第二章 今朝のコーヒーは苦いな・・
その日の『モフモフ亭』の朝は、重苦しい沈黙と共に始まった。
再会の喜びは、昨夜、すべてを知ってしまった衝撃によって冷や水を浴びせられ、エステルは一晩中、宿屋のベッドで眠れぬ夜を過ごしたようだった。彼女の目の下には薄っすらと隈ができている。
「・・・・・・おはようございます」
「ああ。コーヒーでいいか?」
開店前の店内で、アポロは努めて平静を装い、湯気の立つマグカップを差し出した。エステルはそれを受け取るが、口をつけようとはしない。その碧眼は、アポロの胸元、厚手のシャツで隠されたその場所を、じっと見つめていた。
「アポロさん。昨夜の話の続きですが」
「エステル。俺たちはこれから仕入れと、ギルドへの顔出しがある。話なら夜に・・・・・・」
「逃げないでください!」
エステルがカップをテーブルに叩きつけるように置く。黒い液体がわずかに跳ねた。普段の彼女なら絶対にしない粗雑な振る舞いに、厨房で皿を拭いていたシルクが手を止める。
「聖女様ご乱心だねぇ。でも、アポロ。アタシも同意見だ。いつまでも隠し通せるもんじゃない」
「シルク、お前まで」
「だって、あんたの顔色が死人みたいなんだよ。鏡見てみな」
シルクの指摘通り、アポロの顔からは血の気が失せ、生気まで抜け落ちたように青白かった。
『運命への抗い』を常時発動し続ける負荷は、アポロの想像を超えていた。睡眠を取っても魂の疲弊は回復せず、まるで底の抜けた桶に水を注ぎ続けているような倦怠感が常に彼を蝕み始めていた。
「今朝のコーヒーは苦いな・・」
会話はそこで途切れた。
それぞれの言葉を、それぞれが飲み込んだまま、朝が過ぎていった。




