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最終章 チャンバーリミット

 結界の中で、急に重さの向きが変わった。

 三人の身体が地面へ叩きつけられる

 真昼の決闘と酷似(こくじ)していた。

 だが今度、ルクシオールは声も足も奪(うば)わなかった。

 選択だけを、奪おうとしていた。


「お前の罪の重さを計ろう、アポロ」

 黒い天秤がアポロの上で傾(かたむ)く。

 全身の骨が軋(きし)み、口から血が落ちた。

 シルクとエステルにも同じ痛みが走る。

 ルクシオールの声が、ひどく穏(おだ)やかになった。


「公正な取引をしよう」

 アポロが顔を上げる。

「お前が命と魂を差し出せば、シルクを妹の肉体から切り離し、完全な身体を与える」

 シルクの白銀の薔薇(ばら)が強く脈打った。

「エステルは異端(いたん)の罪を赦(ゆる)される。聖女の地位も、父の名誉も戻(もど)そう」

 エステルの指が砂を掴(つか)んだ。

「王国軍を退(しりぞ)かせる。シルヴァリアも、仲間たちも救(すく)う」

 ルクシオールはアポロだけを見た。


「犠牲(ぎせい)になるのは、お前一人だ」

 それは、アポロが最も選びやすい答えだった。


 自分一人が消えればいい。

 シルクは、自分の身体で生きられる。

 エステルは、光の場所へ戻れる。

 仲間も街も助かる。


 これまでと同じだ。

 自分が引き受ければいい。

「駄目だ!」

 シルクの叫(さけ)びが飛ぶ。

「アタシの命を、あんたの死に方に使うな!」

 エステルも、砂に手をついたまま顔を上げた。

「私が貴方を諦(あきら)めると、勝手に決めるのですか」


 アポロは答えられなかった。

 ルクシオールが囁(ささや)く。

「二人は救われる。それが愛ではないのか」

 愛。

 その言葉が、いちばん深いところへ刺さった。

 アポロの身体が、その答えを歓迎していた。

 力を抜けばいい。


 ずっと、そうしてきた。

 荒野に落ちた時も。

 血を流しながら倒れていた時も。

 何も持たず、何も知らず、何者でもなかった時も。


 だが、その刹那(せつな)、思考の闇の中から、声が聞こえた。

「生きろ」

 誰の声だったのかは、わからない。

 神ではなかった。

 ずっと奥に押し込めてきた、自分自身の声かもしれなかった。


 ――漆黒(しっこく)の闇の中で全てを見失ったときは、最後まで消えない光を探せ。

 ――絶望にまみれ、それでも残ったものを希望と呼べ。

 ――迷った時は、己の良心に問いかけろ。


 アポロは問いかけた。

 ――シルクを救うために死ぬことは、本当にシルクを救うことか。

 ――エステルを光の場所へ返すことは、本当にエステルが望んだことか。

 また自分一人で決めるのか。

 また愛する者たちから、選ぶ権利を奪うのか。

 白銀の薔薇(ばら)が脈打った。

 シルクの魂の熱が流れ込む。

 エステルの涙と怒りが流れ込む。

 痛かった。

 生きることは、死ぬことよりずっと痛かった。

 だから、ようやく答えが出た。


「……断る」


 ルクシオールの目が細くなる。

「二人は救われる。街も仲間も助かる。それでもか。すべて失う。後悔の涙で明け暮(く)れることになるぞ。」

 アポロは、シルクとエステルを見た。

「俺たちは、しがない血まみれの傭兵(ようへい)とお宅らの言う罪にまみれた聖女だ!」

 床についた手へ力を込める。

「だが俺たちはここにいる。生きている!!」

 物凄(ものすご)い圧力を受けながら、アポロは立ち上がった。


 ――な、なぜ立ち上がれるのだ・・意思の力なのか・・ルクシオ―ルは内心驚愕(きょうがく)していた。


「お前さんの哀しい過去には同情する。だがな、ルシアやヴェスペラの魂の救済とお前自身の嫉妬や人殺しの罪をすり替えるんじゃねぇっ! あの哀しいアンジュ達を見れば何が正しいか明白だろっ!」

 手にしていたサンダーボルトを構え直す。


「俺たちの罪の重さは、俺たちが決める。」

 銃口を再びルクシオールへ向けた。


「悪いな。俺が撃つのは――あんたじゃない」

 アポロはルクシオールから銃口を外し、漆黒の馬車の二台目へ向けた。


「加速・展開」

 思考と早撃ち(クイック・ドロー)の加速を行ったアポロが愛銃サンダーボルトの引き金を引いたが弾丸が弾かれた。

「そこは撃ち抜けぬよ。そこはカシウス家が古代遺跡から受け継いだ最高位の結界を張っているからね。」


「そうかい。だが今日の俺は絶好調だぜ!」

 アポロの銃、その薬室(チャンバー)に再度魔力が充填されていく。

 “俺たちは生きている”とあらためて悟ったアポロの精神を押さえつけていたリミッターが外れ、Skill3      

 "生命"の力が開放された。

 白銀の薔薇から溢れ出た奔放な光が、腕を伝い、銃へ注ぎ込まれる。

 一発分を超えても、薬室(チャンバー)は貪欲に魔力を呑み込んでいた。


 ルクシオールは最初、笑っていた。

「無駄だ。カシウス家の結界は、その程度の魔力では――」

 だが魔力が止まらない。

 ここで初めて顔色が変わる。


「いったい。その銃に、あとどれだけ魔力を込めるつもりだ」

「オレも限界(リミット)を知りたいね。俺も愛銃(こいつ)も、まだ、踊り足りねえんだ」

 サンダーボルトがさらに狂詩曲(ラプソディ)の自由奔放な即興リズムで発光し魔力が薬室(チャンバー)に充填されていく。

「ま、待て、待ってくれ!!」

 すべてを喪失(そうしつ)することを悟(さと)ったルクシオ―ルがここで初めて動揺(どうよう)した。


「待てないぜ ! こいつがオレ達が生きてるって証(あかし)だ!!」

 

 愛銃サンダーボルトからアポロ渾身の弾丸が発射され、カシウス家由来の結界と、二台目中央の光球を破壊した。それに伴い三台目、八つの光輝くルミナスチューブが一斉に砕けはじけた。

 アンジュたちの法典から、声が消えた。

 そしてアポロのSkill3"生命"の力の放射を浴びたヴェスペラ・ルシアの聖水に時折小さな波紋が起きていた。


 黒い馬車が崩れ始め、その時小雨が降り始めた。

「ま(・)た(・)雨(・)か(・)・・・」

 ルクシオールは膝をついた。

 もう威厳も、法の肩書もなかった。

 ただ、家族に会いたかった男の顔へ戻っていた。

「……ルシア、ヴェスペラ……」

「御許に参ろう。雨の中、お前たちが朽ちていくのを再び見るのはもう嫌だ。」

 その声を最後に、小銃を頭に突きつけ素早く引き金を引いた。

 と同時に全ての結界が消えた。


 外からフィン、ブルー、ジョー、仲間たちの声が流れ込む。

 アポロは銃を下ろした。

 シルクとエステルが、左右からその身体を支えた。


「さあ、帰って一杯やろう。――それとも続きをやるかい。」

 隻眼の目が強く光った。

 そしてあとの言葉は、王国軍に向けられたものだった。


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