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22.鉄壁の呪文が欲しい



「それで、本庄先生の用事って何?」


 教室から逃げるように去って、香菜の後ろをついていく。

 絶妙なタイミングでの助け船に感謝しつつ、本題に入ろうとしたあたしに、香菜はちらりと目線をやってからこれみよがしに溜息を吐いた。


「本庄先生、午後から出張だからもういないよ」

「あれ、そうだっけ? じゃあ、えっと……あー、ごめん。ありがと」

「どういたしまして」


 正真正銘、あたしの為だけに出された助け船だった、ってことか。

 図書室の扉を開けた香菜は、中に残っている当番だろう男子――田淵くんに申し訳なさそうに声をかけた。


「たぶっちー、推薦図書の紙取ってこれなかったから明日でもいい?」

「…………………よ」

「うん? 明日でもいい?」

「…………いいよ」


 うちの学校の図書室は狭い上、近場に市立図書館があるせいで殆ど利用者がいない。

 昼休みにわざわざやってくる生徒なんていても数人くらいで、今日は当番である田淵くんと香菜しかいないみたいだった。

 それなのに昼休みでも当番でいなきゃいけないなんて、面倒な委員会だなあ、と思うし、前にも一回言った気がする。司書さんが休みの日だけだし、代わりに放課後の当番が免除されるから、どっちを取るかだよねえ、とは香菜の言だ。


 古ぼけたカウンターの脇に吊るされた布を避けて、中へと入る。

 どこからか椅子を引っ張り出した香菜は、田淵くんの隣に座ると、その逆隣に椅子を置いた。厚意に甘えてあたしも腰掛ける。


「……で? どうしてあんなことになってたのかなあ?」

「……それがあたしにもさっぱり分からなくて。西園寺さんとは話したこともないし」

「お友達になって、だっけ? 『近づかないで』なら兎も角、この一年で西園寺さんが女子に対してそんなこと言ったの、聞いたことないよねえ」


 香菜は詳しい話を聞きたかったのかもしれないけれど、あたしから話せることなんて何もない。だって、あたし自身、何がなんだか分かってないんだから。

 あたしの方は西園寺さんを知っているけれど(そもそも、校内で西園寺さんを知らない人の方が少ない)、西園寺さんがどうしていきなりあたしと友達になろうとしたのか、切っ掛けすら心当たりがなかった。


「……西園寺さんが、どうかしたの?」


 その時、無い記憶を掘り起こそうと首をひねるあたしと、渋い顔で考え込む香菜の横からか細い声が聞こえてきた。

 思わず視線を向けると、香菜を挟んだ先にいる田淵くんと目が合った。いや、厳密に言えば前髪が長すぎて目が見えないから、恐らくこの位置なら顔を見合わせているだろうな、って判断出来ただけなんだけど。


「西園寺さんがね、皐月ちゃんにお友達になろうってクラスで迫ってたの」

「……そう、なんだ」

「そうなんだよー。……たぶっちが会話に入ってくるの珍しいねえ?」


 香菜いわくたぶっち、こと田淵正隆くんは西園寺さんと同じクラスの人だ。

 長く伸ばした前髪と控えめな声量、あまり人と関わろうとしない性格の彼についてあたしが知っていることといえば、名前とクラス、学年二位の成績優秀者ってことくらいで殆どないのだけど、香菜はこの二言三言で何かに感づいているようだった。


「田淵くん、なんか知ってるの?」

「………………いや別に」


 顔ごと逸らされた。明らかに怪しい。


「お願い、なんか知ってるなら教えて? 正直、西園寺さんと、あんまり……関わりたくないっていうか」

「…………ほんとに何も知らない」

「じゃあどうして聞いてきたのー? 別にたぶっち、西園寺さんのファンとかでもないよねえ」

「………………実は、ファンだった。気になって聞いただけ」

「……ふうん?」


 ぼそりと呟いて、これ以上は答える気がない、と示すつもりなのか田淵くんは文庫本を開いて読み始めた。

 完全に香菜の言葉に乗っかっただけの言い訳に聞こえる。でも、それを追求できるほどの材料もない。

 あたしよりは田淵くんと親しいだろう香菜も同じようで、納得は行っていない様子なものの、諦めたように視線をあたしへと戻した。


「とりあえず、絶対に友達にならないように作戦考えないとねえ」

「……香菜ってそんなに西園寺さんのこと嫌いだったっけ?」

「見てる分には面白いし嫌いって程じゃなかったけど、あんなことされたら嫌いにもなるよねえ? 別に、二人きりの時にああやってお友達になって~ってやるならいいんだけどね、あれは無理じゃないかな~」

「……うん、ちょっと、厳しいかも」

「本気で友達になりたいんじゃなくて、皐月ちゃんを囲い込むためのパフォーマンスなんだよねえ。そこまでする理由が気になる訳だけど……ん、うん? ……皐月ちゃん、もしかして学校の外で西園寺さんと会ったりしたことある?」


 香菜の問いに記憶を辿ってみても、該当するものは出てこなかった。

 入学してからもうすぐ一年、大体の生徒が地元民だから校外でも顔を合わせる機会くらいはあるけれど、あの目立つ西園寺さんと会って記憶に残らないはずがない。

 会ったことはない、あるとしても、一方的に見られた、くらいだろうか。


「ないよ。あっちが見かけただけ、とかなら分かんないけど」

「多分、今の時点で一番可能性が高いのってそれだよね」

「見かけられたから? でも、それでお友達になろうって……」


 見かけたくらいで西園寺さんがあたしと友達になろうとする理由が分からない。そう言おうとしたあたしの口は、中途半端に開いた形で固まった。


 ある。心当たりがひとつだけ。

 校内のイケメン集団であるTOP5を侍らせ、独占欲を丸出しにする西園寺さんが、あたしに近づきたいと思うような理由があるとすれば、それは――――、


「アヴェルさんか……」

「一緒にいるところ、見られたりしたのかもね? 二人で出かけたことある?」

「ある……バイトの帰りと……あと、バイト先の女の子と三人だけど駅前のショッピングモールに行った……結構目立った自覚もある、かな……」

「じゃあそれだ」


 思わず頭を抱えたあたしの隣で、香菜も困ったように吐息を零した。




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