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第三章 真昼の決闘

 アポロの余命が数ヶ月であるというエステルの宣告から、数日が過ぎた。

『モフモフ亭』は臨時休業の札を掲げ、重苦しい静寂に包まれていた。


 二階の寝室。アポロはベッドに身を横たえていた。普段なら「寝ている時間があるなら仕込みをする」と言って聞かない彼だが、今は起き上がることさえ億劫(おっくう)そうだった。顔色は蝋(ろう)のように白く、呼吸をするたびにヒューヒューと頼りない音が漏れる。『青い薔薇』の侵食(しんしょく)は、エステルの診断通り、加速度的に彼の生命力を蝕(むしば)んでいた。

「・・水、飲むかい?」

 枕元で椅子に座り込んでいたシルクが、濡らした布でアポロの額を拭(ぬぐ)う。かつて戦場で「戦鬼」と恐れられた彼女の顔には、今や深い罪悪感と悲壮感しか張り付いていない。

「ああ。・・酒ならもっと歓迎するんだがな」

「病人が贅沢言うんじゃないよ・・」

 シルクの手が震える。彼女は自分の胸元――ティナの身体にある『青い薔薇』を強く握りしめた。この心臓が動くたびに、愛する男が死に近づく。その事実は、彼女にとってどんな拷問(ごうもん)よりも残酷だった。


 その時、辺境伯騎士団の伝令兵が、血相を変えて駆け込み大声を上げる。

「アポロ! 街の外に、見たことのない軍勢が! 白装束の兵団が、街道を封鎖しやがったぜっ。」

 アポロは、すでに長年の傭兵時代の勘働きにより異様な気配を察していた。

 窓の外、街の空気が変わり、いつもの砂埃と喧騒(けんそう)の中に、異質な静寂(せいじゃく)が混じっていた。

 体を起こしながらアポロが、

「デートの待ち合わせじゃあるまいし、こんなに待たせやがって・・・・」

「アポロ、さすがに今のあんたじゃ—」

 シルクの言葉を手で遮り、

「主役の登場シーンだ。ここから先は見せ場しかないぜ。」

 というと激痛に顔を歪(ゆが)めながらも、ベッド脇に立てかけてあった『サンダーボルト』を杖(つえ)代わりに立ち上がり、アポロは扉に向かった。

「バカいってる場合かい。まったく呆れるしかないね。」

 ボヤキながらシルクは腰に双剣を装着した。


 辺境の砦都シルヴァリアは、今日も容赦ない日差しと砂埃に焼かれていたが、そのメインストリートは、今、異様な静寂と興奮に包まれていた。

 砂埃が舞う大通りの両端に、気がつけば荒くれどもが鈴なりになっていた。

 酒場のテラス、建物の屋根、路地裏。

 傭兵、山師、賞金稼ぎ、鉱山労働者。ドワーフ、獣人。

 誰一人として声を上げず、固唾(かたず)を呑(の)んで通りの中央を見ていた。

 そこには二つの陣営が向かい合っていた。


 攻め寄せるは、神敵を秘密裏に抹殺するために訓練された、感情なき処刑人(カルニフェクス)たち二百名を超える屈強な白装束の兵団。 

 アポロが片目を細めた。

「……団体客(おきゃくさん)か。予約なしで二百人は勘弁(かんべん)してほしいな」

「客じゃないよ。どう見ても入店禁止の奴(やつ)らさね」

 シルクがそう返すのを聞いたエステルがさすがに呆れて、

「お二人とも、もう少し危機感を持ってください!」


 異端審問局の紋章、断罪の剣と天秤を描いた旗をいくつもたなびかせ、通りを完全に封鎖(ふうさ)していた。

 異質だったのは、その前方に、整然と並ぶ小さな影が十二あったことだった。

 白い法衣を纏(まと)った子供のような何かが、両腕に分厚い黒い法典(ほん)を抱えて、金色の瞳で対峙する三人を見つめていた。


 もう一方は、

 アポロ、シルク、エステルの三人。

 アポロは杖代わりにサンダーボルトを突きながら立っていた。

 見るものが見れば顔色は白く、立っているだけがやっとの状態で奥歯を噛み締めているのが見てとれたであろう。それでも、その隻眼(せきがん)に諦(あきら)めの色はない。


 屋根の上では、この娯楽(たのしみ)に対して平然と賭けが行われていた。

 屋根の上の荒くれの一人が、小声で隣に言った。

「おいおい、王都の坊主(かたぶつ)どもが『隻眼』に異端審問(いちゃもん)つけるらしい。」

「俺は異端審問官(イカレたやつら)どもに金貨十枚だ。あの『黒本(ガキ)』ヤベぇ気配がしやがる」

「バカ言え、アポロ(ネームド)とオレらの女王様(シルク)が負けるわけねぇだろ!」

「おい、だがアポロのヤロウ銃を杖替わりにしてるぞ。調子よくねぇのか?」

 野次と賭けの声が飛び交う。

 しかし誰も動かない。

 そして、その声は緊張感を伴っていて、いつもの賭け事ほど陽気ではなかった。

 二つの勢力でせめぎ合う、このひりつく空気を、シルヴァリアのこのどうしよーもない荒くれどもは「真昼の決闘」じゃねえかと理解していた。


 寄せ手の兵の前に、指揮官が進み出た。

 四十がらみの精悍(せいかん)な男。冷たく光るアイスブルーの目が狂信的な光に満ちていた。

「我は異端審問官 イグナティウスである。隻眼のアポロ、獣人のシルク。貴様らに異端の嫌疑(けんぎ)がかかっている。死者の魂を冒涜し、神の摂理(せつり)を歪めた罪。弁明の余地はまったくない。」


「短くて助かる。俺は説教(せっきょう)と長話が大嫌いでね」

「貴様 !!」

 さらに火に油を注がれる前に、エステルが前に出た。


「待ってください、イグナティウス審問官! 彼らは街の英雄です! 辺境伯様も・・」

「お黙りなさい、エステル聖女候補!」「あなたはここにいるべきでない。私のもとに参りなさい。」

 イグナティウスの怒声(どせい)が飛ぶが、後半はエステルを懐柔(かいじゅう)する言葉だった。


「うげーっ。もしかしてエステル目ぇつけられてる?」

 シルクがそう言い放つと

「……ええ。以前から、好ましくない視線をたびたび向けられていました」


 一瞬の沈黙。

 それから、周囲の荒くれ者たちの間から堪(こら)えきれない笑いがいくつも漏(も)れた。

「おいおい、審問官サマよぉ」

「異端より先に自(・)分(・)を(・)取(・)り(・)締(・)ま(・)っ(・)た(・)方(・)が(・)い(・)い(・)ん(・)じ(・)ゃ(・)ね(・)え(・)か(・)?」

「黙(だま)れッ!」

 イグナティウスの顔がどす黒く歪(ゆが)んだ。


「貴女は騙(だま)されているのだ。見よ、その男の胸を! 神への冒涜(ぼうとく)、青い薔薇(ばら)の呪いの印を!」

 顔を赤くし、怒りを覚えたイグナティウスが杖を掲げると、アポロの胸の薔薇が共鳴し、服の上からでもわかるほど強く発光した。

 激痛にアポロが膝(ひざ)をつく。

「ぐぅ……っ!」

「アポロ!」

 シルクが支えようとしたその時、


 前方に並んでいた十二体の神兵(アンジュ)が、一歩前へ進み同時に法典を開き、そのページが、風もないのにめくれる。鈴の音のような綺麗な声が、重なって響いた。

 澄んでいた。子供の声のように澄んでいた。

 しかし感情らしきものはその声に含まれていなかった。


『第一条 神罰(しんばつ)に服(ふく)すべき者は、その場に跪(ひざまず)くべし』

 金色の文字が空中に浮かび、三人に向かって流れ込む。

 三人の膝が、一斉に沈んだ。

「っ」「イテっ」「痛いです」

「なんか……かわいいな」

「「は?」」

 アポロが膝をつきながら真顔で言った。シルクとエステルが同時に振り向く。

「あの法典(ほん)、デカすぎて前が見えてないんじゃないか」

「見えてるよ! 全員金色の目でこっちを見てるぞ!」

「跪(ひざまず)かされているのに”かわいい”って不謹慎(ありえま)せん。」

 エステルが小声で注意する。


 屋根の上で聞いていた荒くれが

「”かわいい”って、あいつ、こんな時に大物すぎる。」

 と呟き、隣が

「だから賭けてんだ!アポロに」と返した。


 その時。

『第七条 神の言葉を遮(さえぎ)る者の、声は閉じられる』

「ホー・・・んんっ」

 言霊から護ろうとしたエステルの詠唱(えいしょう)が止まった。

 声が、出ない。


『第三条 神の御前(ごぜん)で剣を抜く者の、足は縫(ぬ)い付けられる』

「げぇっなんだこりゃぁ」

 腰の鞘(さや)から双剣を引き抜き、隙(すき)を見て突っ込もうとしていたシルクの足が地面に釘(くぎ)で打ちつけられたように動かない。


「・・・・なるほど言葉で縛(しば)るのか。」

 アポロが、右腕を動かそうとしながら静かに言った。

「そういうプレイは好みじゃないぜ。」

「こんな時におふざけでないよっ!!」

 シルクに叱られてしまう。


『第四条 神への抵抗を諦(あきら)めぬ者の、心臓は締め付けられる』

 アポロの青い薔薇が、かつてない激痛と共に発光した。

「がはぁっ!!」

 血を吐き、アポロが地面に手をついた。

 血を吐き、アポロが地面に倒れ伏した。視界が霞(かす)む。力が入らない。

 街中の音が、遠くなっていく。


 全ての荒くれどものうち、息を呑(の)んで立ち上がる者が出始めた。

「アポロに手を出すなァッ!」

 シルクが絶叫した。足が縫(ぬ)い付けられたまま、それでも上半身だけで神兵(アンジュ)に斬(き)りかかろうと再び双剣を握(にぎ)りしめると、

「第八条 神の裁きに刃を向ける者の、腕は重さを増す」

 シルクの腕が、まるで鉛のように重くなった。膝をつく。

「くそっ! こんな、言葉一つで!」


「おい、まずいぞ」

「さすがにこりゃ・・」

 屋上の荒(あら)くれ共も誰も動けない。

 二百の白装束(しろそうじょく)が、通りを完全に封じていた。

「終わりだ、神を冒涜(ぼうとく)したものたちよ。第十二条!」

 イグナティウス異端(いたん)審問官が冷酷(れいこく)に告げた。


 アンジュの一体が、法典の最終ページを開く。

 澄(す)んだ声が、静かに読み上げる。


『第十二条 神罰(しんばつ)を受けるべき者の、魂は裁(さば)かれる』

 金色の文字が、アポロの胸の青い薔薇へと収束していく。

 エステルの悲鳴は声になっていない。

 シルクは足を縫い付けられたまま、上半身だけで足掻(あが)いている。


 アポロは地面に手をつき、霞(かす)む視界で二人を見た。

 第四条が再び心臓を締めつける。

 腕から力が抜け、頬が砂を打った。

 口の中へ乾いた土が入り、血と混ざった。歯の間で砂が軋(きし)んだ。

 屋根の上で、誰かの指から金貨が落ちた。硬貨は屋根の上でを跳(は)ね、大通りへ転がっていく。

 誰も拾わなかった。


 アポロの視界にシルクとエステルが偶然(ぐうぜん)映り込んだ。

 ――シルク

 シルクの目に、かつてない恐怖がある。

 ――エステル

 エステルの目に、かつてない怒りがある。

 ――ここで終われるか

 青い薔薇が悲鳴を上げた。

 それでも。

 ――俺はまだ……踊り足りないぜ。

 地面を押した。

 震える足で。

 砂にまみれた膝で。

 アポロは地面に片足を立てた。


 その刹那(せつな)、

 ゴォォォォォォン……!!

 シルヴァリアの時計塔が、真昼を告(つ)げる鐘(かね)を鳴(な)らした。

 太陽が天頂(てんちょう)に達した瞬間。

 容赦(ようしゃ)ない日差しと砂埃(さじん)が吹き荒れた。

 世界が一瞬、真っ白になった。

 その鐘の音がエステルの感情と響(ひび)き合い共振(きょうしん)した。


 ――太陽が一番高く輝き、闇(やみ)があからさまになる時間、私は、この罪の闇から目を逸(そ)らさない。


 エステルの胸の中で、聖女としての戒律(かいりつ)と、女としての愛が衝突し向き合った。

 “形容しがたい”めくるめく想いと真っ白な視界のなかで愛するアポロの唇(くちびる)に語り掛けるだけだった。

「神(・)が(・)許(・)さ(・)な(・)く(・)と(・)も(・)、(・)私(・)が(・)許(・)し(・)ま(・)す(・)!(・)」

 鐘の残響(ざんぎょう)の中、声が出た。


 エステルの聖力が、第七条の「声の封じ」を消し飛ばした。

 そして神に最も近い立場である聖女エステルが「神が許さなくとも、私が許します!」と宣言したことで、本法の内部に二つの相反する考え方が持ち込まれ、論理破綻(はたん)がおき第十二条の言葉の意味を打ち消し連鎖(れんさ)的にほかの条文も破綻した。

 これにより全ての金色の文字が、崩れていく。


「アポロさん!」

 膝をつき片足立ちのアポロの元へエステルが駆けた。

「やめろエステル! 触れるな! 禁忌(きんき)の邪法(じゃほう)なんだろ、聖女のお前が干渉(かんしょう)したら反発する」


「反発? しませんよ」

 エステルは微笑んだ。

 涙が一筋、頬を伝っていく。

「だって私は、貴方を愛しているのですから」

 こんな時でもエステルのことがとても美しいと思った。


「おい!赤くなって何二ヤついてやがる。アタシも混(ま)ぜやがれ。」

 シルクが睨(にら)みつけ近寄ってきた。


 すぐさま、エステルがアポロとシルクの胸の青い薔薇に手をかざし直接触れた。

「神聖術式・強制接続(ホーリーコネクト)!」

 凄まじい聖の光が、あたり一面を覆(おお)いつくしていった。

「なんじゃぁこりゃー」

「眼が見えねぇー」

 屋根の上の荒くれどもが目を細め、腕で顔を覆(おお)う。


「ぐあああああああっ!!」

「何だいこれはっ!!」

「くぅぅぅぅっ!」

 三人が同時に絶叫する。

 激痛。

 しかしエステルは、決して手を離さなかった。

 毒々しかった青色が、眩い銀白の輝きへと昇華していく。

 バキバキと音を立てて、アポロの胸の青い薔薇が変質し、

 白銀の薔薇へと光が収束した。


 続く静寂。

 そこへ大きな砂埃が、吹き散(ちら)らかしその場に居た全員の視界を遮(さえぎ)った。

 アポロは片足立ちのまま、動かなかった。

 一秒。

 二秒。

 さらに砂埃が吹いていく。

 全ての荒くれどもが、息を詰めて見ていた。

 白装束の兵団が、次の号令を待って硬直している。

 イグナティウスが均衡(きんこう)をやぶるべく口を開きかけた、その時。

 アポロが立ち上がり血を拭った。

 ゆっくりと、背筋を伸ばした。

 その隻眼に、先ほどとは全く違う光があった。

 心臓の奥に、自分のものではない温かいものが寄り添っていた。


「お転婆(てんば)したな」

 アポロは小さく言い、エステルを一瞬にらみつけた。

 エステルは汗に塗れた髪を払い、悪戯っぽく笑った。

「へへっ。これで私たち、共犯者(なかま)ですね」

「ああ。地獄へ落ちる時は間違いなく道連れだ」


 シルクが解放された足で二人の隣に並んだ。

「まったく、妬けるじゃないか二人だけで盛り上がってんじゃないよ。」

 苦笑しながら、しかしその目には妖(あや)しい煌(きら)めきがあった。

 兵団との一触即発の間合いまで三人は並んで歩いた。

 そして白装束の兵団と十二体のアンジュを再び見た。


 アンジュたちが再び法典を開く、

『第一条』

「させません」

 エステルが杖を向けた。聖なる力が、金色の文字に触れる。

 文字が滲(にじ)んだ。崩(くず)れた。言葉の意味が、聖力によって解体されていく。

「なっ馬鹿な! 条文は神の言葉だぞ!」

「神が許さなくとも私が、許しません。二度目ですよ。法の理論が破綻(はたん)しています。」

 エステルは静かに、明確に言った。


「神罰(しんばつ)を成(な)せ!聖絶(せいぜつ)するのだ。全員でかかれ!」

 イグナティウス異端審問官が怒声を上げた。

 二百の白装束が動き出した。


 アポロはサンダーボルトを拾って腰だめに構え、静かに言った。

「法律の小難(こむずか)しい話は任せた。俺は昔から踊(おど)る方が得意でね」


「行くぞ!」

「おう」

「はい」


「加速展開」

 世界が、静止した。

 久しぶりの制限を掛けない”加速行為”に心が躍動(やくどう)し、高速で駆け抜けていく。

 加速によって最適位置に達したアポロは、時が止まった光の中で、アポロはアンジュたちを観察した。

 言葉を読み上げるためだけに作られた存在。十二体。

 法典を抱えて、金色の目でこちらを見ている。

 哀(あわ)れだ、と思った。

 しかしアポロは腰だめのサンダーボルトの薬室(チャンバー)に魔力を充填し、引き金を引いた。

 それは、超絶技巧の早撃ち(クイック・ドロウ)だった。

 静止した世界の中で十二の軌跡が描かれ、十二発の銃弾が、それぞれのアンジュたちの法典を正確に貫(つらぬ)いた。

 十二冊の法典が、宙に弾(はじ)き飛ばされ、白紙のページが、砂埃(さじん)の中を舞い散る。


「悪いな。読書は昔からちょっと苦手なんだ」


 言葉を失ったアンジュたちが、静かに、金色の目を閉じ停止した。

 加速が解除された瞬間。

 轟音(ごうおん)十二発分が、時間差なくほぼ同時に炸裂(さくれつ)し、衝撃波(しょうげきは)がメインストリートを駆け抜けた。


 一瞬の静寂(せいじゃく)。

 それから、屋根の上から、地鳴(じな)りのような大歓声と指笛が沸(わ)き起こった。

「すげぇ」「ヒャッハー」

「見たかよ今の早撃ち! やっぱ隻眼(ネームド)は最高だぜ!!」

「嘘だろ! 十二体同時かよ!!」

「女王様(シルク)~」「聖女様~」

「俺の金貨どこ行ったぁぁぁ!!」


「なにをやっておる殺せ! 神敵を殺せ!」

 イグナティウスが再び叫び、二百の白装束とアポロとシルクが混戦状態となった。

 圧倒的強者のはずだった二百の白装束たちは、神の言葉(アンジュ)を失ったことで一瞬にして士気を失い、パニック伝染、逃亡、装備の遺棄(いき)が起こり混乱していく。


 だが、その混乱から立ち直る猶予(ゆうよ)を、三人が与えるはずもなかった。

「ふっ! 好き勝手にやらせてもらうよ!」

 シルクが双剣を抜き放ち、白装束どもの間を駆け抜け、敵の真ん中へ飛び込み無双(むそう)する。


「好き勝手とは奔放(ほんぽう)で恐(おそ)れ入(い)る態度です。どうやら、目隠しは私の役目ですね」

 エステルが黄金の杖を地に打ち付け、広範囲に光の波紋(はもん)を展開させ認識阻害(にんしきそがい)を掛(か)け始める。


「いろいろやってくれたな。ここから先はキツイお仕置きタイムだ。」


 それは、これまでのアポロの戦闘からさらに洗練されたものに昇華していた。

 アポロの魔導銃『サンダーボルト』が、乾いた銃声を連続で響かせた。


 一方その頃。大通りを見下ろす酒場の屋根の上。

 固唾をのんで見守る荒くれどもに混じって、一人だけひどく場違いな燕尾服姿の男がいた。

 辺境伯お抱えの宮廷ダンス教師である。

 彼は急遽、オーウェル辺境伯から「アポロたちを見に行ってくれ」と片目をつぶって送り出された。

 音楽とダンスの素養しかない自分が、なぜ命を懸けた決闘の場に赴かねばならないのか、ひどく訝(いぶか)しんでいたのだが、今、彼は震える手で単眼鏡(モノクル)を握りしめ、戦慄(せんりつ)していた。


「おいおい、前に見たワルツでもタンゴでもねぇぞ。なんでぇありゃ。三人とも全く別のことやってるのに、なんで完璧な動きにみえるぞぉ!?」

 傭兵の一人が戸惑(とまど)うように叫ぶと、ダンス教師はたまらず身を乗り出して叫んだ。

「バラバラに見えますが違います!!」

「はあ? ダンスの先生よ、どういうことだ?」

「見なさい、あの隻眼の銃撃! 短く鋭く跳ねるスタッカートの如く関節を狙い敵の体勢を崩している。そこに聖女様の光の障壁(しょうへき)が不協和音(ディスコード)のように割り込み、敵の逃げ場を塞ぎつつ幻惑(げんわく)している! そして空いた空間を、あの獣人の娘(シルク)が……おお、なんとアクロバティックな! まるで指揮棒(タクト)を振るうように首を刈(か)り取っていく!」


 荒くれどもは目を白黒させた。

「……いや、先生、難しい言葉はわかんねぇけどよ。それぞれ型がねぇってことか? 打ち合わせもしない、行き当たりばったりであんなことできてるってのか!」

「無知とは怖いものです。あれこそが『狂詩曲(ラプソディ)』です! 形式を持たない自由奔放な即興なのです!」

 ダンス教師は感極まり叫んでいた。

「聖女様が光の目潰しでハーモニーを描き、獣人の娘がその上で旋律(メロディ)を舞う! そして隻眼の銃が完璧なビートを刻む! 複数の拍子が同時に進行する、リズムコードの極致ですぅ!」

「いや、先生何言ってっかマジでわかんねぇ。」

 端から見れば最強の動きだった。『白銀の薔薇』を通じて繋(つな)がった三人には、言葉でのリードやフォローすら不要だった。互いの感情、筋肉の動き、魔力の高まりが魂のパスを通じてダイレクトに共有されているのだ。


 その力強い動きのやり取りを注視していたダンス教師は、歓喜のあまり、ついにボロボロと感涙を流し始めた。

「おぉ、だんだん強く(クレッシェンド)独奏(カデンツァ)極めて強く(フォルテッシモ)高速で駆け抜けていく。おぉブラボー! 辺境伯様、私をここへ遣わした理由がよくわかりました! これは殺し合いではない、至高の芸術だ!」

「いや、やべぇな先生何言ってっかホントわかんねぇ。」


「あの聖女様、ノリノリでなんか叫んでるぞ!」

「俺たちの知ってるお淑やかで清純な聖女様はどこに行ったんだ(呆然)……」

「馬~鹿、俺は今の”ちょい悪”な聖女様の方が好みだぜ!」

「オレはこの教師(ひと)が怖いんだが・・・」

 屋根の上で荒くれどもと一人のダンス教師が熱狂する中、屈強な白装束の殺し屋たちは、自由奔放な旋律に為す術もなく切り刻まれ、撃たれ次々と伏していった。

 そしてわずか五分ほどで、殺し屋兵団は半壊(はんかい)し、メインストリートは再び静寂に包まれていた。


 異端審問局は、停止したアンジュを回収しながら退いていった。

 アポロは這って逃げるイグナティウス審問官へ銃口を向けたが、撃たなかった。


「飼い主に伝えろ。決闘に招待状(ラブレター)はいらねえ――ドレスコードもなしだ。」

 大通りには勝利の歓声と白いページと血と砂が残り、その中央に三人が立っていた。


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