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23.些細、けれど確実な


 西園寺さんがアヴェルさんを目的にあたしに近づいてきたのだとしたら、きっとショッピングモールで遭遇した女性たちと同じようにちょっとやそっとのことでは諦めてくれないだろう。


 一先ず西園寺さんへの対策としては『返信は最低限に留めること』、『必要以上に近づかないこと』、『会う時はなるべく香菜を連れていくこと』を約束し、昼休みの作戦会議は終わった。

 本当、香菜にはお世話になりっぱなしだ。頭が上がらない。

 あたしがあと少しでも上手いこと立ち回れていたら良かったんだろうけど……情けないことにあの時はほとんど頭が真っ白で、何をどうすればいいのか分からなかった。

 お兄ちゃんの奇行を相手にしている時とは違った意味での突拍子の無さがあったというか。

 まあ、全部言い訳なんだけどさ。


「アヴェルさんにも話すんだよね? 私もお邪魔してもいい?」

「うん、いいよ。でも今日明日はバイトだから……来るなら水曜日ね」

「りょーかーい」


 憂鬱な気持ちで放課後を迎え、香菜と別れて帰路につく。

 あの積極性に反して、メールが来たのが一度だけだったのはちょっと有難かった。今日の出来事そのものが全く有難くないから、何一つ嬉しくはないけど。


『くるみだよ♡ 登録しておいてね~』


 意外にもシンプルな文面に『雨宮です。よろしく』とだけ返して携帯を閉じる。

 溜息と共に玄関扉を開けたあたしに、お風呂掃除をしてくれていたらしいアヴェルさんが顔を出すと同時に心配そうに眉を寄せた。

 お兄ちゃんの姿はない。バイトに行ってるか、ファブルヘイムに行ってるか、だな。選択肢に異世界が入るようになってももうさほど違和感がなくなってきた。


「おかえりなさい。顔色が優れませんね、何かありましたか?」

「ただいまぁ……うん、ちょっとね」


 自室に適当に鞄を放り投げ、洗面所に向かう。手を洗っている間にアヴェルさんがお茶を入れてくれたので、お礼と共に受け取った。

 飲み干し、テーブルに突っ伏す。バイトの時間までには気合を入れ直さないといけない。でも明日からが憂鬱すぎて何もする気が起きない。気が滅入る。あー、杏ちゃんにも元気を貰おう。


「大丈夫ですか? 体調が悪いようなら仕事は休んだ方がいいのでは」

「……体調は悪くないよ、気分の問題」

「嫌なことでもありましたか?」

「……アヴェルさんさ、この間出かけた時、ふわふわの髪の、可愛い女の子に会ったりした?」

「はい?」


 予想していなかった問いなのか、アヴェルさんの語尾が不思議そうに上がる。

 突っ伏していたテーブルから半分だけ顔を上げて見上げると、困ったように首を傾げるアヴェルさんと目が合った。

 その顔を見るに、心当たりはなさそうだった。そりゃそうか、バイトの帰り道はずっとあたしと一緒だったし、出掛けた時は杏ちゃんとあたしと一緒だったし。

 あるとすれば、八助に迎えに来るまでの道のり? 西園寺さんって、この辺に住んでたりするのかな。


「うーん……」

「その女の子と、サツキさんの悩みが何か関係しているんですか?」

「……うん」


 香菜を交えて話す前にざっくり説明しておいた方が良いかもしれない。

 そう思って、あたしはテーブルに頬を乗せたまま、今日あったことをアヴェルさんにだらだらと話した。

 やる気が削がれているあたしの要領を得ない説明をひとつひとつ頷きながら聞いてくれたアヴェルさんが、最後に浅い溜息を吐く。


「……話したこともない私目当てというのは理解しがたいものがありますが、サツキさんにご迷惑がかかるようなら私が直接お話ししましょうか?」

「…………んー、でもまだ確定じゃないからなあ。迂闊に会わせて、そうじゃなかった時に藪蛇になったら困るし」

「やぶへび……」

「んーと、しなくてよかったことをして更に厄介になる、的な?」

「なるほど。それは確かにそうかもしれませんね。ただ、もしそうだった場合ははっきり断ることは出来ますので、言ってください」

「うん、なんか厄介事に巻き込んじゃいそうでごめんね。でも、断るの前提ってことはやっぱりアヴェルさん、恋人がいるんだ?」


 淀みなく発された台詞に、思ったことをそのまま口にすると、アヴェルさんは面食らったように目を瞬かせた。

 戸惑ったように開かれた唇が、慌てたように言葉を紡ぐ。


「いえ、そういった相手はいません。出来たこともありませんし……」

「えっ、嘘!? アヴェルさんなのに!?」

「……ええと、それは一体どのような意味合いでしょう?」


 困惑した笑みを浮かべるアヴェルさんに、素っ頓狂な声を上げていたあたしはしどろもどろになりながら発言の意図を説明し始めた。なんだか失礼な意味合いにも聞こえそうだったので、弁明の意味を込めて。


「い、いや、だって、アヴェルさん、女の人にすごく、モテそうじゃない……?」

「モテ?」

「えーと、色んな人に付き合ってて申し込まれそうってこと」

「ああ、それは確かに」


 さらりと肯定されてしまった。やっぱり、という顔になったあたしに気づいたのか、アヴェルさんは誤魔化すように視線を宙に向けた。

 所在なさげに頬を掻きながら、アヴェルさんが小さく呟く。


「確かに、私の見目を好んで交際を申し込まれる御婦人は数多く居ました。ですが、生まれが生まれですので、何方も戯れのおつもりでしたでしょうし、私も戯れならば構わないとは思っていましたが……、サツキさんの言うような色恋の関係というのは……感情が掻き乱されるものでしょう? そういうことは極力、避けて参りましたので」


 言葉を重ねる内、アヴェルさんの顔からは徐々に笑顔が削がれていくように見えた。何か、苦しいことを思い出しているかのように眉が寄り、唇が引き結ばれる。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない。どこか居心地が悪く、返す言葉を探していると、アヴェルさんはあたしの様子に気づいたのか、はっと表情を変えた。


「その、つまり、私はそういった関係を持つことは望んでおりませんので、お断りすることが前提になる、という話です」

「な、なるほど。そういうことだったんだ」


 空気を変えよう、という意思を感じ、慌てて同意の頷きを返す。アヴェルさんの恋愛観が、ファブルヘイム由来のものなのか、それともアヴェルさん個人の物なのかは分からなかったけど、兎に角、アヴェルさんは誰とも付き合う気はないってことだ。

 うんうん、と頷きながら、ふと、何かが胸に引っかかるような感覚がして首を傾げたあたしは、そこで壁にかかった時計が示す時刻に飛び上がった。


「やっばい、着替えないと! お風呂掃除ありがと、ご飯適当に食べてね!」

「はい、お気をつけて」


 自室に飛び込み、制服も適当に放り投げる。着替えて家を飛び出す頃には、違和感なんて胸の片隅にも残っていなかった。




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