第八十七話 竜の喚び声
久しぶりに日間1位になりました。ありがとうございます!
このゲームは常に新たな何かが発見され、人々の話題は移ろい続ける。
ユニークという名がその中心にいるのは常に変わらないものの、【セフィロト】がウェルキングトリケスを撃破した時期と比較すると多少波は落ち着いた。
そんな今のアリフラにおける話題は、護竜紋章と呼ばれる強化要素が主になっている。
私も詳しくは知らないけど、何かしらの条件を満たすと竜がやってきて試練を与えてくるらしい。それを突破することで、護竜紋章を手に入れることができる……という感じ。
詳しい条件は不明。少なくともレベルカンストが前提になっていそうで、最近はようやく最前線のプレイヤーがレベル99になってきた段階だから、色々と情報が錯綜している。
ユニークを倒すのが条件だとか、ジョブごとに設定されたミッションをクリアするとか。
そうやって広まっていった噂話の一つとして、高品質な武器を手に入れるというのがあった。
現時点で護竜紋章を手に入れたとされるプレイヤーは数えるほどしかおらず、一部の有名プレイヤーのみであり、彼らは皆生産職が作った装備を持っている……というところから発生した噂だ。
これに関しては今レベルカンストしてるプレイヤーが最前線のプレイヤーだからそりゃそうなるでしょって感じで、はっきり言ってこれが条件になっていることはないと思う。
思うんだけど……
「こんなに依頼が多いのも久しぶりだね」
『最近は落ち着いてたんだけどなあ』
『これもガルドラン効果?』
『もしかしたら武器が関係してるかも~って説が流れたから……』
『本当に関係してんのかな』
『情報が少なすぎるからとにかく試してみるしかないって状態なんだよ』
『ユニークがそのまま関連してるとかじゃなさそうだしな』
『やっぱカインに取り調べするしか……』
『カイン捕獲スレめっちゃ伸びてるけど一向に捕まらないんだよなあ』
流れていくコメント欄の横に、新しい依頼の通知が現れる。
ほかにも武器職人が増えてきたことで落ち着いてきていた依頼数が、ここにきて急増していた。
現状、護竜紋章に関して分かっているのは数人のプレイヤーが竜の試練を受けていたという目撃情報と、カインが掲示板で急にぶっちゃけた「護竜紋章はレベル99以降の強化要素だった」という情報だけ。
私がカインの武器を作ったという情報自体は普通に知られているので、そこに竜の試練を受ける条件があるんじゃないかと目をつけた人がいるらしく、それがきっかけで依頼が多くなっているという流れみたい。
「まあ、依頼が多いのは良いことだから。全部は作れないけど」
すべてを作るのは無理だけど、せっかく依頼してくれたわけだからできる限り作っていきたい。
急増した依頼数に対応するために武器を作る時間をかなり増やして、それでも追いつかないのが現状ではあるけど。
そんなわけで、今も配信で雑談しながら武器を作っている。
漆黒の樹皮の裂け目から赤く熱を持った光を発する耀黒の木の枝。それをベースに使用して、身の丈ほどの長杖を作る。
そこに輝く魔石を埋め込んでいき、金色のチェーンでアクセントを付ける。
そして依頼人に指定された……愚者の手という素材を使っていく。濃い灰色で、触ると僅かに弾力がある、人の手だ。
これ何なんだろう。ゾンビとかの素材?
まあとにかく、それを杖に装着していく。全体のバランスを見つつ、絡みつくように。
その手が向かう先は杖の先端。大きな魔石に向かって手を伸ばしているようなイメージだ。
「……よし、完成」
――――
ハンズ・オブ・グローリー
武器種:魔杖/長杖 必要MP:510
特殊強化【威光】、魔力強化+86、光属性強化+40、火属性強化+32、MP増加+5、詠唱短縮
複数の罪人の手を切り落とし、耀黒の木の枝に絡みつくように形作られた禁忌の杖。
杖から発せられた光は見る者を圧倒し、動きを封じる。
――――
完成した武器を見て息を吐く。
結構いい出来なんじゃないかな。
じゃあ次のを作っていこう……と思ってたら、
「先生、大丈夫ですか? 少し顔色が悪いような気がします」
「そう? 私は……大丈夫だけど」
「無理しないでください。本当に……」
「でも、これが私の仕事だから」
心配そうにこっちを見つめるシダの頭をわしわしと撫でる。これだけで私は頑張れるから。
『休んで』
『シダPが正しい』
『仕事熱心なのはいいけど体は大事にして』
『配信切って寝てもいいんだぞ』
なんかコメント欄までそんな感じになってきた。シダもすごい心配そうにしてるし、さすがに休まないと怒られそう。
「じゃあ、杖送ってログアウトするから」
「本当ですか?」
「本当」
シダが疑わしそうに見上げてくる。こういうときのシダは疑い深いな。
苦笑しながら、完成したハンズ・オブ・グローリーを依頼人へ送るための手続きを進める。
所有者の登録、性能の最終確認、フレーバーテキストの反映。いつもの流れのはずなのに、今日は一つ一つの操作が少し重く感じた。
言われるまで気づかなかったけど、本当に疲れてるんだな。
このところずっと武器を作っていたわけだし、そうもなるか。
「……よし。受け渡し完了。じゃあ配信終わるね」
『おつー』
『お疲れ様』
『今日は休め』
『シダP監視よろしく』
『ユーカリを寝かせろ』
「監視は任せてください!」
「そこまでしなくてもいいんだけど……」
軽く手を振って配信を終了した。
配信が切れると、工房の中が少し静かになる。さっきまでコメントの流れや作業音で満たされていたせいか、急に音が引いたような感覚があった。
「先生、本当に今日はもう終わりですからね」
「分かってるって」
「次の依頼を見るのもなしです」
「通知だけ確認するのは?」
「だめです」
「厳しいね……」
「先生が無理するからです」
それを言われると反論できない。
ソファの背もたれに体を預け、シダを隣に呼んだ。
「ちょっとだけ側にいて。大丈夫、すぐログアウトするから」
「少しだけですよ」
「うん」
近くにシダがいるだけで、少し気が抜ける。
このまま目を閉じたら普通にゲーム内で寝てしまいそうだな……と思った、その時だった。
[████████からのメッセージが届きました]
見慣れない通知が目の前に現れた。
今の私の設定だとメッセージが届いてもアイコンに数字が付くだけでこういう表示はされないようになってるはずだし、何より差出人がおかしい。
メニューを開いてみると、送られてきていたのはフレンドメールでも、運営からの告知でもなかった。
件名は空白。差出人も空白。本文プレビューも何もない。
何かのイベントが発生した?
今まさにログアウトしようって思ってたところだけど、さすがにこれは気になる。
……まあ、依頼じゃないから大丈夫だよね。ちょっと確認するだけだし。
私は一度だけ息を吐き、その空白のメッセージを開いた。
瞬間、工房の音が遠のいた。
炉の音も、環境音も、隣にいるシダの気配さえ薄れていく。
代わりに響いたのは、低く、重く、どこか金属を打つ音にも似た声。
『――武器を鍛つ者よ。数多の刃を生み、数多の想いを形とした者よ』
赤い光が視界いっぱいに広がる。
工房の床も、壁も、素材棚も、その光に呑まれるように輪郭を失っていった。
「先生!?」
シダの声が遠くなり、周囲の景色がめまぐるしく変化していき――次の瞬間、私は背中から転倒した。
さっきまで座っていたソファがない。それどころか、今いる場所は工房ですらなかった。
夜明け前のような薄暗い空。冷たい風。地面には柔らかな草が広がり、遠くには赤く輝く山脈の稜線が見える。
そして、私の目の前に――竜がいる。
赤熱する銅のような色の鱗を持つ竜。
背に並ぶ煙突のような突起から黒煙が漏れ、胸殻の奥では火が脈打つように光っている。
竜はゆっくりと頭を下げ、私を見据えた。
『来たか、人よ』
その声を聞いた瞬間、目の前に赤い文字が浮かび上がる。
[鍛冶竜ヘイルフォートの試練が発生しました]
護竜紋章。竜の試練。
最近ずっと話題になっていたその中心に、私は立っていたのだった。




