五人の成長
グランガルとの戦いから一夜明けた朝。
「……身体が重い」
こうきが肩を回す。全身に残った痛みが、昨日の激戦が夢ではなかったことを思い知らせてくる。
「私も少し痛い」
ゆきが腕を伸ばす。
「昨日はかなり動いたからね」
みずきも身体をほぐしながら頷いた。
「ひろきは?」
「……腹減った」
地面に座り込んだひろきが答える。
「痛いとかじゃないの?」
ゆきが呆れる。
「痛いけど、それより腹減った」
「そこは変わらないんだね」
サクラが小さく笑う。
その様子を、パラソルの下からヴァレリアが眺めていた。
「騒ぐ元気があるなら問題ないな」
「ヴァレリア姉さん、昨日あれだけやったのに元気すぎない?」
ひろきが不満そうに言う。
「私は見ていただけだからな」
「それが一番ずるい!」
「なら、次は私と戦うか?」
「……遠慮します」
ひろきが即座に視線を逸らす。
こうきたちは思わず笑った。
「さて」
ヴァレリアが紅茶を置く。
「今日はゼウスについて教える」
その一言で、空気が変わった。
こうきたちが一斉にヴァレリアを見る。
「ついにゼウスか」
こうきが拳を握る。
「ああ」
ヴァレリアは立ち上がった。
「昨日まで、お前たちは心気を感じ、身体へ巡らせ、必要な場所へ移す練習をしてきた。だが、心気だけでは限界がある」
ヴァレリアが自分の手へ視線を落とす。
「心気を使って、自分の力そのものを引き出す。それがゼウスだ」
四人が真剣に耳を傾ける。
「ただし、ゼウスの発現方法は人によって違う」
「違う?」
ゆきが首を傾げる。
「何も意識せず、自然に発現する者もいる。逆に、自分に合ったゼウスを直感的に理解する者もいる」
ヴァレリアの視線が、ひろきへ向いた。
「お前のようにな」
「俺?」
ひろきが自分を指差す。
「じゃあ~、俺は身体能力を上げるゼウスが合ってるってことか?」
「ああ」
ヴァレリアが頷く。
「自分のことは、自分が一番分かっているということだ」
「なるほどなぁ」
ひろきは自分の両手を眺めた。
「じゃあ、俺はこれでいけばいいんだな」
「方向性はな」
ヴァレリアが付け加える。
「だが、分かったからといって、すぐに使えるわけではない。自分の心気と向き合い、その力を引き出す必要がある」
「よし!」
ひろきが拳を握る。
「やってみようぜ!」
「焦るな」
ヴァレリアが苦笑する。
「まずは自分の中に何があるのかを探せ」
こうきはその言葉を聞きながら、自分の胸元へ手を当てた。
「自分の中にある力……」
何が自分に合っているのか。
そう考えたとき、指先に触れたものがあった。
胸元のネックレス。
これまでずっと身につけてきたものだ。
「……これ」
こうきがネックレスを外す。
「どうした?」
ヴァレリアが尋ねる。
「いや……これを自由自在に扱えたら、面白いなって」
こうきはネックレスを手のひらへ乗せた。
ただの金属に見える。
けれど、こうきにとってはずっと身近にあったものだった。
「なら、試してみろ」
こうきは頷いた。
右手を握り、昨日までに覚えた感覚を思い出す。
身体の中心にある心気を意識し、そこから右腕へ流していく。
肩を通り、肘を抜け、手首へ。
そして指先へ。
集めた心気を、今度はネックレスへ流し込む。
「……」
何も起こらない。
「もっと……」
心気を送り続ける。
すると、手のひらの上でネックレスが小さく震えた。
「……!」
こうきの目が見開かれる。
細い金属の一部が、ほんのわずかに形を変えていた。
「今、動いたよね?」
ゆきが近づく。
「ああ」
こうきはネックレスを見つめた。
「俺が動かした……?」
もう一度、心気を流す。
ネックレスが震える。
だが、思った通りには動かない。形を変えようとしても、途中で歪んでしまう。
「くっ……!」
力を込める。
それでも、わずかに揺れるだけだった。
「心気を流すだけじゃ駄目なのか?」
こうきが呟く。
ヴァレリアは何も言わず、その様子を見ている。
こうきは一度、ゆっくり息を吐いた。
何が足りない?
心気の量か。
それとも、流し方か。
ネックレスを見つめながら、こうきは考える。
そして、ふと気づいた。
自分は心気を送ることばかり考えている。
でも――どう動かしたいのかは、はっきり考えていなかった。
「……形を思い浮かべればいいのか」
こうきは目を閉じた。
頭の中に、ネックレスの姿を思い描く。
細い金属が伸びる。
形が変わる。
自分の意思に合わせて動く。
ただ力を送り込むのではなく、その形そのものをイメージする。
「……こうだ」
右手から心気を送り込む。
ネックレスが震えた。
今度は、先ほどよりもはっきりと形が変わった。
「……できた」
こうきが目を開く。
変化はほんのわずかだった。
それでも、さっきまでとは明らかに違う。
「イメージ……」
こうきがネックレスを見つめる。
「心気を送るだけじゃなくて、どうしたいのかをイメージするんだ」
ヴァレリアが頷く。
「その通りだ」
「じゃあ、もっと強くイメージすれば……」
「簡単ではないぞ」
ヴァレリアが笑う。
「心気が足りなければ形は変えられない。イメージが曖昧なら、力も安定しない。心気とイメージ、その両方が必要だ」
「なるほど」
こうきはネックレスを握った。
「だったら、練習するしかないな」
その目には、明らかな好奇心が宿っている。
「面白そうだ」
「こうきらしいね」
ゆきが笑う。
その声を聞きながら、ゆきも自分の手を見つめた。
「私も……やってみよう」
ゆきは少し離れた場所へ移動する。
両手を前へ出し、心気を集めた。
「……」
しかし、何も起こらない。
心気を外へ出そうとしても、手のひらから漏れて消えていくだけだった。
「難しい……」
ゆきが手を下ろす。
「何を出したい?」
こうきが尋ねる。
「分からない」
ゆきは首を横に振った。
「私には、何が合ってるのか……」
ヴァレリアは口を挟まなかった。
ゆき自身が答えを見つけるのを待っている。
ゆきは目を閉じた。
自分に合う力。
自分が使いたい力。
何かないだろうか。
そのとき、一つの記憶が蘇った。
アステラで襲われたとき。
男が自分へ向かってきた。
怖かった。
身体が動かなかった。
逃げることもできなかった。
その瞬間――
自分の目の前に現れた、氷の盾。
「……氷」
ゆきが呟く。
こうきが振り返った。
「氷?」
「前に出たことがあった」
ゆきは両手を見つめる。
「あのとき、私を守ってくれた」
あの冷たさ。
目の前を塞いだ白い盾。
自分を守るように現れた氷。
あれが自分の力なら――。
「やってみよう」
ゆきはもう一度、心気を集めた。
今度は身体の中へ留めない。
腕を通し、手の先へ流す。
そして、そのまま外へ放つ。
「……氷」
頭の中に、はっきりと思い描く。
白く輝く氷。
冷たい空気。
自分を守る壁。
「お願い……!」
心気が手のひらから広がった。
次の瞬間――
ヒュウッ。
「……?」
周囲の空気が変わった。
森を吹いていた風が、急に冷たくなる。
こうきが腕をさする。
「寒っ……」
ひろきも身震いした。
「何だこれ……」
ゆきの足元に、白い霜が広がっていく。
草の表面が凍りつき、木の葉に薄い氷が張っていく。
「……すごい」
みずきが目を見開く。
ゆきは自分の手を見つめた。
手のひらから白い冷気が立ち上っている。
「私が……?」
その瞬間。
パキッ。
ゆきの目の前で、小さな氷の欠片が生まれた。
空中で揺れながら少しずつ形を変え、それはゆっくりとゆきの手のひらへ落ちる。
ゆきは両手で受け止めた。
「氷……」
小さな氷を見つめる。
まだ小さい。
これだけでは、戦えるほどの力にはならない。
それでも――
初めて、自分の意思で生み出した力だった。
ゆきの表情が、少しずつ明るくなる。
「私の名前にも、ぴったりだと思う」
嬉しそうに笑った。
「確かにな」
こうきも笑う。
「ゆきにぴったりだ」
サクラも微笑む。
「きれいだね」
ゆきは小さな氷を眺めた。
「これが……私のゼウス」
その言葉に、ヴァレリアが頷く。
「そうだ」
ゆきが顔を上げる。
「私にも、ゼウスがあったんですね」
「そうだ」
ヴァレリアが答える。
「お前が見つけたんだ」
ゆきは小さく笑った。
その隣では、こうきが再びネックレスへ心気を送っている。
今度は先ほどよりも明確に、形を変えようとしていた。
まだ思い通りにはならない。
それでも、こうきは何度も試す。
右手へ心気を集め、ネックレスへ送り込む。
そして頭の中で、変化する形を思い描く。
少しずつ。
本当に少しずつだが、ネックレスはこうきの意思に応えるように形を変えていった。
「こうき」
ゆきが声をかける。
「ん?」
「一緒に頑張ろう」
こうきは振り返った。
「もちろん」
二人はそれぞれ、自分の手に生まれた力を見る。
まだ小さい。
まだ不安定だ。
それでも、昨日まで知らなかった自分自身の力が、今は確かにここにある。
ヴァレリアは二人を見つめながら、静かに笑った。
「今日は十分だ」
「え?」
こうきが振り返る。
「ゼウスを見つけることができた。それだけでも大きな一歩だ」
ヴァレリアは森の奥へ視線を向ける。
「明日は、見つけた力を使える形にしていく」
「つまり、もっと練習するってこと?」
ゆきが尋ねる。
「そうだ」
こうきが笑う。
「じゃあ、明日もやろう」
「うん」
ゆきも頷く。
小さな氷を握りしめる。
その手の中で、氷が淡く光った。
こうきのネックレスも、彼の心気に反応するように微かに揺れる。
まだ始まったばかりだ。
だが――
二人は確かに、自分自身の力へ手を伸ばした。
そしてこの日、こうきとゆきは初めて、自分だけのゼウスを見つけた。
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