでもなく、ただ淡々と言葉を発しているだけなのに、彼女が(まと)う空気には凍てつくような冷たさがあった。

アルノルトは返す言葉もなく、ただそこに立ち尽くすしかない。


情けないことにソフィアに指摘されるまで、アルノルトは夜会での出来事を失念していた。

事あるごとに(まと)わりついてきた令嬢方のことも、煩いと思いながらいつも適当にあしらうだけだった。

夜会の後、令嬢方のうち二人が修道院送りに、一人が領地の別邸に軟禁になったと聞いても、特に気に留めていなかった。

それがソフィアの言う「恩情」と「薄情」の違いを受けた結果であれば、前者は公爵家の許しを得て数年で家に帰れる可能性はあるが、後者は公爵家から見限られ二度と日の目を見ることはないに違いない。

どちらにしろ彼女達は社交界には戻れず、まともな嫁ぎ先も望めないだろう。


そう思い至ったとき、騒動の後にミランダから向けられた言葉が思い出される。


『よりによってヴァイス家の派閥の者が大公家主催の夜会で醜態を晒すなんて。早急に事を収めたから大公家の体面も公爵家の面目も保つことができたけれど。大公妃に嫌味を言われて久し振りに扇子をへし折りたくなったわ。まったく。二度目はないと思いたいわね』


あんなことが二度もあってたまるかと、不機嫌さを隠すことなく黙していたが、


『あなたに言っているのよ、アルノルト』


そう言われても、なぜ自分に矛先が向けられているのかわからなかった。

しかし、今なら理解できる。

自分が対応を見誤ったせいで、三人もの令嬢の将来をふいにしてしまった。

ミランダは、そのことを自覚し同じことを繰り返すなと忠告していたのだ。


『あなたの処罰もどうこう言い始めたから、「兄君がどの高位貴族からも相手にされないから嫉妬しているのかしら?花街では金蔓(かねづる)として人気があるようですけど。確か一昨年、同じ店の女性達が兄君を取り合って騒ぎになり、警ら隊が呼ばれましたわね。あのときは何か罰則を受けましたの?」と軽く(いじ)ってあげたら黙ったわ。()()()()()()があなたを叱責すると言っているのだから、それ以上の差し出口は無用だとどうしてわからないのかしら』


付け加えるように言われた皮肉が腑に落ちる。

揉め事の原因になったアルノルトに表立った罰則がなかったのは、公爵家の采配に口を挟むなと言う大公家への牽制に他ならない。


横目でミランダを(うかが)うと、涼しい顔をして紅茶を味わっている。

ソフィアの言葉を遮ることも(たしな)めることもしないのは、彼女の言い分が的を射ているからだろう。


自分よりもはるかに年下のソフィアが貴族の在り方を正しく認識しているというのに情けない。

しかもそんなソフィアのことも正直に言って侮っていたのだから始末が悪い。


伯爵家での不遇な境遇を聞き、ミランダならばそれを利用して言いくるめることができるだろうと思っていたのも事実だ。

自分から進んで話してくれるのが一番だが、拒むようであれば公爵家の権力を使うのも仕方がないと思っていた。


なぜならば、ミランダも自分もそれが許される立場だからだ。

そのため、多少強引に自分本位に事を進めても問題ないと思っていた。


そう。今までは。





お読みいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、お気に入りやブックマーク、★★★★★評価で応援していただけると執筆の支えになります。

何卒よろしくお願いいたします。


※次回の投稿は、6月29日(月)20時の予定です。

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