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32.お菓子は500円まで


『西芝の洗濯機良いらしいね! これならくるみでも買えるよー!』

『ごめん、洗濯機のことは忘れて』

『えっ?? 何かほかに欲しいものあった??』

『そういう訳じゃないんだけど……ごめん。今日、放課後って時間空いてる?』

『空いてるよ!!!!』

『一人で裏門来れそう?』

『分かった! 撒いてくるー!』


 放課後。下校時間になって正門を出たあたし達は、ひっそりと裏門へと回って西園寺さんを待っていた。

 停めた自転車の横で、休み時間にやり取りしていたメールを何度も読み返す。

 最後の『撒いてくる』に色々なものが込められている気がして、気づくと溜息を吐いていた。どうやら、田淵くんから聞いたとおり、みたいだ。


「西園寺さん、上手く撒けたかな」

「どうだろうねぇ。あの人なら上手くやると思うけど」


 隣に立つ香菜の言葉に、確かにそうだろうなと頷く。

 今朝の様子を見るに、TOP5の中では特に生徒会長がしつこいみたいだけど、憎しみすら覚えているだろう相手に取り入った手腕からして、本気になればきっと上手く撒いてこれるんだろう。


 錆びついていて重く、開けるのにやたらと時間がかかる裏門を使う生徒は殆どいない。

 こっち側から帰ろうとする人なんていないし、並び立った家々と近いせいで細く、あまり整備の行き届いていない道は不便で、人気はほぼ無いに等しかった。


 心配しつつ、辺りを見回して西園寺さんを待っていたあたしと香菜の背に、不意に声がかかった。


「皐月ちゃん、香菜ちゃん! お待たせー!」

「ぉわっ!?」

「そんなに待ってないよー、上手く撒けたみたいだねぇ」


 振り返ると、裏門の向こう側に西園寺さんが立っていた。

 てっきり、正門を出てからこっちに回ってくると思ってたんだけど、直接こっちに来たみたいだ。別に危ない子じゃないって分かったから必要以上に構える必要はないんだけど、やっぱり急に来られると心臓に悪い。

 びっくりして変な声を上げたあたしと感心したように言う香菜の前で、西園寺さんは至極楽しそうににっこりと微笑んだ。


「忘れ物したーって言って正門に置いてきちゃった。しばらく突っ立ってると思うから早く行こっか」

「あ、そ、そうなんだ? えっと、じゃあ今開けるけど、」

「いーよー、大丈夫ー!」


 扉を開けようと香菜と共に裏門に手をかけたところで、西園寺さんは笑顔で首を振って少し距離を取った。


 そのまま、ちょっと離れてーと声をかけられるので、訳が分からないまま素直に門から離れる。


 何をするつもりなんだろう。追いつかない頭でぼんやりと眺めていると、足の調子を確かめるようにその場で何度か跳ねた西園寺さんは瞬きする間に走り出す。

 距離は一瞬で縮まり、手前で深く踏み込んだ西園寺さんは、身長の1.5倍はあるだろう門を跳び――跳び越えた!? あれっ!? 飛び越えたよね今!?


「じゃ、行こっか!」


 門に触れることもなく軽々と飛び越えた西園寺さんは華麗な着地を終え、にっこり笑ってあたし達を促した。

 生徒会長だっていつまでも正門で待っているほど馬鹿じゃないだろう。急がないと不味いことは分かるんだけど、今この場で見たものを流してすんなり「行こうか!」となれるほどあたしのスルースキルは高くなかった。


「い、いやいやいや! 西園寺さん、今の、えっ、何!?」

「もー、皐月ちゃん! くるみって呼んで!」

「ご、ごめん。くるみ、今、何、すごい、跳んだけど」

「あっ、ごめんね、皐月ちゃんが開けてくれようとしたのに、」

「それは別にいいんだけど、ちょっと、あの、跳びすぎじゃない!?」


 ほぼニメートルある門を触れずに飛び越えるって、少なくとも二メートル以上は跳んでるじゃん!?

 門を指差して思わず叫んでしまったあたしに、西園寺さんは首を傾げ、それから何やら納得したかのように頷いた。


「跳ぶねって言えば良かったね! びっくりさせちゃった?」

「いや、それも別にいいんだけど……」


 びっくりしたのは確かだけど、多分西園寺さんの言う『びっくり』とあたしの言う『びっくり』はきっと同じじゃない。

 その差を説明するのは難しい気がして、言及は諦めて自転車のスタンドを上げた。

 相変わらず、何だろう、会話が噛み合ってない感じは続いている。


「西園寺さん、運動得意なんだねぇ。体育いつも見学なのに」

「うん? んー、うん。運動は好き。でもほら、怪我とか危ないからねー」


 片手を握ったり開いたりしながら、自分の手を見下ろした西園寺さんがぽつりと呟く。

 その様子はどこか寂し気で、表情もどこか浮かないものだった。


 そこで、田淵くんが言っていたことを思い出す。西園寺さん、えーと、矢車さんがTOP5に目をつけられることになった原因は、彼女の身体能力のせい、だったんだっけ。

 あまりいい思い出はないのかもしれない。だとしたら、田淵くんから聞いたことを直接話題に上げるのはやめておいた方がいいかな。でもどうやって話そう?


 悩みながら、三人並んであたしの家へと向かう。

 人目を避けつつ広い通りに出て、学校から大分離れたところで、西園寺さんが携帯を取り出した。


 画面を表示して、そこに現れた通知を見た瞬間、西園寺さんの視線が酷く冷えたものに変わる。

 多分、生徒会長からの連絡だろう。本人がいない場所では嫌悪感を隠す必要もないせいか、表情の変化が分かりやすい。

 適当にメッセージを送ってポケットにしまった西園寺さんが、あたし達の視線に気づいて一瞬きょとりと目を見開き、次いでいつも通りの笑みを浮かべた。


「どこかでお話しするの? もしかして皐月ちゃんち?」

「うん、まあ、その予定。大したおもてなしは出来ないんだけど」

「ううん、いいよ! くるみ、お友達の家に行くのって初めて!」


 楽しみ、と無邪気に笑う西園寺さんが、本当に今朝の用事を覚えているのか怪しくなってくる。

 一応、西園寺さんは悲願達成のためにあたしに近づいた、ってことになるんだし、お友達宣言もその一環か何かだと考えてるんだけど……田淵くんの言う通り、『本当に友達が欲しい』だけ、なのかもしれない。

 田淵くんにも一度きちんと話した方がいいって言われてるしね。あたしも、訳が分からないまま振り回されるよりは分かった方が安心する。


 西園寺さんにとってはきっとあまり話したくないだろうことを、断りもなく聞き出してしまったわけだし、ここで平穏な学校生活の為に関わりたくない、なんて言い出すつもりはない。


「えっと……じゃあ、今うち何も無いし、何かお菓子でも買って行く?」

「あ、いいねぇ。私チョコ系がいいなー」


 西園寺さんがあんまりにも邪気のない顔で笑うものだから、ついそんなことを言ってしまったあたしに、香菜がのんびりとした口調で同意する。

 長い睫毛がぶつかって音が鳴るんじゃないかと思うほど目を瞬かせた西園寺さんは、ほんのり頬を染めて嬉しそうに笑った。




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