21.肉を切らせて、骨を断…ちたい
「い、今行く! ごめん、西園寺さん、そういう訳だから、また今度!」
椅子をひっくり返す勢いで立ち上がったあたしの目の前で、西園寺さんは一瞬きょとりと呆けた。
その隙を狙って香菜の元へと走る。逃げるが勝ち、という言葉を作り出した人は天才か何かだと思う。
傍観者と野次馬を兼任するクラスメイトを押しのけ、いつも通りの微笑みを浮かべる香菜に救いを求めて走り寄ったあたしはしかし、教室を出る一歩手前で滑り込んできた西園寺さんにつんのめるようにして足を止める羽目になった。
「なんっ、えっ!?」
「西園寺さんじゃなくて、くるみって呼んで!」
「はっ!?」
この子、今、どっから割り込んできたの!? どう考えても常人では有り得ない速度が出てたような、き、気のせい? 目の錯覚?
意地でも逃がす気はないのか、あたしの前に立ちはだかる西園寺さんの栗色の髪の向こうに、笑顔だけはそのままに冷えた空気を発する香菜が見える。
「くるみ、皐月ちゃんと仲良くなりたいの」
さっきも聞いたよ。
言いたいけれど、口には出せない。今度は違う理由で。
……西園寺さん、あなたの後ろにいる、無邪気な笑みを浮かべた般若の気配を感じ取れたりはしませんか。しないんだろうな、多分。
被害妄想が強い割にこういう気配には鈍感らしい西園寺さんは、後ろに立つ香菜からの威圧にはまったく堪えた様子もなく続けた。
「お願い、皐月ちゃん、くるみとお友達になって?」
こてん、と首を傾げた西園寺さんに、ちょうど近場にいた男子が若干顔を赤くするのが見えた。
今あいつは脳内であたしを自分に変換して甘い夢にでも浸っていることだろう、なんて現実逃避をして目の前の西園寺さんから意識を逸らしてみるものの、完璧な角度で小首を傾げた美少女は消えていなくなることもないし夢から目覚める気配も無い。
……どう考えても現実だなあ。やだなあ、月曜日からこんな目に遭うの。
溜息を吐きかけ、それで西園寺さんを泣かせるようなことになったら困る、と飲み込んで、あたしは渋々、目の前の西園寺さんを現実として受け止める覚悟を決めた。
「……西園寺さんは」
「く・る・み!」
「……くるみさんは」
「くーるーみ!」
「……くるみはどうしてあたしと友達になりたいと思ったの?」
何故か、抗議のつもりなのか一音ずつ区切ってまで名乗った西園寺さんに、香菜の目が冷ややかに細められる。感情が一切浮かんでいない。逆に怖い。国外逃亡したい。
お兄ちゃんの気持ちがなんだか分かった気がする。香菜は怒らせると怖い。喧嘩したことがない訳じゃないし、怒らせたことだってあったけど、アレ、全然本気じゃなかったんだなあ。
意識がどこかへ飛んでいきそうなあたしの前で、西園寺さんはにこにこと可愛らしい笑みを振りまいた。
「えっとねえ~、皐月ちゃんと仲良くなりたいなあって思ったの! だからお友達になるのが一番かなって!」
「……普通は仲良くなってから友達になるんじゃないの?」
「うん! だから仲良くなろ?」
もしかしなくてもこの子、話が通じないのでは?と思うと同時に体感気温が2℃くらい下がったような錯覚に陥る。実際に下がってる、って言われても疑問に思わない程度には。
人間冷風機と化す香菜と対照的に、くるみ親衛隊が雛を見守るような暖かい空気を醸し出しているから尚更そう感じるのかもしれない。
このままだと香菜の表情が笑顔のまま凍ってしまいそうだ。もうなんでも、なんでもいい。なんでもいいからこの状況を何とかしたい。
「……分かった、友達になろう」
「ほんと!? やったー!」
「ちょっと皐月ちゃん、」
「でも、最初っから仲良くは出来ないから。クラスも違うし、部活も入ってないし、共通の話題とか無いし。とりあえず、メールアドレス交換するだけね」
まさか了承するとは思っていなかったのか、咎めるような香菜の声が飛んできたけれど、曖昧に微笑んで受け止める。
西園寺さんに口を挟む間を与えずに条件をつきつけると、一先ず納得してくれたのか香菜の肩から力が抜けた。
呆れ返ったような溜息は聞こえなかったフリをする。だってしょうがないじゃん、この辺が落としどころじゃない?
携帯を取り出し、メールアドレスを表示する。スマホを取り出した西園寺さんは、あたしの二つ折り携帯を見ると長い睫毛をぱちぱちと音が鳴るほど瞬かせた。
「皐月ちゃん、ガラケーなの?」
「安いから。面倒でごめんね」
「んーん、いいよ! なんか皐月ちゃんっぽーい」
多分褒められてないんだろうな、と思いつつアドレス交換を終える。
「じゃ、そういうことで! あたし先生のとこ行くから!」
「えっ? あ、うん、また今度ねー!」
スタンプ送れないねーと残念そうに呟く西園寺さんが登録に気を取られている間に、あたしは今度こそ香菜と共にその場から逃げ出した。




