卒業試験
夜。
惑星グリーンガルドの森。
いつもの野営地では、ヴァレリアと五人が焚き火を囲んでいた。
鍋の中では、先日の夜にヴァレリアが捕まえてきた獣肉の残りが煮込まれている。
肉と一緒に、森で見つけた香草も入っていた。
「……」
「……」
「……」
五人は黙々と肉を食べていた。
「……美味しくない」
ゆきがぽつりと呟く。
「言うな」
こうきが苦笑する。
「でも、食べられるだけマシだろ」
「それはそうだけど……」
ひろきも鍋を覗き込む。
「香草、入れすぎじゃないか?」
「文句があるなら食べなくていいぞ」
ヴァレリアが淡々と言う。
「食べます!」
ひろきは即答した。
そんなやり取りをしながら、六人は食事を続ける。
しばらくして――
「そういえば」
サクラが口を開いた。
「一つ気になっていたことがあります」
ヴァレリアが顔を上げる。
「何だ?」
「ヴァレリア姉さんが持っていた星の雫石です」
五人の視線がヴァレリアへ集まった。
「私たちの星の雫石は、あの石に反応しませんでしたよね」
「ああ」
「どうしてですか?」
ヴァレリアは、何でもないことのように答えた。
「探知されないように、ゼウスで結界を張っていたからだ」
「結界……?」
ゆきが首を傾げる。
「星の雫石は、近くにある別の星の雫石を探知する」
ヴァレリアが説明する。
「ならば、その反応を遮ればいい」
「そんなこともできるんだ……」
こうきが感心する。
「この方法を使えば、お前たちのような素人から星の雫石を奪うことも簡単だ」
五人の表情が微妙に曇った。
言っていることは間違っていない。
だが――
ヴァレリアなら、本当にやりそうなのが少し怖い。
そんな五人を見て、ヴァレリアが鼻を鳴らした。
「そんな顔をするな。今日は奪わん」
「今日は?」
ひろきが反応する。
ヴァレリアの目が細くなった。
「何か言ったか?」
「何も!」
ひろきが慌てて首を振り、こうきたちは苦笑した。
やがて食事が終わるとヴァレリアは立ち上がり、五人を見る。
「明日は、お前たちの成長を見せてもらう」
五人の表情が引き締まった。
明日は――卒業試験。
ここまでの修行で身につけたものを、ヴァレリアに見せる日だ。
「しっかり休んでおけ」
ヴァレリアはそう言うと、いつものパラソルの下へ戻っていった。
◇
翌朝。
森の開けた場所。
こうき、ゆき、みずき、ひろき、サクラの五人は、ヴァレリアと向かい合っていた。
いつもの修行とは違う。
五人は、それぞれ拳を握り、表情を引き締めている。
「昨日も言った通り、今日は卒業試験だ」
ヴァレリアが五人を見渡す。
「私が合格と認めた場合、お前たちに星の雫石を渡す」
ヴァレリアが懐から星の雫石を取り出す。
「不合格なら、お前たちが今持っている星の雫石をもらう」
五人の表情が引き締まる。
不公平だと言いたくなるが誰も口にはしなかった。
レースでは、弱い者から星の雫石を奪われる。
その現実を、五人はすでに知っている。
「そして、今日の私は身体能力強化のゼウスしか使わない」
こうきたちが顔を見合わせる。
ヴァレリアは炎や風、雷を使うゼウスを得意としている。
修行中にも、五人はその圧倒的な力を何度も見てきた。
それを使わず、身体能力だけで戦う。
「それでも十分ってことか」
みずきが呟く。
「そういうことだ」
ヴァレリアが笑った。
「さあ、始めるぞ」
五人とヴァレリアが、それぞれ距離を取る。
ヴァレリアは両手を下ろした。
「好きなタイミングでかかってこい」
「行くぞ!」
こうきが声を上げる。
サクラとゆきが後方へ下がる。
こうき、みずき、ひろきが前へ出た。
「私たちは援護する」
ゆきが構える。
「分かった」
こうきが頷いた。
三人が一斉に駆け出す。
ヴァレリアの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「来い」
こうきはネックレスへ心気を流し剣へと形を変える。
そのまま踏み込み、ヴァレリアへ斬りかかる。
同時に、みずきも竹刀へ心気を纏わせた。
ひろきは身体全体へ心気を巡らせ、一気に距離を詰める。
「おおおっ!」
三人の攻撃が同時に迫る。
ヴァレリアは身体を沈めた。
「遅い」
次の瞬間。
ドゴォンッ!!
振り抜かれた足が、こうきとみずきをまとめて蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
「うわっ!」
二人の身体が地面を転がる。
「こうき! みずき!」
ひろきが振り返る。
その一瞬。
ヴァレリアが目の前に現れた。
「よそ見をするな」
「……!」
ドゴォンッ!!
「ぐおおおっ!?」
拳骨。
ひろきの身体が地面へ叩きつけられた。
「痛ぇぇぇ!」
「そんなところで倒れていたら、戦いにならんぞ」
ヴァレリアがひろきの腕を掴む。
「立て」
「え?」
次の瞬間。
ドンッ!!
「うわああああっ!」
ひろきの身体が、スタート地点まで吹き飛ばされた。
「ひろき!?」
ゆきとサクラが目を見開く。
だが、ひろきはすぐに立ち上がった。
「まだまだ!」
こうきも立ち上がる。
みずきも竹刀を握り直した。
「行くぞ!」
三人が再びヴァレリアへ向かう。
サクラが羽を放つ。
ゆきも氷を生み出す。
しかし――
「えっ!?」
サクラの羽が、ひろきの背中へ直撃した。
「ぐあっ!」
ひろきの身体が前へ押し出され、ヴァレリアに蹴り飛ばされた。
その直後。
「こうき!」
「え?」
氷の塊が、こうきの後頭部へ直撃した。
「痛っ!」
こうきが頭を押さえてしゃがみ込む。
「ご、ごめん!」
ゆきが慌てる。
「大丈夫!」
こうきが立ち上がろうとした、その瞬間――
目の前にヴァレリアがいた。
「隙だらけだな」
ドンッ!
「うわっ!」
こうきが蹴り飛ばされる。
同時に、みずきが踏み込み竹刀が振り下ろされる。
ヴァレリアは竹刀を片手で受け止めた。
「なっ……」
そのまま腕を引く。
「軽い」
みずきの身体が宙を舞った。
「うわっ!」
地面へ叩きつけられる。
ヴァレリアは三人を見渡した。
「お前たち」
声に呆れが混じる。
「チームワークという言葉を知っているか?」
「……」
「仲間に攻撃を当ててどうする」
ひろきが立ち上がる。
「でも、どうすれば……」
「それを考えるのも戦いだ」
ヴァレリアの口元が少し上がる。
「それとも、私を笑わせるために戦っているのか?」
「……くそっ!」
こうきが歯を食いしばる。
何をしても通じない。
それでも――
「行くぞ!」
三人は再びヴァレリアへ向かっていった。
拳。
蹴り。
竹刀。
何度挑んでも、簡単に止められる。
攻撃を仕掛けるたびに、三人の身体が地面を転がった。
サクラとゆきは、後ろから攻撃することすらためらっていた。
「……どうしよう」
ゆきが拳を握る。
「三人に当てちゃう」
「私たちが撃てば、また仲間に当たる」
サクラも羽を構えたまま動けない。
その様子を見ながら、ヴァレリアは三人の攻撃を軽くいなし続ける。
そして時折、後ろにいる二人へ視線を向けた。
◇
何度目かの攻撃が終わった。
こうきたちは肩で息をしている。
身体中が痛い。
それでも、まだ立っていた。
ヴァレリアがこうきを見る。
「こうき」
「……何?」
「お前は、なぜ剣を使っている?」
「……」
「ひろきやみずきと比べても、お前は明らかに剣に向いていない」
こうきの表情が固まった。
図星だった。
ヴァレリアは次に、サクラとゆきを見る。
「そして、お前たち」
「私たち?」
ゆきが顔を上げる。
「なぜゼウスをコントロールしようとしない?」
「コントロール……」
「ただ放つだけでは、狙った相手に当てることすら難しい」
二人の表情が変わる。
修行中に見た、ヴァレリアのゼウス。
どれも、ただ放っているだけではなかった。
全てがヴァレリアの意思で操られていた。
「……」
サクラが羽を見つめる。
ゆきも氷を見つめる。
「飛ばした後も、己の意識を繋げろ」
ヴァレリアが言った。
二人は静かに頷く。
そして――
こうきも自分のネックレスを見る。
自分のゼウスは、形を変えられる。
剣だけじゃない。
もっと自由に。
もっと、自分が思った形に。
こうきが呟いた。
「俺のゼウスは、形を変えられる」
こうきは目を閉じた。
ネックレスへ心気を流す。
心気が形を作っていく。
長く。
細く。
そして――
「……鳥」
こうきの前に、一羽の鳥が現れた。
翼。
胴体。
尾。
鋭い嘴。
羽一枚一枚まで意識する。
そして、鳥へ流した心気を感じ取る。
自分の意識と繋げる。
「……いける」
鳥が、わずかに動いた。
◇
「はああっ!」
ひろきが拳を振るう。
ヴァレリアは身体を横へずらす。
「遅い」
「まだ!」
ひろきが蹴りを繰り出す。
ヴァレリアはそれも軽く受け流す。
みずきも竹刀を振るう。
しかし、こちらも届かない。
「二人とも、もう少しだけ!」
ゆきが声をかける。
「分かった!」
ひろきが答える。
「任せろ!」
みずきも踏み込む。
ヴァレリアは二人の攻撃を軽く受け流しながら、ちらりと後ろを見る。
こうき。
ゆき。
サクラ。
三人は、それぞれ自分のゼウスへ集中している。
ヴァレリアの口元に、小さな笑みが浮かんだ。
「……楽しみだな」
誰にも聞こえないほどの小さな声だった。
そして――
「できた」
ゆきが呟いた。
手のひらに、小さな氷の礫が浮かぶ。
「行け!」
氷が飛ぶ。
以前より速くなっている。
だが、まだヴァレリアなら手で掴める程度だ。
それでもヴァレリアは――
あえて横へ跳んだ。
「……?」
氷がヴァレリアの横を通り過ぎる。
その直後。
氷が、軌道を変えた。
「……!」
ヴァレリアが目を細める。
氷が後ろから追いかけてくる。
同時に――
反対側からサクラの羽が迫った。
ヴァレリアの口元が緩む。
「合格だ」
小さく呟く。
ヴァレリアが身体を捻った。
氷を叩き落とす。
続けて、サクラの羽も弾き飛ばす。
だが、その瞬間だった。
「いけえええっ!」
こうきの声。
上空から、一羽の鳥が急降下してくる。
「……!」
ヴァレリアが見上げる。
鳥は一直線に迫ってきた。
鋭い翼が閃く。
ヴァレリアは素手で鳥を掴んだ。
「ほう……」
だが――
指先に、小さな傷がついた。
血が一筋流れる。
「……」
こうきが目を見開く。
「当たった……!」
その一瞬。
ヴァレリアの意識が、ほんの僅かに鳥へ向いた。
「今だ!」
みずきが踏み込む。
「おおおっ!」
ひろきも同時に飛び込んだ。
ドンッ!
ガキンッ!
二人の攻撃が、ヴァレリアへ入った。
こうきたちが息を呑む。
ヴァレリアは一歩も動いていない。
身体にも傷はない。
だが、ヴァレリアはゆっくりとひろきを睨んだ。
「……小僧」
「え?」
「女性の顔へ容赦なく拳を入れるとは」
ヴァレリアの拳が握られる。
「いい度胸だな」
「いや、試験だから――」
ヴァレリアがひろきの腕を掴む。
「言い訳は後で聞いてやる」
「え?」
次の瞬間。
ドンッ!!
「うわああああっ!」
ひろきが後方へ投げ飛ばされた。
みずきは、その間に後ろへ下がる。
ひろきもすぐに立ち上がった。
五人が再び並ぶ。
それぞれが構える。
ヴァレリアは五人を見渡した。
心気の扱いは、まだまだ荒い。
ゼウスの威力も低い。
それでも――
最初に会った時とは違う。
自分の力を考え、試し、失敗し、それでも前へ進んでいる。
それぞれが、自分のゼウスを少しずつ掴み始めている。
ヴァレリアは小さく笑った。
「……悪くない」
そして――
「合格だ」
そう告げようとした、その瞬間だった。
ヴァレリアの後方。
茂みが――
ガサガサ。
「……?」
全員の視線がそちらへ向く。
茂みが大きく揺れた。
そして――
カサカサカサカサッ。
黒い生物が姿を現した。
三十センチを超える。
一匹ではない。
二匹。
三匹。
十匹。
さらに、その後ろからも次々と現れる。
「……」
五人の顔が引きつる。
二十匹ほどの黒い生物が、茂みから一斉に這い出してきた。
「いやああああああああっ!!」
ゆきの悲鳴が森に響いた。
その瞬間――
ドンッ!!
ゆきの身体から、とてつもないゼウスが放たれた。
バキバキバキッ!!
地面が一瞬で凍りつく。
黒い生物たちも氷に包まれ――
パキンッ!
次々と氷の塊へ変わった。
「……」
森が静まり返る。
ゆきは膝をつき、肩で息をしている。
「……大丈夫?」
サクラが駆け寄る。
「う、うん……」
ゆきが震える手で胸を押さえる。
ヴァレリアは、そんなゆきを見つめていた。
そして――
嬉しそうに笑った。
「……よくやった」
ヴァレリアは五人のもとへ歩いていく。
「合格だ」
懐から星の雫石を取り出す。
五人の目が、その石へ集まった。
ヴァレリアはサクラへ向かって星の雫石を投げる。
「……え?」
サクラが慌てて受け取った。
五人は、ぽかんとする。
「ヴァレリア姉さん……」
サクラが星の雫石を見る。
「これをもらうと、ヴァレリア姉さんはレースをどうするんですか?」
「私か?」
ヴァレリアは不思議そうに首を傾げた。
「私はレースなんぞ出ていないぞ」
「……え?」
「ええ!?」
「出てないの!?」
「じゃあ、何で星の雫石を持ってたんだ!?」
五人の声が重なる。
ヴァレリアは五人を見て、楽しそうに笑った。
「たまたま拾っただけだ」
五人は顔を見合わせた。
疑問は残った。
だが――
今は、それ以上に嬉しかった。
ヴァレリアに認めてもらえた。
それだけで十分だった。
こうきは手の中の星の雫石を見つめる。
グリーンガルドへ来たばかりの頃は、ただ森を歩くだけでも精一杯だった。
巨大な獣を前にすれば、戦うことすらできなかった。
それが今は――
自分の心気を感じられる。
自分のゼウスを使える。
まだ未熟だ。
それでも、確かに前へ進んでいる。
「ヴァレリア姉さん」
こうきが顔を上げる。
「ありがとう」
ヴァレリアは一瞬だけ目を細めた。
「礼を言うのは、まだ早い」
「え?」
「これから先の方が、よほど厳しいからな」
ヴァレリアは背を向ける。
「グリーンガルドで覚えたことを忘れるな」
五人は顔を見合わせる。
そして――
「はい!」
五人の声が重なった。
森の中に、その声が響き渡った。




