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第八十八話 鍛冶竜の試練



『我ら竜族は、来るべき戦いに備え、その星に生きる強き者を自らの守護者とする。そして守護者となる者には、対価として我らの力を与える』



 目の前に立つ巨大な竜――鍛冶竜ヘイルフォートは、低く響く声でそう言った。



「それが護竜紋章(ガルドラン)……?」


『然り』



 ヘイルフォートがゆっくりと頷く。

 ただのレベル99以降の強化要素、というわけではないらしい。いや、ゲームシステム的にはそうなのかもしれないけど、少なくともこの世界の設定上ではかなり重要な意味を持つものみたいだ。



『多くの竜は、人の力を試す。守護者となるに足るかを、戦の中で見極める。――だが、我は違う』



 ヘイルフォートの胸の奥で、炎が一際強く脈打った。



『我は鍛冶竜。己が爪牙を振るうよりも、己が分身を鍛ち、兵の如く戦わせる。故に、汝に課す試練もまた、戦いではない』


「つまり……武器を作るってこと?」


『然り。我が分身体のための装備を鍛て。汝が生み出す武器が、我が分身の力となる』



 なるほど。戦闘職ではなく、生産職である私に与えられる竜の試練。

 それが、竜の分身体の装備を作ること。

 竜の試練はジョブの種類ごとにあるのかも。



『見よ』



 ヘイルフォートが翼を広げた。

 その瞬間、全身の鱗の隙間から赤い光が漏れ出す。背の突起から黒煙が勢いよく噴き上がり、周囲の空気が熱を帯びる。


 ヘイルフォートの胸殻が、重い金属板のような音を立ててゆっくりと開いた。

 胸殻の奥は煮え滾る溶鉱炉のようで、そこから溶け出るように赤熱した塊が落下する。


 それは徐々に姿を変え――小型の竜となった。


 小型と言っても、直立すれば五メートルほどはある。手足は人間に近い長さで、二足で立つことができる体型をしていた。

 ただし、見た目に人間的な要素はほとんどない。頭部は完全に竜。全身を覆う赤銅色の鱗。長い尾。鋭い爪。立ち方だけが人間に近く、それ以外は紛れもなく竜だった。



『これが我が分身体だ。身躯は小さく、力も劣るが、数を鍛てば群として個を凌駕する』



 五メートル級の人型の竜。

 人間より遥かに大きいけど、機兵用武装ほどの規模ではない。通常の設備でも問題なく作れる範囲だ。


 目の前に[鍛冶竜ヘイルフォートの分身体を一時召喚できるようになりました]とシステムウィンドウが現れる。

 なるほど。これで工房でもサイズ合わせができるってことか。



「作る武器の条件は?」


『我から汝に課す試練は一つ。我が鍛造の源を使い、武器を作ること』



 再度ヘイルフォートは鍛造を行った。胸殻から生じた塊は抱えられるほどのサイズで、地面に落下すると急速に変化し金属のような輝きを放った。



――――――――


鍛冶竜の心核


鍛冶竜ヘイルフォートの炉心に含まれる、マグマのような液体が急速に冷え固まったもの。

金属のような性質を持ち、極めて加工しやすい。

鍛冶竜によって行われるあらゆる鍛造の源であるが故に、心核はあらゆる可能性を内包する。


――――――――



 かなり特殊な素材を手に入れてしまった。これを使って武器を作ればいい……ってことか。



『我が試練に他の条件や期限はない。汝が納得する武器を作り、答えとして示せ』


「納得する武器…………」


『さあ、話は終わりだ。さらばだ、人よ。汝がいかなる武器を鍛つのか、我は静かに待つとしよう』



 その声を最後に、周囲の景色が目まぐるしく変化する。次の瞬間、私は工房のソファの上に戻っていた。



「先生!!」


「わっ」



 戻ってきた瞬間、シダがほとんど飛びつくような勢いで抱きついてきた。



「何があったんですか!? 急に消えて、フレンドリストで確認してもイベント中って表示されるだけで場所も分からなくて、メッセージを送っても反応なくて…!」


「ごめん……まさかクエストが始まるとは思ってなかった」


「本当に心配したんですからね!」



 しばらく背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせてから、私はさっき起きたことをシダに説明した。


 鍛冶竜ヘイルフォート。護竜紋章。竜の分身体。

 そして、その装備を作るという試練。


 一通り話し終えると、シダは驚いた顔のまま固まっていた。



「つまり、先生にも竜の試練が来たってことですよね……?」


「そう。ちゃんと生産職にも竜の試練はあるみたい」


「さすが先生です! ……でも、その……今日は……」


「あー……心配かけたくはないし、今日はもうログアウトして寝るよ」



 シダは止めようか悩んでいるような感じだったけど、さすがにこれ以上心配させるのもよくない。特殊な状況だから押し切ろうと思えば押し切れたとは思うけど、シダを困らせたいわけじゃないし。


 私がもうログアウトすると告げると、シダは安心したように息を吐いた。



「わかりました。ちゃんと休んでくださいね」


「うん。おやすみ、シダ」


「おやすみなさい、先生」



 その言葉を最後に、私はアリフラからログアウトした。

 ヘッドギアを外して現実に戻って、シャワーを浴びたりご飯を食べたり。そうしてると、確かに疲れているのを実感する。体も重いし、目の奥もぼんやりしている。


 それなのに、眠気はなかなか来なかった。


 私に与えられた鍛冶竜の試練。レベルカンストが最低条件とされるこのクエストは、言ってしまえば、今まで私が作ってきた武器の集大成みたいなものになるのかもしれない。


 条件は鍛冶竜の心核を使うだけ。武器種やステータスなどに条件はない。

 それなら、この試練の成功条件は何なのだろう。与えられた条件だけで言えば、心核だけ使って剣の形にすればそれだけでクリアになってしまう。

 それ以外にも語られていない何かしらの達成条件があるのか、それとも本当に素材さえ使えばクリアなのか。


 ヘイルフォートは、私自身が納得する武器を作れと言っていた。

 それなら私は……何を作るべきなんだろう。


 剣、斧、槌、槍、弓……休まないといけないのは分かっているけど、考え始めると止まらない。


 私が納得できる武器を……最高傑作を作らないと。

 そんな思いが胸の奥で静かに熱を持つ。


 そうして、眠れないまま夜は更けていった。

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