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48.それってどういう意味で?



 今日の主役はくるみと杏ちゃんだから、二人に目一杯楽しんでもらおう。


 ディスティニーランドの入り口に辿り着き、入場を待つお客さんの列に並んでいたときのあたしはそんな風に思ってた。

 正直に言って、日本最大級のテーマパークってやつを、完全に舐めていたんだと思う。


 まあ八千円払うと言ってもキャラクターもののテーマパークだしな~みたいな、あまり行ったことがない人間故の油断と言うか。

 何故このテーマパークが熱狂的なファンを生み、『運命に出会う国』などと呼ばれているのか、あたしはさっぱり理解していなかったのである。



 入場後、外界の景色など一切見えない異世界風の場内を歩き、『最初に乗るアトラクションならアレかな~』と香菜にオススメされるままに何か上から落ちるやつに乗った。

 可愛らしく満面の笑みではしゃぐ杏ちゃんとくるみに手を取られ、連れてきて良かったな~なんてどこか保護者目線で見ていられたのは、待機列でホワイティ☆ベルの話で盛り上がる二人の話に相槌を打っていたところまでだった。


 8名乗りのボートに乗って賑やかな動物たちが並ぶ水路を通り、山の頂上から落ちるアトラクション。

 勢いよく下りながら隣の香菜と一緒に声を上げ、派手な水しぶきを通り抜ける。一周終わって降りる頃には、バクバクする心臓を押さえながら思わず笑い出していた。

 待機列中の余裕なんて一瞬で消し飛んでしまった訳だ。流石は運命の国。恐ろしい魔力。

 あまりの衝撃にちょっと腰が抜けてしまって、先に降りたアヴェルさんに支えられながら立ち上がったくらいだ。恥ずかしい。なんか微笑ましいものを見る目で見られたのも恥ずかしい。


 気を取り直そうとしたところで、なんだっけ? アトラクションの途中で撮ってもらえるらしい写真を見たのも地味に恥ずかしかった。

 写真の中のあたし、めっちゃはしゃいでた。香菜と一緒に腕上げて超はしゃいでた。くるみも杏ちゃんとにこにこしながら一緒に両手を上げてて、可愛かった。アヴェルさんはいつもと変わりない笑顔だった。つ、つよい。


 しょっぱなからアトラクションの魔力にやられてしまったあたしを連れて、香菜は次々と進路を決めて行ったのだった。





「だ、駄目だあ! 楽しい!」

「ええ~? 何がダメなの~? 楽しいのは良いことだと思うけどなぁ~」


 場内を回り、時折すれ違うキャラクターの着ぐるみや綺麗なドレスを着たキャストの人と写真を撮り、アトラクションを十個は制覇する頃には、あたしは言い訳が利かない程度には楽しんでしまっていた。

 くるみと杏ちゃんに楽しい思い出を作ってもらいたかったんだけど、そんな風に気を回す余裕すら吹っ飛んでいた。

 だ、だって香菜の煽り方が上手すぎる。何、あの、なんとかパスとかいうやつ。時間短縮の為に効率よく取るとか、燃えない訳ないじゃん!? タイムセールの為に走る人間だよ! 楽しくない訳ないよ!!


 頭を抱えて反省するあたしの横で、香菜がチュロスをかじりながら首を傾げる。多分分かっていて言ってるあたりが小憎らしい。

 あたし達の少し前をアヴェルさんにエスコートされながら歩く杏ちゃんの嬉しそうな笑みを見ながら、こっそりと香菜に耳打ちする。


「今日は杏ちゃんとくるみに楽しんでもらうために来たんだって! あたしが夢中になってどうすんの!?」

「……みんなで全力で楽しめば、二人も楽しいに決まってると思うけどね~?」

「そ、そうかな。二人とも楽しんでくれてるといいんだけど……」

「少なくとも私は皐月ちゃんが楽しければ楽しいし~、私は私が楽しければそれでいいし~?」


 チュロスを食べ切った香菜が口元の笑みを深くする。悪戯っぽい微笑みと共に吐き出された台詞は、半分くらいは本心で出来ているんだろう。


「みんな、自分の楽しみくらい自分で見つけられると思うけどなぁ、そんな心配することないっていうか~、皐月ちゃんはねぇ、友達の顔色を窺いすぎかな~? 『こっちが気を遣わないと楽しんでもらえない』って考えは~、どうかと思うな~?」

「うっ、ご、ごめん……そういう、つもりじゃなかったんだけど……」

「分かってるよ~? 楽しんで欲しくて誘ったんだから、心配にはなるよね~。でも心配ばっかしてたら楽しくないんじゃないかなぁ? もっと色々忘れて楽しんじゃえばいいよ~、あと創兄は爆発してほしいな~」


 なんで急にお兄ちゃんを爆発させようとしたの?

 聞くよりも早く、ゴミ箱を見つけた香菜は軽やかな足取りでチュロスのゴミを捨てに行ってしまった。足を向けた先で別のワゴンを見つけて何やら買っている。ちょっと待ったどんだけ食べる気!? まだお昼前だけど!?


「香菜、あんまり食べるとお昼入らなくなるよ?」

「はぁ~い、気を付けまぁす」


 絶対気を付ける気無いな、と誰が聞いても分かる返事をした香菜は両手にお肉を持って戻ってきた。

 こら。ほんとに食べれなくなっても知らないからね。


 その後、香菜はお昼時にどうしても食べたかったサンドイッチが半分も入らなくてちょっとしょんぼりしていた。







「本当に、ニホンは凄い国ですね……」


 絵本を模したアトラクションの待ち時間中に、アヴェルさんがふと呟いた。

 見上げるほどの絵本の作り物を眺めるアヴェルさんの顔には感嘆と、ほんの少しの疲弊が浮かんでいる。あまりにも自然に溶け込んでいるものだから意識していなかったけれど、アヴェルさんにとってはどれもこれも未知の代物だ。

 いや、あたしにとってもある意味未知なんだけど、それはそれとして。

 次々と見知らぬ乗り物に乗って、疲れていないだろうか。そう思って隣のアヴェルさんに小さく問いかける。


「色々連れ回しちゃってごめん、疲れてない?」

「大丈夫ですよ。体力には自信がありますから」

「ええっと、それもあるけど、……見慣れないものばっかで疲れてないかなって。人酔いみたいに、場所に酔ったりとか? ほら、アヴェルさん、何があっても大体平気そうな顔してるから……疲れたらいつでも言ってね」


 杏ちゃんとくるみは、あたし達の後ろで香菜が話す『ディスティニーランドの都市伝説』なるものに耳を傾けている。

 アトラクションの入り口にいる謎の男の子の話だとか、語り口が堂に入っているものだから、二人とも真剣に聞き入っているようだった。

 これなら、多少こっちが別の話をしていても気にも留められないだろう。

 そう思いつつも声を抑えて聞いたあたしに、アヴェルさんは一度瞬いてから、ふわりと微笑んだ。


「お気遣いありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですよ。仮に疲れがあっても、皆さんが楽しんでるのを見れば吹き飛びますしね」

「そう? アヴェルさんも楽しい?」

「ええ、楽しいです。特に景観が良いですね、お伽噺のようで」

「お伽噺か、確かに景色見るだけでも楽しいよね。そういえば、アヴェルさんの国ってこんな感じかなって思ってたんだけど、実際どうなの?」


 列が少し進み、回り込んだ絵本の裏側を興味深そうに眺めるアヴェルさんに聞くと、浮かべていた微笑みが若干、苦笑に変わった。

 腕を組んだアヴェルさんが聞こえるか聞こえないかといった程度に小さく唸る。あ、あれ、なんか不味いこと聞いた?


「……夢を壊すようで申し訳ありませんが、我が国は、もっと、こう…………品が無いです」

「ひ、品が無い」

「…………ええ、まあ。城が光りますし」

「えーっと、こっちの城も光るらしいよ?」


 見たことが無いほど渋い顔をしていたのでフォローのつもりで言ってみた。フォローになってないな、と言ってから思った。

 パンフレットに乗っていた写真を示しながら言うも、アヴェルさんは微妙な顔で、半ば独り言のように呟いた。


「他国から得た魔石類でこれでもかと飾り立てておりまして。加えて、花妖精の中には光るものがいるんですが、水も与えず外壁に磔にして装飾に────なんでもないです」

「う、うん。なんでもなかった」

「ええ、なんでもないです」


 失言をした、という顔のアヴェルさんがすぐさま切り替えた満面の笑みにより、なんでもなかったことになった。

 ちらほらとは聞いているけれど、どうもアヴェルさんの国の王様はかなり趣味が悪い人のようだった。まあそうか、そういう人でなきゃ、国が無くなったりはしない。

 微妙な間が空き、アヴェルさんは顎に手を当てながら困ったように口を開いた。


「何か面白い話でもしましょうか。そうですね、……あー……エスペランサはこのような景観だと聞いたことがある気がします」

「アヴェルさんのお母さんとお父さんが行った国? あと、お姫様……オリビア様?も」


 最初のころに話していた気がする。確かそんな名前だったような、と記憶を探りつつ聞くと、アヴェルさんはゆっくりと頷いた。


「ファナントを囲む国の内の一つですね。気候も穏やかで住みやすく、良い場所だそうです。確か絹織物が特産品だったような……セダレーチェという魔法生物がいるんですが、このくらいの大きさで、白いふわふわの毛玉のような生き物が絹糸を吐くらしいです」

「白いふわふわ?」


 両手で示したアヴェルさんの手の隙間は十五センチくらいだった。十五センチくらいの白いふわふわ。毛玉のようなそれが絹糸を吐くのを想像して、思わず空気を撫でるように両手を動かしていた。


「可愛いね、アヴェルさんは見たことあるの?」

「いえ、残念ながら。オリビア様から聞いたことがある程度です。人工的に生み出されたらしいので、ファナントにはいませんでしたし……王は絹製品には興味を持ちましたが国内で生産しようとは考えていなかったようなので奪うこともしませんでした。まあ、生産するだけの設備も整えられなかったでしょうし……そもそもどうやって作られていたのか説明されても理解できなかったのかもしれませんね、エスペランサにとっては幸運だったと言えます」

「もしかして、王様はちょっと……その……お、お馬鹿っぽいの?」


 アヴェルさんは完璧な笑みで答えた。

 それがどんな言葉よりも明白な答えだったので、あたしはそれ以上突っ込むのをやめた。

 ちらりと後方を伺えば、『都市伝説語り』は気が付けば臨場感たっぷりの状況描写まで始まっている。くるみと杏ちゃんが、お互いを守るようにひしと抱き合っていた。かわいい。


「まともな王族は先代と、オリビア様くらいでしたかね……それでも回るんですから、国と言うのは不思議なものです。いや、回らなかったからああなったんでしょうが……」


 列を進みながら呟かれたアヴェルさんの言葉には、積み重なった疲弊と呆れが滲んでいた。

 ふと、気になっていた問いが口をついて出た。


「オリビア様ってどんな人なの?」

「お優しい方ですよ。いつも民のことを考えて、国を憂いていました。オリビア様が王位を継げば、我が国も多少は違ったかもしれませんが……少々特殊な事情を抱えられていて、それ故に表舞台に出れないことをいつも気に病んでいました」

「そっか。良い人だったんだ、エスペランサで元気に過ごしてるといいね」

「そうですね。その点に関してはあまり心配はしてないです、優秀な……優秀な従者がついていますし」

「なんで言い淀んだの」


 そしてなんで若干棘のある声音で言ったの?

 珍しく思ってアヴェルさんを見上げると、どことなくバツの悪そうな顔で視線を逸らされてしまった。

 小さな咳払いがひとつ。


「オリビア様には長年傍に仕えている執事がおりまして」

「うん」

「エーベルハルトと言うんですが」

「うん」

「凄まじい剣術の使い手でして」

「うん」

「ソウタとカナさんを足して割らないような性格をしています」

「うわあ……」


 うわあ。

 思わず口から零れてしまった。いや、お兄ちゃんのことも香菜のことも好きだけどさ。

 遠い目をしているアヴェルさんは、「頼りにはなるんですよ、頼りには……」と呟いている。何やら記憶を刺激されてしまったらしい。

 お兄ちゃんと香菜を足して割らない感じか……どんな人なんだろうなあ、なんて想像を巡らせたところで、声を落として会話していたが故に身を寄せ合っていたあたしとアヴェルさんの腕の間に、香菜がにゅっと顔を出してきた。


「今なんか言った~?」


 にっこり。微笑んだ香菜の視線を受けたあたしは無言でアヴェルさんを指差した。ごめん。真っ先に生贄にしてごめん。

 視線と指を受け止めたアヴェルさんは、ほんの少し気まずそうな顔をしてから、いつも通りの笑みを浮かべた。


「一応、誉め言葉ですよ?」

「嘘だぁ~」

「半分くらいは本当です」

「そうかなあ? まあいいや、そこは気になってないし」


 あくまで真面目に答えるアヴェルさんに、香菜は肩を竦めて返した。

 そこは、を強調した香菜が、あたしとアヴェルさんの間に挟まったまま続ける。


「オリビア様とやらの話を詳しく聞きたいですねぇ、私は」

「詳しく……と言われましても、何から話せば良いものか……」

「ぶっちゃけ恋愛感情とかあるんですか?」

「香菜? それはちょっとぶっちゃけすぎじゃない? ねえ?」


 挟まったまま進む香菜に言うも、皐月ちゃんは黙ってて、と言わんばかりの視線を向けられてしまった。どうしたの香菜、狩人みたいな目だけど。

 余計なことを言って狩られるのは勘弁願いたいので素直に引いたあたしの横で、アヴェルさんは何とも言えない苦笑を浮かべていた。杏ちゃんとくるみは、後ろでスマホのゲームに夢中になっている。


「……俺がオリビア様に抱く者は恋愛感情ではないです。忠誠を誓った身で、主に懸想するなど以ての外ですし。以ての外のはずですが、まあ、エーベルハルトは例外ですからね」

「ほほーう、成程。従者さんが既に手を付けてらっしゃると」

「カナさん、その物言いは改めて下さい」

「失礼、オリビア様と従者さんの間には確固たる信頼関係が築かれているということですね。謹んでお詫び申し上げます」


 笑みのままだったが、アヴェルさんの周りの温度が下がった。香菜が流れるような謝罪と共に訂正する。

 淀みなく紡がれた謝罪を聞いてもしばらく温度が下がったままだったので、香菜はしばしの間を開けてから再度、今度は素直な謝罪を口にした。


「ごめんなさい」

「構いませんよ。ですが二度はありませんので心しておいてください」

「はぁい。でも、そんなに怒るほど大事な人ってことですよね?」


 口調は軽いものの真面目に答えた香菜は、そこから真面目な声のまま更に問いを重ねた。

 たった今、あまり見ないタイプの怒り方をされたばっかりなのによく切り込めるな、と謎の感心をしてしまった。

 端から見てただけのあたしも結構怖かったんだけど? 止めようにも止める勇気が出なかったんだけど?

 相変わらず、ちょっとやそっとじゃ引かない度胸を持ち合わせている親友だ。


「ええ、まあ。大事な人ですよ。あの方がいなければ俺は死んでいたかもしれません」

「え」


 思いがけず物騒な言葉が飛び出してきたので、びっくりしてアヴェルさんを見つめてしまった。

 あたしの視線を受け止めたアヴェルさんが、言葉を探すように一瞬だけ目を逸らし、口を開いた。


「要するに、恩人のようなものです。主でもあり、恩人でもあり。尊敬はしていますが、そういう感情はありませんよ」

「なるほど。恋バナ好きなのでつい盛り上がっちゃいました、ごめんなさい」

「いえ、お気になさらず」


 やんわりとした物言いだけれど、アヴェルさんはこれ以上の詮索をはっきり断っていた。察した香菜もすぐに顔を引く。

 そのまま後ろのくるみ達の方へと戻っていった。

 残されたあたし達はといえば、なんとなくそこで会話が途切れてしまった。苦痛を感じるほどの沈黙ではないけれど、少し、気まずくないと言えば嘘になった。

 ちょっと香菜。この空気を作っておいて後ろでパズルゲーの連鎖してるんじゃない。

 目が合うと同時にごめーん、と手を振られた。もう。


 前の数組が乗り場につくところまでしばし無言で進んだ頃、アヴェルさんが小さく呟いた。


「……サツキさんは」

「うん?」

「サツキさんは、あまり此方の事情を聞こうとはしませんよね」

「あー……うん。なんていうか、あたしも色々人から聞かれなくないこととかあるから、その、話したくなったら話してくれればいいし、話したくないことは話してくれなくてもいいかなって」


 国とかそういう規模ではないけど、家の事情を詮索されることの煩わしさは身をもって知っている。

 アヴェルさんが話したいと思った時に話してくれればそれでいい。短い間だけど一緒に暮らしていて、悪い人ではないと分かっている。

 残っていた冷気を振り払うかのように努めて明るい声で告げると、アヴェルさんは数秒の間のあと、柔らかい笑みを浮かべた。


「サツキさんのそういうところ、好きです」

「え? そ、そう? ありがとう……?」

「此方こそ、いつもありがとうございます」


 アヴェルさんは笑みを浮かべたまま、ご飯がどうとか掃除がどうとか、生活面でいかに助けられているかを例と共に述べ出した。

 本当に感謝しています、という声を半ば聞き流しながら乗り場に進む。う、うん。そっか。あの、うん。ありがとう。そんなに感謝されるようなことしてないんだけど、うん。ありがとう?

 手を引かれるままにポットに乗り込む。前にあたしとアヴェルさん。後ろにくるみと杏ちゃんと香菜だ。おっと? 待った、いつの間にこの並びで座ることになってた?

 混乱しつつも、乗ってしまった以上は楽しむ他ない。というか、楽しむことであらゆるものを吹き飛ばしたい気分だったので、全力で楽しむことにした。


 い、いや~……不意打ちはちょっと、流石に、照れるなあ?



(テーマパークはモデルですので、ふわっと読んでください)

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