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願い星ー宇宙を駆ける王位継承レース  作者: ネコ雲


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10/25

実戦



 ヴァレリアの弟子になって三日目の朝。


「起きろ、小僧ども」


「……また朝か」


 こうきが寝床から身体を起こす。隣では、ひろきがまだ布に包まったままだった。


「ひろき、起きろ」


「……あとちょっと……五分」


 その瞬間、ヴァレリアの拳骨がひろきの頭へ落ちた。


「うわっ! 痛ぇ!」


「五分と言ったな」


「言ったけど!」


「なら、五分後に起こしてやったぞ」


「今の一瞬だろ!」


「細かいことを気にするな」


 ヴァレリアは平然と紅茶を飲んでいる。ゆきが小さく笑った。


「ひろき、もう諦めようよ」


「俺、この修行が終わるまでに何回殴られるんだ……」


「自分次第だ」


 みずきが淡々と答える。


「余計なことを言わなければいい」


「それができたら苦労しないんだよ!」


「その通りだ」


 ヴァレリアまで頷いた。


「……味方がいない」


 ひろきは肩を落とした。


 五人が身支度を整える。昨日までとは違い、身体の動かし方には少しずつ変化が出ていた。歩くときも、走るときも、跳ぶときも、ほんのわずかな動作の中で心気を意識するようになっている。


 だが、ヴァレリアはいつもと違う指示を出した。


「今日は走らん」


「え?」


 ひろきが顔を上げる。


「じゃあ何するんだ?」


「昨日、心気を身体へ流す練習をしたな」


「うん」


 こうきが頷く。


「今日は、その先だ」


 ヴァレリアは森の奥へ視線を向けた。


「実戦で使え」


「実戦……」


 みずきの手が刀へ伸びる。


「誰と戦うの?」


「この星にいる奴だ。自分たちで探せ」


「また自分たちで?」


「修行だからな」


 五人は顔を見合わせた。


「……行こう」


 こうきが先頭に立ち、森の奥へ歩き出した。


     ◇


 森の中を進む。昨日まで何度も走った場所だが、今日は目的が違う。ただ身体を動かすのではなく、敵を探さなければならない。


 五人は周囲に注意を払いながら、慎重に歩いていた。


「……静かだな」


 ひろきが小声で呟く。


「昨日はもっと動物の声がしたのに」


「気配を探せ。目だけに頼るな」


 後ろからヴァレリアの声が飛んできた。


 こうきは足を止め、耳を澄ませる。風が木々の葉を揺らす音に、鳥の鳴き声、遠くを流れる川の音。その中に、かすかな物音が混じった。


 ガサッ。


「……右」


 こうきが呟くと、ゆきたちも一斉にそちらを向いた。木々の間、低い位置で草が揺れている。


「来るぞ」


 みずきが刀を抜いた。


 次の瞬間、ドォン! という轟音とともに、巨大な獣が木々を薙ぎ倒しながら飛び出してきた。


「うわっ!」


 ひろきが慌てて飛び退く。


 昨日見た獣より一回り小さい。それでも、五人より遥かに大きかった。四本の脚には鋭い爪があり、口からは鋭い牙が覗いている。獣は低く唸りながら、五人を睨みつけた。


「どうする?」


 ゆきが身構える。


「倒す」


 みずきは迷いなく答えた。


「待て」


 ヴァレリアの声が飛ぶ。


「私が手を出すと思うなよ」


「……分かった。自分たちでやる」


 みずきが頷いた直後、獣が地面を蹴った。


「来る!」


 こうきが叫ぶ。巨体が一気に迫ってきた。速い。


 こうきは足へ心気を流し、横へ跳んだ。獣の爪が、ほんの目の前を通り過ぎる。


「今だ!」


 こうきの声に合わせ、ひろきが地面を蹴った。


「おおおっ!」


 拳へ心気を集め、獣の横腹へ叩き込む。


 ドンッ!


「ぐっ!」


 しかし、獣の身体はほとんど動かなかった。


「硬っ!」


 ひろきが腕を振った、その隙だった。獣の爪が迫る。


「ひろき!」


 ゆきの叫びに反応し、ひろきは咄嗟に腕へ心気を集めた。


 ガキンッ!


 爪を受け止めたものの、衝撃までは防ぎきれない。ひろきの身体は後ろへ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「うわぁっ!」


「ひろき!」


 こうきが駆け寄ろうとしたとき、みずきの声が響いた。


「来るぞ!」


 獣が今度はこうきへ向かって突進してきた。


 こうきは足へ心気を集中させる。避ける。そう思った瞬間、心気が乱れた。


「……!」


 足へ意識を集中させすぎたせいで、身体のほかの部分への意識が薄れている。動きが遅れ、獣の巨体が目の前まで迫った。


「こうき!」


 サクラが飛び出し、こうきの前に立つ。その手に光が集まった。


 ドンッ!


 放たれた光の力が獣を弾き飛ばす。獣は地面を転がり、こうきたちから距離を取った。


「大丈夫?」


「サクラ……助かった」


「良かった」


 サクラが頷く。その様子を、ヴァレリアは黙って見つめていた。


 こうきは拳を握る。


 今、自分は心気を足へ集中させた。そのせいで、ほかの場所への意識が遅れた。だが、サクラは違った。必要な瞬間に必要な力を使い、迷いなく動いている。


「サクラ」


「なに?」


「今の動き、どうやった?」


「どう、と言われても……」


 サクラは少し考えてから答えた。


「いつも通りかな」


「いつも通り……」


「なるほどな」


 ヴァレリアが口を開いた。


「サクラはゼウスを使える。だからこそ、心気をどう使えば自分の力を引き出せるのか、身体で覚えている」


 ヴァレリアはこうきたちへ視線を向けた。


「お前たちは今、それを覚えている途中だ」


「……つまり、俺たちも」


「そうだ」


 ヴァレリアは獣を見据えた。


「もう一度やれ」


「え?」


「今度は心気を一か所に偏らせるな」


「……分かった」


 こうきが立ち上がると、ひろきも身体を起こした。


「俺もやる」


「さっき吹き飛ばされたばかりだろ」


「だからだよ」


 ひろきは拳を握りしめた。


「次は負けない」


 みずきが刀を構え、ゆきも頷く。


「俺も行く」


「私も」


 サクラは少し後ろへ下がった。


「私は援護します」


「頼む」


 こうきが頷く。獣が再び唸り声を上げた。


 こうきは今度、自分から先に飛び出した。


 心気を全身へ薄く巡らせる。足、腰、腕へと意識を向け、必要な場所へすぐに力を移せるようにする。完全に均等ではない。それでも、一か所に偏らせないことを意識した。


 獣の爪が迫る。こうきは右足へ心気を集中させ、身体を横へ滑らせた。爪が背後を通り過ぎる。


「そこだ!」


 みずきが踏み込んだ。身体の動きに合わせて腕から刀へ心気を伝え、一気に斬りつける。


 ザンッ!


 刃が獣の脚を捉えた。


「グオオッ!」


 獣の身体が傾く。その隙を逃さず、ひろきが突っ込んだ。


「うおおおっ!」


 今度は拳だけに力を集めない。足から腰、背中、腕へと全身を連動させ、拳に力を伝える。


「いけぇっ!」


 ドンッ!


 拳が獣の身体へめり込み、巨体が大きく後ろへ飛んだ。


「効いた!」


 ひろきが目を輝かせる。


 だが、獣はまだ倒れない。身体を起こし、怒りに満ちた目で五人を睨んだ。


「まだ来るぞ!」


 こうきが叫ぶ。


 獣は再び地面を蹴り、今度はゆきへ向かって突進した。


「ゆき!」


 こうきが動こうとする。しかし、ゆき自身もすでに動いていた。


 足へ心気を流し、身体を横へ移動させる。獣の突進を避けたゆきは、驚いたように呟いた。


「……できた」


 そのまま手を前へ伸ばし、腕から手、指先へと心気を流す。そして、ゼウスを発動させようとした。


 だが、指先に集まりかけた光が一瞬だけ揺らいだ。


「……!」


 次の瞬間、力が消える。


「まだ……」


「焦るな」


 ヴァレリアの声が響いた。


 ゆきが振り返る。


「ゼウスを出そうとするな」


「え?」


「心気を操れ。ゼウスは、その先だ」


 ゆきは息を呑んだ。


 先にゼウスを出そうとしていた。だが、心気を使いこなしてこそ、ゼウスを思い通りに発動できる。


「……分かった」


 ゆきは一瞬だけ目を閉じ、自分の中へ意識を向けた。


 心。そして、心気。


 それを掴み、腕から手、指先へと流していく。


「今……!」


 ゆきが目を開くと、手の前に小さな光が生まれた。


「できた……!」


 まだ小さい。それでも、今度は消えなかった。


 ゆきは光を獣へ向かって放つ。


 ドンッ!


 光が獣にぶつかり、その動きを止めた。


「今だ!」


 こうきが叫ぶ。


 みずきが走り、ひろきも続く。サクラも力を合わせ、四人の攻撃が重なった。


 最後に、こうきが地面を蹴る。


 心気を全身へ巡らせ、足から腰、腕、そして拳へと力を伝えた。


「これで――!」


 ドンッ!


 拳が獣へ叩き込まれる。巨体は後ろへ吹き飛び、地面を転がった。


 しばらくして、獣は立ち上がった。だが、もう五人へ襲いかかってくることはなかった。低く唸ると、そのまま森の奥へ姿を消していく。


「……逃げた?」


 ひろきが呟く。


「そうみたい」


 ゆきが息を吐き、みずきも刀を収めた。


「勝ったな」


 こうきは自分の拳を見つめた。


「……うん」


 だが、ヴァレリアは笑っていた。


「勝った?」


「え?」


「お前たちは何を勘違いしている」


 五人がヴァレリアを見る。


「今のは、たまたま追い払えただけだ」


 ヴァレリアはこうきを見据えた。


「心気の扱いもまだ雑だ。だが――」


 少しだけ口元を上げる。


「昨日よりは遥かにマシになった」


「本当?」


 ゆきの表情が明るくなる。


「ああ」


 ヴァレリアは頷いた。


「心気を感じるだけだった昨日とは違う。今日は、自分の意思で動かした」


 こうきは拳を握った。


「……少しずつ分かってきた」


「それでいい」


 ヴァレリアは踵を返した。


「戻るぞ」


「もう終わり?」


 ひろきが尋ねる。


「昼飯だ」


「やった!」


「ただし――」


 ヴァレリアが振り返った。


「食料は自分たちで探せ」


「やっぱりかよ!」


 ひろきの叫び声が森へ響いた。


     ◇


 昼過ぎ。


 五人は簡単な食事を終え、再び修行をしていた。今度は戦闘ではない。ヴァレリアは木の枝を一本ずつ地面へ並べると、五人に指示を出した。


「この枝を折らずに持ち上げろ」


「次は何?」


 ゆきが尋ねる。


「手で?」


 ひろきが枝を見ながら聞いた。


「心気でだ」


「またそれか……」


 ひろきは枝を見つめる。


「昨日より簡単そう」


「ならやってみろ」


 ひろきが心気を流すと、枝が少し浮いた。


「おおっ!」


 しかし、その瞬間――。


 バキッ!


 枝が折れた。


「……なんで!?」


「力を入れすぎだ」


「加減したつもりなんだけど!」


「つもりでは駄目だ」


 ヴァレリアは別の枝を置いた。


「心気を使いこなすというのは、自分の力を正確に扱うことだ」


 こうきは枝を見つめた。


 昨日は石。今日は枝。戦闘では自分の身体。対象が変わっても、やることは同じだ。必要な力だけを使う。強ければいいというわけではない。


「……なるほど」


 こうきは枝へ手を伸ばし、心気を細くする。枝を包むように意識を向け、ゆっくりと力を加えていった。


 やがて、枝が地面から浮かび上がる。


「できた」


「よし」


 ヴァレリアが頷いた。


 ゆきも挑戦し、みずきも続く。一方、ひろきは何度も枝を折っていた。


「なんで俺だけ折れるんだよ!」


「力加減を覚えろ」


「分かってるよ!」


 その横では、サクラが静かに枝を浮かせていた。動きには無駄がない。


 こうきは、その様子を見つめた。


 サクラはすでにゼウスを使える。だからこそ、心気の扱いも自然なのだろう。自分たちとの差は、まだ大きい。


 でも――。


「いつか、追いつく」


 こうきが呟く。


「何か言った?」


 ゆきが聞いた。


「いや」


 こうきは笑った。


「なんでもない」


 夕方、五人は再び地面へ座っていた。身体は疲れている。それでも、昨日までとは違う感覚があった。


 心気が少しだけ、自分たちの意思に応えてくれる。


 まだ自由自在ではない。ゼウスも思い通りには発動できない。だが、そこへ至るために必要なものは、少しずつ見えてきていた。


「明日も修行だ」


 ヴァレリアが言う。


「もちろん」


 こうきが答えた。


「俺、もっと上手く使えるようになりたい」


「私も」


 ゆきが頷く。


「俺もだ」


 みずきも続いた。


「俺はもっと強くする!」


 ひろきが拳を握る。


 サクラも微笑んだ。


「私も、もっと磨きたいです」


 ヴァレリアは五人を見渡し、頷いた。


「よし。なら、明日からさらに厳しくする」


「……え?」


 ひろきの顔が引きつる。


「今より?」


「ああ」


 ひろきは空を見上げた。


「帰りたい」


「宇宙船はあるぞ」


「そういう意味じゃない!」


 森に、五人の笑い声が響いた。


     ◇


 惑星グリーンガルドでの修行は、まだ始まったばかりだ。


 心気を感じ、身体へ巡らせ、必要な場所へ必要な量だけ操る。それができて初めて、ゼウスを思い通りに発動できる。


 五人はまだ、その境地には届いていない。


 それでも、昨日より今日、今日より明日。少しずつ、確実に前へ進んでいた。

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