グランガルとの決着
グランガルとの戦いは、まだ続いていた。
五人には、まだ戦う余力が残っている。
だが、確実に疲労は蓄積していた。
荒い呼吸。
重くなっていく身体。
それでも、誰一人として足を止めない。
「……くそっ」
こうきがグランガルの甲羅を睨む。
何度攻撃しても、傷一つつかない。
ネックレスを変形させた剣。
みずきの竹刀。
ひろきの拳。
ゆきの氷。
サクラの拳。
どれもグランガルの甲羅には通じなかった。
「このままじゃ……何をやっても無駄だ」
こうきは拳を握る。
悔しい。
だが、焦ってはいけない。
「……こういう時こそ、冷静に考えろ」
自分へ言い聞かせるように呟く。
「力で駄目なら、別の方法を探すんだ」
こうきはグランガルの身体を観察した。
巨大な四本の脚。
長い尻尾。
そして、身体を覆う岩石のような甲羅。
あれさえ何とかできれば――。
こうきは攻撃を避けながら考え続ける。
「どうすれば……」
グランガルの爪が振り下ろされる。
こうきは横へ飛んでかわした。
だが、その直後。
グランガルの尻尾が大きく振り上げられる。
「……!」
こうきの視線が甲羅へ向いた。
次の瞬間――
ブォンッ!!
巨大な尻尾が横薙ぎに迫る。
「こうき!」
「こうき、危ない!」
仲間たちの声が響いた。
「……!」
こうきがハッと顔を上げる。
目の前まで迫っていた尻尾を見て、咄嗟に両腕を前へ出した。
ドゴォンッ!!
「ぐっ!」
衝撃が全身を突き抜ける。
こうきの身体が宙へ浮き、そのまま地面を何度も転がった。
「こうき!」
ゆきたちが駆け寄る。
「大丈夫!?」
こうきは地面へ手をつき、ゆっくりと身体を起こした。
「……痛ぇ」
身体中が軋む。
それでも――。
こうきの口元には、なぜか笑みが浮かんでいた。
「どうしたの?」
ゆきが心配そうに顔を覗き込む。
「……分かった」
「何が?」
「グランガルの倒し方」
「え?」
こうきは立ち上がりながら、グランガルの尻尾を見る。
「さっき、咄嗟に防御した時……尻尾に心気を流し込んだんだ」
「心気を?」
「ああ。ほんの一瞬だったけど――」
こうきは拳を握る。
「尻尾についていた鱗が、少し柔らかくなった」
みずきが目を見開く。
「……つまり」
「甲羅にも心気を流し込めば、変形させられるかもしれない」
こうきはグランガルを見る。
「甲羅が硬いなら、硬い形を変えてやればいい」
サクラが頷いた。
「甲羅そのものを壊すんじゃなくて、形を変えるんだね」
「そう」
こうきは拳を握り直した。
「甲羅に守られてるってことは、その中は外より弱いはずだ」
ひろきがニヤリと笑う。
「やってみるか!」
「ああ!」
五人が一斉に動き出した。
こうきがグランガルの背中へ駆ける。
「こうき!」
グランガルが身体を揺らした。
こうきは跳び上がり、その甲羅へ飛び乗る。
「ここだ!」
右手へ心気を集める。
ネックレスへ心気を流し、形を変えた時と同じように――。
「変われ……!」
手のひらから心気を甲羅へ送り込む。
だが――。
「……駄目か?」
何も変わらない。
グランガルが身体を大きく揺らす。
「うおっ!」
こうきの身体が傾く。
「落とされるな!」
グランガルが背中を激しく振る。
こうきは甲羅へしがみつきながら、必死に心気を送り続けた。
「くっ……!」
それでも、甲羅はびくともしない。
「こんなに硬いのか……!」
グランガルがさらに身体を揺らす。
「うわぁっ!」
こうきの身体が浮きかける。
「くそっ……!」
歯を食いしばる。
「こんなところで……!」
右手へ集めた心気を、さらに甲羅へ押し込む。
「こんにゃろー!」
心気を放出する。
それまでネックレスへ込めていた量を超えて。
身体の奥に残っている心気まで引きずり出すように。
「変われぇぇぇっ!!」
その瞬間――。
ミシッ。
「……!」
甲羅の一部が動いた。
「いける!」
こうきがさらに心気を送り込む。
ミシッ……ミシミシッ!
硬かった甲羅が、少しずつ形を変えていく。
「もう少し……!」
額から汗が噴き出す。
呼吸が乱れる。
腕が震える。
それでも、こうきは止めない。
「開けぇぇぇっ!」
甲羅が大きく変形した。
その隙間から――。
内側の柔らかな皮膚が見える。
「開いた!」
その光景を見た瞬間。
少し離れた場所で見ていたヴァレリアの身体が、わずかに震えた。
そして――。
口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「……面白い使い方をするじゃないか」
ヴァレリアは、こうきから目を離さない。
「しかも――」
こうきが限界を超えるように心気を絞り出している姿を見て、目を細める。
「無理やり限界を越えたか」
こうきはそんなヴァレリアの声も聞こえていない。
「みんな!」
甲羅から飛び降りる。
「今だ!」
「おう!」
ひろきが駆け込む。
「うおおおおっ!」
全身へ心気を巡らせ、一気に拳を叩き込む。
ドゴンッ!!
「グオオオオオッ!」
グランガルが初めて大きく身体を揺らした。
「効いてる!」
ひろきが叫ぶ。
「次!」
みずきが踏み込む。
竹刀へ心気を纏わせ、甲羅の隙間へ突き込む。
「はあっ!」
ドンッ!
グランガルが身体を震わせる。
「まだ!」
ゆきが手を前へ伸ばす。
「いけぇ!」
氷の塊を作り出し、隙間へ叩き込む。
バキィッ!
「グオオッ!」
そして――。
「私も!」
サクラが大きな拳を作り出す。
心気で形作られた拳が、グランガルの身体へ叩き込まれる。
ドォンッ!!
「グオオオオオッ!!」
グランガルが大きく身体を揺らした。
初めて、明確にダメージが通った。
「効いてる!」
こうきが叫ぶ。
「このままいけ!」
五人は一斉に攻撃を繰り返す。
殴る。
斬る。
氷をぶつける。
拳を叩き込む。
だが、グランガルも黙ってはいなかった。
巨大な身体を激しく振り回し、尻尾や脚で五人を払い飛ばそうとする。
「危ない!」
ゆきが横へ飛ぶ。
「うおっ!」
ひろきが尻尾を跳び越える。
みずきは転がるように避け、サクラも距離を取る。
こうきは再びグランガルの甲羅を見る。
今なら、もう一か所――。
「もう一つ開ければ、もっとダメージを――」
「そこまでだ」
低い声が響いた。
「え?」
こうきが振り返る。
ヴァレリアが立っていた。
「もう十分だ」
「でも、姉さん!」
ひろきが声を上げる。
「もう少しで倒せるぞ!」
「そうだな」
ヴァレリアはグランガルを見る。
「随分と時間はかかったが……もう少しだろう」
「だったら――」
「だがな」
ヴァレリアの声が少し低くなる。
「お前たち、本当にこいつを倒すのか?」
「え?」
「このまま続ければ、お前たちは勝つだろう」
五人がグランガルを見る。
確かに、甲羅を開けたことで攻撃は通るようになった。
「けど――」
ヴァレリアが五人を見る。
「こいつを倒したあと、お前たちはどうする?」
「……」
「食べるのか?」
ひろきが首を横に振る。
「食べない」
「そうだろうな」
ヴァレリアはグランガルへ視線を戻す。
「なら、無益な殺生になる」
「……」
「お前たちは、もう十分こいつに傷を負わせた。これ以上痛めつける必要はない」
ヴァレリアは淡々と言った。
「ここで終わりだ」
こうきはグランガルを見る。
苦しそうに身体を揺らしながら、それでもこちらを睨んでいる。
「……分かった」
こうきが拳を下ろした。
「俺たちの勝ちでいい」
ゆきたちも頷く。
「うん」
「分かった」
みずきも武器を下ろした。
ひろきも渋々拳を下げる。
「……分かったよ」
五人がグランガルから離れていく。
その背中を見ながら、こうきは考えていた。
レースでは、星の雫石を奪うために戦う。
強い相手を倒さなければ、先へ進めない。
けれど――。
「俺たちまで、レースに染まってどうするんだ」
こうきは小さく呟く。
「俺たちは……殺人鬼じゃない」
その言葉を聞いたヴァレリアは、何も言わなかった。
ただ、五人が十分に離れたのを確認すると、グランガルへ近づいていく。
「……すまなかったな」
ヴァレリアが手をかざす。
淡い光が生まれる。
心気がグランガルの身体へ流れ込んでいく。
傷ついた皮膚が少しずつ元へ戻っていく。
甲羅も、ゆっくりと元の形へ戻っていった。
やがて――。
グランガルが大きく身体を起こす。
「グオオオオオオッ!!」
森全体を震わせるような雄叫びを上げる。
「元気になったようだな」
ヴァレリアが笑う。
グランガルはしばらくヴァレリアを見つめたあと、ゆっくりと森の奥へ歩いていった。
「……行ったね」
ゆきが遠くから見送る。
「ああ」
こうきも頷いた。
五人はヴァレリアのもとへ戻る。
さすがに疲れ切っていた。
誰も何も言わない。
ただ、重い足を動かして野営地へ戻っていく。
◇
野営地へ戻ると、五人はその場へ座り込んだ。
疲労で身体が重い。
それでも、誰も不満を口にしなかった。
しばらくして――。
「……よくやった」
ヴァレリアが一言だけ言った。
五人が顔を上げる。
それだけだった。
けれど――。
こうきの口元が緩む。
ゆきも嬉しそうに笑った。
みずきは小さく頷く。
ひろきは拳を握った。
サクラも微笑む。
ヴァレリアが何を褒めているのか。
五人には分かっていた。
グランガルに勝ったことだけじゃない。
最後に、無益な殺生をやめたこと。
それを認めてもらえたことが、何より嬉しかった。
「……ヴァレリア姉さん」
ひろきが口を開く。
「何だ?」
「俺、ヴァレリア姉さんのこと誤解してました」
「……何をだ?」
「気に入らない奴がいたら、誰でも燃やす人だと思ってました」
ヴァレリアのこめかみに、青筋が浮かぶ。
五人の頭に、初めて出会った日の巨大な炎が蘇った。
ヴァレリアが片手を上げる。
ボッ。
手のひらに炎が灯る。
「……なら」
笑顔なのに、声が怖い。
「今から燃やしてやろうか?」
「すみませんでした!」
ひろきが叫び、全力で走り出す。
「待て、小僧!」
「嫌だぁぁぁ!」
ヴァレリアが炎を消す。
「……はぁ」
深いため息をつく。
「いったい私は、こいつらにどう思われているんだ……」
こうきたちは思わず笑った。
ひろきが戻ってくると――。
「そこへ座れ」
「はい……」
ヴァレリアの拳骨が頭へ落ちた。
「痛ぇ!」
「余計なことを言うからだ」
「やっぱり殴るじゃん!」
「もう一発いるか?」
「いりません!」
野営地に笑い声が響いた。
しばらくして、ヴァレリアが五人を見る。
「さて」
「明日は、修行の締めくくりだ」
「締めくくり?」
こうきが顔を上げる。
「ああ」
ヴァレリアが不敵に笑った。
「明日は、私がお前たちの相手をする」
「……」
五人の表情が固まる。
「え?」
「私と戦う」
「……」
五人の顔から、みるみる笑顔が消えていく。
「嫌そうな顔をするな」
ヴァレリアが呆れたように言う。
「お前たち、これが欲しいんだろ?」
そう言って――。
ヴァレリアは懐へ手を入れた。
取り出したのは、一つの石。
淡い光を放つ――。
星の雫石だった。
「……!」
五人の目が一斉に見開かれる。
ヴァレリアは星の雫石を指先で弄びながら、不敵な笑みを浮かべた。
「明日の試験に合格したら――」
星の雫石が、夕暮れの光を受けて輝く。
「これをやる」
五人は顔を見合わせた。
疲れ切っていた身体に、わずかに力が戻る。
明日は――。
ヴァレリアとの、最後の試験。
そして、次の星へ進むための星の雫石が待っている。




