最初の修行
ヴァレリアの弟子になった翌日。
「起きろ、小僧ども」
「……」
「朝だぞ」
「……まだ眠い」
パラソルの下から響く声に、こうきは重たい瞼を開いた。
昨日までは宇宙船の中で眠ればよかった。
だが、今夜からは違う。
五人は森の中に作った簡素な寝床で、一夜を明かしていた。
周囲から聞こえるのは、地球では聞いたことのない生物たちの鳴き声。
遠くでは、何か巨大な生物が木々をなぎ倒している。
ズズン……。
地面が僅かに揺れた。
「……これ、本当に寝る場所だったの?」
ゆきが身体を起こし、周囲を見回す。
「そうだ」
ヴァレリアはパラソルの下で、優雅に紅茶を飲んでいる。
「お前たちが勝手に寝たんだろう」
「いや、寝る場所を決めたのヴァレリア姉さんじゃん」
ひろきがぼやいた。
ゴンッ!
「痛ぇ!」
拳骨が落ちる。
「朝一番から文句を言うな」
「まだ何もしてないのに!」
「今しただろう」
「理不尽だ……」
ひろきが頭を押さえる。
こうきは思わず苦笑した。
「ひろき、もう諦めた方がいいぞ」
「お前もそのうち殴られるぞ」
「俺は余計なこと言わないからな」
「……」
ヴァレリアの視線がこうきへ向く。
「小僧」
「はい」
「今のは余計なことではないのか?」
「……すみません」
こうきも素直に謝った。
ヴァレリアは満足そうに頷く。
「よし」
その様子を見て、ゆきが小さく笑った。
「二人とも、もうヴァレリア姉さんには勝てないね」
「最初から勝てないだろ」
みずきが淡々と答える。
サクラも頷いた。
「昨日の炎を見たらね……」
五人の視線がヴァレリアへ集まる。
昨日。
あれほど巨大な炎を、ヴァレリアは片手で生み出した。
その圧倒的な力を前に、五人は自分たちとの力量差を嫌というほど思い知らされている。
「さて」
ヴァレリアが立ち上がった。
「今日は昨日の続きだ」
「心気?」
こうきが尋ねる。
「そうだ」
ヴァレリアが頷いた。
「昨日、お前たちは心を感じ取るところまではできた」
「でも、まだうまく力を使えない」
ゆきが言う。
「当然だ」
ヴァレリアは森の奥を指差した。
「一日で使いこなせるほど甘いものではない」
「じゃあ、今日は何をするの?」
「走る」
「……走る?」
ひろきが聞き返す。
「走れ」
「どこまで?」
「私が止めるまで」
「それだけ?」
「それだけだ」
ヴァレリアが笑う。
「ただし――」
森の奥から、
ズン……。
再び地響きが響いた。
「この星でな」
「……」
五人の顔が固まる。
「食料と水も自分たちで確保しろ」
「やっぱりそうなるのか……」
ひろきが肩を落とす。
「文句があるなら帰っていいぞ」
「どこに?」
「宇宙船があるだろう」
「いや、ここまで来たらやるよ」
ひろきは立ち上がった。
「絶対強くなってやる」
「その意気だ」
ヴァレリアが笑う。
「では始めろ」
◇
五人は森の中を走っていた。
巨大な根を飛び越え、張り出した岩を避け、木々の間を縫うように進んでいく。
「速い!」
ひろきが先頭を走る。
「昨日より身体が軽い!」
「それは心気が無意識に身体へ巡っているからだ」
後ろからヴァレリアの声が飛ぶ。
「ただし、まだ自分の意思で安定して巡らせられていない」
「じゃあ、意識して使えるようにする!」
こうきが走りながら答える。
「そうだ」
ヴァレリアは五人の後ろを、空を飛びながらついてきている。
しかも――
「ふぁ……」
大きな欠伸。
「……」
こうきは思わず振り返った。
ヴァレリアは空中に浮いたまま、余裕の表情を浮かべている。
「なんで飛びながら欠伸してるんだよ……」
ひろきも振り返る。
「こっちは全力で走ってるのに……」
「お前たちが遅いからだ」
ヴァレリアは何事もなかったように答えた。
「昨日からずっと思ってたけど、この人めちゃくちゃだな」
ゴンッ!
「痛ぇ!」
「聞こえているぞ」
「すみません!」
ひろきが走りながら頭を押さえる。
ゆきが笑いをこらえる。
「ひろき、学習しようよ」
「俺は悪くないだろ!」
「悪い」
みずきが即答する。
「みずきまで!?」
そんなやり取りをしながらも、五人は走り続けた。
最初は軽かった足取りも、時間が経つにつれて重くなる。
呼吸が荒くなり、額に汗が浮かぶ。
それでも、誰も足を止めなかった。
しばらくすると、森の中に大きな川が現れた。
「水だ!」
ゆきが駆け寄る。
「待て」
ヴァレリアが声を飛ばす。
「そのまま飲むな」
「え?」
「この星では、水の中に何がいるか分からん」
その瞬間。
バシャァン!
「うわっ!」
川の中から巨大な魚のような生物が跳び上がった。
その身体だけで、五人が横に並べるほど大きい。
「……」
ひろきが固まる。
「水も危険なのかよ」
「だから言っただろう」
ヴァレリアは呆れたように言う。
「この星で生き残れとな」
こうきは川を見つめた。
「じゃあ、どうする?」
「考えろ」
「……」
こうきは周囲を見回した。
川。
巨大な木。
岩。
そして、自分たち。
「まず、あの魚が近づけない場所で水を取ろう」
こうきが指差す。
少し離れた場所。
岩の間から、透明な水が流れ出している。
「湧き水?」
サクラが近づく。
「たぶん」
「飲めるか?」
みずきが聞く。
ヴァレリアは腕を組んだ。
「自分で確かめろ」
「ヴァレリア姉さん、そこは教えてくれないんだ……」
「修行だからな」
こうきたちは慎重に水を確認する。
サクラが少量を手ですくい、匂いを確かめる。
「変な匂いはしない」
「俺も確認する」
ひろきが水を飲む。
「……普通の水だ」
「本当に?」
「うん」
五人はようやく水を確保した。
次は食料。
森には巨大な果実がいくつも実っている。
「これ、食べられるのかな?」
ゆきが見上げる。
「分からない」
こうきが答える。
「じゃあ、勝手に食べるなよ」
「分かってるって」
ひろきが果実へ手を伸ばした。
その瞬間。
「ゴンッ!」
「痛ぇ!」
また拳骨。
「何するんだよ!」
「それは食べるな」
「なんで!?」
「毒だ」
「先に言ってくれ!」
「見れば分かる」
「分からないよ!」
ひろきが頭を抱える。
ヴァレリアは楽しそうに笑った。
「だから修行なんだ」
こうきたちは森を歩き回りながら、安全に食べられる植物を探した。
何度も失敗した。
食べられそうに見えて駄目なもの。
触れるだけで危険な植物。
近づいただけで逃げていく小動物。
地球とは何もかも違う。
だが、その一つ一つを自分たちで覚えていく。
そして――
昼を過ぎた頃。
「……疲れた」
ひろきが木の根へ腰を下ろした。
「もう走れない」
「立て」
ヴァレリアが言う。
「無理」
「そうか」
ヴァレリアが拳を握る。
「じゃあ、拳骨を受けて立て」
「立ちます!」
ひろきが飛び起きる。
「最初からそうしろ」
「理不尽すぎる……」
こうきたちは再び走り出した。
◇
夕方。
五人は森の開けた場所へ戻ってきた。
水。
食料。
そして、簡単な寝床。
昨日よりは少しだけ、この星で生きる方法が分かってきた。
だが――
「次は心気だ」
ヴァレリアが言う。
五人は顔を上げる。
「今から?」
「今からだ」
「疲れてるんだけど……」
ひろきが呟く。
「だからやるんだ」
ヴァレリアは五人を見渡す。
「身体が疲れている状態でも、自分の心を感じ取れるようになれ」
五人は静かに目を閉じる。
昨日と同じように。
自分の内側へ意識を向ける。
ドクン。
ドクン。
鼓動。
呼吸。
疲労。
それらを感じながら、さらに奥へ意識を向ける。
「……」
こうきの胸の奥に、昨日感じたものがあった。
「見つけた」
「そのまま追え」
ヴァレリアが言う。
こうきは意識を集中する。
胸から腕へ。
腕から手へ。
次は脚へ。
だが、途中で感覚が途切れる。
「……難しい」
「何度でもやれ」
こうきは繰り返した。
ゆきも。
みずきも。
ひろきも。
何度も失敗する。
サクラも自分の中の心気を意識しながら、基礎をさらに磨いていく。
やがて――
「……!」
こうきの身体が僅かに反応した。
腕。
脚。
背中。
全身へ。
自分の中にある心が、身体を巡っていく。
「今だ」
ヴァレリアが言った。
こうきが目を開く。
身体が軽い。
昼間の疲れが、少しだけ遠くなっている。
「これが……心気」
「そうだ」
ヴァレリアが頷く。
「まだ僅かだ。だが、昨日より確実に使えるようになっている」
こうきは拳を握った。
「これがゼウスを発動させる力なんだな」
「ああ」
ヴァレリアは答える。
「だが、心気を感じ取れるだけでは足りない。心気を自分の意思で自在に巡らせ、使いこなせるようになって初めて、ゼウスを思い通りに発動できる」
「じゃあ、今の俺たちは……」
こうきが尋ねる。
「まだゼウスを思い通りには発動できない」
ヴァレリアが答える。
「今できているのは、心気を僅かに使えるようになっただけだ」
五人は自分の手を見る。
「心気を使いこなすこと。それが、お前たちが次に越える壁だ」
「まだまだってことか」
ひろきが拳を握る。
「そういうことだ」
ヴァレリアが笑う。
ゆきも目を開いた。
「じゃあ、もっと練習しないとね」
みずきも静かに頷く。
「俺もだ」
サクラは自分の中を流れる心気を感じながら、頷いた。
「私も、もっと磨きます」
こうきも頷いた。
「分かった。もっと使いこなせるようにする」
ヴァレリアは満足そうに笑う。
「その意気だ」
五人は再び目を閉じる。
心を感じる。
心気を巡らせる。
そして、それを自分の意思で自在に扱えるようになる。
そこまで到達して初めて、ゼウスを思い通りに発動できる。
五人の修行は、まだ始まったばかりだった。
◇
夜。
五人は簡単な食事を取り、再び森の中で眠る準備を始めた。
「今日は疲れた……」
ひろきが寝床へ倒れ込む。
「明日も走るからな」
ヴァレリアが言う。
「えっ?」
ひろきが顔を上げる。
「明日も?」
「当然だ」
「……」
ひろきは何も言わずに寝床へ戻った。
その様子を見ていたヴァレリアが、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば、お前たち。まだ子供だろ」
こうきたちが顔を上げる。
「両親は許してくれたのか?」
「俺らの所は放任主義だし、大丈夫だ」
こうきが答える。
「そうか」
ヴァレリアは短く返した。
そして、五人に気づかれないように小さく笑う。
(相変わらずだな……)
ふと、昔のことが頭をよぎる。
懐かしい記憶。
ヴァレリアはしばらくその余韻に浸るように、五人を眺めていた。
やがて、何事もなかったようにパラソルの下へ戻っていく。
「さっさと寝ろ。明日は今日より厳しくするぞ」
「……」
五人は顔を見合わせた。
「おやすみ、ヴァレリア姉さん」
「うむ。おやすみ」
森の夜は静かに更けていった。




