第八十二話 天を翔るのは
最近のアリフラは、ある一つの話題で持ちきりだった。
発端は数日前。突如として全プレイヤーにレイドイベントの発生が通知された。
イベント名は『天魔光臨』。対象地域がアクアーリオ周辺地域であること以外全く情報のないイベントであり、そもそもレイドイベント自体これが初だったので、そのときのプレイヤーたちの期待と混乱はすさまじかった。
そしてレイドイベントの通知から一時間後――空から大量のモンスターが出現した。
現れたのは、《天魔の御使い》と呼ばれるモンスターたち。大理石の彫像を思わせる白い外殻を持ち、その姿は人型のものもあれば、獅子を模したものもあるなどさまざまだったらしい。
そして何よりも凄まじかったのが、空に現れた巨大な物体。御使いたちと同じ大理石の彫像のような外殻の、超巨大な女神像だ。
私はレオーネにとどまって配信でレイドの様子を見ていたけど、この女神像に関してはレオーネからでも見ることができた。
それほどまでに大きなこの女神像について、比較的高所にいた一部のプレイヤーは名前を確認することができたらしい。
その名も、アステリズムモンスター『天魔』ニルンスケイラー。
レイドは御使いを撃破し続けることで終結し、ニルンスケイラーも姿を消した。しかしこのあまりにも巨大過ぎる存在はプレイヤー達に衝撃を与え、アステリズムモンスターはそもそも倒せるように作られていないのではという推測もされるほどだった。
初めてのレイドイベントということもあり情報は錯綜し、中には巨大ロボが飛び立つのを見たとかいうよく分からない噂まで広まっていた。
そんなある日の配信中のこと。
「先生! ちょっと今お時間大丈夫ですか?」
武器を作り終えたのと同じタイミングで、シダがそう声をかけてきた。
「どうかした?」
「ギュスターヴさんから今から会えるかって連絡が来たんです。先生に依頼があるみたいで」
三大攻略クランの一角、【猛獣戦線】を束ねるギュスターヴとは、ゲームを初めてそれほど経ってなかった頃に武器製作の依頼を通して知り合い、それ以来モンスターからドロップするレアな素材を融通してもらっている。
クランメンバーもよく依頼に来てくれていて、そういう意味では上客といっても差し支えないかも。彼の武器、連鎖剣もその後の改造依頼を経てより凶悪な性能になっている。
「依頼内容は言ってた?」
「内容に関しては直接会って口頭で伝えたいようで、詳しいことは何も言ってませんでした」
となると……ユニーク関連かな。
まだ【猛獣戦線】がユニークモンスターを撃破したというようなアナウンスはされていないけど、三大攻略クランのうち、【セフィロト】と【天の最果て】はユニークモンスターを撃破してる。【猛獣戦線】もその後に続こうとしているだろうし、何かしら手に入れていてもおかしくない。
というわけで、キリもいいし配信を閉じてギュスターヴと会うことにした。
連絡を返して二分後、店のドアと同じくらいの背丈をした爬人族――ギュスターヴがやってきた。
「よう、邪魔するぜ」
「どーも。一応今は配信してないから」
「悪ぃな。まあ今回は完璧に秘匿されてるわけじゃねえからそこまで気にする必要もないんだが、念の為な」
ギュスターヴを応接間に通し、向かいのソファに腰を下ろす。体がデカいせいで若干窮屈そうだ。
「お茶をどうぞ!」
「おう、ありがとな」
ギュスターヴと私の前にお茶の入ったカップを置いて、それからシダは私の膝の上にちょこんと座った。
「それで、話っていうのは?」
「待て……いつもそうなのか?」
「え?」
「その、なんだ。お前ら、だいぶ距離が近いと思ってな」
……あ。言われて気付いたけど、ナチュラルに人前でシダを膝の上に座らせていた。
「配信外では結構こんな感じかも」
「そうか。ああいや、仲が良いってのはいいことだぞ。打算とは別の関係ってのは一種の武器になる。だからまあ、イチャつきながらでも別にいい」
「い、イチャついてるつもりはないんですけどねっ」
耳を赤くしたシダが膝から降りようとしたので腕を回して捕えつつ、ギュスターヴに詳しい話を聞く。
「んじゃ、早速本題に入るが……ユーカリ。アンタに依頼をしたい」
「いいよ。誰の武器?」
そう聞くと、ギュスターヴは困ったように喉の鱗を掻いた。
「誰の、っつーと難しいんだが。正直言って俺にもどう説明すればいいのか分からん。情報も前例も皆無だからな。ただ一つ言えるのは、これが『天魔』に関連する話だってことだ」
天魔。まさに最近話題になっている例のアステリズムモンスターだ。
「これはユニークの上を行くかもしれねえ特級の情報だ。アンタを信頼してるから直接会いに来たが、詳細に関してはまだ話せない。そのうえで、受けるか受けないか、まずはそれだけ聞かせてほしい」
「その依頼、武器は作れる?」
「ああ。今までアンタが作ってきた武器製作とは違うシステムになるかもしれねえが」
「じゃあ受けるよ」
「そうか。そう言ってくれると思ってたぜ」
ギュスターヴは豪快に笑ってから、椅子に深く腰掛けた。
「始まりは数日前だ。グラカム山を探索してるチームから俺に緊急の連絡が入った。『洞窟で妙なものを発見した』ってな。すぐに現場に向かってみると、確かに妙なモンとしか言いようのないものがあった。地割れみてえな隙間から降りていくような特殊な洞窟の最下層に、得体のしれない石柱がぶっ刺さってたんだ」
ギュスターヴが表示した写真には、岩肌に突き刺さった純白の石柱が写っていた。
大理石の柱のようでもあるけど、そうと断定するには僅かな傷もない滑らかな表面と不自然なほどの白さがあまりにも異質に見える。
「明らかに自然に生成されたものじゃねえ。かと言って人工物のようにも見えなかった。オーパーツって表現が近いかもな」
「武器の素材に使えないかな?」
「いや、壊してやろうって色々試してみたんだが結局傷一つ付かなかったからな。加工ができなきゃ使い道もないだろ」
「たしかに……」
「で、どうにもならねえから一旦保留するかってところで、その場にいた全員にアステリズムクエストが発生したんだ。そこからのクエスト内容は省くが……ある程度進めたところで例のレイドイベントが来ちまった。そしてそれと同時に、先を越されたってことも分かった」
ギュスターヴは別の写真を表示した。そこに写っていたのは……
「…………巨大ロボ?」
「有り体に言えばそうだな。正式には機兵って言うんだが、これがあのレイドイベントのもう一つの側面だ。地上の戦いとは別に空中での戦いがある。そのために必要なのがこの機兵で、俺たちはこいつを起動させようとクエストを進めてたんだ。だが、ウチとは別のクランが一手早かった。ウチとは別の機兵を発見し、起動したらしい」
「あ、空飛ぶ巨大ロボを見たって噂……」
「まさにそれだ。どこのクランかは知らん。十中八九【天の最果て】だろうが、まあそこはどうだっていい。とにかく、先を越されはしたがようやくウチでも起動の目処が立った。だがこれをそのまま飛ばすんじゃレイド一回分の差を埋められねえ。そこでだ」
ギュスターヴは咳払いをし、姿勢を正して口を開いた。
「ユーカリ。アンタには機兵の武器を作ってもらいたい」
……え、どうやって!?




