11. 猫と宿場①
ほのぼのした本編に戻ります。
たっぷり休憩した後に、ミランダ達公爵家一行は今夜の宿に向けて出発した。
ブルーノを思う存分振り回して気が済んだのか、フクはソフィアの膝上にちんまりと丸まって寝ている。
アルノルトはミランダの隣に戻り、ソフィアも再びニノンの毛皮と肉球を堪能する準備に入る。
リュカは相変わらずゆったりとアルノルトの頭上に落ち着いていて、ブルーノはフクから隠れるようにリュカの毛の隙間に潜っている。
ミランダは吟味したソフィアの素描を嬉々としてアンヌに見せ、あれこれ迷いながら色付けする予定のものを選り分けている。
馬車内に流れている雰囲気はとても心地よく、のどかで贅沢な時間をソフィアは心ゆくまで楽しんでいた。
ヴァイス家の領地はリュート公国の西側に位置しており、中央区から馬車で通常一週間ほどかかる距離にあるが、今回は貴族女性に合わせたゆったりとした移動のため、道中の休憩と宿泊の回数を加味して、十日程度を要すると見込んでいる。
ちなみに穀倉地帯のラザフォード家はヴァイス家と正反対の東側、商業が盛んなギャロット家は南側、鉱山を複数抱えるドロトス家は北側を治めており、中央区からの距離はだいたいヴァイス家と同様である。
「例えばヴァイス家の領地からラザフォードの領地に行くには公国の端から端の移動になるの。中央区を突っ切るルートが最短なのだけれど、ギャロット家に母方の従兄妹が居るから、昔はそちらを経由することが多かったわ」
「ドロトス家の領地には立ち寄らなかったのですか?」
「あそこは金剛石や金だけでなく、武器の材料にもなる貴重な鉄鉱石も採掘されるから、自領だけでなく他領の人間の出入りも厳しく制限しているの。もちろん四大公爵家も例外ではなくて、通行許可と滞在許可を得るにはそれなりの時間と手間が掛かるから、どうしても北側を経由しなければならない理由ない限り、今までドロトス家に立ち寄ったことはないわ」
リュート公国は四方を海に囲まれていて、特に他国に狙われやすい資源のある北側の防御には、ドロトス家が鉄壁な守りで盤石な体制を敷いていると言われている。
風土の厳しい土地柄で一年中雪を冠する山々もあり、温暖な地域に比べて物流や生産物は限定されているが、寒冷地でも育つ大麦やライ麦、芋類や根菜を主食とし、また北の地ならではの果物やハーブの類いも領民の食を支えているという。
「大麦や芋から作る純度の高い蒸留酒も特産だと聞きました」
「エールに比べて酒精がかなり高いわよ。ソフィアちゃんにはアイスワインのほうがいいと思うわ。蜂蜜みたいに甘いけど」
「鴨胸肉のローストや豚ヒレ肉のソテーに合いそうです」
「…ブレないわね」
「イレーネ先生にいただいた(ご褒美用の)スモークベーコンも合うのでは?」
「さすがアンヌ!早速試さないと」
『ソフィアは未成年だから飲めないぞ』
「じゃあ肉だけで」
『ホントにブレないわね』
「…アルノルト様もお酒を飲まれるのですか?」
ぽんぽんと跳ねるようにあちこち弾む会話にアルノルトだけが入れないのに気付き、ソフィアが問いかける。
「飲めることは飲めるが…」
「どんなお酒が好みですか?料理は何を?やはり肉ですか?」
「酒はほぼエールしか飲まない。友人の中にはそれこそ蒸留酒を好む者も居るが、私は嗜む程度だ。ただ普段の夕食には肉や魚などの料理に合わせてワインが供されることが多い。どちらかと言えば赤よりも白のほうが好みかもしれない。特にすっきりとした白ワインはさっぱりとした味わいの肉料理に合うと思う」
身を乗り出して質問してくるソフィアにやや戸惑うが、それでも自分を会話の輪に入れようと気遣ってくれているのだと察して、ぎこちないながらも何とか言葉をひねり出す。
律儀に答えてくれるアルノルトに、ソフィアは満足げに微笑み、「なるほど。成人したらどのお酒がどの肉料理を引き立てるのか、ぜひ研究しなければなりませんね」と神妙に頷く。
「ミランダお姉さまはいかがですか?」
「わたくしは喉にがつんとくるような強いお酒が好きなのよ。でも立場上あまり飲まされるわけにはいかないし、男性陣の矜持をへし折るわけにはいかないから、程々に留めているわ」
「…へし折るとは?」
「姉上にとって酒は水と同然と考えていい。酔い潰れることなどないが、男性の中には酒に強い女性を生意気で可愛げがないと、面白く思わない者が残念ながら存在するのだ」
「飲み勝っても良いのだけれど、そんなことで無駄な敵を作る必要もないでしょう?酔ったふりをしながら、お酒で徐々に態度が大きくなる輩を眺めて、心の中で馬鹿にするのも意外と楽しいものよ?ねえアンヌお姉さま?」
「わかります。こちらを値踏みし不躾な視線を向け、不埒な考えが頭を占めているのが丸わかりなのに、紳士ぶっている慇懃無礼な輩を適当にあしらうのも一興ですよね」
二人とも怖い。
口調は穏やかなのに内容が全然穏やかじゃない。
思わずソフィアが身体を震わせると、ニノンがふんわりと尻尾を全身に絡めてくれた。
『今は隠しているけれど、アンヌもミランダに負けず劣らず美女の部類に入るし、過去に色々とあったのよ。でもアンヌもお酒は強いから心配はいらないわ。いざとなったらアタシがどうにかするしね』
どうにかとは?
ニノンを見上げると、薄緑色の瞳が艶やかに光る。
うん。これは聞かないほうがいいやつだ。
おそらくブルーノのチリ毛なんて可愛く見えるほど、物理的にも社会的にもやっちゃうやつだ。
身震いするソフィアを乗せた馬車は、そのまま予定通りに今夜の宿館に到着する。
東西南北の公爵家の領地までの道中には、それぞれ宿場町がいくつか設けられていて、その町並みはその地によって様々だが、多くの商隊が往来する道筋ということもあり、その土地ならではの特色を打ち出して、ほとんどの町がかなりの発展を遂げているという。
宿も庶民が安全安価で泊まれるものから、金持ちや貴族のための豪奢な規模のものまであり、公爵家一行が領地を往復する際には大人数になるのが多いことから、毎回しかるべき宿館を貸し切ることにしているらしい。
ソフィアは旅に出るのも宿に泊まるのも初めてなので、本音を言えば安全さえ確保できるのなら安宿でも十分満喫できると思うのだが、さすがに自分達だけ別の宿に泊まるとは言い出せず、ミランダ達に促されるまま、どこぞの貴族の屋敷と見紛うばかりの優美な建物に足を踏み入れた。
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※次回の投稿は、10月5日(月)20時の予定です。




