心気を繋げる
ヴァレリアの弟子になって四日目の朝。
「起きろ、小僧ども」
「……もう朝か」
こうきが寝床から身体を起こすと、隣ではひろきが布にくるまったまま微動だにしない。
「ひろき、起きろ」
「……あと五分」
「昨日も同じこと言ってたよな」
「昨日は昨日、今日は今日だ……」
ひろきが眠そうに答えた、その瞬間。
「起きろ」
「うわっ!」
ヴァレリアの拳骨が頭へ落ちた。
「痛ぇ!」
「起きたな」
「起きたけど! 五分待つって言ったじゃん!」
「待つ必要がないほど早く起こしてやった」
「それ、五分の意味ないだろ!」
「細かいことを気にするな」
ヴァレリアは何事もなかったかのように紅茶を口へ運ぶ。
ゆきが小さく笑い、みずきは呆れたようにひろきを見た。
「ひろき、そろそろ学習した方がいい」
「俺だって学習してるよ!」
「何を?」
「ヴァレリア姉さんに逆らうと殴られること!」
「それだけか」
「十分だろ!」
そんなやり取りをしながら、五人は身支度を整えた。
この惑星へ来て四日。
最初は歩くだけでも警戒していた森の中を、今では自分たちの足で進めるようになっている。巨大な獣や危険な植物にも注意を払い、昨日までに覚えた道や水場も少しずつ頭へ入ってきた。
そして何より、身体の感覚が変わっている。
走れば足へ心気を流し、踏み込む瞬間には腰へ力を伝える。攻撃するときには腕へ、受けるときには身体の必要な場所へ――以前なら意識することすらなかった動きを、今では少しずつ自分たちで考えられるようになっていた。
「今日は何するの?」
ゆきが尋ねる。
「昨日までやったことを全部やる」
「全部?」
「ああ」
ヴァレリアは立ち上がり、森の奥を指差した。
「走る。戦う。心気を操る。そして最後に、心気を切らさずに全部繋げる」
こうきが眉を上げる。
「繋げる?」
「昨日までは、一つの動作を成功させることに集中していたな」
「うん」
「今日は違う。走っている途中で攻撃し、攻撃した直後に防御する。防御したら、そのまま次の動きへ移れ」
ヴァレリアが五人を見渡す。
「一つ一つの動作に集中していては、実戦では間に合わん」
「なるほど……」
こうきは頷いた。
確かに、昨日の戦いでも心気を一か所へ集中した瞬間、他の場所への意識が遅れていた。
「つまり、動きながら心気を操るってことか」
「そうだ」
ヴァレリアが笑う。
「今日の修行は、それを身体に覚えさせる」
◇
森の中を、五人が走っていた。
こうきが先頭を進み、ゆき、みずき、ひろき、サクラが続く。その後ろをヴァレリアが歩いているが、いつものように距離はまったく開かない。
「まずは走るだけ!」
こうきが声を上げる。
「昨日と同じように、心気を全身へ薄く巡らせろ!」
足へ集中しすぎれば上半身が遅れる。腕だけに意識を向ければ足元がおろそかになる。だからこそ、五人は身体全体へ薄く心気を巡らせながら走っていた。
「こうき!」
ゆきが叫ぶ。
「前!」
その声に反応して、こうきが顔を上げる。
目の前には倒木が横たわっていた。
こうきは足へ心気を集め、勢いを殺さずに跳び越える。着地した瞬間には再び全身へ心気を巡らせ、そのまま走り続けた。
「今のはいい」
ヴァレリアが後ろから声を飛ばす。
「動きを止めなかったな」
「昨日より上手くなってる!」
こうきが振り返る。
「前を見ろ」
「はい!」
その瞬間、横から巨大な枝が飛び出してきた。
「うわっ!」
こうきが身体を捻って避ける。
枝が肩をかすめた。
「危なっ!」
「周囲を見ながら動け」
「分かってる!」
こうきは走りながら周囲へ意識を広げる。
その感覚を掴んだ瞬間、後ろからひろきの声が響いた。
「俺も負けないぞ!」
ひろきが一気に加速する。
足へ心気を集中させ、こうきとの距離を詰めていく。
「速い!」
ゆきが驚く。
「昨日より明らかに速くなってる」
「当然だろ!」
ひろきが笑う。
「俺は力があるんだからな!」
だが、勢いを出しすぎた。
「うおっ!」
目の前の木を避けきれず、ひろきは慌てて身体を横へ投げ出した。
ドゴンッ!
「痛ぇ!」
肩から木へぶつかり、そのまま地面へ転がる。
ヴァレリアが足を止めた。
「力を出すだけでは意味がない」
「……はい」
ひろきが頭を押さえながら立ち上がる。
「分かってるけど、難しいんだよ」
「だから練習している」
「ですよね……」
こうきが苦笑する。
「ひろき、まずは止まれるようになろう」
「分かってるって!」
◇
しばらく走ったあと、ヴァレリアは五人を森の開けた場所へ集めた。
「次は戦闘だ」
五人の表情が引き締まる。
「昨日と同じ獣を探す」
「またあいつか?」
ひろきが尋ねる。
「同じとは限らん」
ヴァレリアは森の奥へ視線を向けた。
「だが、この辺りには複数の獣がいる。気配を探せ」
五人は周囲へ意識を広げる。
昨日よりも、森の音がはっきり聞こえた。
風。
鳥の鳴き声。
木々の擦れる音。
そして――
ガサッ。
「右だ」
こうきが呟く。
次の瞬間、茂みから一頭の獣が飛び出した。
「来た!」
みずきが刀を抜く。
獣が地面を蹴った。
こうきは足へ心気を集め、横へ跳ぶ。爪が目の前を通り過ぎ、そのまま身体を回転させて着地した。
「みずき!」
「分かってる!」
みずきが踏み込む。
刀へ心気を流し、獣の前脚を狙って斬りつける。
ザンッ!
獣が身体を傾けた。
その隙にひろきが飛び込む。
「今度こそ!」
足から腰、背中、腕へ心気を繋げ、一気に拳へ伝える。
「おおおっ!」
ドンッ!
拳が獣の横腹へめり込み、巨体が横へ吹き飛ぶ。
「やった!」
ひろきが喜ぶ。
だが、獣はすぐに立ち上がった。
「まだだ!」
こうきが叫ぶ。
獣が反転し、今度はひろきへ突っ込んでくる。
「ひろき、避けろ!」
「分かってる!」
ひろきは足へ心気を集める。
身体を横へ移動させ、突進をかわした。
その直後――
「次!」
こうきが踏み込む。
獣の背後へ回り込み、腕へ心気を流す。
拳を振り抜く。
だが、獣が振り返った。
ガキンッ!
爪と拳がぶつかった。
「ぐっ!」
こうきの身体が押し戻される。
その瞬間、みずきが横から斬り込んだ。
「こうき、下がれ!」
こうきは即座に後ろへ跳ぶ。
みずきの刀が獣の肩を捉えた。
獣が怯む。
ゆきが手を前へ伸ばす。
「今なら……!」
心気を腕へ集め、さらに手の先へ送る。
小さな光が生まれる。
「いけっ!」
光が獣へ飛び、身体を押し返した。
「サクラ!」
「はい!」
サクラが前へ出る。
彼女は心気を迷いなく操り、光を獣へ叩き込む。
ドンッ!
獣が大きく後退した。
「今だ!」
こうきが叫ぶ。
五人が一斉に動いた。
こうきが前へ出る。
みずきが横へ回る。
ひろきが正面から迫り、ゆきが後ろから援護する。
サクラは全員の動きを見ながら、必要な場所へ力を送っていく。
これまでなら、それぞれの動作が終わるたびに心気を整えていた。
だが、今日は違う。
走る。
攻撃する。
避ける。
また攻撃する。
動きを止めず、そのたびに心気を身体の中で移動させる。
「まだいける!」
こうきが獣の爪をかわし、地面を蹴る。
右足へ集中していた心気を腰へ移し、そのまま腕へ繋げる。
「はあっ!」
拳を叩き込む。
獣がよろめいた。
「そこ!」
みずきが斬り込む。
獣が身体を捻って避ける。
「逃がすか!」
ひろきが追いかける。
足へ心気を流し、加速。
だが、今度は勢いを抑えながら止まる。
「よし!」
ひろきが拳を振り抜いた。
ドンッ!
獣が大きく後ろへ吹き飛ぶ。
「できた!」
「今のはいいぞ」
ヴァレリアが初めて明確に褒めた。
ひろきが目を輝かせる。
「本当か!?」
「ああ。昨日なら勢いを止められず、木へ突っ込んでいただろう」
「それ、褒めてるのか?」
「十分褒めている」
「微妙だな……」
ひろきが苦笑する。
その間にも獣は起き上がろうとしていた。
「まだ終わってないよ」
ゆきが構える。
「うん」
こうきも構え直した。
五人は再び獣へ向かって走り出した。
◇
戦いが終わったあと、五人は地面へ座り込んでいた。
「疲れた……」
ひろきが大の字になる。
「昨日より疲れるな」
「当然だ」
ヴァレリアが答える。
「昨日は心気を操ることだけを意識していた。今日は身体を動かしながら操った」
「確かに……」
こうきが自分の腕を見る。
「戦ってる最中、前より心気が途切れにくかった」
「少しは身についてきたようだな」
ヴァレリアが頷く。
「だが、まだ無駄が多い」
「やっぱり?」
「特にひろき」
「俺!?」
「出しすぎた力を上手く使えるようになれば、更に強くなれる」
「使えるように頑張る」
「こうきは考えすぎる。ゆきは力を使う前に迷うことがある。みずきは攻撃へ意識が偏る」
ヴァレリアは最後にサクラを見る。
「サクラは問題ない」
「ありがとうございます」
サクラが頭を下げる。
「ただし――」
「はい?」
「お前はすでにゼウスを使える分、次の段階へ進める」
サクラの表情が引き締まった。
「私も、もっと上手くなりたいです」
「なら、他の四人と一緒に基礎を磨け」
「はい」
こうきはその会話を聞きながら、拳を握った。
サクラは自分たちより先を進んでいる。
それでも、追いつけないわけではない。
今日、自分たちは昨日できなかったことをいくつもできるようになった。
「……少しずつだな」
こうきが呟く。
「何が?」
ゆきが聞く。
「昨日できなかったことが、今日はできた」
こうきは笑った。
「だから明日は、今日できなかったことができるようになる」
「うん」
ゆきも笑う。
「そうだね」
◇
夕方。
五人はいつもの場所へ戻っていた。
ヴァレリアはパラソルの下で紅茶を飲みながら、五人の修行を眺めている。
「今日はここまでだ」
「終わった!」
ひろきがその場へ倒れ込む。
「疲れた……」
「まだ夕食を探していないぞ」
「……」
ひろきがゆっくり身体を起こす。
「それ、修行に入るの?」
「生きるための修行だ」
「分かったよ……」
五人は笑いながら立ち上がった。
こうきは歩きながら、自分の身体へ意識を向ける。
心気はまだ小さい。
自由自在に操れるわけでもない。
それでも、確実に変わってきている。
感じるだけだった力が、身体を巡るようになり、必要な場所へ移せるようになった。
そして今日、その力を動きの中で繋げることができた。
「明日も頑張ろう」
こうきが言う。
「うん」
ゆきが頷く。
「俺もだ」
みずきが続く。
「俺はもっと強くなる!」
ひろきが拳を突き上げる。
サクラも笑った。
「私も負けません」
五人の声が森へ響く。
惑星グリーンガルドでの修行は、まだ始まったばかり。
心気を感じ、身体へ巡らせ、必要な場所へ流す。
そして、動きの中で繋げていく。
ゼウスを思い通りに使うための道は、まだ遠い。
それでも――
五人は確実に、前へ進んでいた。




