最初の星、惑星グリーンガルドと宇宙の魔女
惑星グリーンガルド。
宇宙船を降りてから、すでにかなりの時間が経っていた。
目の前に広がるのは、どこまでも続く巨大な森林。
地球の木々とは比べものにならないほど太い幹。
空を覆うほどの葉。
森の中を流れる川でさえ、海と見間違えるほど大きい。
そして、この星では動物までもが巨大だった。
「……本当に、この先に星の雫石があるんだよね?」
ゆきが周囲を見回す。
視界のどこを見ても同じような木ばかり。
「ある」
こうきは手の中の星の雫石を見た。
淡い光が、森の奥へ向かって伸びている。
「こいつがずっとあっちを指してる」
「じゃあ、進むしかないね」
サクラが頷く。
五人は再び歩き始めた。
足元には巨大な根が張り出し、ところどころ地面そのものが盛り上がっている。
ひろきが根を跨ぎながら、周囲を見回した。
「この星、何もかもデカすぎないか?」
「それは私も思う」
ゆきが苦笑する。
「さっき見た鳥だって、翼を広げたら私たちの宇宙船くらいあったし」
「襲ってこなかっただけマシだな」
みずきが前を見たまま答える。
その瞬間だった。
森の奥から――
ズン。
地面が揺れた。
「……?」
五人が足を止める。
もう一度。
ズン。
ズン。
巨大な何かが、こちらへ近づいている。
みずきが刀へ手を添えた。
「来る」
木々の向こうから姿を現したのは、三メートルを超える獣だった。
熊に似た姿。
だが、その身体には岩のような硬い皮膚が広がっている。
「でか……」
ひろきが思わず後ずさる。
獣は五人を見つめた。
しばらく睨み合う。
しかし、獣は敵意を見せることなく、ゆっくりと森の奥へ去っていった。
「……行った」
ゆきが息を吐く。
「この星じゃ、あれくらい普通なのかもね」
サクラが呟く。
「だったら、なおさら気をつけないと」
こうきは星の雫石を見る。
光はまだ先を指している。
「行こう」
五人は森の奥へ進んだ。
◇
それからしばらくして。
「……あれ?」
こうきが足を止めた。
「どうしたの?」
「誰かいる」
「人?」
ゆきが顔を上げる。
こうきが指差した先。
巨大な木々の間に、小さな開けた場所があった。
そこだけ木々が避けるように広がっている。
そして、その中央には――
パラソル。
「……」
「……」
「……」
五人が立ち尽くす。
パラソルの下では、一人の女性が椅子に座っていた。
長い髪。
黒いローブ。
足元には杖。
そして――
ぐっすり昼寝をしている。
「……何してるんだ?」
みずきが呟く。
「さあ……」
ゆきも困惑する。
こんな巨大な獣がいる惑星の、それも森のど真ん中。
そこで昼寝をしている。
どう考えても普通ではない。
だが、ひろきは違った。
女性を眺めたあと、ぽつりと呟く。
「何だ、あのおばさん」
――パチッ。
女性の目が開いた。
「……誰がおばさんだ?」
「え?」
ひろきの動きが止まる。
女性はゆっくりと立ち上がった。
「今、私のことを何と言った?」
「いや、その……」
「もう一度言ってみろ」
ひろきが一歩下がる。
「おば――」
ドゴォンッ!!
「ぐはぁぁぁっ!?」
ひろきの身体が吹き飛んだ。
地面を二度、三度跳ね、そのまま巨大な木の幹へ叩きつけられる。
「ひろき!」
ゆきが叫ぶ。
「何をした!?」
みずきが刀を抜く。
こうきもネックレスへ手を伸ばした。
サクラの背中には光の羽根が浮かび上がる。
だが――
女性はそんな四人を見て、面倒そうに眉を寄せただけだった。
「うるさいな」
「何なんだよ、お前!」
ひろきがふらつきながら立ち上がる。
「いきなり殴るとか――」
女性の姿が消えた。
「え?」
次の瞬間。
ゴンッ!
「痛ぇ!」
ひろきの頭に拳骨が落ちる。
「口の利き方を直せ」
「なんでだよ!」
ゴンッ!
「痛っ!」
「まだ分からんか」
「分かった! 分かったから!」
ひろきが頭を抱えて逃げる。
女性は満足そうに腕を組んだ。
「最初からそう言えばいい」
「……」
四人は完全に警戒していた。
みずきは刀を構えたまま、一歩も動かない。
ゆきも油断なく構えている。
サクラは羽根を消さず、女性を見つめていた。
こうきだけは、女性の動きを追おうとしていた。
だが――
見えなかった。
ひろきを吹き飛ばした瞬間も。
拳骨を落とした瞬間も。
速い。
それだけではない。
力の使い方そのものが、自分たちとは違う。
「……何者だ?」
こうきが尋ねる。
女性はこうきを見る。
「お前、私に質問する立場か?」
「それでも聞く」
「ふん」
女性は鼻を鳴らした。
「生意気な小僧だ」
そのとき。
女性の視線がサクラへ移った。
「……ん?」
女性の目が細くなる。
「お前」
「私?」
「そうだ」
女性はサクラをじっと見つめる。
「なるほど……」
女性が小さく頷いた。
「そういうことか」
サクラが警戒する。
「何がですか?」
「お前、王女だな」
「……!」
サクラの目が見開かれる。
こうきたちも驚いた。
「どうして分かった?」
こうきが尋ねる。
「分かるものは分かる」
女性はそれ以上説明しない。
そして今度は、こうき、ゆき、みずき、ひろきを順番に見る。
しばらく黙ったあと――
「なるほどな」
「……?」
こうきが眉を寄せる。
女性は小さく笑った。
「だが――」
その笑みが消える。
「弱すぎる」
「……何?」
こうきの声が低くなる。
「お前たちは弱すぎると言った」
ひろきが反発する。
「俺たちはこれでも――」
「黙れ」
女性の一言。
それだけで、ひろきの言葉が止まった。
「宇宙へ出たばかりの小僧が、自分たちの強さを語るな」
「……」
「お前たちが今まで倒してきた相手と、これから出会う連中は違う」
女性は淡々と続ける。
「この宇宙には、お前たちが想像するより遥かに強い奴がいる」
みずきが刀を握り直す。
「あなたは……その一人なのか?」
「さあな」
女性は笑った。
「だが、お前たち程度なら片手で十分だ」
悔しい。
だが、反論できなかった。
ひろきを一撃で吹き飛ばした。
それも、全力には見えなかった。
こうきたちは、初めて明確な力量差を感じていた。
「私はヴァレリア」
女性が名乗る。
「宇宙の賢者と呼ばれている魔女だ」
「宇宙の賢者……」
ゆきが呟く。
「そして――」
ヴァレリアは四人を見た。
「お前たちが面白そうだから、私が師匠をしてやる」
「……は?」
こうきが目を丸くする。
「断る」
即答。
ヴァレリアの眉が上がった。
「ほう」
「怪しい奴に教わることはない」
「小僧が言うじゃないか」
ヴァレリアが笑った。
「なら、選択肢をやる」
「選択肢?」
「今ここで死ぬか――」
ヴァレリアが片手を上げる。
「私の弟子になるかだ」
次の瞬間。
空気が変わった。
森の空気そのものが押し潰されたように重くなる。
「……!」
五人の身体が強張った。
ヴァレリアの手のひらに、小さな炎が生まれる。
それが一瞬で膨れ上がった。
ゴォォォォォッ!!
巨大な炎の球。
木々を照らし、周囲の空気まで熱で揺らす。
五人が見上げても、その全体が視界に収まらない。
「……」
ひろきが固まる。
みずきの額に汗が浮かぶ。
ゆきは息を呑んだ。
こうきでさえ、拳を握ったまま動けない。
サクラが炎を見上げる。
「……勝てない」
小さな声だった。
「私たちじゃ……勝てない」
ヴァレリアが満足そうに笑う。
「ようやく分かったか」
炎がさらに大きくなる。
「これでも、お前たちを殺すには十分すぎる程度の力だ」
「……」
「どうする?」
こうきは歯を食いしばった。
悔しい。
だが――
ここで意地を張る意味はない。
そのとき、ゆきが一歩前へ出た。
「お願いします」
ヴァレリアがゆきを見る。
「私、強くなりたいです」
その瞬間。
ヴァレリアの表情が変わった。
まるで別人のように、優しい笑顔になる。
「……良い子だ」
炎が消えた。
「他の小僧どもは?」
ヴァレリアが三人を見る。
「丸焼きになりたいのか?」
「お願いします!」
こうきが頭を下げる。
「俺も!」
ひろきも慌てて頭を下げる。
「……俺も頼む」
みずきも続いた。
「最初から素直にそう言えばいい」
ヴァレリアは満足そうに頷いた。
こうして五人は――
宇宙の賢者・ヴァレリアの弟子になった。
◇
「それと」
ヴァレリアが言う。
「私のことは、ヴァレリア姉さんと呼べ」
「……姉さん?」
ひろきが首を傾げる。
「そうだ」
「いや、どう見ても――」
ゴンッ!
「痛ぇ!」
「余計なことを言うな」
「……はい」
ひろきが頭を押さえる。
ゆきが小さく笑った。
「ヴァレリア姉さん」
「うむ」
ヴァレリアが満足そうに頷く。
「サクラもだ」
「はい。ヴァレリア姉さん」
「良い子だ」
今度はこうきたちを見る。
「お前たちも」
「ヴァレリア姉さん……」
三人が渋々呼ぶ。
「声が小さい」
「ヴァレリア姉さん!」
「よし」
ヴァレリアは満足そうに笑った。
「では、早速修行を始めるぞ」
◇
ヴァレリアが五人を見渡す。
「最初に覚えてもらうのは、ゼウスの基礎だ」
こうきが尋ねる。
「ゼウスって、どうやって使うんだ?」
「いきなり力を出そうとするな」
ヴァレリアは自分の胸元へ手を当てた。
「まずは、自分の身体の中にある『心』を感じろ」
「心……?」
「そうだ。身体の奥にあるものを探せ」
五人は言われた通り、目を閉じた。
森の音が遠ざかっていく。
風に揺れる葉。
遠くから聞こえる鳥の鳴き声。
巨大な生物が歩く音。
それらを意識の外へ追いやり、自分自身へ集中する。
「……何も感じない」
ひろきが目を開く。
「ゴンッ!」
「痛ぇ!」
「集中しろ」
「はい……」
ひろきは涙目になりながら、もう一度目を閉じる。
こうきも集中する。
何もない。
ただ、自分の鼓動だけが聞こえる。
ドクン。
ドクン。
その鼓動の奥へ意識を向けていく。
すると――
「……あ」
胸の奥。
身体のさらに奥。
何かがある。
力そのものではない。
熱でもない。
だが、確かに自分の中に存在している。
「感じたか?」
ヴァレリアの声が響く。
「……うん」
こうきが小さく答える。
「それがお前の心だ」
ゆきも続いた。
「私も……少し分かります」
「焦るな。感じ取れれば、それでいい」
ヴァレリアが頷く。
「次は、その心を身体へ巡らせる」
こうきが眉を寄せる。
「どうやって?」
「身体の中を流れるように意識するんだ」
胸から腕へ。
腕から手へ。
胸から脚へ。
そして――全身へ。
こうきは自分の中にある感覚を追いかける。
途切れる。
また最初から。
うまくいかない。
それでも繰り返す。
ゆきも。
みずきも。
ひろきも。
サクラも。
何度も繰り返した。
「……サクラも一緒にやっているな」
ヴァレリアがサクラを見る。
「サクラはゼウスを使えるんだろ?」
「はい」
サクラが答える。
「けど、基礎は大事だから。更に磨きをかけるんだ」
「はい」
サクラは素直に頷いた。
こうきたちは再び自分の身体へ意識を集中させる。
やがて――
「……!」
こうきが目を開いた。
身体が軽い。
今までよりも、ほんの少しだけ動きやすい。
足へ力を込める。
地面を蹴る。
ドンッ!
先ほどまでより身体が前へ出た。
「……動きが違う」
こうきが自分の手を見る。
「そうだ」
ヴァレリアが頷く。
「心を感じ取り、その力を身体へ巡らせる。それを心気という」
「心気……」
ゆきが自分の身体を見つめる。
「これが、ゼウスを使うための力なんだ」
「その通りだ」
ヴァレリアが答える。
「ゼウスとは、特別な一つの力の名前ではない」
ヴァレリアは五人を見回した。
「身体能力を高める力も、遠距離から攻撃する力も、防御する力も、それぞれの特殊な力も――すべてゼウスだ」
こうきが頷く。
「じゃあ、心気を使ってゼウスを発動させるんだな」
「そういうことだ」
ヴァレリアは満足そうに笑った。
「まずは身体能力を高めるゼウスを身につけろ」
「身体能力?」
「そうだ」
ヴァレリアが説明する。
「速く動く。強く踏み込む。攻撃に耐える。攻撃を避ける。長く戦う」
拳を握る。
「どんな戦い方をする奴にも必要になる」
みずきが自分の足を見る。
「剣士にも?」
「当然だ」
「なら、剣の振りも速くなる?」
「なる。踏み込みも、回避も、防御も変わる」
みずきは静かに頷いた。
「……分かった」
ひろきは身体を動かしながら、目を輝かせる。
「じゃあ俺、これを極めたい」
「ほう?」
「俺、身体を動かすの得意だからさ」
ひろきは拳を握った。
「身体能力だけ伸ばしても、強くなれる?」
ヴァレリアは少しだけ口元を上げた。
「なれる」
「本当に?」
「身体能力を極め、それだけで三ツ星まで上り詰めた奴もいる」
「三ツ星……」
ひろきの目がさらに輝く。
「じゃあ俺、それ目指す!」
「単純な奴だな」
ヴァレリアが笑う。
「だが、悪くない」
みずきも頷いた。
「俺も身体能力を伸ばす」
「お前は剣を使う。相性はいい」
ゆきも納得したように頷く。
「私にも必要だね」
「遠距離を得意とする者ほど、近づかれたときに何もできないのは致命的だ」
サクラも頷く。
「私も鍛えます」
こうきは四人を見た。
これまで自分たちは、ゼウスをそれぞれの力としてしか考えていなかった。
だが、身体そのものを強くする力がある。
それだけでも、戦い方は大きく変わる。
「じゃあ、これからは身体能力を鍛えながら、それぞれの得意な力も伸ばしていくんだな」
「そうだ」
ヴァレリアが頷く。
「お前たちはまだ何も知らない。だからこそ、今のうちに基礎を叩き込む」
そして――
ヴァレリアは森を指差した。
「まずは、この星で生き残れ」
「……え?」
五人が固まる。
「食料も水も、自分たちで探せ」
ひろきの顔が引きつる。
「ヴァレリア姉さんは?」
「私はここで寝る」
ヴァレリアは当然のようにパラソルの下へ戻っていく。
「いやいやいや!」
ひろきが叫ぶ。
「弟子の修行を見ろよ!」
「修行をするのはお前たちだ」
「放置じゃん!」
ヴァレリアが振り返る。
「何か言ったか?」
「……何も言ってません」
ひろきが小さくなる。
ヴァレリアは満足そうに笑った。
「それでいい」
こうきたちは顔を見合わせる。
こうして――
宇宙の賢者ヴァレリアによる、最初の修行が始まった。




