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49.未だ答えは出ない[アヴェル視点]


「そうだ皐月ちゃん、お土産は混み始める前に買っておいた方が良いよー? 嵩張るものはロッカーに入れておけばいいし、今ならそんなに混んでないんじゃないかな~」


 午後二時を回る頃。

 パンフレットを見つめて次の行き先に悩んでいたサツキさんは、カナさんの言葉に顔を上げた。

 こういったテーマパークにあまり馴染みがないらしいサツキさんは「そうなの?」と首を傾げ、すぐに「じゃあそうしよっか」と頷く。

 次いで、ソウタから土産用だと持たされた小さな財布を手にしたサツキさんは、少し眉を寄せ、呆れたように溜息を吐いた。


「土産でこんなに使う訳ないでしょ……どんだけ買ってこさせる気よ」

「多分、遊ぶ用に使っていいお金だと思うけど~? ……いやー、これはちょっと、遊ぶにしても使い切れないねぇ、創兄はアホだなあ」


 どうやら、少々度を越した金額が入っていたらしい。覗き込んだカナさんも呆れた顔をしているので、相当な金額が入っているようだ。相変わらず、ソウタは妹を溺愛している。

 恐らくサツキさんはきちんと己を律することが出来る女性だと知っているからでもあるのだろうが、これはちょっと兄馬鹿が過ぎるのではないか。ほらこれ見て、と呆れた顔で差し出された財布の厚みに思わず乾いた笑みが浮かんだ。


「もう、ファブルヘイムのことがバレて、お金の出所を隠さなくて済むからって遠慮なく出しすぎじゃない?」

「……きっと、サツキさんに心置きなく楽しんできて欲しいんだと思いますよ」

「……気持ちは嬉しいけど、ちょっとこれは持ってるの不安になるレベルでしょ」


 困ったように眉を下げたサツキさんは、財布から高額紙幣を一枚引き抜くと、残りを俺に手渡した。


「運命の国でスリとかは無いだろうけど、落としたら怖いから持っててくれる?」

「はい、責任をもって預からせて頂きますね」


 高額紙幣一枚でも荷が重い、と思っている顔だった。

 サツキさんが高額紙幣を持ち歩くのは一週間分の買い出しの時くらいだ。何枚あるのか数えるのも大変な枚数が入った財布など持っているだけで眩暈がする思いなのだろう。

 受け渡しすら不安なのか、身を寄せて隠すように渡された財布を内ポケットにしまい込む。サツキさんが俺に頼みごとをする機会はそう多くはない。万が一スリに遭うようなことがあれば、地の果てまででも追いかけて奪い返そうと思った。


 クルミさんと共にアンズさんの手を引いて、前を歩くサツキさん達の後をついていく。

 時折、アンズさんが歩き疲れていないか確かめつつ十分ほど歩いたところで、目当ての店らしい建物に辿り着いた。


「私は今回買わないし、邪魔になるだけだから外で待ってるね~」

「え、いいの? 立樹くん、お土産楽しみにしてるんじゃない?」

「それがねー、実を言うと皐月ちゃんと出かける話したら立樹も行きたいって言い出して、来週シーの方に行くんだよねぇ」

「あー、そういうことね。分かった」


 カナさんの言葉に納得したらしいサツキさんが、それじゃあ、とクルミさんとアンズさんを連れて店の中へと入っていく。

 俺も特に土産を買うつもりはないので、店の外で待つことにした。サツキさん達を見送る途中、アンズさんに聞かれないようにサツキさんに耳打ちする。

 好きな『アニメ』とやらの登場人物に似ているらしい俺を大層気に入っているアンズさんは、俺の前だと疲れも弱音も口にしようとはしないので、念のため本当に疲れていないのか聞いておいてもらいたい旨を伝えると、サツキさんは笑みと共に了承と礼を言って先を行く二人の後を追った。


 出入りの邪魔にならぬよう、脇に寄った俺の隣に、チュロスを齧る香菜さんが並ぶ。……待ってください、今日それ何本目ですか?


「つかぬことを聞きますけどー」

「はい、なんでしょう?」

「ぶっちゃけ皐月ちゃんに恋愛感情はあるんですか?」


 流石に食べ過ぎではないでしょうか、と女性にする指摘としてはかなり礼を欠いた物言いをしようとしていた俺の喉は、ものの見事に固まって奇怪な音を発しただけに終わった。

 飲み込み損ねた唾液が喉に絡まって咳き込む。口元を抑えて背を丸める俺に、カナさんは取ってつけたように気遣う素振りを見せた。多分、いや、絶対に反省していない。


「急になんです? また、こいばな、とやらですか?」

「あってくれたら都合が良いな、と私は思っているんですけどー、まあ人の心ばっかりはどうにもなりませんのでー、なるようになれと思わなくもないかなぁと考えていなくもなくもない、みたいなー」

「……結局どういう意図の問いだったのかお聞きしても?」


 都合が良い、という乾いた台詞に思わず眉を顰めると、香菜さんは澄ました顔で肩を竦めた。


「私が皐月ちゃんの彼氏に求める条件が三つあるんですけどね?」

「……何故カナさんがサツキさんの恋人に条件をつけるのかは疑問を感じるところですが、聞きましょう」

「ひとつ、皐月ちゃんを心から愛してくれること。ひとつ、皐月ちゃんを絶対に傷つけないこと。ひとつ、最低でもトラックに撥ねられても無事に帰ってくること」

「…………最後のは無理があるのでは?」


 少なくとも、ニホンで生きる人間には無理がある。ファブルヘイムにはニホンでいうところの車は存在しなかったが、あれは見るだけでもその脅威が分かる程度には物騒な鉄の塊だ。

 あの速度と重量でぶつかられて『無事』で済む人間など、それこそ数えるほどしかいないだろう。


「皐月ちゃんの傍にいるにはそのくらいじゃないと駄目なんですよ。『絶対いなくならない』人じゃないと、駄目」

「……絶対、いなくならない」

「だからですねー、私としてはアヴェルさんはかなり好条件、というわけです。アヴェルさんは創兄と同じくらい強いみたいですし、皐月ちゃんを傷つけるものは絶対に許さないでしょうし。あとは皐月ちゃんを心から愛してくれれば私としては合格点です」


 冗談めかして言いつつも半分以上は本気なのだろう。にっこり笑ったカナさんの目は少しも笑っていなかった。

 この少女は時折、まだ十六──ファブルヘイムでは十八だが──とは思えないほどの重圧を発する。全ての物事の判断基準が自分と、自分が好んだ人間によって作られている種類の人間だ。彼女が平和なニホンに生まれていてくれてよかった。


「それは……有難い評価ですね。ただ、俺の力はソウタには遠く及びませんよ。そこだけは訂正しておきます」

「え? でも創兄が言ってましたよ、『あいつが本気で剣を振るえたなら、俺と同等程度には強い』って。何様発言ですけど、創兄はそういうところは嘘つかないですし」


 威圧感が薄れ、年相応の顔で首を傾げるカナさんの言葉に、俺は精神的疲労から来る頭痛を堪えるべく目を閉じた。

 俺が本気で剣を振るえたら、ソウタと同等程度には強い?

 ふざけたことを、という思いと、やはりあいつには俺の剣筋の鈍さなどお見通しだったのか、という思いがぶつかり合って波紋のように広がり、更に頭痛が増す。

 確かに、もし、仮に、本気で……本気の殺意を向けて剣を握れたのなら、ソウタとも渡り合う自信はある。だがそれは、あくまでもあいつが俺を「友人」として見ている手合わせだからだ。一度俺があいつの敵に回れば、俺がいくら本気になろうと手も足も出まい。


 そもそも、本気で殺意を向けることなどできないのだ。

 夜空を焦がす悍ましい炎の記憶が脳裏にちらつき、俺は慌てて(かぶり)を振った。


「……アヴェルさん? 大丈夫ですか?」

「ええ、問題ありません」


 青ざめた俺を、先ほどとは違い本当に気遣った顔で見上げてくるカナさんに、普段通りの笑みを浮かべてみせる。

 聡い彼女はそれだけで、触れてはいけない部分に触れたことを察したらしい。どうやって空気を変えたものかな、と思案の色が瞳に乗ったので、此方から当初の問いに言及することにした。


「サツキさんに恋愛感情があるか、でしたか? はっきりお答え出来ればカナさんにとっても……俺にとっても、良いのでしょうが、残念ながらお答えすることは出来ません。俺にもよく分かっていないので」


 心の底から本心だった。実を言えば、サツキさんが例の男どもに傷を負わされた夜、俺が抱く感情について、一度考えてみたことがある。

 戦友の妹だ。それも、此方にやってきてから迷惑をかけ倒しているというのに嫌な顔せずに面倒を見てくれる女性。傷つけられて怒りを覚えるのは当然のことで、憤るのは間違いではないように思う。


 だが、俺はあの時、もしもサツキさんの目が無ければ全員の首を落としていたに違いなかった。意識を失ったサツキさんを引きずってくるような真似をされていれば、誓いも何も捨てて殺意を刃にして振るっていただろう。

 それが彼女への感情から来るものなのか、俺の性分なのか、俺には分からなかった。理解することが恐ろしくて、思考を放棄していたともいう。


 俺という人間が結局、何も変わることなどできていないのだ、と知るのが恐ろしかったのだ。

 自分の為に他者を害すことを厭わない人間のまま、変わることなど出来ていないのかもしれない。幾ら表面を取り繕っても性根は変わらない、と突き付けられているようで酷く息苦しかった。


 サツキさんにはこんな、俺のような人間には関わらないで生きていって欲しい。俺が、自分の欲のままに群れ星を堕とすような、ろくでもない人間だと知って、離れて行ってほしい。

 そう思うのと同時に、いつまでも彼女の作る暖かい食事を口にして、共に笑い合いたいという欲も覚える。

 だから、面倒でどうしようもない人間であると匂わせては、取り繕ったように笑みを浮かべてしまう。馬鹿もいいところだ。離れたいのか離れたくないのか、自分でもよく分からない。ただ、恩だけは返さねば、と思う。


 自嘲の笑みを浮かべつつも正直な気持ちで答えると、嘘偽りは無いことは伝わったのか、カナさんは一度ゆっくりと瞬きをして、頷いた。


「なるほど。まあ、アヴェルさんも面倒臭いタイプでしょうから、そういうこともあるでしょうねぇ」

「ご期待に沿えずすみません」

「いえいえ、いいんですよ。本当に分かってないんだろうなーって思ったので、別に」


 進展は遅そうだなあ、と呆れ半分に笑ったカナさんは、そこでこの話を打ち切るつもりのようだった。

 そうしてくれた方が俺としても有難い、と思いつつ沈黙を享受しかけ、そこでふと気づいて目を瞬かせた。


 待って欲しい。今の一連の流れだと、当然のように俺がサツキさんの恋人候補として挙がっていないか?

 しかもソウタも了承済みのような空気を感じたのだが、気のせいだろうか。


「あの、カナさん」

「うん? なんですか?」

「ひとつ、断っておきますが、俺のような人間はサツキさんに相応しくありません。そもそも候補から外しておくべきかと」


 かつてない程に真面目な声で進言した俺に、カナさんは小首を傾げた。


「どうしてです? 顔よし声よし性格よし、真面目に働く上に強い騎士様。超優良物件じゃないですかねぇ」

「そもそも俺に誰かを愛する資格などないのです。そんな人間に大事な親友を渡そうなど、正気とは思えません」

「あはは、資格がなきゃ恋愛が出来ないなら、地球上から人間は消え去りますよー?」


 にっこり。微笑んだカナさんの目は、はっきりと『この人何馬鹿なこと言ってるんだろう』と言っていた。一応、此方としては真剣にお話ししているつもりなのだが。

 眉根を寄せた俺の困惑を受け止めたカナさんは、数秒の間を空けた後に溜息と共に壁に背を預けた。


「この世に人を愛する為の資格なんてないんですよ、アヴェルさん。どんな極悪人でもロクデナシでも、愛に資格なんていりません。アヴェルさんは資格がないんじゃなくて、自信がないんじゃないですか? 誰かを愛する自信も、愛される自信もない。違います?」

「……何故そう思うんです?」

「おんなじようなことを宣った馬鹿を知っているからです。まああの馬鹿はある種自信に満ち溢れているとも言えますがねー」


 からからと笑ったカナさんの声を聞きながら、以前、ソウタと王都までの旅路に話したことをふと思い出した。

 ともに旅をして半月ほど経ち、当初殺気立っていたソウタが少しは落ち着いた頃に聞いた話だ。


「そういえば、ソウタは『サツキさんが結婚するまで結婚はしない』そうですね」


 確認の意図をもって放った問いに、カナさんは口元の笑みを深くした。みたいですねぇ、と返される間延びした声を聞きながら、不躾だとは思いつつも口が勝手に動く。


「カナさんが俺をサツキさんに宛がいたがるのは、そういう理由ですか?」

「アヴェルさーん? その発言は改めてもらう必要がありますよー?」

「すみません、お二人の友情を貶めるつもりではありませんでした」


 カツン、とカナさんの靴の踵が床を叩いた。所作に苛立ちを露にしつつも笑みだけは完璧に保ってみせるカナさんに、冷えた怒りを感じ取る。

 間違いなく失言だった。謝罪を口にすると、カナさんはじゃあこれでお相子ということで、と雰囲気を和らげた。

 壁に背を預けたカナさんが、半ば独り言のように呟き始める。


「創兄と皐月ちゃんだったら、私は皐月ちゃんを取りますよー? 創兄も、私と皐月ちゃんなら皐月ちゃんを取るしー、きっとお互いそうじゃないと嫌だと思いますしー、私が好きになったのはそういう創兄なのでー、そこに不満は一切ないです。アヴェルさんを皐月ちゃんに、って思ってるのは、さっきも言いましたけど、『絶対いなくならない』人なんて早々見つからないからです。どこ探したって、死なない人なんていないでしょう? 出来るだけ希望に沿って、皐月ちゃんを幸せにしてくれる人って考えたら、まあアヴェルさんが妥当かなと思っただけですから、あんまり深く考えないでくださいねぇ」

「……承知しました」

「あんまり深く考えず、恋に落ちちゃってくださいねー」

「それは……承知しかねます」


 そもそも、俺が恋に落ちたとして、サツキさんに応えてもらえるとは限らないだろうに。

 何故かそこは疑っていないらしいカナさんにどことなく肩が重くなりつつも、サツキさん達が店から出てきたので今度こそ話を切り上げた。




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