グランガル戦
朝。
ヴァレリアに連れられ、五人はグリーンガルドのさらに奥へ進んでいた。
これまで何度も歩いた森だったが、今日の道は明らかに違う。
木々はさらに巨大になり、頭上を覆う葉の隙間から差し込む光も少ない。
足元には太い根が複雑に絡み合い、少し先へ進むだけでも身体を大きく動かさなければならなかった。
「今日はずいぶん奥まで来たな」
こうきが周囲を見回す。
「当然だ」
先を歩くヴァレリアが振り返る。
「お前たちは四日間、心気を身体へ巡らせながら動くことを覚えた」
「うん」
ゆきが頷く。
「少しずつだけど、前より身体が動かしやすくなってきた気がする」
「それなら今日は、その成果を試す」
ヴァレリアが立ち止まった。
「ここから先には、今まで戦ってきた魔物とは比べものにならない奴がいる」
ひろきが拳を握る。
「強い奴か?」
「ああ」
ヴァレリアは森の奥へ視線を向けた。
「しかも、かなり強い」
みずきが腰の竹刀へ手を添える。
「どのくらい?」
「それは自分たちで確かめろ」
ヴァレリアが歩き出す。
「私は細かい指示を出さん。お前たち自身で考えて戦うんだ」
「了解」
こうきが頷いた。
「今まで覚えたことを全部使う」
「そういうことだ」
森の奥へ進む。
しばらくすると――
ズン……。
地面が小さく揺れた。
「……?」
五人が足を止める。
もう一度。
ズン……。
今度ははっきりと地面が震えた。
木々の葉が揺れる。
鳥たちが一斉に飛び立った。
「何か来る」
みずきが低く呟く。
ひろきが周囲を見回す。
「足音……?」
ズン……。
ズン……。
音が近づいてくる。
森の木々が、一本、また一本と大きく揺れた。
そして――
バキバキバキッ!!
巨大な樹木がなぎ倒され、その向こうから姿を現した。
「……!」
五人は息を呑んだ。
あまりにも巨大だった。
四本の脚だけで、五人の身長を遥かに超えている。
頭には二本の巨大な角。
身体を覆う甲殻は、岩石のように硬い。
一歩踏み出すだけで地面が沈み、その巨体が動くたびに周囲の木々が震えていた。
「でか……」
ひろきが思わず後ずさる。
ゆきも目を見開く。
「こんなの、今まで見たことない……」
ヴァレリアは巨大な獣を見上げ、静かに口を開いた。
「……あれはグランガルだ」
「グランガル……」
こうきがその名を繰り返す。
ヴァレリアは五人を見る。
「私なら秒殺だ」
「秒殺……」
ひろきの顔が引きつる。
ヴァレリアは平然と続けた。
「だが、お前たちなら苦戦するだろう」
そして――
「死ぬ気で戦うんだな」
五人の表情が変わった。
「……分かった」
こうきが拳を握る。
「やるぞ!」
「うん!」
ゆきも構える。
「行くよ!」
みずきが竹刀を握り直す。
「望むところだ」
ひろきも身体を低くする。
「絶対に負けねえ!」
サクラも四人の横へ並んだ。
「みんな、無理はしすぎないで」
グランガルが低く唸る。
次の瞬間――
ドンッ!!
巨大な身体が動いた。
「来る!」
こうきが叫ぶ。
五人が一斉に散開した。
グランガルの前脚が振り下ろされる。
ズドォン!!
地面が大きく陥没した。
「うわっ!」
ひろきが横へ飛ぶ。
こうきは倒れた木を蹴って跳び上がり、そのままグランガルの身体へ近づく。
「ここだ!」
拳を振り抜く。
ドンッ!
しかし――
ガキィン!
「硬っ!」
拳が甲殻へ弾かれた。
こうきの腕が痺れる。
「普通に殴ったんじゃ効かない!」
「なら、動きながら狙う!」
サクラが叫ぶ。
「心気を切らさないで!」
五人は走り続ける。
四日間の修行で身につけた心気。
身体の内側を巡らせながら、足を止めない。
木々の間を抜け、グランガルの攻撃をかわす。
巨大な脚が地面を踏み砕く。
その衝撃で土が跳ね上がる。
「右!」
ゆきの声。
こうきが横へ飛ぶ。
直後、巨大な角が目の前を通り過ぎた。
「危なっ!」
こうきは地面へ着地すると、そのまま走り出す。
「ゆき!」
「分かってる!」
ゆきもグランガルの正面を避けながら走る。
みずきは側面へ回り込んだ。
「ここなら!」
竹刀を振り抜く。
ガンッ!
甲殻を叩いた衝撃が腕へ返ってくる。
「……これでも駄目か」
「だったら脚を狙え!」
こうきが叫ぶ。
「了解!」
ひろきがグランガルの後ろへ回り込む。
地面を蹴る。
「これならどうだ!」
強烈な蹴りを叩き込む。
ドンッ!
だが、グランガルの身体はほとんど揺れなかった。
「マジかよ……!」
グランガルが振り返る。
巨大な尾が横薙ぎに振り抜かれた。
「ひろき!」
ゆきが叫ぶ。
「うおっ!」
ひろきは咄嗟に身体を伏せる。
尾が頭上を通過した。
そのまま地面へ叩きつけられる。
ドゴォン!!
土煙が舞い上がる。
「ひろき!」
こうきが駆け寄ろうとする。
「来るな!」
ひろきが立ち上がった。
「俺は大丈夫だ!」
だが、息が荒い。
それでも心気を身体へ巡らせ、再びグランガルへ向かう。
「まだやれる!」
「なら行くよ!」
ゆきが続く。
五人は再び動き出した。
攻撃。
回避。
移動。
また攻撃。
同じ場所に留まらず、常に身体を動かしながら戦う。
心気を身体へ巡らせる。
以前なら、攻撃の瞬間に集中が途切れていた。
だが今は違う。
走りながらでも。
避けながらでも。
攻撃しながらでも。
心気を身体の中へ流し続けられる。
「できてる……!」
ゆきが驚く。
「戦いながらでも、心気を切らさない!」
ヴァレリアは少し離れた場所から五人を見ていた。
「そうだ」
小さく呟く。
「それでいい」
しかし――
グランガルも黙って攻撃を受け続けているわけではない。
大きく身体をひねる。
「……!」
こうきが気づいた。
「来るぞ!」
グランガルの四本の脚が、一斉に地面を踏み鳴らした。
ドゴォン!!
強烈な衝撃が大地を走る。
「うわっ!」
五人の身体が浮いた。
続けてグランガルの尾が振り抜かれる。
「避け――」
間に合わない。
ドゴォン!!
こうき、ゆき、みずき、ひろき、サクラ。
五人がまとめて吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
こうきの身体が地面を転がる。
「痛っ……!」
ゆきも倒れた木へ叩きつけられる。
みずきは受け身を取ったものの、腕を押さえている。
ひろきは地面へ膝をついた。
サクラも息を切らしながら立ち上がる。
「みんな、大丈夫?」
「……まだいける」
こうきが立ち上がる。
身体へ心気を巡らせる。
確かに、今までより身体は強くなっている。
だが――
それでも痛みは消えない。
心気を使っていても、ダメージを完全に防げるわけではなかった。
「これが……グランガル」
みずきが呟く。
巨大な獣は、まだほとんど傷ついていない。
「だったら、もっと動く!」
こうきが走り出した。
「こうき!」
ゆきたちも続く。
再び戦いが始まる。
何度も攻撃する。
何度もかわす。
しかし、グランガルの甲殻にはほとんど傷がつかない。
そして――
少しずつ。
五人の動きが鈍くなっていった。
「はぁ……はぁ……」
ひろきが肩で息をする。
心気を巡らせる。
だが、身体の中を流れる力が少なくなっているのを感じる。
「まだ……」
こうきも拳を握る。
だが、足が重い。
ゆきも膝へ手をついた。
「もう……あまり残ってない」
みずきも竹刀を支えにして立っている。
サクラも息を整えようとしていた。
それでもグランガルは止まらない。
巨大な脚が振り下ろされる。
五人は最後の力を振り絞って避けた。
しかし――
心気も。
体力も。
限界だった。
五人はそれ以上、攻撃を続けることができなくなった。
グランガルが低く唸る。
その巨体は、まだ倒れていない。
「……ここまでか」
こうきが悔しそうに呟く。
そのとき――
「そこまでだ」
ヴァレリアの声が響いた。
グランガルが動きを止める。
ヴァレリアが一歩前へ出た。
ただ、それだけだった。
グランガルがヴァレリアを見る。
しばらく睨み合ったあと――
グランガルは低く唸り、ゆっくりと森の奥へ戻っていった。
「……行っちゃった」
ひろきが呟く。
「ヴァレリアが怖かったんじゃない?」
ゆきが苦笑する。
「失礼なことを言うな」
ヴァレリアの指が、ゆきの額を弾いた。
ペチンッ!
「イタッ!!」
デコピンを受けたゆきは額を押さえて涙目だ。
「それより、自分たちの身体を見ろ」
五人が互いを見る。
服は泥だらけ。
腕や脚には傷。
打撲も多い。
立っているだけでも辛い。
「……結構やられたな」
こうきが苦笑する。
「心気を身体へ巡らせていたのに」
「当然だ」
ヴァレリアが答える。
「心気を使ったからといって、どんな攻撃でも無傷で受けられるわけではない」
ヴァレリアが手をかざす。
「今のお前たちは、まだ心気の総量が少ないからな」
淡い光が五人を包み込んだ。
「これは……?」
サクラが目を見開く。
「治癒のゼウスだ」
ヴァレリアの心気が、五人の身体へ流れ込んでいく。
傷ついた細胞が活性化し、身体が本来持っている回復力が一気に高まっていく。
裂けた傷が少しずつ塞がる。
腫れていた場所の痛みも引いていく。
重かった身体が、少しずつ軽くなっていった。
「すごい……」
ゆきが自分の腕を見る。
さっきまであった傷が、ほとんど消えている。
「傷を治すだけじゃない」
ヴァレリアが言う。
「失った体力も戻している」
「そんなことまでできるのか……」
こうきが驚く。
「治癒のゼウスは、心気を身体へ送り込み、細胞を活性化させる。自然治癒の力を一時的に大きく高めるんだ」
五人は自分たちの身体を確認する。
さっきまでの疲労が嘘のように消えていた。
「じゃあ、今日の戦いで俺たちがあそこまでダメージを受けたのは……」
こうきが尋ねる。
「心気の総量が少ないからだ」
ヴァレリアが答える。
「どれだけ上手く心気を身体へ巡らせても、元々持っている量が少なければ限界は早い」
「つまり……」
みずきが考える。
「心気の量が多いほど、ゼウスも強くなる?」
「その通りだ」
ヴァレリアが頷く。
「ゼウスの強さは、心気の総量に比例する」
こうきは拳を握った。
「じゃあ、心気を増やすにはどうすればいい?」
「基本の修行を続けること」
ヴァレリアが答える。
「そして、今日のように限界まで心気を使うことも一つの方法だ」
「なるほど」
こうきが頷く。
「それと――」
ヴァレリアが少し間を置く。
「才能だ」
「才能かぁ……」
ゆきが少し不安そうな顔をする。
「私、才能あるのかな……」
「俺も気になるな」
ひろきも腕を組む。
みずきも黙って考え込む。
サクラまで少し表情を曇らせた。
そんな五人を見て、ヴァレリアが笑う。
「そんな顔をする必要はない」
「え?」
「お前たちは、まだその心配をする段階じゃない」
ヴァレリアは五人を順番に見る。
「まだ若いんだ。これからいくらでも強くなれる」
そして、堂々と言い切った。
「お前たちは、伸び代しかないんだからな」
五人の表情が少し明るくなる。
「……そうか」
こうきが笑う。
「なら、これからだな」
「うん!」
ゆきも頷く。
「私も頑張る」
「俺もだ!」
ひろきが拳を握る。
「ヴァレリア姉さんよりは俺たちの方が若いしな」
次の瞬間。
ゴンッ!
「痛ぇ!」
ヴァレリアの拳が、ひろきの頭へ落ちた。
「余計なことを言うな」
「事実じゃん!」
「口答えするな」
「理不尽だ!」
こうきたちは思わず笑った。
ヴァレリアも小さく息を吐く。
「さて――」
ヴァレリアが五人を見る。
「今日の戦いで、お前たちは心気を戦いの中で扱えるようになった」
五人が顔を上げる。
「だから、次へ進む」
ヴァレリアが告げた。
「明日からは、各々のゼウスの習得だ」
「……!」
こうきたちの表情が変わる。
これまで身体を鍛え、心気を感じ、身体へ巡らせてきた。
そして今日。
限界まで戦ったことで、自分たちに足りないものも分かった。
次はいよいよ――
自分自身のゼウスを身につける。
「楽しみだな」
こうきが笑う。
「どんな力になるんだろう」
「それは、自分で見つけるんだ」
ヴァレリアが背を向ける。
「帰るぞ」
「はい!」
五人はヴァレリアの後を追った。
森の奥には、巨大な足跡だけが残されている。
その大きさを見れば、今日戦った相手がどれほど強かったのかが分かる。
そして五人は知った。
自分たちは、まだまだ強くなれる。
そのための修行は――
ここからが本番だった。




