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第九十一話 何本目?



 竜の武器を作り始めてから、数日経った。


 未だにヘイルフォートに渡す武器は完成していない。

 作った武器の本数はもう覚えていない。とにかくひたすらに作り続けた。


 顎を模し敵を噛み食らうような大剣を作った。

 チェーンソーのように回転する刃の付いた手甲を作った。

 攻城兵器をイメージした長弓を、竜鱗が焼き付いたような刃紋の大太刀を、遺跡の柱をそのまま取り出したような棍棒を、燃え上がる炎の動きを再現した魔剣を。

 巨大な蝋燭のような杖を、竜尾を模した鞭を、拘束具のようなフレイルを、身の丈ほどの大鎌を。


 ひたすらに作り続け、その度に分解し続けた。


 配信は休んでいる。最初は一日だけのつもりだったけど、結局そのまま何日も休止してしまっている状態だ。

 SNSにはしばらく配信を休むとだけ投稿していて、応援や心配のコメントがたくさん付いている。

 こんなに長く配信を空けたことはなかったし、一日も早く戻りたい。そう思っていても……納得のいく武器は作れないでいた。


 もう数日まともに眠れてない。肉体的な不調が無視できないレベルになってきている。


 正直言って……もう、自分ではどうしようもない状況になっているのを自覚しつつある。目を背けていたけど、今の自分は……明らかにおかしくなってる。


 それでも、この武器を完成させること以外に解決策を思いつかなかった。

 鍛冶竜の心核は何度分解しても劣化せず、最初と全く同じように光を放っている。


 作り続ける以外の選択肢は残されていなかった。



「……次は……」


「先生」



 ハンマーを握る私の手を、シダが上から包み込むように握った。



「先生、ちゃんと休めてますか?」


「……休んではいる、かな」


「眠れてますか?」



 答えられなかった。

 シダは小さく息を吐いて、私の手元にある心核へ視線を落とした。



「先生は、なんで武器を作ろうって思ったんですか? ゲームを始めていきなり武器職人になるくらい純粋に武器を作りたいって、そう思うようになったきっかけがあると思うんです」


「きっかけ……」



 始まりは、子ども向けアニメを観たこと。主人公達が振るう武器をすごくかっこよく思って、それで武器が好きになったけど…………武器職人というものに憧れるようになったのはまた別のきっかけがある。


 結局のところ、小学生の頃のあの思い出が、私が武器職人を目指すようになった大きなきっかけだった。

 段ボールで好きに工作するって授業で、名前も知らぬ女の子に、魔法の杖を作って渡したこと。

 そのときの彼女の笑顔が……私の道を決めた。


 今でも武器を作ってるのは、そのときの感覚を忘れられないから?

 それとも別に新しく理由がある?

 自分自身の漠然とした思いについて、ちゃんと言語化したことはなかった。


 どう説明すれば良いのか悩んでいると、先にシダが口を開いた。



「私が武器を好きになった理由は、話したことありませんでしたよね」



 シダはそう言って、少しだけ懐かしそうに目を細めた。



「昔、私は転校が多かったんです。親の都合で、いろんな場所に引っ越していて。長野とか、京都とか……他にもいくつか。前にも言いましたけど、今は徳島に住んでます」


「転校……そんなにしてたんだ」


「はい。初めての転校は小学校二年生に上がったときでした。高知から東京に引っ越して、せっかくできた友達も離れ離れになっちゃうし、転校先でもうまく馴染めなくってひとりぼっちでした」



 その声は、いつもの明るいシダより少しだけ静かだった。



「転校して半年くらい経った頃、授業のレクリエーションで、段ボールを使って好きなものを作る時間があったんです。体育館に段ボールとかガムテープがたくさん置いてあって、クラス合同でみんなで楽しもうって内容でした」



 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。

 シダが話す内容が、あまりにも……自分の思い出とリンクしている。



「私は、その時も一人でした。何を作ればいいのかも分からなくて、周りの子たちが楽しそうにしているのを、ただ見てるだけで。そしたら、一人の女の子が話しかけてくれて……その子は私に、武器を作ってくれたんです。……魔法の杖を」



 思い出を一つ一つ振り返るように、シダはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 それとは裏腹に、私は自分の鼓動が速くなっていくのを感じていた。



「その子、すごく楽しそうだったんです。真剣で、夢中で、目がきらきらしていて。武器のことが好きで……その時の私は、作ってもらった杖と同じくらい、その子の表情を覚えていました。結局そのあとすぐにまた転校しちゃったので、その子とはそれっきりなんですけどね。でも、作ってもらった杖はずっと大事に持ってて……それがあったから、転校先でも頑張れたんです」


「……そう、なんだ」


「その時から、私は武器そのものも好きになりました。でもそれ以上に、武器を作る人が好きになったんです」



 シダはそこで、私を見た。



「先生に初めて会った時、少しだけその子のことを思い出しました。先生が武器を作るときの目が、あの子と似ていたんです」


「……私が?」


「はい。真剣で、楽しそうで、恋をしてるみたいに熱っぽい目。武器のことが本当に好きなんだって、見ているだけで分かる目でした。難しい素材を前にしても、変な効果が出ても、無茶な依頼が来ても……困った顔をしながら、でもどこか楽しそうで」



 シダは私の手を、少しだけ強く握った。



「でも今の先生は……苦しそうです」



 心配そうなシダの視線が私を貫く。言葉を返そうとしたけど、何も言えなかった。

 私は武器を作るのが大好きで、それは今でも変わらない。武器を作ることを楽しむなんて、あまりにも当然のこと。

 それなのに、その当然のことをできているのかと聞かれると言葉に詰まる。……いや、ずっと私の側で、私以上に私のことを見てくれていたシダがそう言うのだから、きっと私は楽しめていなかったんだろう。


 肉体的な不調か、精神的な問題か。配信をしないことに対する焦りとか、プレイヤーとして竜の試練に挑むプレッシャーとか。理由は色々考えられるし、その全てが合わさった結果なのかもしれない。

 


「先生。私は、先生が作る武器が好きです。でも、それ以上に、武器を作っている先生が好きなんです」



 私の手を握りながら、シダはただひたすらに私のことだけを見て、真っ直ぐにそう言った。

 自分の中で凝り固まっていた全てが融かされていくような……そんな感覚。


 シダの話は、ボロボロになっていた私を再起させるのに十分だった。


 過去のことも、間違いない。私が武器職人を目指すようになったきっかけと、シダが武器を好きになったきっかけは、完全に同じ出来事だった。

 ここまで似た話が偶然他の場所で起きたとも思えない。住んでいる地域はそのときだけ被っていて、それ以降会えなかったのも転校してしまっていたからだと分かった。

 ……こんな奇跡があるなんて。



 私は思わずそのときの子が自分なのだと言いそうになって……すんでのところで言葉を飲み込んだ。

 言うなら、ちゃんと胸を張れる状態で言いたい。

 あの時の女の子は、今も武器を作るのが好きなんだと。

 あなたが覚えてくれていた姿のまま、今もここにいるんだと。

 そう言える状態で、言いたいと思った。



「……シダ」


「はい」


「今日は、もう休もうかな」



 シダが目を丸くする。



「本当ですか?」


「本当。ちゃんとログアウトして、ちゃんと寝る。……多分、今のまま続けても駄目だと思うから」



 そう言うと、シダの表情が少しだけ緩んだ。



「はい。それがいいと思います」


「ごめんね。心配かけて」


「それは、まあ……かなり心配しましたけどね」


「だよね」



 苦笑しながら、私は鍛冶竜の心核をインベントリへ戻した。


 何を作ればいいのかは、まだ分からない。

 でも、少なくとも今のまま作り続けても答えには辿り着けない。

 それだけは分かった。


 私は武器を作るのが好きだ。

 誰かに使ってもらう武器を作るのが好きだ。

 その武器を見て、喜んでもらえるのが好きだ。


 そんな当たり前のことを、少しだけ忘れていたのかもしれない。



「おやすみ、シダ」


「はい。おやすみなさい、先生。ゆっくり休んでくださいね」



 シダに見送られながら、私はログアウトを選択する。


 その夜……私は久しぶりに、ゆっくりと眠ることができたのだった。

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