言葉
通路をいくつも曲がる。
地下街の中心から離れるにつれて、人の姿は少なくなっていった。
「……まだ追ってくる」
ゆきが振り返る。
遠くから、複数の足音が響いていた。
「急ごう」
サクラに促され、二人はさらに足を速める。
臭い玉をぶつけられてから、ずっと追われ続けている。
「本当に最悪……」
ゆきが自分の服をつまんだ。
「これ、いつまで残るの?」
「分からない」
サクラが苦笑する。
「でも、今は逃げることを考えよう」
「分かってる」
ゆきは鼻を押さえながら頷いた。
「……絶対に許さない」
二人は次の角を曲がった。
その先から――
三人の男女が歩いてくる。
一人は長い髪の女性。
その隣には、大柄な男。
もう一人は、少し小柄な少年だった。
「……人がいる」
ゆきが足を緩める。
サクラも前方へ視線を向けた。
しかし、その直後――
「いたぞ!」
背後から盗賊の声が響いた。
「逃がすな!」
ゆきとサクラが振り返る。
通路の向こうから、盗賊たちが走ってくる。
その姿を見た盗賊たちは、前から来る三人にも気づいた。
「……!」
一瞬、足が止まる。
盗賊たちは警戒するように、三人を見た。
セリアも足を止めた。
目の前には、追われている二人。
その後ろには、二人を追ってきた盗賊たち。
そして――
「……何か臭いな」
セリアが呟いた。
ゆきの顔が固まる。
セリアは二人と盗賊たちを見比べた。
追われていること。
盗賊たちが何かを投げたような跡が、二人の服に残っていること。
そこから漂う強烈な臭い。
状況を察したセリアが、盗賊たちへ目を向ける。
「なるほど」
そして、二人へ声をかけた。
「女の子をこんなに臭くするなんて、可哀想じゃないか」
「……やっぱり」
ゆきが俯く。
「私たち、臭いんだ……」
サクラもわずかに肩を落とした。
「いや、そういう意味じゃなくて!」
セリアが慌てて手を振る。
「この人たちに何かされたんだろうなって……」
大柄な男が呆れたように口を挟んだ。
「今のはセリアが悪い」
「うっ……」
セリアが目を丸くする。
「……ごめん」
「やっぱり臭いんだ……」
ゆきがさらに落ち込む。
「だから違うって!」
セリアが困ったように笑う。
少年が小さくため息をついた。
「セリア、説明するほどややこしくなってる」
「そうかな?」
「そうだよ」
セリアが首を傾げる。
サクラは思わず苦笑した。
その間にも、盗賊たちが距離を詰めてくる。
「どけ!」
一人が怒鳴った。
「俺たちは、その二人に用がある!」
セリアは盗賊たちを見た。
「そういうこと」
そして、二人へ振り返る。
「追われてるんだね?」
「はい」
サクラが頷く。
「だったら――」
セリアが一歩前へ出た。
「ここは一緒に戦おう」
ゆきが驚く。
「いいんですか?」
「もちろん」
セリアが笑った。
「人数は多い方がいいからね」
ゆきが頷く。
「お願いします」
サクラも背中から光の羽根を浮かせる。
「私も戦います」
「うん」
セリアが頷いた。
「じゃあ、いこう」
盗賊たちが一斉に駆け出した。
先頭の男がセリアへ拳を振り上げる。
セリアは拳の軌道を見極め、身体をわずかに横へずらした。
拳が頬をかすめる。
「止まれ」
短い言葉に心気を乗せる。
男の身体が、ぴたりと止まった。
「……!」
動けるのは、ほんの数秒。
だが、それだけあれば十分だった。
「今!」
ゆきが男の足元へ狙いを定める。
心気を一点へ集め、空気中の水分を固めるイメージを浮かべた。
パキンッ!
男の足元が一瞬で凍りつく。
「うわっ!」
足を取られ、男が体勢を崩す。
その横を、別の盗賊が駆け抜けた。
「こっちは任せて!」
サクラが羽根を放つ。
真っ直ぐ飛んだ羽根が、男の目前で軌道を変えた。
右へ。
さらに背後へ。
「何だ、こいつ!」
男が振り返る。
羽根はその動きを追うように回り込み、逃げ道を塞いだ。
男が横へ飛ぶ。
その先へ、羽根が先回りする。
「くそっ!」
男が腕で羽根を払おうとした。
その瞬間――
「お座り」
セリアの声が響いた。
男の身体が、ストンとその場へ腰を落とす。
「……本当に座った」
ゆきが目を丸くする。
「うん」
セリアは何でもないように頷いた。
「今のうちだよ」
「分かった!」
ゆきが再び狙いを定める。
男の足元へ心気を集中させる。
パキンッ!
氷が地面を覆い、両足を固定した。
「これで動けない!」
ゆきが笑う。
サクラも羽根を引き戻す。
「いいね」
セリアが二人を見る。
「二人とも、息が合ってる」
「貴女の命令があるからです」
サクラが答える。
「でも、私の命令は長く続かないからね」
セリアは次の盗賊へ視線を向けた。
「二人がすぐ動いてくれると助かるよ」
その瞬間、別の盗賊が突っ込んでくる。
「危ない!」
ゆきが叫んだ。
セリアが横へ跳ぶ。
拳が頬のすぐ横を通り過ぎた。
「止まれ!」
セリアが言葉を放つ。
男の身体が、一瞬だけ止まった。
しかし――
「……っ!」
すぐに動き始める。
「もう効いてない!」
ゆきが驚く。
「強い相手には、すぐ消されるんだ」
セリアが距離を取る。
「でも、一瞬あればいい」
男が再び踏み込んだ。
その前へ、サクラの羽根が飛び込む。
「こっち!」
羽根が男の腕へ迫る。
男が避ける。
だが、その動きによって足元が空いた。
「そこ!」
ゆきが狙いを定める。
パキンッ!
男の片足が凍りついた。
「うわっ!」
身体が傾く。
そこへセリアが踏み込む。
「お座り」
男の身体が、その場へ腰を落とした。
セリアは少し嬉しそうに笑う。
「今度はちゃんと座った」
「そこ喜ぶんだ……」
ゆきが苦笑する。
サクラも思わず笑った。
だが――
男はすぐに立ち上がろうとした。
「まだ動ける!」
セリアが驚く。
言霊の効果が切れた。
男が腕を振る。
サクラの羽根が割って入り、その拳の軌道を逸らした。
「今!」
ゆきがもう一度狙う。
今度は足だけではない。
男が踏み込もうとする場所へ、狙いを定める。
パキンッ!
床の一部が凍りついた。
「くっ!」
足が滑る。
男の身体が崩れた。
セリアがその隙を逃さない。
「止まれ」
今度は短く、鋭く。
男の動きが一瞬止まる。
サクラの羽根が背後へ回り、逃げ道を塞ぐ。
ゆきが氷を足元へ重ねる。
男は完全に動きを封じられた。
「よし!」
ゆきが拳を握る。
セリアが二人を見る。
「上手いね」
「隙を作ってくれたおかげです」
サクラが笑う。
「私一人だと、長くは止めておけないからね」
セリアは肩をすくめる。
「だから、二人が合わせてくれると助かるよ」
ゆきも頷いた。
「分かった」
◇
少し離れた場所では、大柄な男と少年が残った盗賊たちを相手にしていた。
「こっちは俺たちがやる」
大柄な男が前へ出る。
「逃がすなよ、ノア」
「分かってる」
少年――ノアが頷いた。
大柄な男――ガルドが腕を構える。
盗賊が殴りかかってきた。
ガルドは腕で受け止め、そのまま相手を押し返す。
「はあっ!」
ドンッ!
拳が腹へ入り、盗賊が後方へ吹き飛んだ。
「ガルド、やりすぎないでよ」
セリアが声をかける。
「分かってる」
ガルドが答えた。
「お前は人の心配より、自分の命令を心配しろ」
「何で?」
セリアが首を傾げる。
ノアが苦笑する。
「相変わらずだな」
「そう?」
セリアは不思議そうな顔をした。
その間にも、最後の盗賊が逃げようとした。
「待って!」
ゆきが追おうとする。
だが、サクラが腕を掴んだ。
「待って」
「え?」
「この先に何があるか分からないよ」
サクラが逃げていく盗賊を見る。
「追うより、ここで止めた方がいい」
「……うん」
ゆきが足を止める。
盗賊はそのまま地下街の奥へ逃げていった。
セリアが二人のところへ戻ってくる。
「二人とも、大丈夫?」
「はい」
サクラが頷く。
「ゆきも?」
「うん」
ゆきは頷いた。
そして――
「……でも」
ゆきが自分の服を見る。
「やっぱり臭い」
サクラも自分の服へ視線を落とした。
「消臭玉があればいいのに」
「消臭玉?」
セリアが首を傾げた。
「……あ」
何かを思い出したように、セリアが荷物を探る。
「そういえば、持ってた」
取り出したのは、小さな丸い玉だった。
「これ」
サクラが受け取る。
「消臭玉……」
「使ってみて」
二人が消臭玉を使う。
すると――
「……あ」
ゆきが自分の服の匂いを確かめる。
「臭くない」
「本当?」
サクラも確認する。
「うん。もう大丈夫」
「よかった……」
ゆきがほっと息を吐く。
「ありがとうございます」
サクラが頭を下げる。
「どういたしまして」
セリアは嬉しそうに笑った。
「持っててよかった」
「助かったよ」
ゆきも笑う。
セリアは満足そうに頷いた。
その横で、ガルドとノアが顔を見合わせた。
「……そこなんだよな」
「何が?」
セリアが首を傾げる。
「いや、何でもない」
二人が同時に答えた。
セリアは不思議そうな顔をした。
ゆきとサクラは顔を見合わせる。
「……この人、天然なんだね」
「うん」
二人は小さく笑った。




