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33.女子会(混沌)



 スーパーの袋を片手に部屋に上がる。お兄ちゃんもアヴェルさんもまだ帰ってないみたいだった。

 リビングに謎の貴金属類だけ残っている。多分お兄ちゃんの試行錯誤の跡だろう。最近、四苦八苦しながら色々作っているイヤリングやらネックレスやらが転がっている。

 雑に整えられていただけのソファベッドを直し、ざっくり片づけてから二人をリビングに通して、三人分のコップを用意する。


 友達宣言した直後は何としても接触を避けねば、と思っていた西園寺さんが自宅にいる光景、中々に衝撃がある。

 今更ながら妙な緊張感が生まれた。

 うーん、でも考えすぎてもきっと碌なことにならなそうだし。

 思考を放棄して適当に座った香菜と西園寺さんにコップを差し出して、紅茶とサイダーを注いでから早々に本題に入ることにした。


「それで、アヴェルさんを貸して欲しいって話なんだけど」

「うん、どうかな? ちゃんとお礼はするつもりだし、ちょっとの間でいいんだけど」


 良かった、何の用事で来てたのかは分かってたみたいだ。

 楽しそうにお菓子の袋を開けていた西園寺さんに話を切り出して、ちゃんと答えが返ってくることに安堵する。

 たまに会話が成り立ってるのか怪しい時があるからね。ちゃんと会話できるだけで安心しちゃう。


「あたしから話を通して欲しいってことなのかな? よく分かんないんだけど、アヴェルさんに話して協力してもらえるか聞いた方が早いんじゃない?」

「えっ? でもあの人の所有権って皐月ちゃんにあるんだよね?」

「ん?! いや、所有権とか、そういうのは無いよ!?」

「じゃあ誰の所有物なの?」

「だ、誰の所有物でもないけど!? 強いて言うならアヴェルさんはアヴェルさん自身の物じゃないかな!?」

「ええっ、でもそれだと契約上問題が無い?」


 契約上!? 契約上に何の問題が?!

 なんだかまた話が通じなくなった気がする……!

 心底不思議そうに小首を傾げる西園寺さんの前で思わず頭を抱えてしまう。

 皐月ちゃん大丈夫?なんて心配して声をかけてくれる西園寺さんに、少なくとも大丈夫ではないと困惑していると、不意にのんびりとした香菜の声が響いた。


「ねえねえ西園寺さん」

「うん? なーに、香菜ちゃん」

「多分皐月ちゃんは、西園寺さんが皐月ちゃんはこのくらい把握してるだろうなーって想定の半分くらいしか分かってないと思うんだよねぇ。いや、半分以下かな? 西園寺さんが何を前提に話してるのか、まずは教えてもらってもいい?」


 チョコチップクッキーを食べながら問いかけた香菜に、西園寺さんは一瞬ぴたりと動きを止めた。

 その視線が、顔を上げたあたしに向かう。二度三度瞬きして、それからもう一度香菜へと戻る。数秒の間の後、再度あたしの方向へ。

 じっと、何かを探るようにあたしを見つめていた西園寺さんは、顎に手を当てると小さな声で呟いた。


「うん……? 皐月ちゃんが召喚したんじゃないの……?」


 はい? 召喚、とは一体。

 そのファンタジーで常識から斜めに外れた単語、聴き慣れないっちゃ聴き慣れないけど、最近とある事情で妙に耳になじむんですが。

 呆気に取られるあたしを前に、西園寺さんは顎に手を当てながら何やら思案し始めた。


「そうなると一体誰が――まさかお師匠は人里には手を出さないし、そもそもくるみの事情はくるみが片付けるって言ってあるし、約束を破るような真似は――いやでも万が一ってことも、師匠言葉通じないし、それより、例の魔導士様が? でもあのお方は……面影があるのは……」

「え、えーっと、西園寺さん?」

「くるみって呼んで」

「あ、うん、ご、ごめん」


 ぶつぶつと、半ば無意識で呟いているように見えた西園寺さんだったけれど、名前の下りはしっかりと訂正されてしまった。

 何というかその点は譲れないらしい。

 いや、確かに友達になろうって言われてるのに何度も苗字で呼んじゃうあたしがいけないんだけど。で、でも、西園寺さんだってあたしの名前間違えてたから、よ、よくない!? よくないか! そっか!


 なんていうか、……その、友達になろう、とは言ったけどこっちははなから西園寺さんに猜疑の目を向けていた訳で、その上勝手に色々聞いちゃってるとなると、一度しっかり話さないとちゃんと友達にはなれない気がする。

 この話が終わったらまずは謝らないとな。そう思っていたあたしに、西園寺さんは常日頃浮かべる笑みでもなく、生徒会長達のことで見せる敵意に満ちた顔でもなく、表情筋が仕事を忘れているような真顔で言った。


「皐月ちゃん、あの金髪のお兄さんがどこから来たのか知ってる?」

「……………え、えーっと……が、外国?」

「……………………」


 ファブルヘイムだって広義の意味では外国だ。きっとそうだ。そうに違いない。

 嘘を吐くには忍びなく、けれど本当のことを言うのもいけない気がして茶を濁したあたしに、西園寺さんは酷く冷静な眼差しを向けてきた。

 こ、こわい。今までのよく分からない謎ハイテンションより余程冷静に見えるのだけれど、その、なんというか、歴戦の戦士みたいな視線が怖い。歴戦の戦士とか見たことないけど。いや、あった。アヴェルさんが初めて会った時に見せていた眼差しと少し似ている。

 あそこまでの鬼気迫るものはないけれど、それでも確かに、日常で見ることない類の視線だ。

 少しでも動いたらやられる!って感じの目。事実、やられる!と思っているあたしはぴくりとも動けない。


「つまり皐月ちゃんが召喚した訳じゃないんだね。それじゃあ所有権は無いんだ。あの人は自力でこっち側に辿り着いたってことだよね」


 冷汗を垂らしながら固まるあたしに、西園寺さんは答えを求めているのかいないのか、判断のつかない声で言った。


 召喚、こっち側。所有権、という言葉が妙に頭の中に響く。

 これは、まさか、もしや? いやいやまさか、と思うけれど、そこでふと田淵くんの言葉が脳裏に浮かんだ。


 矢車くるみさんは小学校の時に行方不明になって見つかっていない。

 ……そして、田淵くんだけが気づいた、矢車さんとしか思えない『西園寺くるみ』という全くの別人。

 超常現象、奇々怪々。多分常識じゃ有り得ないこと。そんな出来事に、あたしはつい最近、本当に最近遭遇した。ちょっと、状況が似ているといえば、似ている?


 きっと香菜は気づいているんだろう。確認の為に視線をやると、香菜は澄ました顔で満足げに頷いていた。

 その顔はまさに、「皐月ちゃんの考えていることは正解です」と言っている。そして、「駄目押し一手」と言わんばかりの顔で鞄から小さな文庫本、『ペサディリヤ全書』を取り出した。


「西園寺さん、これ分かる?」

「………………どうして夢魔の拷問具が香菜ちゃんの鞄から出てくるの?」

「愛読書だから」

「……えげつない趣味だね!?」

「えへへ」


 香菜、褒められてないぞ。喜んでいる場合じゃないからね。

 ああでもこれで確証が持てた。香菜の持っている『ペサディリヤ全書』を一目見て理解し、そしてそれに驚きこそすれど違和感は覚えていない様子。

 間違いない、西園寺さんは確実に、ファブルヘイムに関する知識がある。


「え、っと、西、くるみ。ちょっと、聞いてもいい?」

「うん? いいよ、なあに?」

「……くるみって魔法とか使えるの?」

「ううん、くるみはそっちの才能は皆無だよ! でも大丈夫、お師匠直伝の気功術があるから大体の戦闘では困らないし」

「は、はあ、そうですか」


 気功術があると戦闘には困らないんですか。初耳でした。

 聞いた傍から外へと流れて出ていきそうな音を何とか脳内で組み立てて引き留める。ここで意識を飛ばしたら、何かとんでもないことになりそうな気がする。


「ええっと、皐月ちゃんは結局、どこまで分かってるの? 召喚術士か何かかと思ってたのに違うみたいだし、でもあの人、ファブルヘイムの人でしょ?」


 ああ、とうとう固有名詞が出てしまった。確定してしまった。

 別に確定したところで害があるわけじゃないんだけど、なんだろう、お兄ちゃんが冒険者だった時よりも心労がすごい気がする。

 ……色々勝手に勘繰って先回りして動こうとしたらそれが全部杞憂だったから、だろうけど。備えあれば憂いなし、の、そもそも憂いが存在しなかったという。ああ、取り越し苦労って辛い。


「うーんとね、あたしが分かってるのは……アヴェルさんが異世界人で、転移術でこっちまで来て、」

「転移術!?」

「うん!?」


 母国のファナントが無くなってしまって、結界?のせいでもう転移したとしても他国へは関われない、ってことくらいかな、と続けようとしたあたしに、西園寺さんがテーブルに乗り上げて詰め寄った。

 思わず仰け反ったあたしに、西園寺さんは目を輝かせて続ける。


「えっ、じゃあつまりあのお兄さんは転移術の使い手と知り合いってこと!?」

「う、え、うん、ま、まあ、そう、なる、のかな?」

「異世界転移級の転移術の使い手と!?」

「た、たぶん」


 多分どころじゃなく、普通に知り合いだし戦友だし親友だし、ついでに言うとその人はあたしの兄だけど、それを言う気には何故かなれなかった。

 だって、なんか、気迫が、気迫が違うんだもん。言ったら絶対面倒なことになるもん。お兄ちゃん今日バイトだったかな、帰ってきたら不味い気がする、メール出来ないかな?

 焦る頭で携帯を探しかけるあたしに、西園寺さんは熱の篭った眼差しであたしの手を取って握った。


「ごめんね皐月ちゃん! あの人借りるだけのつもりだったんだけど、少しお話ししてもいいかな!?」

「……えっと、それは……アヴェルさんが良いって言えば、その、いいと思うけど」

「分かった! じゃあお願いしてみるね!」


 やったー!と無邪気に喜ぶ西園寺さんの横で、ぱらぱらとペサディリヤ全書を捲っていた香菜が口を開く。


「それで結局、西園寺さんはどうして皐月ちゃんと友達になりたくて、どうしてアヴェルさんを借りたくて、どうしてファブルヘイムについて知ってるのか、って聞いてもいいの?」


 何か面白い記述でも見つけたのだろうか、全書の一ページをスマホで撮影している香菜はご機嫌な口調だった。

 ああ、そうだ。話があっちこっちに行くものだからいつまでもそれが聞けない。流石香菜、突っ込むところが的確だ。香菜自体に突っ込みどころが多すぎる点については、この際目を瞑っておこう。


 西園寺さんは口をつけていたサイダーのコップを中途半端に胸の位置で止めると、斜め上に目をやって、んー、と呟いた。


「皐月ちゃんとあのお兄さんをショッピングモールで見てー、お兄さん見た瞬間に協力してほしいなーって思ってよく見たらわーファブルヘイムの人だーってなってー、なら一緒にいる皐月ちゃんが召喚したのかなー?って思ってー、そういう場合は召喚士に礼儀を通すべきだってお師匠に教わったからそうしようと思ってー、でも皐月ちゃんが、その……あの方に目元が似てるし、優しそうだし、良い子だなって思って、友達になりたくなってー、借りる理由はーうーん、このままだと間違って殺しかねないあの救いようもなく傲慢な男どもの鼻をあかしてやりたいからなんだけどー、うーん、ファブルヘイムについて知ってるのは、行ったことがあるからだよー」

「…………えっと、待ってね、ゆっくり理解するから」

「うん、待ってる!」


 一度に言われて混乱し始めたあたしが理解しようと聞いた言葉を脳内で整理し始める横で、香菜と西園寺さんはポテトチップスの袋を広げている。

 のりしお美味しいよねー、なんて話している二人は普通に仲良さそうに見えた。

 香菜が西園寺さんを嫌いなのは、あたしに危害を加えようとしているんじゃ、と思ったからで、そうじゃないと分かれば別に無理に遠ざける必要もないんだろう。

 当たり障りない会話を続ける香菜の声を聴きながら、整理した言葉をようやく飲み込む。色々気になる点はあるけれど、いちいち突っ込んでいたら日が暮れてしまう。もう暮れかけてるし。


「……なんとか理解した、と思う」

「そう? 良かったー、くるみ、説明っていうか、会話苦手だから、分かってもらえなかったらどうしようかと思った!」

「あ、やっぱり苦手なんだ」


 苦手だという自覚はあったんだ。それだけで何だか心が軽くなった気がした。

 百パーセント訳の分からない人間じゃないだけでこんなにも安心する。よかった。


「うん、元々友達いなかったし、お師匠は人間の言語喋れないし、修業中は滅多に人里に降りたことなくって、流石に数年話さないでいると会話の仕方忘れちゃって。あいつらは適当に返してればいいから楽なんだけど」

「……そ、そっかぁ」


 百パーセントでないにしろ、多分六十パーセントくらいは訳が分からない人のままだ。

 まあ、他人のことを百パーセント理解なんて出来る訳ないからね。当然だね。それにしたって訳が分からないけど。


 待って。あたしの周り、ちょっと訳の分からない人集まりすぎじゃない?

 冒険者の兄、異世界の騎士様、怪奇趣味の親友、……気功術の使い手で異世界帰りの友達? ……友達?

 ちょっと訳が分からなすぎないだろうか。

 い、いや大丈夫! 大丈夫だ! あたしには杏ちゃんがいる! 杏ちゃんは良い子だし訳が分かるし優しい! ああ、なんだか杏ちゃんにとても会いたい!


「あれ、たぶっちは友達じゃないの?」

「たぶっち?」

「田淵正隆」


 現実逃避に走りかけるあたしを、香菜の声が引き留める。

 さらっと、何てことのないように放られたそれに、あたしは固まり、西園寺さんの表情筋は仕事をするのを再び放棄した。


 野生の動物が出方を窺うような、そんな視線が香菜に向けられる。

 にっこり微笑んだ香菜は、全書をぱたりと閉じると、西園寺さんに向かって深く頭を下げた。


「ごめんね西園寺さん。私、西園寺さんが皐月ちゃんに声かけた時点で西園寺さんのこと疑ってたんだよねぇ」

「……疑う?」

「うん。この一年、これっぽっちも接点がなかった皐月ちゃんに急に声かける理由なんて、アヴェルさんくらいかなと思って。西園寺さんのイメージからいって、確実にアヴェルさんを手に入れるつもりなんだろうなーって」

「んー、間違ってはないよ?」

「三分の一くらいはね。だから、アヴェルさんを手に入れる上で邪魔だろう皐月ちゃんに危害が加わらないよう、西園寺さんを遠ざけようと思って色々調べてたの」

「うんうん、確かに。なるほど。くるみも、今の聞いたら、『西園寺くるみ』見たらそうするかもなーって思った」

「……まあ、そういう訳で色々あってたぶっち……田淵くんからも無理矢理聞き出しちゃったんだよねぇ。あ、皐月ちゃんは関係ないよ、私が勝手に根掘り葉掘り聞き出したの」

「ちょ、ちょっと待って香菜、あたしもあの場にいたし、促したのはあたしだったよ」


 謝るなら二人で謝るべきだ。幾ら降りかかるかもしれない火の粉を払うためとはいえ、人の過去を探るような真似は失礼だし、褒められた行為じゃない。

 庇うつもりか、自分が勝手にやったことだと言い出す香菜を制して、一緒に西園寺さんに頭を下げる。


「ごめん、田淵くんから西園寺さんが生徒会長達に色々……されてたこととか聞いちゃってるんだ」

「えっ、色々って給食にアレ入れられたこととか!? 正隆、女の子になんて話を!」

「そ、そこまでは聞いてない……! 来栖くんが西園寺さんに嫉妬していじめて、不登校になって行方不明になったってとこまで!」


 給食にアレ!? アレってどれだ!? 何!?

 慌てて否定するあたしの横で香菜がジェスチャーしつつ「アレってコレ?」とか聞いてる。西園寺さんが頷いているから伝わったんだろうけど、結局アレって何。香菜が「うわ最低」って吐き捨ててるから、多分かなり酷いものだ。


「そっかー、聞いてたんだねー」

「う、うん……ごめん、勝手に……」

「別にいいよー、むしろ説明しなくていいから楽だし! どーせ正隆のことだから、これ以上くるみに変なことしてほしくないって思って聞かれてないことまで言ったんでしょ?」

「……でも、気軽に聞いてことじゃなかったと思うし」

「もー! いいよ、だってくるみと皐月ちゃんは友達でしょ? だから問題ない!」


 にっこり笑った西園寺さんは、そこではっとしたように目を見開いた。


「あっ、でもちゃんとくるみって呼んでね! くるみがくるみのままなの、名前だけなんだもん」

「…………うん、分かった」

「香菜ちゃんもくるみって呼んでね!」

「はぁーい」


 これでほんとに友達だね!と笑うくるみはとっても嬉しそうで、微笑ましかった。

 一旦話が落ち着いたように見えて安堵する。安堵は、するけれど、あたしには小さいながら可及的速やかに、出来る限り後回しにしないで済ませたい案件が一つあった。


 あたしの名前、漢字間違ってるよっていつ言おう。




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