届かない攻撃
願い星
翌朝。
グリーンガルドの森に朝日が差し込み始めた頃、ヴァレリアは五人の姿を眺めていた。
「……そういえば」
紅茶を口へ運びながら、昨日の修行を思い返す。
朝から夕方まで、五人はそれぞれのゼウスを使い続けていた。
こうきはネックレスを何度も変形させ、ゆきは氷を作り続け、みずきは竹刀へ心気を纏わせ、ひろきは身体能力を高めながら動き続けていた。
サクラも、心気を外へ放出して何度も拳を作っていた。
普通なら、とっくに心気が尽きている。
それでも五人は、夕方まで修行を続けた。
最後には疲れ果てていたが、倒れた原因は心気の枯渇だけではない。長時間の運動による身体そのものの疲労が大きかった。
「……やはりな」
ヴァレリアが小さく呟く。
五人の心気総量は、思っていた以上に多い。
まだ力の使い方を理解していないため、ゼウスそのものの威力は低い。
だが――
総量だけを見れば、すでに一つ星に届く可能性がある。
「この歳で、この量か……」
ヴァレリアは五人を見る。
しかし、すぐに表情を戻した。
「だが、こいつらには言わない方がいいな」
もし今、自分たちが一つ星級の心気を持っていると知れば――
調子に乗る。
強者を前にしても、自分なら戦えると思ってしまうかもしれない。
それが命取りになる。
「力があることと、強いことは別だからな」
ヴァレリアは静かに紅茶を口へ運んだ。
そして、もう一つ気になることがある。
昨日、大量に心気を使った五人の身体から感じる力が、昨日より明らかに増えている。
心気を使った翌日。
その総量の増加率が高い。
「やっぱり、あいつらの――」
そこまで呟いて、ヴァレリアは口を閉じた。
「……今はまだいいか」
やがて五人が起き上がる。
「おはよう、ヴァレリア姉さん」
こうきが声をかける。
「ああ。起きたか」
「今日は何するの?」
ゆきが尋ねる。
ヴァレリアは五人を見回した。
「今日は――グランガルと再戦する」
「グランガル!?」
ひろきの顔が一気に明るくなる。
「今度こそ勝つぞ!」
「私も」
ゆきが拳を握る。
みずきも竹刀を手に取った。
「昨日より、使い方は分かってきた」
「俺のゼウスも、もっと強くなってるはずだ」
こうきがネックレスへ触れる。
サクラも頷いた。
「私も、昨日より上手く動かせると思う」
五人の目に闘志が宿る。
ヴァレリアはそんな五人を見て、口元を僅かに上げた。
「なら、死ぬ気で戦ってこい」
「おう!」
五人が声を揃える。
ヴァレリアはその背中を見送りながら、心の中で付け加えた。
――死ぬ気で、だ。
死ぬほど無茶をしろという意味ではない。
生き残るために、全力で戦え。
それが今日の修行だった。
◇
森の奥へ進むにつれて、足元が大きく揺れ始めた。
ズン……。
ズン……。
「近い」
こうきが星の雫石を見る。
淡い光が、森のさらに奥を指している。
そして――
ズンッ!!
巨大な足音とともに、木々が大きく揺れた。
「いた!」
ひろきが叫ぶ。
木々の向こうから、巨大な獣が姿を現した。
グランガル。
四本の脚だけで、五人の身長を遥かに超える巨体。
頭には二本の巨大な角が伸び、全身を岩石のように硬い甲殻が覆っている。
以前戦ったときと同じ姿。
だが、今日は五人の方が違う。
「グランガル!」
こうきが拳を握る。
グランガルも五人に気づいた。
「グオオオ……」
低い唸り声が森を震わせる。
ヴァレリアが腕を組んだ。
「私なら秒殺だが――」
五人を見る。
「お前たちなら苦戦するだろうな」
「……」
「死ぬ気で戦うんだな」
こうきが笑う。
「望むところだ!」
五人が一斉に駆け出した。
◇
「まずは俺!」
こうきが右手へ心気を集める。
ネックレスへ力を送り込むと、首元の装飾が淡い光に包まれた。
形が変わる。
細長く伸びた光が、一振りの剣へ姿を変えた。
「これなら!」
こうきは地面を蹴った。
グランガルの前脚へ向かって一直線に突っ込む。
「はあっ!」
剣を振り下ろす。
ガキィンッ!!
「……!」
硬い衝撃が腕へ返ってきた。
剣は甲殻に弾かれ、刃は傷一つ残せない。
「くっ……!」
こうきが後ろへ跳ぶ。
「まだだ!」
今度は横からみずきが踏み込んだ。
「俺に任せろ!」
竹刀へ心気を纏わせる。
踏み込みと同時に、鋭い一撃を叩き込んだ。
ガンッ!!
またしても弾かれる。
「硬すぎる……!」
みずきが竹刀を握り直す。
「なら、もっと集中させる!」
低く構え、再び踏み込む。
今度は横薙ぎ。
ガキンッ!
それでも甲殻には傷一つつかない。
グランガルが面倒そうに頭を振った。
「グオッ!」
巨大な前脚が振り払われる。
「危ない!」
みずきが横へ跳ぶ。
直後、地面が大きくえぐれた。
「……この程度じゃ届かないか」
みずきが歯を食いしばる。
「だったら俺だ!」
ひろきが走り出す。
全身へ心気を巡らせ、足へ力を集める。
ドンッ!
地面を蹴った瞬間、身体が一気に加速した。
「おおおおっ!」
腰。
背中。
肩。
腕。
全身で生み出した力を拳へ繋げる。
「くらえ!」
ドゴォン!!
拳がグランガルの胴体へ叩き込まれた。
――だが。
「……嘘だろ?」
グランガルは微動だにしない。
ひろきが拳を引く。
甲殻には、傷一つない。
「俺、結構本気なんだけど……」
グランガルが前脚を振る。
「うわっ!」
ひろきは反射的に身体を捻った。
巨大な爪が目の前を通り過ぎる。
ズドン!!
地面が陥没した。
「危ねぇ!」
ひろきが冷や汗を流す。
こうきが声を飛ばす。
「ひろき、無理に近づくな!」
「分かってる!」
そう答えながらも、ひろきの目はまだ諦めていなかった。
「次はもっと強く殴る!」
◇
ゆきも戦いへ加わった。
「私も!」
両手を前へ伸ばす。
心気が外へ流れ、周囲の空気が一気に冷えていく。
「氷!」
目の前に大きな氷の塊が生まれた。
「いけっ!」
氷がグランガルへ飛んでいく。
ドンッ!
直撃。
「やった!」
ゆきが声を上げる。
しかし――
パラパラ……。
砕けた氷が地面へ落ちる。
グランガルは、何事もなかったかのように立っている。
「……」
ゆきの顔から笑みが消えた。
「また……駄目なんだ」
自分の手を見る。
「氷は作れる」
もう一度、氷を作る。
「でも、攻撃になってない」
氷を飛ばす。
ドンッ!
また砕ける。
「私……」
ゆきの肩が落ちる。
「クーラーでしかない……」
「ゆき、そんなことないって」
こうきが声をかける。
「慰めなくていいよ……」
ゆきがしょんぼりする。
「余計に悲しくなるから……」
「……ごめん」
◇
「なら、私も!」
サクラが前へ出る。
身体の外へ心気を放出する。
光が腕へ集まり――
巨大な拳を形作った。
「今度は速く!」
サクラが意識を集中する。
拳がグランガルへ向かって飛んでいく。
ドンッ!!
命中。
「当たった!」
サクラの目が輝く。
しかし――
グランガルは動かない。
「……」
サクラの表情が変わる。
右。
左。
正面。
拳を次々と飛ばす。
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
すべて命中する。
それでも、グランガルは鬱陶しそうに身体を揺らすだけだった。
「どうして……」
サクラが拳を見る。
「当たってるのに……」
ヴァレリアは何も言わない。
サクラは拳を動かしながら、自分のゼウスを考える。
相手のゼウスを削る。
それが、自分の力。
けれど、グランガルにはゼウスによる防御すら感じない。
「……私のゼウスじゃ」
サクラが拳を握る。
「こういう相手には、何もできない」
悔しそうに唇を噛む。
それでも、さらに拳を飛ばした。
ドンッ!
グランガルの身体へ当たる。
しかし、ダメージはない。
「もっと速く……!」
サクラが心気を込める。
拳の速度が上がる。
それでも、グランガルの甲殻を破るには足りない。
「まだ……!」
◇
五人は攻撃を続けた。
こうきが剣を振る。
みずきが竹刀を叩き込む。
ひろきが拳を打ち込む。
ゆきが氷を飛ばす。
サクラが拳を放つ。
攻撃のたびに、心気が身体から流れていく。
それでも――
グランガルには、ほとんどダメージがない。
「くそっ!」
こうきが剣を握り直す。
「まだいける!」
「俺も!」
ひろきが再び突っ込む。
グランガルが前脚を振り下ろした。
「うおっ!」
ひろきが横へ転がってかわす。
その隙に、みずきが踏み込んだ。
「今だ!」
竹刀が甲殻へ叩き込まれる。
ガキンッ!
また弾かれた。
直後、グランガルの尻尾が横薙ぎに振られる。
「来る!」
サクラが叫ぶ。
五人が一斉に飛び退く。
ブォンッ!!
巨大な尻尾が、目の前を通り過ぎる。
五人は息を切らしながら、グランガルを見つめた。
対してグランガルは――
まるで蚊でも払うように、五人を追い払っているだけだった。
ヴァレリアは少し離れた場所から、その様子を見ている。
手を出さない。
助けない。
ただ、五人の戦いを見つめていた。
「まだだ」
こうきが荒い息を整える。
「絶対に、何かある」
みずきも竹刀を構える。
「このままじゃ終われない」
ひろきが拳を握る。
「次はもっと強く殴る!」
ゆきも氷を作る。
「私だって……何かできるはず」
サクラは拳を見つめる。
「私も……」
五人は再びグランガルへ向かって走り出した。
攻撃は、まだ届かない。
それでも――
五人は諦めなかった。
グランガルとの戦いは、まだ終わっていない。




