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47.とりあえず深呼吸で。


「おはよう、皐月! 今日は誘ってくれてありがとう!」

「おはよう杏ちゃん。こっちこそ、急に誘ったのに来てくれてありがとね」


 東京ディスティニーランドに向かう当日。

 あたしの誘いを大喜びで受け入れてくれた杏ちゃんは、可愛らしい淡いクリーム色のワンピースを着て、我が家の玄関前に立っていた。


 長い黒髪を少し緩く巻いてポニーテールにしている杏ちゃんの頭には、レースのついた大きめのリボンが付いている。

 ストラップつきのパンプスには、髪を飾っているのと同じようなリボン。まさに小さなお姫様だ。

 アヴェルさんと会うせいか、いつぞやショッピングモールに行った時と同じくらいにはそわそわと落ち着かない。五分に一度は服装をチェックして変なところはないかと確認している。


「そんなに心配しなくてもいつも通り、ううん、いつにも増して可愛いよ、杏ちゃん」

「そっ、そうか!? あ、ありがとう! 皐月に言われると安心するな!」


 太鼓判を押すあたしに、杏ちゃんは一度ぎこちない深呼吸をしてから、よしっ、と握りこぶしを作って気合を入れた。

 どうやら覚悟は決まったらしい。

 もう随分と家の中で待たせてしまっているアヴェルさんに呼びかけようと扉を開きかけたあたしの手を、杏ちゃんの手が引いた。


「そうだ! 忘れるところだった。皐月、ちょっと屈んでくれ」

「うん? どうしたの杏ちゃん」


 不思議に思いつつも目線が合う高さまで屈むと、杏ちゃんは斜め掛けにしたポシェットからするりとリボンのついた髪ゴムを取り出した。

 杏ちゃんが今髪を括っているのと同じものだ。


「お揃いにしたくて持ってきたんだ! 結ってもいいか?」

「勿論。わざわざ用意してくれたの? ありがとう」

「本当はワンピースもお揃いが良かったんだが……私のお小遣いでは買えないし止めなさいと言われて……」

「い、いやいや、杏ちゃんにワンピース買ってもらうとか、それは駄目、絶対ダメ」


 その顔は、大事に貯めるうさぎさんの貯金箱を壊すつもりだったでしょ!? そんなのダメ、絶対! あと、止めてくれた店長、ナイス! ありがとうございます!

 冷や汗を掻くあたしの後ろに回った杏ちゃんの指が髪を拾い上げて、器用に一つに括る。

 しばらく位置を調節した後に出来栄えに納得したらしく、満足そうな声と共に手が離された。


「よし、これでお揃いだ!」

「ありがとう、あとで一緒に写真とか撮ろうね」


 振り返って笑いかけると満面の笑みと共に頷きが返って来た。可愛い。

 花が開くような笑みに癒されつつ、そろそろ本当に待ち合わせに遅れてしまう、と玄関扉を開ける。


「アヴェルさーん、準備できたから行こう!」


 準備。主に杏ちゃんの心のやつね。

 中へと呼びかけると、戸締りとガスを確認していたらしいアヴェルさんが台所のあたりから顔を出した。


「ああ、はい。今行きます」


 とりあえず周りを威圧しとけ、とのお兄ちゃんの命により、今日のアヴェルさんは黒を基調にした服を着ている。

 カジュアルなジャケットとシャツ、デニムのズボンにスニーカーだ。

 テーマパークに行くのに周りを威圧してどうすんのよ、とも思ったけどアヴェルさんは何を着ても似合うし、普段は白を好んで着ているようだから、これはきっとお兄ちゃんの指示に従ったというか、杏ちゃんの為の服だ。

 魔法少女ホワイティ☆ベルに出てくるダークヒーローことジェームズ・ロードナイト大佐のイメージカラーは、確か黒だった。多分、アヴェルさんのことだから、ホワベルについても既に調べてあるに違いない。

 何にせよ、何を着ても様になると言うのは素直に羨ましいと思う。


「おはようございます、アンズさん」

「おは――、」


 よう、と告げようとした杏ちゃんは、すぐさま二歩ほど後退ると、ぐい、とあたしの袖を引いた。

 連れられるままに、玄関扉の鍵を閉めているアヴェルさんから少し距離を取る。


「なになに? どうしたの杏ちゃん」

「く、黒だ」

「え? あ、ああ、うん。黒だね?」

「黒は駄目だ! ジェ、ジェッ、ジェームズ様感が増してしまう!!」

「ええと……嬉しくない?」

「うれしすぎるからだめなんだ!」


 杏ちゃんとしてはジェームズ様そっくりのアヴェルさんがイメージカラーの黒を身に着けている、というのは衝撃が強すぎるんだろう。

 いつになく慌てふためいている杏ちゃんの顔は真っ赤だった。

 赤くなった頬を両手で抑えてなんとか堪えようとしているようだったけれど、流石に許容量を超えてしまっているみたいだ。


 杏ちゃんの心臓が一日持つかどうか、心配になってきたんだけど……お、落ち着いて。深呼吸深呼吸。


「杏ちゃん、今日はホワイティも来るからね。今の内に慣れておかないと」

「そ、そそっ、それもそうだな……!」


 ちら、とアヴェルさんを見ては、うひゃあと可愛らしい悲鳴を上げる杏ちゃんを微笑ましく思いつつも、時間に遅れる訳にはいかないからとちょっと急かす。

 杏ちゃんも分かっているのか、意を決したようにアヴェルさんを振り返った。


「それでは! 今日はよろしく頼む!!」

「はい。しっかりエスコートさせていただきますね」


 果し合いめいた勢いで放たれた台詞に、にっこり微笑んだアヴェルさんが応える。

 そうしてあたし達はなんとなく既視感を覚えつつも、ちょっとぎこちなく動く杏ちゃんを真ん中にして駅まで向かった。




 最寄り駅に着いたあたしは、待ち合わせに決めていた改札前まで向かうことにした。

 その前に、と電子マネーのカードを確認する。自転車通学だし近場に便利なスーパーもショッピングモールもあるし、電車って滅多に使わないんだよね。

 残高がいくらだったかも覚えていない。そもそもあたしがこれを持ってるだけでも奇跡みたいなものだ。


「そういえばアヴェルさんって電車の乗り方分かる?」

「……それが、今回は聞くより早くソウタが向こうに行ってしまったので」


 少し困った顔のアヴェルさんが言った通り、今回ディスティニーランド不参加のお兄ちゃんは、裏山での一騎打ちのすぐ後にファブルヘイムに行ってしまっている。

 滞在中にノーチェさんを見つけて色々話すつもりとかで、「しばらく帰らないけど心配すんなよ! 必ず帰るからな」と空間の狭間に消えていった。

 いつもあっちこっちふらふらしているお兄ちゃんにしては珍しく宣言してからの外出だったので、いつもより長めの滞在でも特に心配はしていない。約束は守るやつだからね。


「そっか。じゃあ、多分カードの方が使いやすいと思うから今日はあたしのやつ使いなよ。あたしは切符買うから」

「……いいんですか?」

「うん、切符の方がややこしいからね。これならピッ、ってするだけだし」

「ぴっ……?」


 あたしの雑な説明のせいか、アヴェルさんはより困惑した顔でチャージし終えた電子マネーのカードを見下ろした。

 擬音を鸚鵡返しにするアヴェルさんに思わず笑ってしまいつつ、切符を購入する。


「ほら、あそこ通る人たちが押し当ててるでしょ? ああいう感じで使えばいいんだけど……また通る時に言うから安心して」

「はい。ありがとうございます」


 説明を受けるアヴェルさんは、何だか妙に居心地の悪そうな顔で、渡したカードを握りしめていた。

 どこか分からないところでもあったかな、と不安になりつつ問いかける。


「大丈夫? あたしの説明で分かった?」

「一応、概ね理解しました」

「……いつも思うけどアヴェルさんって適応力高いよね」

「そうでしょうか。あまり深く考えていないだけなんですよ」


 眉を下げて笑うアヴェルさんは、ふと顔を上げると待ち合わせの場所に立っている人影に気づいたのか軽く片手を上げた。

 次いで、近くに立っていた杏ちゃんも振り返って、その先にいる香奈と、くるみに目を向ける。


 待ち合わせに指定した時計の前にはニットのカットソーに大ぶりなチェックのスカートを履いた香奈と、白いワンピースを淡い水色のリボンで締めたくるみが立っていた。

 ベレー帽を被った香菜が、あたし達に気づいてひらひらと手を振った。


「流石ー、みんな五分前集合だねぇ。くるみちゃんは一時間前集合だったみたいだけどー」

「だってすごい楽しみだったから! あ、そっちの子が杏ちゃんかな!? くるみだよ~! 今日はよろしくね~!」


 普段の二倍くらいハイテンションな今日のくるみは、ふわふわに巻いた髪をハーフツインテールにしている。括った部分についているのは、水色で縁取りされた白い星型の飾り。

 本物よりは飾りが小振りだけれど、間違いなく、アニメのホワイティの髪型だ。

 杏ちゃんがホワイティ☆ベルを好きだと聞いて、ホワイティっぽい服装で来てくれたみたい。


 図らずも、よりジェームズ大佐っぽい感じのアヴェルさんとホワイティっぽいくるみが揃ってしまった。

 そして、それを見た杏ちゃんはといえば――――、


「………………」


 硬直していた。

 完全に。

 硬直していた。


「……あ、杏ちゃん?」

「…………!」

「い、息をしてない!? 杏ちゃん!!」


 深呼吸、深呼吸だよ!

 ホワイティ☆ベル柄の定期入れを両手で握りしめていた杏ちゃんはしばらく硬直したままだったけれど、何度か深呼吸してから、心底悔しそうに嘆いた。


「どっ、どうして黒ワンピがクリーニング中なんだ! パパの馬鹿ぁ……!」


 黒ワンピ。この間のピアノの発表会で着たワンピースのことだ。

 そして、多分、杏ちゃんの持っている洋服の中で一番魔法少女ホワイティ☆ベルの敵であるブラッドっぽいワンピースでもある。

 ブラッドを目指しているらしい杏ちゃんにとっては最大の痛手だったに違いない。


 普段は小学二年生とは思えないほど落ち着いている杏ちゃんが珍しくべそをかくのを慰めつつ、あたし達は改札へ向かった。




 パパの馬鹿、髭水虫!と、多分店長が聞いたら泣いてしまうんじゃないかと思うような台詞を吐き出していた杏ちゃんは、改札を抜けて電車に乗り込み、アヴェルさんとくるみに挟まれて座る頃にはすっかり機嫌が直ったみたいだった。

 髪型はブラッドっぽくしたからこれで我慢する、とポシェットに入れた猫耳のカチューシャを見て心を落ち着けることにしたようだ。


 ちょうど五人分席が空いていたので、端の方からあたし、アヴェルさん、杏ちゃん、くるみ、香菜の順で座っている。

 車内の混み具合は程々といった感じだ。人は多いけれど満員というほどでもない。

 アヴェルさんにとって初めての電車が満員状態、ってのは流石にハードすぎるだろうから、このくらいの混み具合で良かった。


 そんな風にほっと息を吐いていると、不意に横のアヴェルさんがあたしの肩をそっと指先で叩いた。

 念のためもう一度乗り換えを確認していた携帯を閉じて、隣を向くと、なんだか不安げな様子のアヴェルさんと目が合う。


「どうかした? 降りる時には伝えるから、ゆっくりしてていいよ?」

「いえ、……あの、何やら視線を向けられているのですが、もしや乗り方に不味いところでもありましたか?」


 小声で問われ、視線?と首を傾げかけて、この先の乗り換えでいっぱいだった頭に疑問の答えが浮かんだ。

 そっと周囲を見渡せば、まばらに立っている人や対面に座る人の中に数人、明確に此方に視線を向けている人達がいた。もはや観察――どちらかというと観賞?に近い。


 理由は明白だ。

 この、あたしと香菜に挟まれて座る美形三人組のせいである。


 アイドルかと聞きたくなるような容貌のくるみに、作り物めいた美しさを放つ杏ちゃん、そして絵画から出てきたんじゃないかってくらいに整った顔立ちのアヴェルさん。

 ……これに注目するなという方が無理ってものだ。多分、あたしも赤の他人だったら、あそこの人達すごいなあ、何かの撮影かなあって思って見ていたと思う。


「えっと、乗り方は問題ないよ。すごいスムーズだったし、普通だったと思う」

「では一体……?」

「……くるみとアヴェルさんと杏ちゃんが並んで座ってたら見るなって方が無理じゃないかな」

「そんなに目立ちますか? その、違和感を覚えるほどに」


 異世界からやってきた以上、目立つのは本意ではないらしい。どこか渋い顔になったアヴェルさんに、そういう意味じゃなくて、と首を振った。


「変とかじゃなくて、くるみも杏ちゃんも可愛いし、アヴェルさんもかっこいいから。三人並んだら、つい見ちゃうっていうか、見とれちゃうっていうか?」


 違和感があるとか不審な行動を取ってるとか、異世界から来ました!感はないから安心していいよ。

 そもそも異世界から来ました感って何だろう。剣とか携えてたら不味いけど、それは普通に現代日本でも不味い人だし。

 とりあえず不審にも思われてないし、この間絡んできた人たちみたいな不穏な視線でもなさそうだし、安心していいと思う。


 そんなようなことを、杏ちゃんには聞こえないように小声で告げると、耳を傾けていたアヴェルさんは少しの間を開けてからぎこちなく呟いた。


「……か、っこいい、ですか?」

「え? ……い、いやまさかアヴェルさん、お店のお客さんに追いかけられてベランダから帰ってくる羽目になってまで、自分は人目を惹くほど格好良くない、とか言うつもりじゃないよね?」


 そこまで行ったら鈍感通り越して自己認識に問題がありそうだけど!?

 思わず問い質してしまったあたしに、アヴェルさんはどことなく落ち着かない様子で瞬いた後、緩く首を振った。


「い、いえ。その、ええ、まあ、母の良い部分を全て受け継いだ自覚は、ありますので、竜人や虫人はともかく同種族から好ましく思われる造形であることは理解しているのですが……」


 動揺しているのかさらっと異世界人っぽいことを言っているアヴェルさんに声を落とすようにジェスチャーする。

 すみません、と呟いたアヴェルさんが慌てて声量を落とした。

 杏ちゃんはくるみとのお喋りに夢中だし、幸いにも、丁度駅に停車していたのでアナウンスでぼやけて周囲には聞き取りづらくなっていたと思う。


「その、サツキさんにそんな風に言われるとは思っていなかったので……ああ、でも、そうですね、価値観としての話であって、そうですね。……そうですね」

「な、何に納得したの、アヴェルさん」

「いえ、なんでも。なんでもありません」


 少々取り乱しました、と咳ばらいを響かせたアヴェルさんは、そのまま落ち着かない様子で小さく息を零した。

 大丈夫だろうか。初めて乗る電車で人の目を集めたせいで焦っていたのかもしれない。降りたら何か飲み物でも渡してあげよう。一息つけば落ち着くんじゃないかな。


 そんなことを思いながら、あたしは乗り換えの駅に着くと示す案内の画面を確かめていた。




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