基礎訓練
ヴァレリアの弟子になって二日目の朝。
「起きろ、小僧ども」
「……もう朝?」
寝床から顔を出したこうきが、眠そうに目を擦る。
「朝だ」
「昨日も朝早かったよな……」
ひろきが布を頭まで被る。
「起きろ」
「あと五分……」
「そうか」
ヴァレリアが拳を握る。
「では五分後に起こしてやる」
「いや、その言い方絶対殴るやつじゃん!」
ひろきが慌てて飛び起きた。
「起きました!」
「最初からそうしろ」
ヴァレリアは満足そうに頷いた。
こうきたちも次々と身体を起こす。
昨日、一日中走り回った身体には疲労が残っている。
それでも、不思議と以前より身体が軽かった。
心気を身体へ巡らせる感覚を覚えたからだ。
「今日は何するの?」
ゆきが尋ねる。
「昨日の続きだ」
「心気?」
「そうだ」
ヴァレリアが頷く。
「昨日、お前たちは心気を身体へ巡らせることができた」
五人が顔を見合わせる。
「だが、まだ自分の意思で自由に操れていない」
「確かに……」
こうきは自分の手を見る。
「昨日はできたと思ったけど、途中で何度も途切れた」
「そういうことだ」
ヴァレリアは森の中へ歩き出す。
「今日は心気を止めず、身体を動かし続けてもらう」
「また走るの?」
「走るだけではない」
ヴァレリアが振り返る。
「今日は戦う」
「!」
みずきの目が鋭くなる。
ひろきも拳を握った。
「戦闘か!」
「喜ぶな」
「だって修行っぽいじゃん」
「修行だ」
ヴァレリアは森の奥を指差した。
「ただし、私とは戦わん」
「それはよかった……」
ひろきが胸を撫で下ろす。
「お前たち同士で戦え」
「え?」
五人が固まった。
「心気を使いながら、自分の身体を思い通りに動かせ」
「なるほど」
こうきが頷く。
「やってみよう」
◇
森の開けた場所。
こうきとひろきが向かい合っていた。
「手加減するなよ」
ひろきが拳を構える。
「分かってる」
こうきも構える。
少し離れた場所では、ゆきとみずき、サクラが見ている。
ヴァレリアは木陰の椅子に座り、紅茶を飲んでいた。
「始めろ」
その声と同時に――
ひろきが地面を蹴った。
「うおおっ!」
一直線に距離を詰める。
速い。
こうきは身体の中へ意識を向けた。
心気を足へ。
踏み込みを強くする。
ドンッ!
身体が横へ跳ぶ。
ひろきの拳が、目の前を通り過ぎた。
「避けた!」
ゆきが声を上げる。
こうきはそのまま地面を蹴り、ひろきの横へ回り込む。
拳を引く。
腕へ心気を集める。
「そこ!」
振り抜く。
だが――
「遅い!」
ひろきが身体を捻った。
拳が肩をかすめる。
「くっ!」
こうきは距離を取る。
今の動きは悪くなかった。
だが、心気を腕へ集めた瞬間、脚にあった感覚が薄くなった。
「……」
こうきは自分の身体を意識する。
心気が一か所に偏っている。
「なるほど……」
「どうした?」
ひろきが構え直す。
「心気を移動させると、別の場所が弱くなる」
「なら、同時に使えばいいんじゃないか?」
「それができれば苦労しないだろ」
「確かに」
二人は再び距離を詰めた。
拳と拳がぶつかる。
ドンッ!
「ぐっ!」
「まだまだ!」
ひろきが連続で拳を繰り出す。
こうきは一発ずつ見極めながら避ける。
右。
左。
もう一度右。
身体を捻る。
足を引く。
そのたびに心気を移動させる。
だが――
「くっ……!」
動きが一瞬止まった。
その隙をひろきは見逃さない。
「もらった!」
拳が迫る。
こうきは咄嗟に腕を上げた。
ドンッ!
衝撃で身体が後ろへ下がる。
「痛っ……!」
腕が痺れる。
ひろきも息を切らしながら笑った。
「今のは俺の勝ちだな」
「ああ」
こうきも笑う。
「でも、分かった」
「何が?」
「心気を使いこなすって、思ってたより難しい」
ヴァレリアが紅茶を置いた。
「ようやく気づいたか」
「ヴァレリア姉さん、見てたなら最初から言ってよ」
「自分で気づくことも修行だ」
「……そういうことか」
こうきは頷いた。
「心気を身体の一部分へ送るだけじゃ駄目なんだ」
「そうだ」
ヴァレリアが立ち上がる。
「心気は身体全体を巡らせろ」
「でも、全部に同じように流すのは難しい」
「だから鍛える」
ヴァレリアはこうきたちを見渡した。
「力を出すことより、力を制御する方が難しい」
五人は黙って聞いている。
「心気を使えるようになっただけで満足するな」
ヴァレリアが続ける。
「必要な場所へ、必要な量だけ流せ」
「必要な量……」
こうきが呟く。
「それができれば、身体を無駄なく動かせる」
「そうだ」
ヴァレリアは頷いた。
「では、もう一度だ」
「え?」
「全員でやれ」
◇
五人は再び修行を始めた。
走る。
止まる。
跳ぶ。
身体を捻る。
そして、心気を身体へ巡らせる。
最初はうまくいかなかった。
力を入れすぎる。
弱すぎる。
集中すると動きが止まる。
動けば心気が乱れる。
「……難しい」
ゆきが息を吐く。
「でも、少し分かってきた」
みずきが自分の足へ意識を向ける。
「動く瞬間だけ、そこへ集中させればいい」
「そうだ」
ヴァレリアが頷く。
「無駄に全身へ力を流す必要はない」
みずきが地面を蹴る。
ドンッ!
先ほどより速く前へ出た。
そのまま身体を捻り、木の幹を蹴って方向を変える。
「……!」
着地。
「できた」
みずきが小さく呟く。
「今のだ」
ヴァレリアが笑う。
「必要な瞬間に、必要な場所へ心気を流した」
ひろきも負けじと走る。
「じゃあ俺も!」
足へ心気を集中。
地面を蹴る。
ドンッ!
一気に加速する。
「おおっ!」
ひろきが笑う。
「速い!」
だが、勢いを止めきれず――
「うわっ!」
そのまま木へ突っ込んだ。
ドゴンッ!
「……」
「……」
ゆきたちが沈黙する。
「痛ぇ……」
木の前でひろきがしゃがみ込む。
ヴァレリアはため息を吐いた。
「制御まで覚えろ」
「はい……」
ゆきが吹き出す。
「ひろきらしいね」
「笑うなよ!」
◇
しばらくして。
五人は再び並んでいた。
今度はヴァレリアが小さな石を五つ地面へ置いた。
「次だ」
「何するの?」
サクラが尋ねる。
「この石を動かせ」
こうきが石を見る。
「手で?」
「違う」
ヴァレリアが指を立てる。
「心気だけでだ」
「……」
五人が石を見つめる。
「そんなことできるの?」
ゆきが聞く。
「できるようになれ」
「無茶だろ……」
ひろきが呟く。
「やってみろ」
五人はそれぞれ石の前に座った。
目を閉じる。
身体の中へ意識を向ける。
胸。
腕。
手。
指先。
そして――
石。
「……」
こうきは心気を集中させる。
だが、石は動かない。
もっと力を込める。
それでも動かない。
「力を出しすぎるな」
ヴァレリアの声が飛ぶ。
「心気をぶつけるのではない」
「……」
「石に触れるように意識しろ」
こうきは力を抜く。
心気を細くする。
指先から外へ。
ほんの僅かな感覚を伸ばしていく。
「……!」
石が僅かに震えた。
「動いた!」
ゆきが声を上げる。
だが、その瞬間。
コロン。
石が横へ倒れた。
「やった!」
こうきが目を開く。
「今のは……」
「できたな」
ヴァレリアが頷く。
「まだ僅かだが、それでいい」
こうきは石を見つめる。
自分の心気が、身体の外へ出た。
昨日までとは違う。
「これも心気なんだ」
「そうだ」
ヴァレリアが答える。
「心気は身体を強くするためだけのものではない」
「じゃあ……」
こうきは石へ視線を戻す。
「ゼウスにも使える?」
「当然だ」
ヴァレリアは頷く。
「だが、今のお前ではまだ足りない」
「……」
「心気を使えることと、心気を使いこなせることは違う」
五人が真剣な表情になる。
「ゼウスを思い通りに発動したければ、まず心気を完全に自分のものにしろ」
こうきは拳を握った。
「分かった」
ゆきも頷く。
「私も頑張る」
みずきも。
「俺もだ」
ひろきが石を見つめる。
「次は動かしてみせる」
サクラも静かに頷いた。
「私も、もっと正確に動かせるように」
「よし」
ヴァレリアが笑った。
「では、日が暮れるまで続けるぞ」
「まだやるの!?」
ひろきが叫ぶ。
「当然だ」
「……はい」
五人は再び石へ向き合った。
何度も失敗する。
何度もやり直す。
それでも、昨日までとは違う。
心気は少しずつ、五人の意思に応えていく。
◇
夕方。
空が赤く染まり始める。
五人は地面へ座り込んでいた。
「疲れた……」
ひろきが大の字になる。
「でも、昨日よりできるようになった」
ゆきが自分の手を見る。
「うん」
こうきも頷く。
最初は感じるだけだった。
昨日は身体へ巡らせた。
今日は、必要な場所へ流すことを覚えた。
まだ自由自在とはいかない。
だが、一歩ずつ前へ進んでいる。
「明日はもっと上手くできそう」
こうきが言う。
「そうだな」
みずきも頷く。
サクラは少し離れた場所で、自分の心気を確かめていた。
すでにゼウスを使える彼女も、他の四人と同じように基礎を磨いている。
ヴァレリアはそんな五人を眺めながら、静かに紅茶を飲んでいた。
「まだまだ先は長い」
その言葉に、こうきが顔を上げる。
「でも、いつか思い通りにゼウスを使えるようになるんだろ?」
「心気を使いこなせるようになればな」
ヴァレリアは笑う。
「焦るな。強さは一日で身につくものではない」
こうきは空を見上げた。
広い宇宙。
そのどこかに、自分たちより強い者がいる。
まだ、自分たちの力を思い通りには扱えない。
それでも――
「絶対に強くなる」
こうきは拳を握った。
「三ツ星になるためにもな」
「私も」
ゆきが笑う。
「俺も」
みずきが続く。
「俺はもっと速くなる!」
ひろきが立ち上がる。
サクラも微笑んだ。
「私も負けません」
「その調子だ」
ヴァレリアが頷く。
「今日はもう休め」
「やった!」
ひろきが喜ぶ。
「ただし――」
ヴァレリアが続ける。
「夕食は自分たちで探せ」
「……」
ひろきの笑顔が消えた。
「またそれかよ……」
「昨日も言っただろう」
「ヴァレリア姉さん、弟子を育てる気ある?」
ゴンッ!
「痛ぇ!」
「余計なことを言うな」
「……はい」
こうきたちは笑いながら立ち上がった。
惑星グリーンガルドでの修行は、まだ始まったばかり。
心気を感じる。
身体へ巡らせる。
そして、少しずつ自在に操る。
心気を使いこなしてこそ、ゼウスを思い通りに発動できる。
その境地へ至るには、まだ長い修行が必要だ。
だが――
五人は確実に、その道を歩み始めていた。




