それぞれのゼウス
ヴァレリアのもとで修行を続ける五人は、森の中にある開けた場所で、それぞれのゼウスと向き合っていた。
少し離れた場所では、こうきが自分のネックレスを見つめている。
右手に心気を集め、それをネックレスへ送り込む。
すると、胸元の形がわずかに変化した。
「……やっぱり、変わる」
こうきが目を輝かせる。
何度も試しながら、どうすれば自分の思い描いた形へ変えられるのかを探っている。
その隣では、ゆきも静かに両手を前へ伸ばしていた。
心気を身体の外へ流し、頭の中に一つのイメージを描く。
――氷。
周囲の空気が少しずつ冷えていく。
「……できそう」
ゆきが小さく呟いた。
二人が自分のゼウスへ近づいていく姿を、みずきとひろきは少し離れた場所から見ていた。
「すげえな」
ひろきが呟く。
「二人とも、自分のゼウスが見えてきてる」
「俺たちも負けていられないな」
みずきが刀へ目を向ける。
こうきとゆきが試行錯誤している姿を見ているうちに、みずきの中にも一つの感覚が蘇ってきた。
グランガルとの戦い。
あの巨大な獣へ立ち向かったとき、自分は無意識に刀へ心気を纏わせていた。
あのときは、ただ攻撃力を高めようとしただけだった。
だが――
「……俺のゼウスは」
みずきが刀を抜く。
刃を見つめながら、ゆっくりと考える。
「刀を使ったものなんじゃないか?」
「何か思いついた?」
ゆきが振り返る。
「ああ」
みずきは刀を握り直した。
「グランガルと戦ったとき、刀に心気を纏わせただろ」
「うん」
「そのとき思ったんだ。心気を流すことで、刀そのものの切れ味をもっと鋭くできるんじゃないかって」
みずきはヴァレリアを見る。
「ヴァレリア姉さん。そういうことはできるのか?」
ヴァレリアはみずきの刀へ視線を向けた。
「できる」
即答だった。
「剣や刀に心気を流し込み、切れ味を高めて戦うのは珍しいことではない」
「やっぱりか」
「ただし、それはゼウスを使う者にとって基本的な技術の一つだ」
ヴァレリアが腕を組む。
「まずは、その段階を目指してみろ」
「分かった」
みずきは刀を構えた。
刃へ心気を流す。
淡い光が刀身を包んだ。
「……」
まだ弱い。
グランガルと戦ったときより、ほんの少し強い程度だ。
それでも、みずきの目には迷いがなかった。
「もっと鋭くする」
刀を握る手へ、さらに力が入る。
「俺のゼウスを見つける」
そんなみずきを見て、ひろきも自分の手を見つめた。
「……俺は」
自分に合っているゼウスが何なのかは、もう分かっている。
身体能力を高める力。
それが自分に合っていることも、ヴァレリアから教えられている。
だが――
「どうすればいいんだ?」
ひろきは腕を組んだ。
心気をどう流すのか。
どこまで強くすればいいのか。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
「……うーん」
唸りながら頭を抱えるひろき。
その姿を見たヴァレリアが近づいてきた。
「何を悩んでいる?」
「いや、俺に合ってるゼウスは分かってるんだけどさ」
ひろきが頭を掻く。
「そこからどうすればいいのかが分からない」
「ふむ」
ヴァレリアはひろきを見つめる。
そして――
ピンッ!
「痛っ!」
突然、額へデコピンを食らわせた。
「何すんだよ!」
「悩みすぎだ」
「だって分からないんだから仕方ないだろ!」
「なら、難しく考えるな」
ヴァレリアはひろきの額を指差す。
「お前は、自分がどうすれば楽しいのか考えてみろ」
「楽しい……?」
「そうだ」
ひろきは黙り込んだ。
楽しいこと。
自分が夢中になれること。
考えているうちに、頭の中へ一つの姿が浮かんだ。
昔、夢中になって読んでいた漫画。
そこで主人公が見せていた戦い。
複雑な武器も使わない。
派手な技を次々に放つわけでもない。
ただ拳を握り、蹴り、身体一つで敵へ立ち向かう。
それなのに――
格好いい。
子供の頃、その姿に憧れていた。
「……そうだ」
ひろきの顔に、少しずつ笑みが浮かんでいく。
「俺、ああいう戦い方がしたかったんだ」
「どういう戦い方だ?」
ヴァレリアが尋ねる。
ひろきは拳を握った。
「肉弾戦」
そして、まっすぐヴァレリアを見る。
「肉弾戦で最強になりたい」
ヴァレリアの口元がわずかに上がった。
「なるほどな」
「できるか?」
「できるかどうかではない」
ヴァレリアはひろきの胸を指で軽く叩いた。
「それを目指すなら、誰よりも身体の中で心気を操れるようになれ」
「身体の中で?」
「身体能力を高めるゼウスは、心気を全身へ巡らせることが基本になる」
ヴァレリアは続ける。
「足を速くするなら脚へ。力を出すなら腕へ。踏み込むなら脚から腰、背中、腕へ」
「……なるほど」
「だが、一つ注意しておけ」
ヴァレリアの表情が真剣になる。
「心気の総量が増えれば、身体能力を強化するゼウスも強くなる」
「それなら、いっぱい心気を増やせばいいんだろ?」
「そう簡単な話ではない」
「え?」
「身体能力だけが強くなっても、身体そのものの強度がついてこなければどうなると思う?」
ひろきが考える。
「……どうなるんだ?」
「簡単な話だ」
ヴァレリアが淡々と言った。
「身体が壊れる」
「……!」
ひろきの顔が固まる。
みずきも刀を握ったまま、ヴァレリアへ視線を向けた。
「じゃあ、どうすればいい?」
ひろきが尋ねる。
「それも簡単な話だ」
ヴァレリアは笑う。
「身体の強度を強化すればいい」
「身体の強度を……」
「そうだ。身体能力を武器に戦う者なら、そこまで鍛える必要がある」
ヴァレリアは拳を握った。
「実際にやるのは簡単ではないがな」
ひろきは少し黙った。
そして――
ニヤリと笑う。
「面白いじゃん」
目の奥に、強い闘志が宿った。
「やってやるよ」
ヴァレリアも、ほんの少しだけ口元を緩める。
「身体能力を武器に戦う者たちは、皆そこまで辿り着いている」
「じゃあ俺も、そこまで行けばいいんだな」
「そういうことだ」
「頑張るぞ!」
ひろきが拳を突き上げる。
みずきも刀へ視線を戻した。
「俺も負けていられないな」
「二人とも、やる気になったみたいだね」
ゆきが笑う。
少し離れた場所では、こうきがネックレスを手にしたまま、何度も形を変えようとしている。
その隣では、ゆきが氷のイメージを繰り返している。
四人とも、進む方向は違う。
けれど――
目指しているものは同じだった。
自分自身に合ったゼウスを見つけること。
そして、それを自分の力として使いこなすこと。
ヴァレリアは四人を見渡した。
「よし」
静かに告げる。
「方向性は見えてきたな」
五人がヴァレリアを見る。
「明日からは、それぞれのゼウスを身につけるための修行を始めるぞ」
「はい!」
ゆきが答える。
「分かった」
みずきも頷く。
「任せろ!」
ひろきが拳を握る。
こうきはネックレスを胸元へ戻し、サクラも静かに頷いた。
五人それぞれのゼウス。
その力を手にするための修行が――
ここから始まる。




