20.望まないエンカウント
座学の成績は中の上、実技の成績は上の下。
誇れることは無遅刻無欠席くらい、部活動は無所属のため実績皆無、バイトの無い日は環境委員の仕事に精を出す、クラスでも目立たず真面目なその他大勢。
それがあたしの、クラス内での評価だと思っている。
特に秀でたところもないから、学校生活でも注目を浴びたことなど一切ないし、されたくもない。
「あのねあのね、皐月ちゃん! くるみとお友達になってほしいの!」
そんなあたしが今、クラス中の視線を一身に浴びていた。
高らかに告げられた恐るべき台詞が表す通り、『西園寺くるみ』の来襲によって。
原因も脈絡も現状も、台詞の意味も分からない。分かるのは、これがどう考えても異常事態だってことくらいだ。
「皐月ちゃんとくるみ、とっても仲良しになれると思うの! だってくるみも皐月ちゃんも帰宅部だし、学年も同じだし、女の子同士だし!」
その条件なら西園寺さんとは学年の女子の四分の一くらいとは友達になれると思います。実際は学年の半分から距離置かれちゃってるんだけど……。
呆気に取られていなければきっと口から出てしまっていただろう台詞が頭に浮かんだ。
事態は、週明けの月曜日に起こった。
四限が終わったあとの昼休みに、あたしの前の、本来なら香菜の席である椅子には何故か西園寺さんが座っていたのだ。
両手を組んで小首を傾げた西園寺さんは、雑誌の表紙でも飾れそうなほど可愛らしい顔でこっちを見つめている。
緩く巻かれたお団子付きのツインテールが動きに合わせてふわりと揺れる。全ての男子を一発で落としかねない愛らしさがそこにはあった。
けれどもあたしは女子だし、西園寺さんとは直接関わったことはないけれどあんまり良いイメージもないし、何よりも唐突すぎて素直に受け取れる訳もないし、当然のように恐怖の方が勝ってしまう。
――――というか、西園寺さんがどうこう以前にこの状況自体が胃に優しくなさすぎる!
突然クラスに訪ねてきた校内での有名人に、何の脈絡もなくお友達になってと迫られる。ドラマのワンシーンなら映えたかもしれないけれど、実際にやられると恐怖しかない。
そもそも、存在を認知されているのかも怪しい相手から色んな段階をすっ飛ばして友達になれと言われても。行動も行動だし、相手も相手なので、妙な勘ぐりをしてしまう。
しかも、教室にこそ入ってこないものの廊下には『くるみ親衛隊』のTOP5が控えている。
何、この状況、断ったら根回しされて明日からハブられる、とか、そういうことになる訳?
女子は味方してくれる子はいるだろうけど、男子の方は親衛隊でなくとも面白半分に乗っかるかもしれない。TOP5は流石に上位五人というだけあって、校内でもそれなりの位置にいる男子ばかりだ。
新生徒会長に決まった岩崎純也先輩、サッカー部エースの黒井雅嗣、バスケ部キャプテン来栖雷人、新風紀委員長の小金井透、学年一位の久我みやび。小学校からの親友だという彼らの結束は固いし、全員が全員、かなりの影響力を持っている。
特に、岩崎先輩なんて新学期からは更なる発言力を持つようになるに決まってる。
あーもう、恐怖しかない……。
卒業までの付き合いだとは言っても……残り二年、平穏無事に過ごしたい。目をつけられるのは困る。
あたしには取り柄もないし、家の事情やらなんやらでからかいのネタは山ほどあるし、実際に中学の時はそれで心無い言葉をかけられたこともある。あんな思いは、なるべくならしたくない。
「ダメかなあ? くるみとは仲良くしたくない……?」
何も言えずに戸惑うしかないあたしに、西園寺さんはその大きな瞳を潤ませながら泣きそうな声を出した。やばい、生命の危機を感じる。
ど、ど、どうしよう。どうすればいいのこれ!
出来れば友達にはなりたくない。あたしには香菜がいるし、西園寺さんとはちょっと、あんまり、かなり、結構、気が合う気がしない。
香菜に用事があるから、とか口実作って逃げてしまおうか。図書委員の当番だから図書室にいるはずだ。今すぐでなくても構わないだけで、実際に用事はあるし。
渡し損ねている例の本を手で探りながら、目の前で困ったように眉を下げる西園寺さんから目を逸らす。
無言でいてもダメそうだし、喋っても変なこと口走ってダメそうだし……逃げ場がない。周りに目をやっても、関わりたくないのか逸らされるばかりだ。あたしがみんなの立場でも同じようにするだろうから、責めるつもりはないけど、恨み言くらいは言いたい気分。
「おいお前、さっきからくるみのことシカトしてんじゃねーよ」
ああ、とうとう生徒会長が動いた! もうだめだ! おしまいだ!
教室に入って来ようとする岩崎生徒会長に背筋が凍る。シカトじゃなくて言葉が出ないんですよ! おんなじようで違うんですよ!
「もう、純くん! くるみのお友達にそんなこと言わないの!」
「……ごめんな、くるみ。でも会話もできないようなやつと友達になる必要ねえだろ? 他の、もっとくるみに相応しいやつにしようぜ?」
さりげなくお友達認定されてるし、さりげなくないレベルで西園寺さんとは釣り合わないと蔑まれている。どっちもいい迷惑なのでやめてほしい。
言えたら楽なんだけどなあ、と学校という名の社会の面倒臭さを痛感していたあたしの耳は、そこで救いの声を捉えた。
「さーつきちゃん、本庄先生が呼んでるよー」
ああ、女神の声がする!
涙目で立ち上がったあたしの視界には、生徒会長が立つ側と逆の扉を開ける香菜の姿があった。




