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31.謎が謎を呼ぶ


「………………そもそも、俺が多少事情を知ってるのは『くるみ』についてであって、『西園寺くるみ』についてじゃないんだ」

「えーと……ごめん田淵くん、のっけからよく分からないんだけど」


 折角話してくれようとした田淵くんが呟いた言葉が上手く呑み込めなくて口を挟むと、彼は顎に手を当て、小さく唸った。

 どう説明したらいいのか、もしかしたら田淵くんにも分かっていないのかもしれない。

 そのまましばらく黙り込んでしまう田淵くんに、香菜が唐揚げを摘まみつつ問いかける。


「たぶっちが言う『くるみ』さんと『西園寺くるみ』さんは違う人ってことでいいのかな?」

「………………同一人物ではある、とは思う。傍から見たら別人……だけど」


 ん、んん? 尚更訳が分からなくなってきた。

 今は、西園寺さんの事情について聞いてるんだよね。

 それで田淵くんが話そうとしてくれたのが、『くるみさん』って人のこと。でもこの『くるみさん』は西園寺さんのことではなくて、でも『くるみさん』と西園寺さんは同一人物で……?


 え、何、どういうこと。

 西園寺さんの悲願の謎を聞こうとしたら、更に謎が生まれた感じだ。


 困惑がそのまま顔に出ていたのだろうあたしの顔を見て、田淵くんは困ったように頭を掻いてから口を開いた。


「……………うん、とりあえず俺が知ってる『くるみ』と『西園寺くるみ』が同一人物だという前提で聞いておいて」

「わ、わかった」


 全然分かんないけど、とりあえず分かった。


「…………ややこしいから、俺が知ってる方の『くるみ』のことは『矢車』って呼ぶよ。矢車くるみ、ってのが俺の幼馴染……だった『くるみ』の名前だ」

「だった?」


 含みのある物言いに首を傾げると、田淵くんは至極言いづらそうに小さな声で呟いた。


「……………矢車は小学生の時に行方不明になって以来、見つかってないんだ」

「……そう、なんだ。もしかして、田淵くんが話したがらなかったのは、それが理由?」


 西園寺さんの事情を説明するのに、幼馴染が行方不明になった話をする必要があるなら、確かに、特に親しくもない相手に話したくはないだろう。

 無理に聞き出した申し訳なさから、か細くなった声で聞いたあたしに、田淵くんは緩く首を横に振った。


「………………話したくなかったのは、勝手に言っていいことでもないだろうってのと……頭のおかしい人間だと思われたくなかったから」

「頭……って、そんなに信じられないような話ってこと?」

「………………多分」

「……そっか。でも、あたし達から聞きたいって言ったんだから、どんな突拍子もない話でもちゃんと信じるよ。そこは大丈夫」


 なんたって今、あたしの家には異世界からやってきた騎士様と、異世界で冒険者とかやってた兄がいる。うん、これ以上の突拍子もない話なんて早々ない。

 妙な自信でもって頷いて見せたあたしに、田淵くんはじっと見定めるような視線を向けてきた。

 数秒の間の後、短く息を吐き出した田淵くんが、諦めと納得が混じったような声で話し出す。


「………………最初に、矢車について話すよ。俺とあいつは小学校の頃、岩崎達と同じ小学校に通っていたんだけど……」


 生徒会長たちと同じ学校出身? たち、っていうのは多分、TOP5のことを引っくるめて言ってるんだよね。

 話の腰を折らないよう、黙って聞くあたし達に、田淵くんは躊躇いつつも続けた。


 ぽつりぽつり、時折途切れがちに語られる話をまとめると、こうだ。


 田淵くんの幼馴染である『矢車くるみ』さんは、どうやら学年が上の岩崎生徒会長が率いる幼馴染五人組――今のTOP5にいじめを受けていたらしい。

 理由は彼女の顔に酷い火傷の跡があったことと、彼女の類まれなる身体能力への嫉妬だそうだ。

 初めにやり出したのは勝手に彼女に張り合って負け、プライドの高さから根に持ったらしい来栖雷人ひとりだったようだけれど、何を言ってもやっても折れない彼女にどんどんエスカレートしていき、最終的には人目につかないような場所で、五人で寄ってたかってからかいの言葉をかけられたり、酷ければ暴力なども振るっていたらしい。


 顔の火傷は酷いもので、矢車さんには親しい友人は田淵くん以外いなかったそうだ。

 その頃から男子生徒の中でも人気で力のあったTOP5に目をつけられた矢車さんは、あっという間に孤立してしまった。

 庇おうとした田淵くんが巻き込まれるのを恐れた矢車さんは田淵くんとも距離を取り、だんだんと元気をなくしていき、とうとう最後には不登校になってしまったのだという。


 そして、そのまま行方不明になったそうだ。

 一時期は騒がれたそうだけれど、保身的な学校は無関係だと言い張り責任を逃れ、結局時間とともに矢車さんのことは忘れ去られてしまった。


「………………俺は、あいつがいなくなるまで何もしてやれなかった」


 項垂れる田淵くんにかける言葉が見つからず、あたしは黙り込むしかなくなる。

 田淵くんがあたし達を気にかけてくれたのは過去の苦い経験から、だったのだろうか。消極的な方法にしろ、西園寺さんの妨害をしてくれようとした訳だし。


「たぶっちが人と関わろうとしないのは、贖罪のつもりなのかな?」

「……………………どうだろう、自分でも分からない」


 香菜の静かな問いに、田淵くんは自嘲するような笑みを浮かべる。

 ただ単に人と深く関わるのが怖いのかもしれない、と呟いた彼は、気持ちを切り替えるためか軽く頭を振った。


「…………それで、その『くるみ』と西園寺さんにどんな繋がりがあるのか、っていうと……多分、西園寺さんはあいつなんだ」

「えっと……西園寺さんが、田淵くんの幼馴染の矢車さん、ってこと?」


 田淵くんが言っていた、同一人物だけど側から見れば別人、という言葉を思い出す。

 確かに、『矢車くるみ』と『西園寺くるみ』なら、何かの事情で苗字が変わったのかな、くらいには思えるかもしれない。


 でも、田淵くんの話した通りなら、彼女の顔には酷い火傷があったはずだ。

 西園寺さんの顔には、火傷のやの字もない。どこから見ても手入れの行き届いた、可愛らしく整った顔だ。

 程度を詳しく聞いた訳ではないから、もしかしたら今の医療技術で治せたり、化粧で隠すことも出来るのかもしれないけど、少なくとも今朝、至近距離で見た西園寺さんの顔にはそういった痕跡は全く見えなかった。


 あたしの考えていることは田淵くんにも分かっているのか、彼は自嘲の笑みを崩さないまま続けた。


「…………そもそも、顔も違うし、声だって、髪の色だって違う。歳を重ねて顔が変わった程度の変化じゃない、完全に別人だ。でも、俺は西園寺さんがあいつなんだと確信してる」

「どうしてそう思うの?」

「…………一度だけ、西園寺さんに言われたことがあるんだ。『そんなことしなくていい』って。多分、俺が人と関わろうとしないことを指してたんだと思う」


 その時の西園寺さんは、普段の笑顔が嘘のように固く強張った無表情で、でも少し泣きそうだったのだという。


「…………あの頃の俺はまだ西園寺さんのことは知らなかったから、訳が分からなかったけど、彼女が岩崎達の機嫌を上手く取って取り入っていくのを見るうちに、自分でも馬鹿みたいだけど、西園寺さんは矢車なんじゃないか、って思った」


 顔も声も違う人間を、いなくなった人間と同一人物だと思う。

 確かに、傍から聞いたら頭がおかしいんじゃないかって思われるかもしれない。

 田淵くんが知る限り、あたしは西園寺さんに突然友達になろうと言い寄られているに過ぎない。そんな状況でこんなことまで言われたら、混乱を通り越して怯えると思われたから言おうとは思えなかったんだろう。


「………………それに、一回だけあいつが耐え切れなくてブチ切れてるところ、見たし」


 ぼんやりとした声で呟いた田淵くんは、小さく、乾いた笑みを浮かべながら天井を見上げる。その目はどこか、遠かった。


「ブチ切れるって……ああ、そっか、でも、矢車さんと西園寺さんが同一人物なら、キレたくもなるよね」

「そんな相手にああいう方法を取った判断はちょっと謎だけどねぇ。まあ、一番利く手段ではあるだろうけど」


 今まで女性に苦労したことはないだろうし、これからも苦労することはないだろうTOP5の面々。

 能力の高さ故にプライドも高い彼らのことだ。たった一人の女の子に良いように操られていると知ったら、やりようによっては立ち直れない程のダメージを与えることも出来るに違いない。


「………………雨宮さんに協力してもらいたがってる、ってのは、俺にはちょっと理由が分からなかったけど、きっと何か、使えるって思ったことがあったんだよな」

「あー……うん、多分、お兄ちゃんの友達が、生徒会長達よりもイケメンだから、ってことかも。あたしに『貸し出して』って言ってきたの」

「……………………そんな、図書室の本か何かじゃあるまいし」


 あんまりにもあんまりな言い方だったのか、田淵くんは呆れを隠すこともなく溜息を吐いた。

 そして、思い出したかのようにサンドイッチを齧る。


「…………多分、嫌なら嫌って言っていいと思うよ。あいつなら一人でもやり遂げるだろうから」

「……うん。ごめんね、無理に聞き出して」

「………………いや、俺も、そろそろあんなこと止めた方が良いって思ってたし。もし、あいつに怒られたら、俺が勝手に話したって言っといて」


 呟いた田淵くんは、少しの間を空けてから、躊躇いの滲む声で付け足した。


「でも……多分、『友達が欲しい』ってのは嘘じゃないと思う。あいつ、友達らしい友達が出来ないまま、いなくなったから……………」


 だから、もし出来たら一度はちゃんと話してやって。そう、小さく呟いて、田淵くんは昼休みの途中に教室へと戻っていった。



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